SHALONE SAGA

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アルディアスの章1−6







 ・・・別に俺が助けたわけじゃないが・・・。


 また随分と素直な少年のようだ。

 リシは立ち上がると、丁寧に毛布を折りたたむ。

「それじゃあ、僕は家に帰ります」

「・・・無理だよ、殿下。城には入れない」

 アルディアスは小枝で火をつついている。

「・・・・」

 少し驚いた風にリシは振り向いた。

「殿下は暗殺者から逃れ、無事城内で守られている。今頃躍起になってその報復の準備に取り掛かっている筈だ」

「無事・・・って。まあ、確かに無事ではあるけど。僕はここにいて・・・。って、何故僕の名前を知っているんですか」

「そりゃあ此処では有名人だからね。見覚えあるし。殿下の椅子には今、別の者が摩り替わって収まっている」

 眉間を顰める。流石にすぐ信じられる内容ではない。

 その目はアルディアスの真意が何処にあるのか探っているかのようだ。

 それを気にする風でもなく、しきりに火をつつく。

 やがて焚き火の中から小さな芋を掘り出すと、リシに向かって投げる。

 何気に受け取ったが、余りの熱さに一瞬落としそうになる。  

「メディウス・・って知っているか?」

 火から目を離さずに話し始める。

「北方に棲む魔物の事だ。奴の流れを汲む者が随分昔からルパスの城内に潜んでいるんだ。

 連中の目的はルパスとラナンキュラスの戦争。それによって封印の地を荒らさせ、メディウスを掘り起こすつもりだ。

 今殿下が呑気に現れれば、すぐに拘束されるか、場合によっては抹殺されるだろう」

「何を・・・ばかな。そんな話を信じろというのか?」

 アルディアスは芋を齧りながらカップを差し出す。

「そりゃそうだ。こんな正体不明の男の話を簡単に鵜呑みにされたらこの国の将来が心配だ。

 まあとりあえず落ち着け。

 日が昇ったら城に向かおう。そこで自分の目で確かめな。それまでは無茶な行動はしないこと。」

 話を信じるわけではないが、この闇の中一人で行くにも少々不安があるのも事実。

 芋を頬張るこの男も何か引っかかるし・・・。

 リシはカップを受け取るとその場に座りなおした。

「・・・でも、じゃああなた一体何者なの?その話っぷりでは偶然に助けてくれた訳でもなさそうだけど」

「俺?・・・そうだなあ」

 ぽりぽりと頭を掻く。

「ガキの頃に奴らに遭遇した縁で、メディウスを狩る人と共に機会を狙っている。

 そのメディウス本体はまだ動いていないが、奴の手のものが此処の城にいると判ってね。

 その掃除にやってきたって所・・・。 そうだな。俺のことはバトゥとでも呼んでくれ」

 話しながら頭に浮かんだ名前を告げる。

「・・・それって、ルパスの英雄の名前ですよね」

 軽く笑みを返した。

「まあ、言いたくないなら構いませんが、でも何故? バトゥの目的がわからない。北の魔物は絶対悪かも知れませんが、避けて通れば済む問題。

 それをあなたが刈らなくてはいけない理由って・・・」

「そうだな。きっかけはこいつのせいだろ」

 言いながら木に立てかけてある包みを示した。

「これは・・・剣。ですか」

「ああ、封印がしてあるから触るなよ。

 名前はグランビーク。この世の始まりに、女神の手によって生み出された剣だ。

 この世界にはメディウスの様な魔物が多く封印されている。

 奴らがその封印を破りこの世に出てきたら、あっという間にこの世界の様相は変わってしまうだろう。

 グランビークは今の所それに抗する事の出来る唯一の剣らしい。まあ、俺も受け売りだがね」

「神の・・・剣?」

「そう。だが厄介な事にこいつは持ち手を選ぶ。意図しない者が剣に触れるとその魂を食らうらしい。

 俺にこの剣をもたらした連中も素では持てなかったからな。だからむやみに触るなよ、死にたくなかったらな」

「また・・・随分と危ない代物なんですね。でも、ということはバトゥはこれを扱えると?」

「だから此処にいるんだろ」

「なるほど・・・」

 それを簡単に鵜呑みにしていいものか・・・。

 芋を頬張っている姿をじっと眺める。




 ルパスの城下町に一歩足を踏み入れた途端、異様な雰囲気に包まれる。

 警備の兵士の数が多いこともさることながら、街中には、普段に増して多くの人々が溢れている。

 リシは人並みにまぎれながら一際大きい広場までやってきた。

 城の外壁に面しており、中央に大きなバルコニーが付いている。  

 祭事の際にはリシもここから様子を眺めた事があった。

 ・・・今日は視線が逆ではあるが・・・。

 多くの人でごった返している人々の視線が一点に集中している。

 そのバルコニー。

 何人もの兵士が周囲を固めている中、 いくつかの人影が中央に進んだ。

 人々が歓喜の声を上げる。

「・・・・」

 人垣の中から呆然とリシはその姿を見上げた。

 よく見知ったその姿。いつも優しい母の笑顔がそこにあった。

 ・・・そして、その隣に・・・。

「ありえない・・」

 小さな呟きが口から漏れる。

 突然、肩を叩かれてリシは飛び上がった。

「腹減ったろ。朝飯食いに行こうぜ」

 アルディアスは笑いながらリシの腕を引いた。



「ありえないでしょう。似ているなんてものじゃない、そのものだ。

 第一側にいた母も全く気がついていないようだし・・・」

 スープの底をスプーンで叩きながら呟く。

「当たり前だ。お前そのものに化けているんだからな。見分けが付くはずがない」

「・・・ふーん・・・。そういうものなの・・」

 とはいえ、実の親にまで気づかれないショックは案に想像できる。

「まあ、それは置いといて。都合がいい事に戦に供えて今雑兵の募集をしている。

 とりあえずお前の分と二人分登録しておいたから、近いうちに身体検査で城内には入れるだろう。

 念のために聞くが、お前は剣を扱えるか?」

 リシはスプーンを口に入れたままきょとんとする。


 ・・・だよな。昔の俺考えればそれはありえない。


「まあいいや。だが下の下になる雑兵では本宮までは流石に入れまい。

 強行突破してもいいがはっきり言ってお前が足手まといだ。だからといって一人じゃ、あの広い城内で迷って終わりだしなあ・・・」

 ちらりとリシを見ると、その顔色が少し明るくなっている。

「それならつてがありますよ。離宮に住んでいる先生なら僕の話を聞いてくれると思います。先生なら本宮まで出入りできるし」

 少しはやる気が出てきたか・・・。

「ふーん。じゃあ決まりだな。その先生とらやをまず探そう」

 リシは大きく頷き、一気にスープを流し込む。

「・・・でも・・」

「何だ?」

 不思議そうにリシはアルディアスを見上げた。

「そういえばさっき・・・雑兵の登録って言ってましたよね。それはルパスの国民証書が必要な筈じゃないですか。

 バトゥはともかく僕の分まで・・・。随分と段取りが良く出来ているように思うのですが・・・」

 アルディアスはコーヒーのカップをゆっくりとテーブルに置く。

「そうだな・・・お前は教会には良く行くのか?」

「? ええ、毎週礼拝に行ってますが」

「そりゃ信心深い事だ。主神のイリス神がいるだろ。俺がガキの頃に出会ったのがそのイリス神の末裔だった。

それが縁でメディウスと戦うように仕向けられたって訳だ。実際にお前を助けたのも彼らだしね。連中が俺達を裏で操っているという訳」

「神・・・様?」

 リシには思い当たる節があった。

「そういえば・・昔、母上が神様に会った・・・って言っていたような・・・」

「ま・・・まあ本人達は神じゃないって言っているけどね。どうでもいいじゃん」

 そういえば、母の元を離れたときにカイが話をしていたっけな・・・。

 すっかり忘れていた。危ない危ない。

 どうやら、弟の方が勘は鋭そうだ。

 当座の居場所を確保するために宿を探す。地方から出てきた者が街中に溢れているため、

何処もかしこも人でいっぱいだ。何とか見つけた宿で、途中仕入れた荷物を広げる。

 中身は随分年季の入った剣だった。リシの素人目に見ても、とてもじゃないが実戦に対応出来るとは思えない。

「体裁を繕うためだ。別に本気で使うつもりはない」

 言いながらリシに手渡す。

「あれ?バトゥの分もあるの? 持っているじゃない」

「言っただろ。あれは特別な物。俺達とは別次元の生き物を切るための剣。第一人は傷つけられないんだよ。

 しかも封印解いたら正体ばればれ。敵がいますよって大声で入城するようなもんだ」

「ふーん。ねえ、もう一つ聞いていい?  神様が・・・いや、神様の末裔がいるならどうして何もしないの?

 バトゥを送り込んだり裏で手を回す位ならその人達がメディウスと対峙すればいいんじゃないの?」

 相変わらす質問の多いことだ。

 リシの装備の具合を確認しながらアルディアスは軽く笑った。

「神頼みは好きじゃないな。自分達の国は己で守らなきゃいかんだろ。お前も国を代表する立場なら他人頼みは止めろ。

 それに彼らにも事情がある。彼らはまだ戦えないらしい。神の力を持っていても、それはメディウスには全く効かないんだ。

 メディウスもイリス神も元を糺せば同じ処から発生している存在だからな・・・・。

 同属は傷つけられない。たった一つの存在を除いては・・・。」

 リシは首を捻る。 

 何を言っているんだ。神と魔物が同属・・・。

 その様子に、アルディアスは軽く口元を歪ませただけだった。