SHALONE SAGA

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レーンの章 序

 瑞々しく実った桃に白い手が伸びる。

「うーん、美味しそうだね。皆にパイでも作ってあげようかしら」

 少し強くなった日差しが広大な農園 (もしくは森) を青く輝かせている。

 リベティは一杯になった籠を満足げに眺めると、梯子から降りようとした。

「・・・?」

 何かが彼女の精神に触れた。 不思議そうに顔を上げた目の前に、爆音と共に巨大な物体が横切る。

「・・・なあに?」

 梯子の上から頭を出すと、丁度その大きな物体が森の中に突っ込んでいるところだった。

「あらあらあらー」

 爆音と直後の爆風が森に響き渡る。

 巨大な火柱が周囲の木々を飲み込もうとした瞬間、中空にリベティが現れ右手を高く差し上げる。

 見えない球体が炎を包み込み、急激に縮小する。

 小さく安堵のため息をつくと、改めてその物体をしげしげと見る。

「・・・何かしら・・・これ」

 空に佇んだまま腕を組み小首をかしげる。 ・・・が、全く心当たりがない。

 銀色の大きな物体は、煙をくすぶらせたまま巨大な森の中で不釣り合いに横たわっている。

「あら? 人の気配がする」

 リベティは物体に近づいていく。 

 大きな物体の一部はどうやらガラス製になっているらしく、そこから中の様子が確認出来る。

 そのガラスの向こうで僅かに動くものがあった。どうやら人のようだがリベティに気づく気配はない・・・というより意識もなさそうだ。

 リベティは こんこん と軽くガラスを叩く。暫く考え込んでから徐に笑顔を作る。

「悪いけど・・・開けてくれないかな」

 誰に話しかけているのか・・・。 しかし、そのガラスは答えるように自動で開いた。

「ありがと」

 にっこりと笑うと、中の人物の様子を窺う。

 何やらいろいろな物が体にまとわりついて肝心の姿が見えない。苦戦しながらその装備を取り外すとようやくその顔が現れた。

 まだ若そうな男だ。完全に意識を失っている。

「大丈夫? 生きてるかな?」

 むろん返事があるはずもない。

 リベティは首筋に手を当て、脈を確認する。

「うん、生きているね」

 しかし、その手が生ぬるいものをとらえる。 見てみると手にべっとりと血糊が・・・。

 胸元の服を開くと、完全に血まみれ状態だ。どうやら衝突の際に強打したようだ。

「あらあらあら、大変。・・・バレンティノ!」

 呼び声が終わらぬうちに、すぐそばにその姿が現れる。

「お呼びで? リベティ様」

 言ってから目の前の物体に気が付き、軽く眉を動かす。

「これは・・・一体」

「この方を手当てしたいの、家まで連れて行ってくださる?」

 華奢な腕で必死に連れ出そうとしている。

「何者ですか?」

「・・・さあ、判らない。空から落ちてきたみたいだけど・・・」

 バルは改めて横たわる物体を眺めた。

「空とはまた奇妙な・・・せーラムは外界から隔離されている筈なのに・・・。それに、この機体は宇宙空間を飛ぶ構造では無いですよ。

 明らかに大気圏内部を航行する機械ですね」

「ふーん、そうなの。 ・・・でも考えるのは後にしましょう。とりあえず助けないと」

「はい」

 二人の姿はゆっくりとその場から消えた。




 リベティの部屋に重症の男を残し、バルはそのまま神殿の広間に向かった。

 扉を開くと、西日が照らすソファーの上で寛ぎながら本を読んでいる聖王が目に入った。

「ごくろーさん、ソーマ。 どうだった?様子は」

「おや珍しいですね、こんなところにいるとは。・・・聖王は彼の事ご存知で?」

「まあね・・・。だからこっちに来たんだ。 ・・・だけど彼の素性は知らないよ。 まあ影は関係なさそうだから心配する必要はないだろう。

 簡単に言えば、彼は残留思念によって呼び出されたって感じかな」

「残留思念?」

「・・・『あいつら』が帰ってくるのさ・・・」

 にやりっと意味不明な笑みを浮かべる。

「あいつら・・・とは?」

「教えてあげない。

 それより彼は北の銀河の尻尾の出身だな。今あそこまで行けるアイーンはいないよな。可哀相だが帰れないねえ」

 聖王は立ち上がると大きく伸びをする。

「おや、聖王は行けますでしょ?」

 少し悪戯っぽく舌を出した。

「行ったげなーい。・・・じゃあ俺、帰るね」

「・・・性格・・・変わりましたよね。一体何しに来たんですか?」

 意味深げな笑みと共に聖王の姿は消えた。 


 


「・・・・」

 ぼんやりと見つめる天井は今時珍しい石造りだ。 床も同じ材質で作られているようだが思いのほか冷え込んだ雰囲気はない。

 今・・・確か冬だよなあ。暖房も無いのに・・・・。

 暖房どころか照明もない、壁にとりけられたランプがいくつかあるだけだ。 だが、閉ざされた木製の窓の隙間から日がさしており、

 暗い雰囲気はまるでない。

 明らかに通常の景色ではないのだが、なぜか其処まで気が回っていない。 

 ・・・なんだっけ・・・俺・・・高度計がおかしくなって・・・・乱気流が・・・・。

「・・・何で、生きているんだ?」

 ようやく意識がはっきりしてきたか、身を起こすと手を上げてみる。・・・普通に全身の神経を感じる。・・・と、白いものが目に入る。

「・・・あれ?」

 あちらこちらに包帯が巻かれている。

 誰かが・・・手当てしてくれたんだ・・・でも、ここ・・・どうみても病院じゃないよな・・・。

 キイイー。

 扉の陰からウェーブがかかった豊かな浅黄色の髪が覗く。

「あら、目が覚めたの?」

 リベティはにっこりと笑うと窓の閂を外す。 暖かい爽やかな風と明るい日差しが窓から流れ込んでくる。

 ・・・今・・・冬・・・だよな。

 ぼんやりと思いながらも、その視線は窓を固定している彼女釘付けだ。

 こりゃあ・・・どえらい美人だ。

「気分はどうです? あらかた治しておいたからそんなに痛みは無いと思うけど」

「え?・・・あ・・・はい」

 にっこりと笑い掛けられ、首の後ろが熱くなるのを感じる。

 ・・・いやいや、待て。それよりもこの状況だ。どう見てもここ病院じゃない。

「あの・・・すみません。貴女が手当てを?」

「ええ、 ちゃんと治したつもりだけど、何処か痛みます?」

心配そうに覗きこまれて動機が早まる。

「あ・・・いや、大丈夫です。ありがとうございます」

 安心したようにリベティはにっこりと笑う。

「動けるようでしたら一緒に食事でもどうですか? 無理そうでしたら持ってきますけど」

「あ・・はい、大丈夫、動けそうです」

 少し慌てるように立ち上がった。

「・・・・」

 仰々しく包帯を巻かれているものの、思いのほか違和感がない。

 絶対・・・墜落したと思うんだけど・・・こんな程度で済むなんて・・・。 良く分からない。・・・そうだ、良く分からないと言えば・・・。

「あの・・・」

広い廊下を先に歩いていたリベティが立ち止まって振り返る。

「ここ、病院じゃ無いようですけど・・・一体何処なんです?」

「病院はここにはありません。ここはせーラムという土地です」

「せーラム・・・って、USAの?」

 リベティが困ったように小首を傾げる。

「うーん・・・多分、違うと・・・思う」

 困惑したような回答に妙な不安を覚える。

 ・・・じゃあ・・何処なんだよ。

 扉が開かれた途端に香ばしい匂いがなだれ込んできた。

 視線を動かすと、日差しが降り注いでいる窓際のソファーに二人の男が座っている。

 何か相談事でもしているのか、その表情は曇っているようだ。

 すぐ近くになる大きなダイニングテーブルでは、金髪の女性が忙しなくテーブルのセッティングをしている所だった。

 ふと、顔を上げた彼女と目が合う。

 「おや、もう動けるようになったんだ。流石だねリベティの治癒力は」

 その金髪の女性がパンの入った籠を持ちながら笑顔で話しかける。

「・・・リベティ?」

 振り返ると、美女がにこやかに笑っていた。

「自己紹介忘れていたわね。私はリベティ。・・・彼女はロシュフォール」

 トングを持ちながら手を振っている。何だかやたら明るそうな人だ。

「で、こっちがシガール」

 ソファに座っているやたら体格のいい男が軽く手を上げた。深緑の髪を背で束ねた長髪と日に焼けた顔が印象的だ。

「奥がカイ」

 シガールとは対照的に線の細い感じの男だ。短く刈り込んだ黒髪と・・・。

「あまり良い印象ではないと思うが気にしないでくれ」

 少し驚いている男を察したのか、カイが口を開く。

 本来は優男で十分通用するであろうが、その左目のあるべきところには大きな傷跡がついていた。

 男は済まなそうに軽く会釈する。

「あ・・・自分は・・」

「ジム・ヘミング。NATO軍中佐・・・ってなんだ? まあいい、場所は・・・まあたえらい遠い所だな。北の銀河の尻尾だと」

 がたいのいいシガールが手にしたメモを読み上げている。 一体、何のメモだろう。

「うっわー遠すぎ。 あたしそんなとこ行けない」

 ミトンを手にしたままロシュフォールが大げさに口を覆う。

「ロシュだけじゃなくて・・・今其処に行ける者は誰もいないよ。 ・・・あ、でもないか。一人だけ・・・」

「あーだめだめ」

 カイの声を遮ったシガールがひらひらと手にした紙を振る。

「バトゥ・・・じゃない、聖王はこの事には関与しないとさ。 『俺に頼るな、自分達でなんとかしろ』 と書いてある」

「何よそれ、随分えらそうに」

 ロシュフォールがあからさまに不機嫌そうな顔を作る

「・・・・・」

 男・・いや、ジムはあっけにとられてこのやり取りを眺めるしか無かった。



 えーと・・・何を話しているんだ? この人たちは・・・・北の・・・銀河・・・だってえ?



 振り返ったリベティが苦笑いをしている。

「随分混乱させてしまったわね。まあ、なんとなく判ると思うけどここは貴方の生まれ育った所ではありません。
 
 理由は判らないけど、貴方は何者かによってここに飛ばされてしまったようですね。

 ここはせーラム、物理的に言うと世界の中心。・・・・まあ便宜的に私達が住んでいるだけですけど」

 リベティが両手を広げると、その間に真っ黒な空間が現れる。・・・・いや、そうじゃない。無数の小さな光がその中に存在している。

 ・・・見覚えがある。これは宇宙だ。 その中には・・・地球だ。現物は見たこと無いが良く知っている。

「ここ・・・貴方の住んでいる所よね。とても綺麗でかわいい星ですね」

 その地球が一気に小さくなり、テレビや本で見たことのある銀河が何個も過ぎていく。やがて星星の移動は小さな一点の光を映して止まった。

「まあ、視覚的に表現してみたけど・・・・このくらい離れているのね。 ちょーっと遠すぎて貴方を返してあげる事が出来ないのよ」

 帰すって・・・・一体どうやって・・・そもそも何でそんな距離を移動したんだ?



 ・・・訳が・・・わからない。



「何とか方法を探すけど、暫くは難しいかも・・・。御家族が心配するわよねえ」

「・・・いや・・・俺、親・・・亡くなってるし、独身やし」

 一瞬、奇妙な間が流れる。

「それは、ごめんなさい。あ、でも恋人とか」

「先月フラれたばかりで・・・」

「・・・・」

「・・・・」

 こほんっとカイが小さく咳払いをする。

「・・・まあ、とりあえず食事にしようか。彼に我々の事も話さなくてはならないし」

 ロシュフォールが思い出したようにその場を離れた。

 呆然としているジムは案内されるがままに席に着く。

 食事の支度をしている様子を眺める。


 地球じゃないんだ・・・ってことは、こいつら宇宙人? っていうか多分、この場合俺の方が宇宙人。

 ・・・いやいやそうじゃなくて・・・。

 目の前の人々は、この状況が特に変わっているという認識も無いのか、淡々と食事の支度をしている。

 
 そうだ、俺・・・ひょっとして死んでんだ。

 そうだよ。だって、あの状況じゃ確実に墜落しているもんな。

 それなら合点がいく。だって目の前にいるじゃないか・・・女神が・・。

 
 その視線に気がついたリベティがにっこりと笑う。






 うん、天国も悪く無いかもしれない・・・。