フォースの章3−10
フォースは悔しさで泣いているライルに顔を近づけた。
「判ったか、ここは女が男に体を売る店だ。お前のような人間が来る所じゃない」
フォースは起き上がると、冷ややかな視線を投げる。
ベットの縁に腰掛け、額に手を当てると深くため息をついた。
・・・・正直アウトサイダーを相手にするよりしんどい。
ライルはベットの上で泣きじゃくっていた。
「お前みたいな小娘が一人で旅なんて・・・一体何処に行くつもりなんだ?」
「・・・アルザックに・・・」
フォースは顔を上げて振り返った。
「そこに行けば、何かが分かると思ったの。私が何のためにここにいるのか・・・」
(聞いていたのか・・・あいつの声を・・)
「だからって、こんな事して。サリーが知ったら泣くぞ。もっと自分を大事にしろ」
「だって・・・」
ポリポリとフォースは頭を掻いた。
「・・・判ったよ!・・・連れて行ってやりゃあいいんだろ。そんなに知りたいならアルザックまで連れて行ってやるよ。 そして自分の目で確かめて来い!」
「フォース? 本当?」
「サリーにフォローしてくれと言われているからな・・・」
「フォース」
座り込む背中に抱きついた。
「頼む・・・服を着てくれ」
「あ・・・」
ライルは真っ赤になってブラウスを着始めた。
「まあいい、今日はここに泊まってゆこう。疲れているんだろ?もう寝なさい」
「前みたく寝ている間にいなくならないでよ」
フォースは軽く笑った。
「心配すんな」
ライルは少し顔を赤らめてフォースの頬にキスをしてからベットにもぐりこんだ。
「このベット大きいからフォースも一緒に眠れるよ」
「馬鹿かお前は。さっきは泣き喚いて抵抗したくせに。俺はソファーでいい」
「だって、さっきはいきなりでパニックになったんだもの。フォースすごく怖かったし
・・・だけど、大丈夫でしょ?信じてるもん」
フォースは近づくと、ライルの鼻をつまむ。
「いいか? そうやって簡単に人を信用するな。だから厄介な事に巻き込まれるんだ。
俺だって男なんだ。信頼するなよ」
ぶっきらぼうに言い放つと、ソファーに座り込み、ワインの栓を開けた。
ライルはシーツを引き寄せ、小さくうずくまる。
「ありがと・・・おやすみなさい」
結構疲れがたまっていたのだろう、直ぐに小さな寝息が聞こえてきた。
「やれやれ・・・」
安堵とも、困惑とも取れるため息を、フォースは漏らした。
・・・宿屋が寝静まった頃、静かに部屋の窓が開き、ライルの荷物が放り込まれた。
「?」
ライルは起き上がると、窓辺に近づく。窓枠に手がかかり、酒場にいた少年が顔を覗かせた。
「あら、あなたは」
少年は指を立てて口に当てると素早くベットに視線を移す。
「どうやら客は帰ったみたいだね。今からでも遅くない、すぐにここから逃げ出すんだ。君みたいな子がいる場所じゃないよ」
「私の事心配してくれたの?」
にっこりと少年は笑ったが、直ぐにその笑顔が凍りつく。
フォースが起き上がり、ソファー越しにこちらを見ている。
「そんなところで話をしていないで、中に入ったらどうだ?」
少年はフォースから目をそらさずに、窓枠を乗り越えた。
フォースは知らん顔でワインを飲んでいる。
「彼女は騙されたんです。借金があるわけでもないし、ここが売春を斡旋している事も知らなかった。 だからお願いです。見逃してください」
チラリと少年を見上げる。
「理由は知っているよ」
「え?」
「あ・・あのね、この人知り合いなの。私を助けに来てくれたんだ」
「はあ?」
割って入るライルに、少年は目を丸くした。
「彼女の友人に依頼されていてな、こいつの旅が終わるまでフォローすることになった」
「あ・・ああそうなんですか」
少年はほっとした様に胸をなでおろした。
「でも・・・依頼って。一体あなたは何者です?」
「俺? 俺は賞金稼ぎだ」
「しょ・・・」
少年の体に緊張が走る。
「だ・・・大丈夫。この人は信用できる人だから」
引きつった笑顔で説明する。少年は不安げにフォースを見つめる。
「ここは法に反することも沢山しています。だから問題は起こしたくないはず。
彼女はここの商売を知らなかったって事は、まだ契約書も交わしてません。 その辺りをつつけば親父さんも強く言えない筈ですよ」
少年はペコリと頭を下げ、再び窓から出て行った。
「ねえ、フォース」
「んー?」
ライルは窓から少年が無事に帰るのを見ていた。
「それでも誰も信じちゃいけないの?」
「まあ、あれは例外中の例外だな・・・」
まだ夜明けまでには時間がある。フォースはごろんと横になった。
店主は困ったように眉をしかめた。
「困りますよ、お客さん。人身売買はしていないんだ」
フォースはじっと相手を見つめる。その視線にも臆さない。さすがにダークな仕事をしているだけあって負けていない。
「なら、この娘のサインを見せてもらおうか?」
「う・・・」
店主がたじろく。既成事実を作ってからサインをさせるのが彼の手法だったため、まだ書かせていなかったのだ。
「訴える事も可能だがな。俺は揉め事を起こす気はない。紹介者にいくら払ったんだ?」
「・・・25クルーズで・・・」
ライルは驚いた様にフォースを見上げる。フォースは懐から金を取り出す。
「この娘は身内だ。迎えにきたんだ」
金額をみた店主の顔が突然明るくなる。
「そ・・・そういう事でしたら、早く言ってくだされば良かったのに。
・・そうですが、家出娘でしたか、どうりですれていないと思いましたよ」
店主を一瞥すると、そのままライルの手を引き、宿を出た。
「フォース・・・」
後ろから小さい声がする。自分が売られていた事にショックを受けているようだ。
「判ったか? むやみやたらに人の言葉を信じるなよ。確かに親切な奴もいるかも知れんが、そうでない奴も多いんだから」
「うん・・・」
厩に近づくと、とことことフォースの馬が近づいてくる。
「長旅になるからな、荷物を整えよう。お前、自分の馬は?」
「いないよ。だって馬に乗れないもの」
フォースの馬が顔を摺り寄せる。首をなでながらフォースは俯いた。
「・・・どうやってここまで来たんだ?」
「乗り合い馬車」
あっけらかんと話す少女に、深く溜息をついた。そりゃいくら金があっても足りない。
「・・・道々教えてやる。じゃあ、まずは馬探しからか・・・」
比較的大きい町ゆえ、旅の装備を揃えるには事欠かなさそうだ。
牧場主に話をつけると、フォースは放牧場に向かう。
柵に腰掛けるとぼんやりと馬たちを見ている。何をするわけでもない。
ライルは柵に手をかけ不思議そうに見上げていた。
やがて一頭の馬が群れから離れ、フォースのところにやってくる。ゆっくりと懐に顔を寄せる。
「よし、じゃあ行こうか」
にっこりとフォースは笑う。
ライルは馬に乗れない為、当座はフォースの馬に同乗することになりそうだ。
「乗合馬車を使って旅をするのは良いところの人間だけだ。普通は自分で馬に乗る。野宿だってしていかなきゃならない」
「あら、野宿位はしていたわよ」
「・・・よく今まで襲われなかったな。運が良かったと思えよ。暫くはこの生活に慣れるために極力野宿するぞ」
手際よく鞍を取り付けていく。
「・・・フォースごめんね。怒られていた意味、判ったよ。本当に世間知らずだね、私」
愁傷な言葉に振り返る。
「よくそれでアルザックに行く気になったな」
ぷうっとライルは膨れ面になった。