SHALONE SAGA

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アルディアスの章1−5







 北国の短い春を何度迎えただろうか、アルディアスの身長は既にカイを抜き、随分と体格も良くなっていた。

 軽やかに雪解け水の流れる渓流を駆け上がる。背でまとめた緑髪が大きく跳ねる。

 昇りきろうとした瞬間に、カイが現れ、足元を狙ってくる。飛びのきながら剣を抜く。

 剣のぶつかる乾いた音が森の中に響く。


「カイ! アルディアス!」


 遠くからロシュフォールが叫ぶ声が響く。

 岩の上に立ち上がると、こちらに走ってくるのが確認できた。

「どうした?」

 カイも岩の上に降り立つ。

「連中が動き出したよ。シガールが帰ってきた。急いで戻って」

 岩を蹴ると、そのまま小屋に向かって走り出した。



 小屋の扉を開くと、暖かい空気が全身を包み込む。

 寒がりのロシュフォールはいつも汗ばむ程に薪を燃やしていた。

 ルパスの監視をしていたはずのシガールはテーブルに着き優雅に茶をすすっている。

 カイは上着をハンガーに掛け、部屋を横切る。

 ふと、ソファに横たわる毛布の塊が目に入った。

「・・・何だい?この子供は」

「連中に殺されそうになってたんでな。つい手を出してしまった。安心しろ、奴らには気づかれていない」

 まるでどこかで聞いた様な内容だ。

「ルパスの国王が今病に臥せっているのは知っているだろう。実務は王妃が執り行っているらしいが、表側の権力はその実子が持つことになる」

「実子・・・って・・・」

 カイの眉が潜む。



「くっそー。流石に足の速さは追いつかないなあ」

 アルディアスが肩で息をしながら扉を開けた。

 大またで歩く足がふと止まる。



「ルパスの皇太子は生まれつき病弱で表には出られない。ってか実際は行方不明。

 となりゃその役割は第二皇子に回ってくるということだ。

 今日、ルパスの遠征にその第二皇子がサインをしたらしいぞ。今国はえらい盛り上がりだ」



「・・・リシ?」

 カイとシガールが振り返る。

「おやおや、随分と昔に遠くからしか見てなかった割にはえらく勘がいいな。こいつはリシ・ドゥルサー・ルパス。

 正真正銘、お前の弟だ。他国の暗殺者に化けた連中に襲われていた」

「襲われた? 何で」

 特に外傷は無いらしい。

 濃茶の髪から覗く瞳は硬く閉じられているものの、すやすやと穏やかな寝息を立てている。

「そんな事知るか。まあ公人が他国の人間に殺されたら間違いなく戦争に突入だねえ。つまり奴らが行動を始めたんだよ。

 あの時お前も聞いていたんだろ、連中は人の混乱に乗じてメディウスの封印を解くと。

 ・・・正にその通りに動き始めたって訳だ。だから、邪魔な人間の始末に走っているのさ」

 他人事の様に淡々とシガールが話す。

「・・・だったら此処に連れてくるのもまずいのでは?誘拐されても戦争になるぞ。シガール」

 シガールは笑いながら肩を竦めた。

「このガキが生きてようが死んでようが連中には関係ないんだ。襲われた事実があればいい。

 実際、ルパスの皇子は今頃出兵指示の先頭に立っているしな。俺見てきたもん」

 カイ達の話を聞いていたアルディアスがつまらなそうに鼻を鳴らした。

「ってー事は、誰かがリシに化けて国を操っていると?

 メディウスの封印はルパスと北方のラナンキュラスの国境付近。あの大国と戦争なんて事になったら・・・」

 にやりとシガールは笑った。

「ま、お前の小さい国は無くなっちまうなあ。俺達には関係ないけどね」

 アルディアスがむっとする。

「てのは冗談として、俺達だって無益な血を流すのは好まない。

 ルパスがそうなる前に偽者を叩き出さなきゃならない。ということで・・・出来るか? アルディアス」

「当たり前だ。その為にこんな辺鄙な所で鍛えてたんだから」

「よし。じゃあ準備に取り掛かろう」

 


 カイの指示でグランビークを麻の袋に入れて手渡す。

 小さく何かを呟きながら折り目に沿って指でなぞる。

「これで多少の目くらましにはなるだろう。素のままでは奴らにすぐ感づかれる。封を解くのはぎりぎりまで待ってからだぞ」

 アルディアスは頷きながら受け取る。

「いいか? 奴らは本体のメディウスに比べれば些細な力しか持っていない。だが油断はするなよ、小物でも雑作なく人を殺る力はある」

「・・・判った」

 ロシュフォールは食料の入った包みを持ってきた。

「アルディアス」

 にっこりと笑うと、徐に抱きつく。

「へ? な・・・何だよいきなり」

「じっとしなさい」

 小さく何かを呟いてから、顔を上げる。

「その姿じゃ目立ってしょうがないでしょ」

 ふと、窓に目を移すと、自分の様子が一変していた。

「・・・」

 髪と瞳が黒くなっている。

「何顔赤くしてんのよ。ガキのくせに」

「・・・うっさい」

 少々乱暴に荷物を詰める。ふと、その手が止まる。


 ・・・そういえば、ロシュって一体何歳なんだろう。昔から全く変わってないけど・・・。


 隣でにこやかに笑っているロシュフォールを見つめる。反応が怖いから口には出さない。

「ねえ、アルディアス、この子にはちゃんと話しなさいよ。心配しているはずだからね」

「・・・うん」

 中途半端に答える。

「よし、ルパスの郊外まで送っていこう」

 シガールが軽々とリシを担ぎ上げると、小屋の扉を開けた。




 小さく爆ぜるに火の向こうで、リシは静かな寝息を立てている。

 その表情を見ながらも、アルディアスの表情は冴えない。 

 ロシュフォールは話せと言っていたが・・・。

 ということは自分はあの世界に戻らなきゃいけないんじゃないのか?


 ・・・何だか、面倒くさいな・・・。


 ぼんやりとそんなことを考える。

「・・・ん・・・」

 リシが顔をしかめながらゆっくりと目を覚ました。

「起きたか?」

 ゆっくりと身を起こし、目を瞬きながらじっとアルディアスを眺める。

「ここは・・・」

「ルパスの郊外の森の中。もう少しで夜が明けるよ」

「僕・・・確か襲われて・・・」

「大丈夫、賊はもういない」

 周囲を見回すが、なるほど、時折梟の声が響くだけで、静まり返っている。

 にこやかにリシは笑った。

「あなたが助けてくださったんですね。ありがとうございます」