SHALONE SAGA

先頭へ 前へ 次へ 末尾へ


フォースの章3−3




 水車小屋は多少村からは遠いが、高台にあるため村が一望できる。

 山間の小さな・・・閉鎖された村。

 窓から漏れる明かりは、容易に全ての数が数えられる程だ。

 フォースはじっとその灯りを見つめている。

「一体何故・・・その印を身のうちに収めてまで。 何もかの忘れてしまえば普通の人間として生きられるのに・・・ライルよ、

 お前はまた同じ人生を歩むつもりなのか?」

 空には無数の星が瞬いている。

 フォースは懐から小さな笛を取り出した。



 月明かりを頼りに小さな鳥たちが羽ばたいてきた。

 みな、フォースの笛の音を聴きに集まってくる。肩を寄せ合い、うっとりとその音楽に耳を傾ける。


 ふと、長々と続いていた音節が途絶えた。

 フォースは顔を上げて村へと続く道を見つめた。小さな足音が近づく。

「素敵な音楽ね。その笛を見るまではあなたが吹いているとは思わなかったわ」

 ライルは荷物を置くと、にっこりと笑った。

「何の用だ? 俺に係わるなと言った筈だが」

「あら、依頼主を守るのも仕事なのでしょ? なら側にいたほうが良いじゃない」

「君は安全だと言っただろう?」

「正直言うと、あまりサリーの側にいるのも良くないと思うのよ。

 あの子は私の味方だけれど、彼女に対するみんなの印象が悪くなるのは避けたいのよね。

 だったらあなたの側にいたほうが良いじゃない?こういっちゃあ何だけど、賞金稼ぎってあまり好かれないからね」

 じろりっとフォースはライルをにらんだ。

「それにしても、あなた野宿するつもり? 風邪引くわよ」

 ライルは荷物を持ちながら小屋の扉を開けた。

「随分狭いけど、荷物を整理すれば二人分のスペース位作れるわね」

「スペース・・・て、お前ここで寝るつもりか?」

 フォースは慌てて立ち上がる。

 ひょいっと小窓から屈託のない笑顔を見せる。

「当然でしょ? 大丈夫、お泊まり用の道具持ってきたもの」

「そういう問題じゃないだろ!」

 フォースは勢いよく扉を開けると、ライルの腕を掴んだ。

「何よ」

「帰れ! それが嫌なら誰か知り合いの所に行け! ともかくここは駄目だ」

「どうして? だってここが一番安全じゃない。不自然じゃないし」

「なーにか不自然じゃないだ!

 結婚前の娘がこんな辺鄙な所で賞金稼ぎと二人きりだなんて、どんなことになるか位判るだろうが!」

 すうーっとライルの目が細まる。

「何が起こるというの?」



「う・・・」

 フォースはうろたえた。いつの間にかクールな仮面が外れていた。

 目の前の少女が、あのライルだと気がついたためか、油断してしまったらしい。

 突然くすくすとライルは笑った。

「意外とモラリストなのね。賞金稼ぎなんて野蛮人ばかりだと思っていたけど」

「ふん」

 少女は笑うのを止め、フォースを見上げる。真摯な瞳が真直ぐに見つめる。

「他に・・・行くところがないの。お願い」

「・・・」

 反射的にフォースは一歩後ずさった。

 全てを教えてやりたいという衝動が湧き上がる。それを理解すれば、彼女は楽になるかもしれない。

 だがそれは彼女を自分の世界に引きずり込む事になることを意味している。

 目の前で心細げな表情をしている少女に、フォースは係わるべきではないのだ。

 軽く拳を握ると、背を向けた。

「・・・好きにしろ。但し村の連中がなんと言おうと俺は責任を持たないからな」

「フォース」

 少女が近寄ってくる気配を察して、フォースは小屋の扉を閉めた。小さくため息をつくと、野営の準備を始める。

(くそ、いっその事嫌われたほうが気が楽だ)

 ライルはじっと扉を見つめた。

「怒らせたかな・・・そうだよね。今日知り合ったばかりなのに・・・」

 寝袋を広げると、その中にもぐりこんだ。

 妙な気分だ。落ち込んでいる筈なのに、何故か心は穏やかに落ち着いている。

 むしろ充足感すらある。どこから湧き上がるのか全く判らない。しかし・・・。

「あの人のせいかしら・・・」

 小屋の外からフォースの気配がする。ライルはゆっくりと眠り始めた。

(何だろう。何かこの感じ、すごく懐かしい気がする)





 サリーは大慌てで丘を駆け上がった。

 水車小屋の方から一筋の煙が上がっていた。遠くからフォースが小屋の側で火をおこしているのが見える。

「あ・・・あの、ライルは?」

 フォースは何も言わずに顎で小屋の方をしゃくった。

「変なことしなかったでしょうね」

「・・・ガキには興味ない」

「あら、あなただって随分若そうだけど」

「まあ、見てくれだけはな」

 扉を開けると呑気なライルの寝顔が寝袋の中で収まっている。

「ライル! ちょっと起きなさいよ!」

 目を開けたライルは、まだ頭がはっきりしないのか、にへらっとサリーに笑いかけた。

「おはよ、サリー」

「なーにが呑気におはよっだ。こんな置手紙残して」

「まあまあ、朝っぱらから怒鳴らないでよ」

「それに、いくらライルの依頼受けたからって・・・賞金稼ぎなのよ、彼は」

 ようやくライルは起き上がり、ふうっとため息をついた。

「昨夜散々怒鳴られたわ。帰ろってね。大丈夫、昨日は外で寝たみたいだし。 思っているよりもいい人じゃないかしら」

「・・・そんなに信用して大丈夫なの?」

 にっこりとライルは頷いた。

「でも、だからといって急にいなくなるなんて、心配したのよ。

 まあ、あなたが昔から家を出たいと思っていたのは知っているけどね。 いつも父さんに嫌味言われていたから」

 渡りに船的な感覚で家を出たのと思っているようだ。

「でも、これであの人がアウトサイダーを倒したら、ライルはどうするの?」



「・・・え?」

 言われて始めて気がついた。その先を全く考えていないことに。

「生活の問題だってあるでしょ。仕事が終われば彼はこの村から出て行くわよ」

「・・・そうね・・・」

 いままでそんなこと考えたことが無かった。長年の刷り込みが、彼女から将来という希望を奪っていたのだ。

「どの道、生き残れても、あの家にはいられないと思う。何とか生きていく方法を見つけないと」

「・・・」



 パンの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 外に出ると、並べたコーヒーカップにフォースがカフェオレを注いでいる。

「あら、私達の分もあるのかしら」

 フォースは無表情でパンを切り分ける。

「その様子じゃ君もまだご飯食べていないのだろう」

 なるほど、身支度も慌しく飛び出してきたのか、髪の毛にはまだ寝癖が残っている。 


 二人は嬉しそうに火の前に腰を下ろし、パンに手を伸ばした。

「あらおいしい。さすが野営に慣れているだけの事はあるわね」

 フォースはもくもくとパンをかじる。

「アウトサイダーが来るまであと十日といったな、詳しい話を聞かせてくれ」

 料理をほめられても全く気にする様子が無い。

 ライルは山の中腹を指差した。

「あそこに建物が見えるでしょ。あの小さい屋根。生贄になる人はあそこに連れて行かれるの」

 フォースは指差す方向を見上げた。

 木々の間に古臭そうな屋根が見える。

「十五年に一度、夏至の前の満月の夜に、あそこにアウトサイダーが現れるの」

「何故あそこなんだ? 普通人を襲うなら直接人里に来るはずだが」

「・・・さあ、よくわからない。生贄を出す代わりに村には近づかないっていう契約でもあるんじゃないかしら」

「契約・・・ねえ」

 フォースは思案下に眉をひそめた。


「生贄の人選にはどういう条件があるんだ?」

 フォースは建物を見つめたままなお続ける。

「特に特定はない。男の人の場合もあるけど、女性の方が多いのかな。 だけど老人って話は聞いたことないわ。みんな私達位の年齢みたい」

 フォースはパンを口元に運び、噛み切る。

「食料かな・・・。もしくは繁殖用・・・といった所か」

 ライルの顔色から血の気が引く。

「繁殖・・・って人に子供産ませるの?」

「以前そういうアウトサイダーにあったことがある。

 まあ、性交だけじゃなく人に卵産み付けて子供の餌にする奴もいるし」



 胃に入った物が逆流しそうになる。



「少し下調べしておくか・・・」

 顔を戻すと、怒りも露にした二人と目が合う。

「よくも、涼しげな顔でさらっと言えるわね。ご飯食べながら。こっちはもうすぐそうなるかも知れないのに!」

「・・・そうならない為に俺を雇ったんだろ。何だ、信じてないのか?」

「いや、そういうわけじゃ・・・」

 フォースは立ち木にかけてあったコートを羽織った。

「火の後始末しておけよ」

「待って、私もいく!」

 慌てて火を消すと、ライルは立ち上がった。