SHALONE SAGA

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アルディアスの章2−2







 彼らは同等という話をしていたが、多少それは違うような気がする。

 明らかにリベティは皆を取りまとめているし、カイ達をルパスに送り込んだのも彼女だ。

 傍から見ればきちんとした国を形成している様にも見える。生活が成り立っているのだから、恐らくそうなのだろう。

 もし彼らが国としての自覚を意識し、アルディアス達の世界の様に他所の世界 (国) に手を伸ばし始めたら・・・。

 彼らのその力を駆使すればルパス程度の国など簡単にその手中に収めることが出来るだろう。

 この世の神と名乗ることも不可能ではない。


『・・・そんな事してどうするの?』


 ふと、先ほどのカイの台詞が蘇る。

 幸か不幸か、今ここにいるアイーンは更々そんな気は無いらしい。

 だが、この先も果たしてそうなのだろうか・・・。

「まあ、俺みたいな凡人には判らん世界だな・・・。どうでもいいし」

 子供達を指示しながらランチの準備をしているリベティには、そんな物騒な気配のかけらも見当たらなかった。



「こら、動くな!」

 ロシュフォールに怒鳴られ、ぴたりと動きを止める。

「耳の裏痒い・・・」

「うっさい。なんなら耳切ってあげようか」

 アルディアスは小さく溜息をついた。

 冬を越し、ようやく常人並みに戻ったアルディアスはロシュフォールに頼み込んで髪を切ってもらっている。

 春風に緑の髪が飛んでいく。

「主と違って随分素直で綺麗な髪してんのね。まあ、私ほどではないけど」

「・・・・」

 ロシュフォールは正面に立つと腕組をして笑った。

「うん。まずまずの出来かな。結構いい男に見えるじゃん。その傷もハクがあるし」

「・・・」

 渡された鏡で念入りにチェックをする。

 その額から左の目じりにかけて裂傷が残っている。少し長めの前髪があまり目立たないようになっているようだ。

 ロシュフォールの気遣いか・・・。

「・・・良かった。結構まともだ・・・」

 無言の拳が頭に飛んできた。



 髪を払って立ち上がると、テーブルの上に置いてあったグランビークを持つ。

「じゃあ、リベティの所に行ってくる」

「ちゃんと挨拶してくるんだよ」

 ローブに付いた髪を払いながらロシュフォールは答えた。

 歩いて向かう先に大きな石造りの建物が見えてきた。

 入り口に立ち並ぶ巨大な柱が何本もそびえ、重厚な屋根を支えている。

 しかし、若干造りのサイズが人間より大きく思える。

 唯一ここに人が住む前からあるものだと聞いた。大きな、神殿のような建物だ。

 階段を上ると、ひんやりとした空気が出迎える。

 足を止め、少し見上げた緑の瞳のその先に、アルディアスの視線を受け止めるものがある。

 無機質な石の瞳が小さなアルディアスを見下ろしている。

 左に錫杖を持ち、右手に珠を握った大きな石像は、男性とも女性とも判断出来ぬ整った容姿をしているが、その表情からは何の意思も感じ取れない。

 暫く見上げていたアルディアスだが、軽く口角を動かしただけで、その脇を抜けていった。

 長い通路の先、大きな明り取りの窓のある部屋でリベティは待っていた。

「髪を切ったのですね。よく似合ってますよ」

 少し照れくさそうに笑う。

「こいつを返しに来ました」

 グランビークを軽く持ち上げると、にっこりとリベティは笑った。

「流石に私も素手で持つのは抵抗ありますね。バレンティノ、こちらへ」

 扉が開き、一人の男が入ってきた。銀髪に紅い瞳を持った青年だ。明らかにリベティ達と雰囲気が違う。

 ・・・始めてみる顔だ。だが・・・何か引っかかる。

「お預かりいたします」

「バレンティノ?・・・ふーん」

 なんとも言えない違和感を抱いたが、答えが見つからない。

 小首を捻りながらにっこりと笑う男に剣を手渡した。

「じゃあ、俺帰ります。ありがとうございました」

「こちらこそ、本当にありがとう。お元気で」

 軽く頭を下げると、その部屋から立ち去った。





 空は蒼く何処までも澄み渡る。

 アルディアスは大きく伸びをしてめいっぱいの深呼吸をする。

「一つ注意をしておく」

 腕を組みながら眼下に広がるルパスを眺めていたカイが徐に口を開いた。

「何だい?」

「若干・・・時間にギャップが生じると思うが・・・まあ、あまり気にするなよ。些細な事だ」

「何の事?」

 カイは軽く肩をすくめただけだ。

「ああ、それとこれ」

 目の前に紙袋を差し出す。

「ロシュフォールからだ」

 開けると焼けたパンの匂いが広がる。

「・・・弁当かよ・・・」

 一緒に小さな包みが入っている。

 《どうせあんたの事だから素直に家に戻るとは到底思えない。当座の生活費じゃ、感謝しなさい》

 手紙と共に何枚かの紙幣が入っていた。

 カイは肩を震わせて笑いをこらえていた。

「・・・まるで母親だな・・・」

 少し拗ねた表情で手紙を戻す。

「さて、じゃあ私はこれでセーラムに戻る。・・・もう会うことは無いと思うが・・・元気でな」

 差し出された手をしっかりと握る。

「うん。セーラムの人や、ロシュとシガールに宜しく伝えといて。

 ・・・世話になりましたと」

 にっこりと笑うカイの顔がゆっくり揺らぎだし、やがて消滅した。

「・・・・」

 乾燥した風が軽く頬を叩く。

 アルディアスは再び眼下の城に目をやった。



 ようやく、終わったって事か・・・。



 そのまま草むらの上に横になる。

 見上げる空はセーラムで見た空と全く変わらない。

 ロシュフォールのサンドイッチを食べ、ぼんやりと寝そべっているうちに小さな寝息を立て始めた。



「・・・」

 気がついた時にはほんのりと空が赤みを差し始めた頃だった。

「やべ・・・寝すぎた」

 荷物を背負うと慌てて丘を下っていった。



 ルパスの城下町の門をくぐった頃にはもうすっかり日も暮れていた。

 カイ達が用意してくれた身分証のおかげでさほどの時間も掛からずに通過する。

 尤も、多少不審げな目は向けられたが・・・。

 とりあえず、行く当ても無いので王城に向かってみる。途中過ぎる人波に目に付く人間が何人かいた。

 金髪であったり、肌の色が違っていたり・・・。明らかな外国人の姿。以前は見受けられなかった。

 (何か少し様子が違うな・・)

 人の賑わう街道の先に以前見たことのある城壁が目に入った。

 夜になり主門は閉じられているが、すぐ横の通用門ではまだしきりに人の出入りが続いている。

 その門の前に立ちじっと城壁を見上げる。

「・・・・」



 じっと・・・。



「おい、どうかしたのか?」

 余りに長く佇んでいたためか、不審げに思った警備の兵士が近寄ってくる。

 掲げたランタンの光に映るアルディアスの姿に一瞬、眉を潜める。

 その表情を読み取ったアルディアスはにっこりと笑った。

「いいええ、何でもないです」

 荷物を肩に掛けなおすとくるりと背を向け、繁華街に向かって歩き出した。

 暫くその姿を兵士は追っていたが、さほど気にも留めずに元の配置に戻る。

「・・・とりあえずねぐらを探そうか・・・」

 街中の宿屋に何軒か声を掛けたが、言葉の通じない外国人と思われたり、その容姿に不審がられたりで、

 寝床が見つからぬまま時間ばかりが過ぎていく。

「・・・やっぱ甘くはないなあ。野宿でも構わんが、流石に何の身支度も無いのはきついなあ」

 とぼとぼと歩く先に一軒の酒場の明かりが目に入った。

 腹も随分空いてきた。もっと大事にサンドイッチを食べておけば良かった・・・。

「おし、幾らなんでもメシくらいは食えるだろう」

 取っ手に手をかけた途端、内側から強い勢いでドアが開いた。