SHALONE SAGA

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ロッド・アスフィールドの章11




 荒らされまくった家の片付けもようやくひと段落の目途が立ってきた。

 ナガルはばらばらになってしまった父の本棚を整理しなおしている。

「悲しんでいる暇すらありませんでしたね・・・」

 少し申し訳なさそうに笑う。

「若、お茶はいりましたよ。一休みしましょう」

 声を掛けられ、ナガルはにっこりと頷く。

 軽く埃を払い、立ち上がると、丁度ロッドが書斎に入ってきた。

「話があるんだがいいか?」

「ええ、勿論」

 後ろ手に扉を閉める。どうやら長くなりそうだ。

 ナガルはソファーに腰を降ろした。

「新しい領主が来るって聞いた。その前に俺達も発とうと思う」

「え? まだ傷だって完治していないでしょうに。慌てる必要はないと・・・」

「そうだが、あまり人目に晒したくないんだ。あいつは無防備だ。何処から影がやってくるかも判らない。だから、街にはいられない」

 確かに、最後のルーの言葉が気にかかる。

「そう・・・ですか。判りました」

「で、ナガルに頼みたいことがあるんだ」

 にっこりと笑うと、ロッドはグランビークを差し出した。
 
 一瞬ナガルが怯む。だがその柄には厳重に幾重にも紐で巻かれ、封が施してある。

「リューに頼んで柄に封を施した。容易に抜けないようにしてある。

これを、誰の手にも触れないところに封じてくれないか?

 出来れば、二度と人目に触れぬところに」

「・・・どうして」

「これは、神を殺すための剣だ。人を食らうのはこいつ自身も意としていない。だから、俺には必要ない」

「・・・」

「親父と約束したのにな。結局守ってやれなかった。あいつは戻らない。

・・・全く、これじゃシトゥラにどういう顔で引き合わせたらいいものか」

「シトゥラ?」

 初めて聞く名だ。

「ああ、ファウラを迎えに来るらしい。以前聖王に聞いた。・・・あいつと同じ世界の人間だ。

 それまで守るのが俺の役目、だから、もう必要ないんだ」

 軽く笑いながら肩を竦める。

「だから頼む。こんなこと他の人間には任せられないからな」

 ナガルは少し震える手で剣を受け取った。



 リューは既に荷物を馬に載せ、無邪気に戯れている。

 ファウラを馬に乗せると、ロッドも軽やかに跨った。

「ナガル、元気でな」

 リューが笑いながら声を掛ける。にこやかに応じる。

「新しい領主が着たら、また色々と後始末が面倒だと思うが。済まないな、勘弁してくれ」

「大丈夫ですよ。問題ありません」

「・・・じゃあな」

「ええ、お元気で」

 手綱を引くと、あっという間に姿が小さくなる。ナガルは小さく溜息を付いた。

「若ぁ。お茶冷めちゃいましたよ」

「ああ、今行く」

 軽く笑いながら家の中に入っていった。





 水盤が軽く揺らめいている。

「急に呼び出して一体何事だ?」

 御簾を上げながら中年の男が入ってくる。水盤の隣に座っていた女が軽く頭を上げる。

「申し訳ございません。5年前と同じ光が現れましたので、報告せねばと思いまして」

「・・・なに・・・」

 水盤を覗き込む。小さく揺らめく間にほんのりと光るものが写っている。

「場所は?」

「以前消えた場所と同じです。ローダンです」

 男は髭をさすりながら考え込んだ。

「同じものか。今度は失敗せずに確保しなくては」

「私が向かいます。行かせてください」

「城付のお前自らか。それほどに魅力的な人物なのか?」

「百万の兵に匹敵する程の力の持ち主です。前回は愚かな小兵の為に逃してしまいました。失敗は許されません」

「ふむ、いいだろう。警備の者をつける。直ぐにローダンへ」

「ありがとうございます」

 女は顔を上げるとうっすらと笑った。





「まあ、平和な時代だから良しとすべきなのでしょうが、こう毎日陳情書の整理ばかりだとさすがに・・・」

 窓の外を見ると、すっかり日も暮れている。

 机の上の書類にナガルは小さく溜息をついた。

 あれからやってきた新しい領主は温厚な人物で、ナガルの家の事情を知りこの公邸での公務の仕事を与えてくれた。

 日々書類の整理に追われる身ではあるが、家人共々安泰な生活を送っていた。

「今日はもう終わりにしなさい。明日がなくなるわけじゃないのだから」

 机の前で肩をほぐしながら、領主はナガルに声を掛ける。

「はい」

 ナガルもにこやかに答えた。

「ところでオーウェン。君は今幾つだ?」

「先月18になりました」

「そうか。そろそろ連れ添いを探してもいい頃合だな。今度、娘がこちらにやってくるんだ。良かったら会ってみないか?」

書類を片付ける手が止まる。

「・・・は?」

「君は真面目だし人当たりもいい。娘も気に入ると思うんだ。縁が出来れば、私の補佐などではなく、

きちんとした役職への推挙も出来るというものだ。どうだ? 考えてみてはくれないかな」

「・・・・」

「どうした。」

「あ・・・いえ。考えたことが無かったものですから驚きまして」

「そうだな。まあ、ゆっくり考えてみてくれ」

「・・・はい」

 思いも寄らぬ話に本気で面食らってしまった。

 結婚ねえ・・・。

 考えながら外を見ていると、一頭の馬が城門をくぐってきた。

「・・・早馬だ。都から?」

 二人がエントランスに向かうと、都からの使者が肩で息をしていた。

「領主はどちらに?」

「ああ、私だが」 

 使者は息を整えると、一通の親書を手渡した。

 軽く目を通すと小首を傾げた。

「都の占術師がローダンに? 一体何の目的で?」

 ナガルの眉が軽く動く。

「詳細は御本人に伺ってください。 行程では明後日こちらに到着なさいます。丁重にお迎えください」

「判りました」

 使者は大きく頷いた。