フォースの章2−2
フォースは広場まで行くと、片隅の花壇脇に腰掛けた。
反対側では、井戸端会議に夢中になっている女性達がいる。
ふと、その一人がフォースに気が付いた。振り返った女性達に驚きの表情が宿る。
それ程に、フォースの顔は目を引いていた。
暖かな光を受けて、少し長めの髪が緑色に輝いている。
そして、その下に少し日に焼けた顔は誰もの目を引かずにはいられない。
彫りの深い彫刻のように整った顔立ちは、その様な周囲の反応にもまるで気にしていない様に少し先の地面を向いている。
別に、ただ呆然とそこに座っている訳ではない。
神経を周囲に張り巡らせている。特に何件かの家に気を配っていた。そのうちの一つの扉が開いた。
中からその家の主人と客だろうか、二人の中年の男女が出てきた。
フォースはそちらに視線を移さずに意識を集中する。
一瞬、その男がフォースに目を移した。が、すぐに話をしながら何処かに歩いていった。
(なるほど・・・)
フォースは地面を見ながらほくそえんだ。
バタン!
「ちょっと待ちなさいよ!」
乱暴に扉が開く音に続いて、女性のけたたましい声が響いた。
広場にいた者が一斉にそちらを向く。
「ふざけるな! 何が緊急の手術だ! 俺はこんなに元気じゃないか!」
三十代半ばと言った所だろうか、いかにも胡散臭そうな男が家の中に向かって怒鳴っている。
角の家・・・確か・・・あそこは。
宿屋の主人がいっていた医師の家だ。
「だから言っているでしょう。放っておいたら大変な事になるのよ!
今なら大した手術でなくて大丈夫だけどね。薬で痛みを抑えるのにも限界があるの!」
家の中から、怒鳴り声の主が出てきた。
その姿にフォースの目が見開かれる。
「俺の体は俺が一番良く知っている。このやぶ医者が!奴の言葉を信じてやってきたのが間違いだったぜ」
男は大またで立ち去ろうとする。その腕を女医の手が押さえた。
「どこにいくのよ! まだ治療は終わっていないわ! 戻りなさい」
「うるせえ!」
男は手を振り解くと、女医に向かって手を振り上げた。
女医はびくりと身を竦め、目を閉じた。
・・・が、その手は途中で止められた。何者かが背後からその腕を取ったのだ。
「・・・何だ? お前は」
「同業者だ。こんな所で騒ぎを起して他の者に迷惑をかけるな」
その声に女医は目を開いて顔を上げた。すぐに驚きの表情になる。
「何だと? この若造が、俺に命令するのか?」
男は相当腹を立てているらしい。
「いいガタイして、手術を受けるのが怖いのかよ」
嘲笑にも似たフォースの言葉に男の顔が引きつる。
「なんだとお」
男は手を振りほどき、拳を放ってきた。フォースは全く避ける風も無く。平然とそれを左手で受けた。
男の顔つきが変わる。渾身の力を入れたはずだった。
だが、目の前の男はまるで子供のパンチを受けたとでも言うように笑っている。
「お前・・・名前はなんと言う?」
「俺はフォースだ」
「聞いたことがあるな、その名前。有名な賞金稼ぎの名だ。・・・そうか、お前が・・・」
「どうする? 大人しく診療所に戻るか、このまま立ち去ってそこいらで野垂れ死にするか、好きなほうを選べ」
「・・・」
男はがっくりと肩を落として扉の奥に消えていった。
「フォース・・・」
立ち去ろうとしたフォースに女医が声をかけた。
瞳がかすかに潤んでいる。フォースは軽く笑うと、その場から立ち去った。
多少年をとってはいるものの、この十数年間忘れた事の無かった女性・・・。
(まさか、こんな所で・・・)
覚えているのは、半分泣きそうな顔で見送っていた姿。
あの時、まだ少女の面影を残していたライルが、突然成熟した女としてフォースの前に現れた。
ふと、民家の窓に映った自分のを見つけた。
・・・あの頃と寸分変わりがない。
自嘲にも似た笑みをその口元に浮かべた。
「おや先生、どうなさったんです? こんな早くに」
ライルは朝早くから村唯一の宿屋に顔を出した。
「ねえ、ここに賞金稼ぎの人泊まっていない? 名前はフォースと言うのだけれど」
「ええ、いらっしゃいますよ。どうかしたんですか?」
ライルは家から持ってきた酒瓶をカウンターの上に置いた。
「昨日暴れていた患者を上手く押さえてくれたのよ。
お礼を言おうと思って。これ、あまりのみ過ぎないでね」
「おお、これはすみませんね。あの方の部屋なら二階の隅ですよ・・・ああ先生」
行こうとしていたライルを主人は呼び止めた。
「もうとっくに出かけてますよ」
「え? そうなの」
「先生の所に行ったのかと思ったが・・・患者じゃないのかい?」
「え・・・ええ。そうね」
そうだった・・・。
此処に来る賞金稼ぎは治療目的の筈。そんな村にフォースが現れたという事は・・・。
ライルは外に出て空を見上げた。
「ここに、奴らが来るって事・・・」
フォースは村から少し離れた森の中にいた。ライルは馬から降り、ゆっくりと近づく。
「それ以上は近寄るな」
フォースは目を閉じたままライルに話し掛けた。
「フォース」
「誰の目があるかも知れない。知り合いと悟られぬ方がいい」
「・・・」
ライルは少し離れた所に腰を下ろした。
「・・・十年振りだね・・・元気だった?」
「ああ」
「昨日はありがとう。あの患者さん大人しくなってくれたわ。一週間もすれば元気になると思う」
「・・・」
「ここには仕事で?」
「・・・まあな」
「でも、妖しい事件なんて何もないわよ、ここは至って平和な村で。騒ぎっていったら私の所に来る賞金稼ぎが起すくらいで」
「ゾロの手の者は既にこの村に紛れ込んでいる。出来るなら今すぐにこの村から出て行ってくれ」
「フォース・・・一体どういう事?」
ライルは詰め寄ろうとする。
「近寄るなといったろう。これ以上詳しい話は出来ない。依頼者の身辺に拘るからな」
「それって・・・私も疑っているって事?」
フォースは相変わらずこちらを見ようとしない。
「・・・」
「随分ぶっきらぼうになったわねえ。前はもう少し愛嬌があったと思っていたけど・・・。
悪いけど私はこの村から出てはいけないわ」
「・・・」
「フォース。ねえ、こっちを見てくれない?」
フォースはゆっくりと目を開き、ライルの方を向いた。
静かに、時間が流れる。
ライルとて忘れた事など一度も無かったのだ。
きゃあああ
絹を裂くような女性の悲鳴に、二人は顔を上げた。