SHALONE SAGA

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アルヘイムの森1−2




 リザードはテーブルの上の飾りを手に取った。

「・・・本当にいいの?」

 ティセが声を掛ける。

 小さく頷く。

・・・カラン。

 飾りが小さな音を立てる。

 その途端に全身が浮遊感に襲われる。瞬きをする間に自分の姿が一変していた。

 胸元に刻まれるフェニックスの印。

「・・・」

 ティセは呆然とその様子を見ていた。

「・・・・んー」

 腕を組んでいるシャルーンは納得がいっていない様だ。

「力を増幅させても戦えるまでにはいかない・・・か、ふむ。武器が・・・必要だな」

 確かに、その姿はアイーンのそれではあるが、彼女の手は何も持ってはいなかった。

「こういう事が出来るのなら、戦力はいくらでも増やせるじゃありませんか。

 何も一人で送り込んで苦労させるより人手を増やしたほうが・・・」

 実働できるものが少ない上に、リスクを承知で向かわせる立場のティセとしては不満の様だ。

「・・・これはどうしようも無い時の手段。本人の同意がなければ無理だし・・・。

 それに・・・基本的には精神力の強さで力が決まるからね・・・」

 軽く、リザードが反応する。が、それを無視するようにシャルーンはにっこりと笑った。

「じゃあ、リザード。行こうか」

「? 何処に?」

 笑いながらシャルーンは頷いた。




 静かな廊下には他に人影はない。

 目の前を歩いていく少年は迷うことなく目的地に進んでいるように見える。

「此処は何という所ですか?」

 リザードがせわしなく周囲を伺いながらたずねる。

 訳も判らず付いてきたものの、セーラムから出たことのない彼女にとってこの穏やかな雰囲気さえも不安になる。

「此処はアルウェントラーズ。聖王の住まいですよ」

 聞いたことはある。

 ・・・でも、聖王って・・・一体・・・。



 シャルーンは扉の前に立ち止まると、リザードを向き軽く笑った。

「運がいい。今日はいますね」

「?」

 開いた扉の隙間から花の香を含んだ風が吹きぬけ、二人の前を過ぎる。

 顔を上げると窓際に佇む人影が見えた。

 開け放した窓からじっと外を眺めている。

 時折抜ける風がシャルーンと同じ色の髪を揺らしていた。

 ゆっくりとその人物は振り向き、リザードに笑いかけた。

 比較的表情の乏しいシャルーンに比べ、人懐っこそうな笑顔を作るこの青年は、随分と人間くさく感じる。

「ようこそ、アルウェンへ。アイーンのリザード」

「あなたは?」

 青年は軽く小首を傾げる。

「ああ・・・そうか、君は元々戦うべき人じゃなかったから我々の事は聞いていないのだな。

 私は君の隣にいるシャルーンの兄。一番目の柱神だ。

 ・・・まあ、尤も二人ともオリジナルじゃあないし、昔のような優男でもないけどね」 

 片目をつぶりながらにこやかに聖王は笑った。・・・隣から小さな溜息が聞こえる。

「・・・剣を調達に来たんだろ?」

 意外そうにシャルーンが顔をあげた。

「おや、随分と察しがいいですね」

「なーに、可愛い弟の事はちゃんと判っているって」

 シャルーンの頭をなでながら笑う聖王に、軽く、シャルーンの頬が引きつる。

 完全に舐めてる仕草だ。

「てのは冗談。動きたくてうずうずしている奴がいるんだ」

 聖王が軽く手を広げると、その上に一振りの剣が現れた。

 鍔の部分が翼を模しており、その先端に薄紫の小さな房が付いている。

 鞘の部分に小さくシャルーンの印が刻まれている以外はこれといって装飾のないシンプルな剣だ。

 グランビーク等に比べ、実用的な使用目的に作られたような印象を受ける。

「名はバーウェント。戦うために作られたファウレルの剣だ」

 剣を受け取り、その装飾をじっと見つめる。

「但し、気をつけて使いなさい。彼の剣は其々の特性が判っていない。

 グランビークの様に魂を食らうことは無いが、能力を最大限に引き出す方法も俺は知らない」

「・・・引き出す?」

 ゆっくりと聖王は頷いた。

「唯の剣ではない。生かすも殺すもこれからの君の行動次第と言うことだ」

 リザードは静かに剣を収めた。




「ただいま戻りました」

 扉を開くと、ティセに詰め寄っている男の姿があった。

「リザード!」

 慌てて近寄ってくる。

「あら、ラファエルじゃない」

「あら・・・じゃないだろう。い・・・今ティセに聞いたんだ。一緒に行くって・・・本気か?」

 にっこりとリザードは笑った。

「勿論。止めてもムダよ。もう決定した事だもの」

「・・・・」

 ラファエルは呆然と頭を掻いた。




「・・・・」

 シャルーンはカップから昇る湯気をじっと思案下に見つめていた。

「本当に・・・これでいいのか?」

 窓辺に立ち、腕を組んでその様子を伺っていた聖王が徐に口を開く。

「・・・いいも何も、いずれは超えねばならぬ事。 私達はそんな甘い選択をしたわけでは無い筈です」

 無表情のまま、茶をすする。

「・・・。

 変わったなあ、お前。以前はそうじゃなかったと思うが・・・。

 そんなに落ち着いて茶をすするなど・・・全くらしくない」

 片肘を付き、冷めた視線を向ける。

「あんたこそ・・・。随分と人間臭くなって。・・・変わったのは何も私だけじゃない」

 にやりっと聖王は笑った。

《・・・そうじゃないよ。聖王・・・》

 ふと視線を落としたカップの中に、金髪の青年が映る。

 悲しげな表情がじっと自分を見つめている。

《私は確かに彼の中にいる・・・。

 昔のように出来るのなら、誰の力にも頼らずに、自分自身が出向きたい。

 ・・・それは私も彼も同じなんだ》

「・・・」

 真直ぐに見つめる青い視線にすら表情を変えずにシャルーンは見下ろす。

(今にも泣きそうな彼がいる。それは良く判っている。・・・なのに私はそれすらも・・・)

「お前は・・・・一体・・・」

 自問の言葉がつい口を出る。

「ん?・・・何だ?」

 振り返った聖王に軽く首を振った。

「いや、なんでもない」

 シャルーンは一気に茶を飲み干した。

「じゃあ、私はこれで・・・。後はお願いします。聖王」

「また雲隠れか。時折お前の気配が完全に消えることがあるが、一体何やっているんだ?

 少しはセーラムの連中を手伝ってやっても・・・」

「聖王とは立場が違う。私がいなくてもセーラムが困ることは無いし、やるべき事は伝えてある。

 ・・・お互い余計な詮索は必要ないのでは?」

 呆れた風に聖王は肩をすくめる。

「お前、感情と愛想を再生し忘れただろ。可愛くねーぞ」

「そういうあなたこそ要らぬ物を持ってしまっているのでは? ・・・じゃあ」

 いい終わらぬうちにシャルーンの姿が揺らぐ。一瞬だけその口元が笑ったように見えた。

「・・・・」

 聖王は目を細めてその空間を凝視していた。


 バンッ!


 勢い良く扉が開く。

「おっひさー! ・・・あれ? シャルーンの気配がしたと思ったけど・・・」

 言いながらフィシスが入って来る。部屋の中を見回すが、ここにいるのは聖王のみ。

「もう何処かに行っちまったよ。相変わらずだ」

「ふーん。あんた達兄弟なのにあんまり仲よさそうじゃないのね」

「兄弟・・・って、お前ら人間と同じ感覚にするな。 奴と俺とは別物だ。

 ただ一部の方向性が合致しているに過ぎない。・・・で、今日は何の用だ?」

「ああ、そうそう。ルパスのビール祭りやっているよ。飲み行かない?」

 少し上目使いに聖王を覗き込む。

 思い出したように聖王は手を叩く。

「おお、そんな時期か。・・・にしてもフィシス、を強調するな。を」

「だって聞いたんだもーん。バトゥはあそこの皇子様だったってえ」

 どれだけ昔の話だか・・・。彼女だけは相変わらず人間だった時の名で聖王を呼んでいる。

「歴史にすら残っていない大昔の話だ。・・・とはいえあそこのビールは俺のお墨付き、じゃあ行こうか」

「やったあ!」

 にこやかに笑いながら二人の姿もその場から消えた。