SHALONE SAGA

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アルヘイムの森2−8




「・・・」

 手を伸ばして己を包む薄皮のような結界に触れてみる。


バチッ!

 
 手から伝わる激痛が全身に伝わる。

 滑らかな壁のように見える結界だが、指先は鋭利なもので切られたように裂傷が付いていた。

「私は・・・人質か?似合わんぞ・・・」

 自嘲とも思える口ぶりでウィリアムが小さく呟く。

「で・・・殿下」

 まだ逃げていない側近が結界の外から声を掛ける。

「アッシュ・・・逃げる気がないなら、とりあえず下がっていてくれ・・頼むから」

 ウィリアムの合図で無理やり結界からはがされるとそのまま引きずられていく。

 ジュホーンが軽く手を振ると、幾つもの炎が現れ、その中から剣や槍を持った化物が生まれる。

 それらが一斉にリザードに襲いかかかる。 

「邪魔だ!」

 攻撃を避けながらもジュホーンの隙を伺おうとするが、次から次へと炎の化物が襲い掛かる。

 リザードは大きく印を切り両手を振り払った。

 衝撃波が化物を襲い、四散する。

 その破片が煙の様に渦巻く中、ジュホーンの気配をうかがうリザードの目前で、猛烈な殺気が爆発した。

 慌てて防御の姿勢を取るが、身体が遠くまで弾き飛ばされる。

 思わず地面に膝を付く。

「・・・なんだ。もう終わりか?」

 ジュホーンも呆れたように肩をすくめる。


 その中庭に飛び込んでくる足音が響く。

 ヴィステラは箱を抱えたまま足を止めると状況を確認した。その視線が蹲っている人物の上で止まる。

「リザードさん!」

 声に驚いて振り返ったのはウィリアムだった。

「な・・・まだ残っていたのか。バカ者が! 逃げろヴィステラ!」

 ウィリアムの制止を無視し、ヴィステラが走り出す。


 くす・・・。


 微かにジュホーンの口元が緩む。

「・・・なるほど」

 軽く指先を動かすと、炎の化け物が一斉にヴィステラに向かって突進をする。

 炎に包まれる異形の姿を目にしたとたん、我に返りその足が止まった。
 
 炎の剣が振り下ろされる瞬間、ヴィステラの抱える箱が眩いほどの光を放つ。

 その光の帯に触れた瞬間、化け物の体が砂のように崩れていく。

「剣が・・・守ってくれたか・・・」

 ウィリアムはほっと胸をなでおろした。

 さすがにこの状況では危険すぎることをようやく悟ったヴィステラは、リザードに向かって滑らすように箱を放った。

「あなたの剣です!」

 一瞬、リザードの頭が動く。軽くヴィステラの方向に向いたように見えたが、そのままゆっくり立ち上がると、ジュホーンに向かって歩き出した。

「・・・どうして・・・」

 ヴィステラが小さく呟いた。



 その様子をジュホーンが愉快そうに眺めている。

「剣を取らぬのか?」

「お前には関係ない事だ」

「・・・まあ、どちらでも大した違いはないがな」

 言いながら再び幾つもの炎を生み出す。

 リザードは攻撃に備えて身構えた。

 ・・・が、炎の塊はその脇をすり抜ける。

「なに?」

 振り向いた視線の先には呆然と立ち尽くすヴィステラがいた。

「逃げろ!ヴィステラ!」

 おとなしく見物している状況ではなくなった。ウィリアムは渾身の力をこめて拳を放つが、その程度で効くはずもない。
 
 代わりに激痛が全身を走る。

 ヴィステラはあわてて踵を返すが、化け物の攻撃に軽吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

「ジュホーン! 弟は関係ないだろ! 手を出すな」

 ゆっくりとジュホーンの首がウィリアムに向く。意味不明の笑みを浮かべる。

「・・・弟・・・だと? こいつが・・・か? ふーん。

 まあいい、そんなことよりそれ以結界に手を出すな。腕が落ちるぞ。・・・恰好が悪くなる」

「・・・・くそ」

 既に両腕には無数の裂傷ができていた。何もできない悔しさに歯ぎしりするしかない。



「よそ見をするな。相手が違うだろう、ジュホーン。 そんな非力な人間を痛めつけて楽しいのか?」

 リザードが憮然とした表情で睨みつける。

 その言葉に一瞬、意外そうな表情を作ったジュホーンだが、何かを理解したのか、直ぐに口元を歪めた。

「・・・なるほど、 ワシもまた随分となめられたものだ。お前の様な無知蒙昧な者をよこすとは」

「どういう・・・ことだ」

「フン。知る必要はない。愚か者は消えるだけだからな」

 リザードは呼吸を整えると、一気に間を詰めた。ジュホーンは相変わらず余裕の表情でそれを見つめている。

 攻撃の為の印を切ろうとした瞬間、二人の間で強烈な光が発生した。

 反射的に手でその光をさえぎる。

 指の隙間から覗く飾りに見覚えがあった。
 
「バーウェント?」

 移した視線の先に、箱のそばで倒れこんでいるヴィステラの姿が見える。

 ・・・あの小僧が・・・。

 ようやくの思いで這いずってきたのか、その体は動かない。



 まだ・・・生きていたか・・・。



 ジュホーンが小さく舌打ちをする。

「全く、たいした小僧だ」

 言いながらリザードは剣を抜き放つ。

 剣を薙ぎ払う度にその切っ先から光が生まれ、周囲の化け物が一瞬にして消えていく。

「これは・・・すごい」

 思わずウィリアムも感嘆の声を上げる。
 
 だが、ジュホーンに動揺の気配は見えない。それどころか僅かに笑みすら浮かべている。

 リザードは一気に間合いを詰めると、上段から思い切り振りおろす。
 
 その剣先が身構えもしないジュホーンに襲いかかる。

 リザードは地に足を着くなり反撃を避け距離を置く。

「やった・・・か?」

 顔を上げたリザードの目に入ったのは右の肩口から先を失っているジュホーンの姿だった。

 思わず口元が緩む。

 だが、それに反してジュホーンは何事もなかったかのように佇んでいる。やがてゆっくりと首を動かし、

己の姿を確認した。

「まあ・・・この程度か」

 全く気にする風でもなくリザードに向かって歩き始めた。

「くそ!」

 リザードは小さく吐き捨てると、再び剣を構えようとする。

 が、立ち上がることは出来なかった。

 ジュホーンの片腕ががっちりと自分の足首をつかんでいる。

「・・・・」

 急激な殺気を感じ振り向いたリザードの目前までジュホーンが迫っていた。

 リザードは素早い動きで剣を振り上げた。・・・だが、ジュホーンは苦もない風に素手で剣を受け止める。

「所詮人の手で造られた偽物。さほどの力も無い。 本気で戦いたいと思うなら本物を持って挑め・・・グランビークのような本物をな・・・」

 薄ら笑いを浮かべると、そのまま苦もなく剣を圧し折った。

「・・・・」


 ばか・・・な。


 呆然としたリザードにジュホーンの攻撃を防ぐ余裕は無かった。
 
 懐に放たれた衝撃波をまともに喰らい、地面に叩きつけられる。



「・・・なんて・・・こった」

 視界には未だ動く気配のない弟と、リザード。そして無残に折れた剣が捨てられてかのように転がっている。





「くっくっく・・・」
 
 再びジュホーンが笑いだす。

 落ちていた己の腕を拾い上げると、そのまま肩口につなげる。

 驚くほどの速さで溶着すると、ゆっくりと指を動かして状態を確認した。

 「どうするんだ? お前の子供らはまるで使い物にならぬ。

 ・・・これでもワシはあの時末席を汚していただけの存在。そんな者にすら歯が立たないとはな・・・。

 舐めているのか?

 それとも、この程度の手駒であの方に抗う事が可能だと、本気で思っていたのか・・・。だとしたら愚かとしか言えんな」



 何を・・・言っている?

 ウィリアムはゆっくりと周囲を警戒した。

 誰かが・・・ここにいる。



「そもそもアイーンなど当てにせず、自ら先頭に立ってはどうか? シャルーンよ!

 ・・・それともこのアイーン達がワシに殺されるのを高みの見物でもでるつもりか?」

 初めてジュホーンが視線を動かす。

 つられてウィリアムもそちらを見上げた。


 城の屋根に小さな人影があった。

 まだ幼い・・・子供のように見える。

 
 腕を組み、じっとジュホーンを見下ろしている。

 その表情はあくまで冷静に見える。

「うぬぼれるな。 ジュホーン」

 シャルーンは挑発には乗らず、静かに答えただけだった。