SHALONE SAGA

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フォースの章2−9




 ドンドンドン!

 激しく叩かれる扉に、全員が一斉に振り返った。

「先生! 息子が怪我を!」

 叫ぶように女が中に入る。男に抱えられた少年はすぐに診療台に横たえられた。

 ぐったりしているものの、意外に顔色は悪くない。ライルは裂かれた少年の上着を取ると、軽く小首を傾げた。

「出血の割に、大した深さの傷ではないわね。大丈夫、ショックで気を失っているだけよ。包帯用意して。

 んー少し傷跡が残るかもね」

 言いながらてきぱきと傷口を消毒して行く。

(この傷、見たことがある・・・。アウトサイダーか。フォースは大丈夫?)

 子供を抱えてきた男は、部屋の隅にクラークの姿を見つけると、大またで近寄ってきた。

「貴様、何故ここにいる! 奴の監視役じゃなかったのか?ウィルがこんな事になっちまって、貴様にも責任があるぞ」

「え? ちょっと待てよ。これ、フォースの仕業だっていうのか?」

「他に誰がいるって言うんだ! あの男がウィルを襲っているのを何人もの人間が目撃しているんだぞ」

 言いながら殴りかかってきた手を素早く逆手に取る。

「どういう事だ」



 ライルはなだめる様にクラークの肩をたたき、首を振った。

「アウトサイダーの体は死んだ瞬間に風化してしまう。恐らく皆が見たときには既に・・」

 ライルの脳裏に記憶が蘇る。アウトサイダーに傷つけられた少年、傷は思いのほか浅い。

 そしてその場にいたフォース。

 以前父に聞いた話が蘇る。そうか・・・同じだ、あの時と。

「まずいわ。フォースが危ない」

「何?」

「この子を助ける為にあらん限りの力を使っている筈。

 今、アウトサイダーはおろか、この子の怪我の原因がフォースと思われたら、人の向けた刃に抗する力も無いはず。助けないと」

 迷わず外に出ようとしたライルの前に、クラークが立ちはだかる。

「だめだ、ここから出るな」

「何故? 時間が無い」

「もしこれが奴の仕業と思われていたなら、町の連中は君にも襲ってくるだろう。 俺は奴と約束したんだ。何があっても君を外に出すなと」

「――――」

 ライルは苦々しくクラークを睨みつけた。クラークの言い分も良く解る。

 自分が行って何が出来るのかという思いもある。しかし・・・。

「―――ママ?」

 少年が小さな声を上げる。弾かれるように母親は少年に抱きついた。

「ああ、ウィル良かった。気が付いたのね。ひどい事をされてしまったわね。可愛そうに。もう大丈夫だからね」

 少年は母親の腕の中で、きょろきょろと辺りを見回した。誰かを探しているようだ。

「ねえママ。僕を助けてくれた人は? いつも広場にいた緑の髪の人。

 あの人凄いんだよ。コナンさんに化けていたアウトサイダーを一撃で倒しちゃったんだ。

 だけど僕他の奴にやられちゃって。あの人が助けてくれたんだ。

 凄く胸が痛かったのに、あの人が触れた途端にそれが無くなって。『大丈夫だよ』って・・・」

「――――」

 全員が呆然と少年の言葉に耳を傾けていた。

 ライルは少年の側に行くと、しゃがみこんでにっこりと笑いかける。

「知っているよ。初めからね。フォースは本当はとても優しい人なんだって事は。みんな知っているよ」

 ライルは立ち上がるとクラークを見つめた。小さくクラークが溜息をつく。

「解った。但し俺も行く。どの道ライル一人じゃ埒があかないだろ?」

 ライルは力強く頷いた。




 バケツ一杯分の水を頭からたっぷりとかけられて、フォースは目を覚ました。

 体力はまだ回復していない。重い体を動かし周囲の様子を伺う。

(全く・・・なれない事はするもんじゃないなあ。再生なんて一番苦手の部類なのに・・)

 小さく溜息をつく。

 町じゅうの殆どの人間が集まっているのだろうか?

 中央広場は人で溢れていた。その誰もの目に宿る怒りの眼差し。

 目の前のゲイブは満面の笑みでフォースを見下ろしている。

「もう言い逃れは出来ないよなあ」

「・・・・」

 フォースはゆっくりと体を起した。両手は丁寧に後ろ手で縛られている。

「―――で、どうするんだ? 都に突き出すのか? それともこの場で公開処刑でもするつもりか?」

「まあそう慌てるな。前のジェニーの時はおまえにはアリバイがあったからなあ。

 他に仲間がいるんだろ? 一掃しなくてはいけないからな」

 軽く、フォースの眉が動いた。

 二人のやり取りを周囲の人間はじっと聞き入っている。

 ここ数日の間に、二人もの人間が襲われているのだ。田舎の町にしては大事件に等しい。

 全ては、この賞金稼ぎが現れたから・・・。

 誰の目にもその表情が宿っている。

(今までの連中とは少し違うようだな。少しは知恵が付いているというわけか)

 どちらかというと、アウトサイダーはむやみやたらに人の恐怖心をあおるケースが多かった。

 人が恐怖する様が魅惑の麻薬であるかのように。そう、かつてライルの村がそうであったように。

 しかし、この町は今までとは違う。

 外部から訪れるものに警戒心を持つように仕組まれ、閉ざされた空間でのコミュニティーを形成する。

 町の人間は平穏な生活を送りながら、密やかに化物へと代わって行く隣人に気が付かない。

 そして、最後の人間が襲われるその瞬間まで。

 いや、誰一人人間がいなくなった時ですら、この町は旧来然とした日々を過ごすつもりなのだろう。

 何の目的で?

 この地を活動の本拠地とするため?それともフォースをおびき寄せる為だけの罠のため?

 そもそも何故この地にライルがいたのか?彼女もアウトサイダーにおびき寄せられたのか?

 じっとフォースは周囲の気配を読み取っている。この群集の中に、アウトサイダーは間違いなくいる。

 ・・・・しかし、何かが足りない。

(近くにいる、十人程か。だが、どれもが雑魚だ。リストの連中もいる。これで全てか?

 親玉は何処だ。ゾロの子供は。ここにはいないという事か? 俺の読み違いか?)

「こいつが、例の賞金稼ぎ・・・か?」

 聞き覚えの無い声が群集の中から発せられた。

 反射的にフォースの顔がそちらに向く。

 人ごみの中から二人の老人が現れた。一人は町の長老だ。以前見たことがある。そしてもう一人は・・・。

 フォースの目が妖しく光る。

(ようやくお出ましかよ・・・)

「ええ、ようやく尻尾を掴みましたよ。先生」

 ゲイブが嬉しそうに話し掛ける。

 周囲の人間も彼を知らないのか、不思議そうにゲイブ達の会話を聞いている。

「先生が言った通りですな。この平穏な町に厄災をもたらす者がくるというのは。まさに誠だった。」

「そ・・・村長、その方は?」

「おお、皆に紹介していなかったな。この方は都で高名な学者の先生だ。

 先月都に赴いた際に知り合ってな。何でも我々の村の周囲に不穏な動きがあると忠告してくれたのだ。

 先生自身アウトサイダーに命を狙われている身の上。あまり公に出来なったのはそのためだ」

 ざわざわ・・と皆が話をする。

(ばーか。てことは貴様も怪しさ満点だろうが)

 フォースは心の中で悪態をつきながら、ゆっくりと掌を地面に押し当てた。無論誰も気が付かない。

「村長!」

 群集の中から突然の声に皆一斉に振り返った。ジェニーの夫だ。

「そいつをどうするんだ? 都に突き出すつもりか?」

「さて・・・どうするかの」

「仇を、ジェニーの仇を取らせてくれ。都で裁判を受けさせるなんてまだるっこしい事なんて出来ない。

 所詮こいつは賞金稼ぎだ。何があったって問題は無いはずだ」

 周囲では同情の声があがる。村長はゆっくりと手を上げた。

「まあ、そう急くな、皆の意思は解った。私も意義は唱えない」

 歓声が上がる。

「・・・」
 フォースは事の成り行きをまるで他人事の様に聞いている。

「・・・だが、こやつを処分するにはまだ役者が揃っておらぬな」

(来るなよ。クラーク。信じているからな)