アルヘイムの森2−7
立ち上がった姿はウィリアムより二回り程の高さしかない。
全身を包むようなローブを羽織ってはいるものの、その容姿、四肢の状態からは人間と見紛うばかり・・・唯、
その双眸だけが人間ならざるものの気配を漂わせている。
(・・・こいつが・・・ジュホーンか・・・)
ウィリアムは背中に脂汗がにじみ出るのを感じた。
一人狼狽しているウィリアムを察してか、ジュホーンは余裕の笑みを口元に浮かべる。
「流石に小僧はワシが何者か良くわかっている様だな。
なかなか面白そうな国だ。・・・丁度いい、貴様に成り代わってその目的を達してやろうじゃないか・・・」
「・・・・」
あれが・・・ジュホーン・・・。
握った拳が蒼白になる。
「殿下、どちらに?」
ヴィステラは意を決すると、走り出した。
「成り代わり・・・だと? ふざけるな」
アッシュが顔を真っ赤にして怒鳴りつけるが、ジュホーンはまるで気にする様子も無い。
「そうだなあ。まず手始めに東の国にでも攻め入るか・・・まあワシがおれば簡単に落ちるぞ」
「・・・東って・・・ガルトか・・・何を馬鹿な」
ギリ・・・。
それが冗談じゃないことが判っているウィリアムは歯ぎしりをするしかない。
どうする・・・こんな・・・城のど真ん中で・・・。
「いつの間にかいなくなったと思ったら・・・こんな所にいるとはな」
ウィリアムの目の前の空間がいきなり歪み、その中から一人の女性が現れた。
・・・リザードだ。
既に戦闘体制に入っている。その胸には炎の紋章が輝く。
「私を差し置いてこんな所に現れるとは・・・。随分水くさいのではないか? ジュホーンよ。
何年お前が出てくるのを待っていたと思うんだ?一言くらい挨拶があってもいいのではないか?」
「ジュ・・・ジュホーン・・・だと?」
ようやくアッシュが状況を飲み込んだようだ。
ウィリアムは無言のままだ。
こいつら・・・ここで戦いを始める気かよ・・・ふざけるな・・・。
ヴィステラは扉を開くと、何かを探し始めた。
「殿下! 勝手にウィリアム様の部屋に入られては」
慌てて飛び込んできたシェラフが引きとめようとする。
手を出しそれを制したヴィステラの視線に、光が漏れる戸棚が目に入った。
「ここか」
棚を開くと見慣れた箱が置いてあった。
「シェラフ。直ぐに城内にいる者全てを退去させろ。但し、中央の通路は封鎖するのを忘れるな」
「殿下、今日は国中の重臣が集まっています。そういう訳には・・・」
「命令だ!
責任は僕が持つ!いいか、全員だぞ!僕の名前で退去を!」
珍しく声を荒げるヴィステラにシェラフが戸惑う。それが、只事ではない事を知らしめる。
「・・・わかりました」
ヴィステラは箱を抱えて頷くと、扉を開いた。
「シェラフ、お前も様が済んだら逃げろ。 いいな」
「いや、しかし・・・私も一緒に」
「駄目だ。すぐに避難しろ」
戸惑うシェラフを残し、ヴィステラは走り出した。
階下の通路では未だ睨みあいが続く。
「貴様に何が出来るというのだ? 出来損ないのアイーンよ。 地龍を倒すのがやっとのくせに・・・剣も持たずに」
口元を緩ませ、挑発するかのようにジュホーンが話す。
「それが・・・何だというのだ?」
印を結んだ手を大きく交差させる。
こんな所で・・・何人の人間がいると思っているんだ・・・。
場所を全くわきまえていない状況にウィリアムが動揺する。
「殿下・・・上を」
耳元で囁く声に、視線を移す。
その先に、大慌てで走る人々の姿が映った。
「誰かが退去命令を出したようです」
少しだけ、胸をなでおろす。
「よし・・・お前達も気づかれぬように下がれ」
「殿下は?」
「私は事の成り行きを見る義務がある」
「殿下一人を残しては行けません」
「心配するな。死ぬつもりは無い。アイーンは手出しさせぬ約束したのだ」
「行くぞ!」
リザードは一気に間を詰め、至近距離から攻撃を仕掛ける。
摩擦による発光が幾つもジュホーンの周りで発生し、小爆発を起す。
周囲は砂塵で覆われ、それを鬱陶しそうに片手で振り払う。
「子供だましだな。効かぬぞ」
「・・・でしょうね」
煙幕の中から現れたリザードの両手には先ほどより更に鋭く発光する珠が握られていた。
それを至近距離で叩き込む。
「・・・」
少し距離を置き、様子を確認していたリザードだが、煙幕が薄らぐと小さく舌打ちをした。
(地龍の倍以上のエネルギーでも無理・・・か・・・ならば)
ゆっくりと手のひらを地面に付ける。
「その程度でワシに敵うとでも思っているのか・・・笑わせるな」
ゆったりとリザードに向かって歩き出す。
リザードの口元が小さく動く。
途端にジュホーンを包むように結界が現れ、その中から猛烈な光が発生した。
近くにいたウィリアム達もその光に目が眩む。
「アッシュ、今のうちに」
言いかけたウィリアムの周囲にも結界が張り巡らされ、その動きが止まる。
「・・・何だ・・これは」
「動かれちゃあ困るな・・・ウィリアム。貴様にはまだ用がある」
未だ強烈な光を放っている結界から、ゆっくりとジュホーンが姿を見せた。
無傷・・・だと?
どれだけのエネルギーを使ったと思っているんだ・・・。
力の差は判っていたはず・・・しかし、その予想すら・・・?
ジュホーンを包んでいた結界が消えた跡は大きく地面が抉り取られていた。
その残骸すらない。リザードはそこに存在していたものを分子レベルまでに破壊していた。
・・・だが、ジュホーンは何事も無かったかのように立ち上がる。
そして、その姿は先ほどのローブ姿とは一変していた。
知識の無いものが見れば、一瞬アイーンではないかと勘違いしそうだ。
リザードらに比べればかなりな重装備になるが、防具らしきものを纏い、その胸には何らかの紋様が浮かび上がっている。
「短い間に随分と腕を上げたようだが・・・残念だな。
ワシを三下の者と一緒にするなよ。たかが柱神の末席に名を連ねる者の血筋など所詮相手にはならぬ」
「・・・・」
リザードは想像を超えている相手の力に、大きな圧力を感じていた。
握り締めた手が蒼白になっている。
「・・・あいつを・・・知っているぞ」
シャルーンは何も言わずに視線だけを隣の人物に向けた。
城の中を逃げる人々、中庭に釘付けになっている人々・・・それらが一望できる屋根の上から、状況を伺う二つの人影が覗いていた。
一人はやけに小さい・・・シャルーンだ。
「俺達が最初に封じ込めた連中だ・・・冗談じゃない、あんな小娘に倒せる訳がないだろう!」
怒りを露に聖王が振り返った。
シャルーンはそれすら反応しない。聖王の眉が不審げに潜む。
「お前・・・最初から知っていてあの二人を送り込んだのか?」
「だったら・・・・。
だったらどうなんです? ジュホーン程度ならいくらでもいます。
聖王・・・あなた達が辛うじて封じ込めに成功した『始まりの者』達ともいつかは対峙せねばなりません。
ここであっさり敗れるようであれば、アイーン達、彼らにも未来はない」
「・・・・」
あまりの冷静さに聖王の方が驚く。
「それよりも聖王、あなたは此処を立ち去った方がいい。奴に存在を知られては都合が悪いのでは?」
その言葉に反応した聖王の表情が変わる。
「・・・お前・・・何を知っている」
シャルーンは答えない。
「 ・・・まあいい、そのうち話を聞こうじゃないか」
言いながら聖王の姿が消えた。
シャルーンは表情を変えずに、再び地上に視線を戻した。