SHALONE SAGA

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フォースの章2−3




 ライルは大急ぎで馬に跨ると、村に向かって走り出した。すぐあとにフォースも続く。

「先生!」

 村の通りに立っていた男がライルを見つけるなり走ってくる。

「今の悲鳴は何? 何があったの?」

「裏通りで人が倒れています。先生の所の患者ですよ」

「何ですって?」

 通りの角を曲がると、村人が群がっていた。

 人ごみを掻き分けた先に、昨日手術したばかりの患者が倒れている。

「あ・・・先生」

 様子を見ていた若者が、真っ青な顔でライルを見た。

 倒れている男の体の下には血の池が出来ていた。ライルは慌てて脈を取る。が、何の反応も無い。

「一体・・・どうして」

 腹部には大きな切り傷がある。これが致命傷であることは間違いない。

「先生が出掛けた頃にはまだ何ともなかったのです。本人も早く食事がしたいとぼやいてましたから。

 私が井戸に行っていた一瞬の隙に・・・」

 剣による傷であろうか、ライルには良く解らないが、鋭利なものでスッパリと切られている。

 その顔は見てはならぬものを見てしまったかのように恐怖に満ちている。

 フォースは人ごみの中からそれを見ていた。

 切り口は、剣のそれに近いが、フォースの目にはそうは映らない。

(警告か・・・それとも)

 突然、フォースの肩を何者かが掴んだ。

「お前が宿屋の言っていた賞金稼ぎだな。公安所まで来い」

「・・・どうして?」

 驚いた様子もなく、フォースは問いかけた。

「昨日、仏さんとお前が争っていたのを見ていた者がいる。第一賞金稼ぎを正面から切れる奴などそうそういない。

 例え怪我人であろうとな」

「俺が、犯人だと?」

「他に一体誰がいるというんだ?」

 周囲で二人のやり取りを聞いていた村人が、後ずさりを始める。

「ちょっと待って、ゲイブ」

 ライルは立ち上がると、人ごみを掻き分けて二人の下にやって来た。

「私、今までこの人といたのよ。時間的に無理だと思うけど」

「庇うんですか? 先生」

「庇うも何も事実だからね。第一凶器を持っていないでしょ」

 なるほど、凶器になるようなものは持っていないようだ。

「それは・・・そうだが。村にはこいつの他に怪しい人間は・・・」

「それは解るけど、短絡すぎない? 何なら私がこの人の保証人になっても構わないわよ」

「随分肩入れするんだな、先生」

 ライルは肩を竦めた。

「昨日世話になったからねえ」

「・・・解った。公安所に連れて行くのは止そう。但し、処分は保留扱いだからな。貴様の行動は監視させてもらう。

 さっさとこの村から出て行ってくれれば問題は少ないがな」

「・・・」

 公安官のゲイブは、部下に遺体の処分を命じ、その場から立ち去っていった。

 村人達もぞろぞろと去って行く。ライルはふうっと溜息をついた。

「全く、とんでもない事になったわね。どう? お茶でも飲んで一息つかない?」

「ああ・・・」

 人々が去った現場を暫く眺めていたが、ライルに続いて診療所に入っていった。

「本当に申し訳ありません。俺が目を離したばかりに」

 助手であろうか、二十代の青年がコーヒーを入れながら話し掛けた。

「気にしないで、カル。あなたの責任ではないわ」

 ライルは溜息をつきながらコーヒーをすすった。

「でも、一体誰が? フォース、あなたはどう思って?」

「・・奴とは昨日が初対面だ。対人関係は解らない。しかし、あの切り口は・・・」

 続きを言おうとしたが、気が変わったのか、フォースは言葉を中断した。

「切り口が・・・何よ」

 フォースはチラリとライルを見たきり、口を閉じてしまった。

 その様子に不機嫌そうにコーヒーをすする。

「そう・・・企業秘密と言いたいのね。でも、覚えておいて、私はあなたの保証人なのだから。ある程度は知る権利があるはずよ」

「誰も頼んじゃいないだろ」

「ああ。そう」

 不服そうにライルは顔をしかめた。


バタン!


 診療所の扉が開いて男が入ってきた。フォースの知らぬ顔だ。

「今聞いたのだが、何でも例の賞金稼ぎ殺されたんだって?」

 まるで自分の家のようにずかずかと入ってくる。

「こんにちはクラーク、今帰り?」

「まあね、あ、これクモマ草あったから取ってきたよ」

「わあ、ありがと」

「おや、お客さんかい?」

 クラークの視線がフォースを捕らえる。その眉が僅かに動く。

 フォースはコーヒーのカップを置くと、立ち上がった。

「馳走になった」

 一言、短く言うと、フォースはクラークの脇を抜けて出て行った。

「何だい? あいつ。やけに無愛想だな」

「フォースって言う名の賞金稼ぎらしいですよ。綺麗な顔しているけど、何だか怖い感じの人」

 看護婦がカップを片付けながらクラークに教えた。

「患者ではないみたいだけど」

「あの事件の容疑者なんですって、でもその時先生と一緒だったみたいで・・・」

「ライルと?」

 クラークはライルを振り返ったが、彼女は扉をじっと見つめたままだ。

「・・・」

 クラークは奇妙な面持ちでライルと扉を交互に眺めた。





「悪いが、もう泊める事は出来んよ。出て行ってくれないか?」

 宿屋に戻るなりフォースはそんな言葉を投げられた。

 ・・・想像はしていた事だ。この様子だと食事をとる事も出来ないだろう。

 フォースは部屋に戻り、荷物を持ち出した。

「これは、前金の残りだ」

 カウンターの中から主人が金を出す。

「いらんよ、とっておいてくれ」

 フォースはそのまま振り向きもせずに扉を開けた。通りの反対側に人影があった。

 まだ、若そうだ・・・見た目もフォースより年下に見える。・・・口元が笑っている。

 この村にはお前のいるべき所などありはしない。と言っている様だ。

 フォースはそれをじっと見つめる。

 そして軽く口元を歪めた。

 馬を引っ張り出すと、村はずれに向かって歩き出す。