SHALONE SAGA

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フォースの章1−9




 母が扉を開けると、ライルを抱きかかえたフォースが戸口に立っていた。

「お帰りなさい」

 にっこりと出迎える。

「無事済みました。先生ももうすぐ戻ると思います」

 暖炉の前にライルを座らせる。

「フォース?」

 返事をせずに、掌をライルの額にあてる。フォースの手から小さな光が現れた。

「俺には治癒能力は無いけどね、多少のショックを和らげてあげる事くらいなら・・・」

「・・・うん、あったかいね」

 少し俯き加減にぽつりという。その瞳に胸のレリーフが映った。

「フェニックス・・・なんでしょ?・・・これ」

「ああ・・・そうだね」

「シャルーンって神様の印だって言ってたよね」

「今は俺の一族の印なんだ」


 カチャリ


 扉が開いて父が戻ってきた。

「お帰りなさい。どう? 村長の容体は」

 コートを預かりながら母が尋ねる。

「フォースのおかげで助かったよ。二、三日もすればには目を覚ますだろう。

 デイジーも多少ショックはあるものの問題はない」

 ゆっくりと、フォースに近づく。

「世話になったな」

 フォースも立ち上がり、差し出された手を握り返した。

「もし、差し支えなければ詳しい話を聞かせてくれないか?」

 軽く、フォースは頷いた。次第に、アイーンの服が薄れていく。

「とはいうものの、何処から話せばいいものか・・・もう気の遠くなる程の前の事だから。

 事の始まりはまだこの世界に多くの神々がいた頃。

 そしてその神々の父たる御神と呼ばれる方が、全てを収めていた。
 
 この世界にもジャクリーヌという女神がいたはずだけど・・名前は少し違うかな」

「ジャクリーヌ・・・あ、ジャンヌ様よ。私達には御聖母って事に・・」

「そうだね。信仰の中心になっているとは限らないから」

 フォースはにっこりと頷いた。

「だけど、ある日、何の前触れも無く御神はこの世界から去ってしまった。その子供達を連れて・・・」

「どうして?」

 フォースは首を振った。

「俺は話を聞いただけだから理由は解らない。ただ、その事によって厄介な者達がこの世界に取り残されたんだ。

 先程の化物の親玉・・・つまり地の神と呼ばれる異形の神々、あ奴らもまた御神に造られた神なんだ」

 三人は顔を見合わせた。

「あれが・・・神?」

「御神の子たる柱神の力は絶大だ。俺が見せた技など足元にも及ばない。 

だけど、その力は何も無い所から生まれるわけではないんだ。」

 フォースは手のひらを差し出す。淡い光が包み込む。

「寄せる波が大きく引くように、炎が燃えつづける為に酸素が必要な様に、

柱神の力は絶大な負の力を持つ邪神と対になって初めてその力を発揮できる。

 その邪神達は、其々の神により固い封印の底に閉じ込められていた。決して解けることの無い封印の底に・・・。

 だが、神々が去った事により、その力は徐々に弱まり、あいつ等のように表に出てくる者が現れたんだ。

 ・・・奴等の目的が何なのか俺には解らない。ただ、この世界に生きるものにとっては何の益も無い事は明白」

 ゆっくりと手を握り締める。

「何か・・・俄かに信じ難い話だな・・・」

「ねえ、フォース。あなた達は? 神様はいないんでしょ? あなた達は一体何者なの?」

「全ての神がいなくなった訳ではない。数人の神は御神に反旗を翻した。

 しかし、その代償に全ての力を無くしてしまったんだ。人となった神々は、未来を危惧し、自らの子らに全てを託した。

 俺は、自分の中にシャルーンの力を見出した時に言われたんだ。

 この世界を、この地に生まれた者に返しなさいと。よそ者たる我々の手から彼らにと。

 ・・・俺は、シャルーンの血を継ぐアイーンという一族のフォースだ」

「と言う事は・・・神の・・・血?」

 フォースはじっとライルを見つめた。

「国にいる全ての者がアイーンという訳ではない。様々な人種と長い時間によって、神の血は薄まっている。

 俺のようなものはほんの一握りに過ぎない。フェニックスの紋章を抱いて生まれた以上、その宿命に従わなくてはならない。

 ゾロを倒さねばこの星からも逃れる事は出来ない」

「つまり・・・倒さぬ限りフォース、あなたの命も・・・」

「奴らに殺されれば別だけどね」

 ライルはじっとフォースを見つめた。

深いフォースの瞳は、まるで底の見えない湖の様だった。





「普通の子とは思わなかったけど、想像を越えていたわね」

 母は裁縫をしながら呟いた。

「・・・」

 父はベットの中で本を読んでいる。

 ふと、廊下の床がきしんだ。足音はフォースの部屋に向かっている。

「あの子・・・」

「放っておけ」

 本を畳むと、ベットの中にもぐりこんだ。





「少し、いいかしら」

 フォースは窓辺に腰掛け、月を眺めていた。

「・・・行ってしまうの?」

 ライルはベットの上に腰掛けた。

「・・・・」

「・・・一つ、教えてくれるかな」

 フォースはライルを振り返った。

「最初、私たちまで警戒していたでしょ? どうして」

「・・ゾロがどのような姿なのか解らなかった。中には姿を持たず、精神体だけのものもいるからな。

 既にこの星は奴の手中にある。地に根を下ろす生物や、風さえも俺の問いに答えない。

 人がそうでないと言えなかった」

「そう・・・」

「それより、なんでこんな時間にやってくるんだ。俺だって男なんだぞ」

「解ってる・・・。でも、今言っておかないと、もう二度と会う事も無いかも知れないしね」

「今言うって・・・何を?」

「迷惑かけてごめんなさい。助けてくれてありがと。

 ・・・それと、本当はね出来ればずっと・・・傍にいたい」

「・・・」

 フォースは窓を開けた。ひんやりと冷たい空気が部屋に入ってくる。

「驚いた・・・」

「何が?」

「俺の正体知ってもそんな風に言ってくれる人がいるなんて・・・。大概は忌み嫌われるもんだから」

「嫌ってなんかいない。私は・・・好きだもの」

 少し、俯き加減に話す。

「ありがとう。でも、俺はライルの期待に答えられない」

「解っているよ。だから、今言っておかないとね」

 フォースは懐から小さな笛を取り出すと、静かに澄んだ音色を奏で始めた。

 小さな羽音をさせて、夜の鳥が小枝に止まる。

「今、始まったばかり。先は気の遠くなるほど長い。けど・・・大丈夫、必ず俺が守るから。だから心配しないで。

 それと、この村の事は決して忘れない」

 笛の音はいつまでも静かに続いていた。





 村長から渡された報酬で買った馬に、旅の道具一式を積み込んだ。

 その様子をライルは玄関先に座り込んでじっとみつめている。

「フォース」

 家の中から母が何かを抱えて出てきた。

「まだまだ寒いわ。持ってゆきなさい」

 それは、母が夜鍋して作ったコートだった。手渡されたフォースの顔が僅かだが照れを見せる。

「・・・ありがとう」

 フォースは軽やかに馬に跨った。

「どうも・・・お世話になりました」

「元気でな、武運を祈るよ」

 小さくお辞儀をすると、その視線をライルに動かす。

 ライルは何も言わずにじっとフォースを見上げていた。

「それじゃあ・・・」

 手綱を引き、村の外に向かって歩き出した。

 すぐにその姿が遠のいて行く。

 ライルは道端に出てその姿を見送った。父がそっと横に寄り添う。

「私・・・結婚しないかもしれない」

「お前の人生だ。好きにしなさい」

 ポロポロと大粒の涙が零れた。