ロッド・アスフィールドの章3
《・・・話をきいてくれませんか。ロッド・アスフィールドよ》
聴きなれない声が突然現れ、ロッドは振り向いた。目の前に不思議な人物が佇んでいた。
優雅に結い上げられた浅黄色の髪が緩やかにたなびいている。
淡い光を放つ幾重にも重なる着物の裾には純白の鳥のレリーフが優美に描かれ、
この世の者ではない雰囲気を醸し出していた。
男とも女とも判別できない顔立ちの主は優美な笑みをたたえて、ロッドを見つめていた。
《突然に失礼。私は聖王と呼ばれている者。あなたの元にリューという名の娘を送り込んだ者です。》
「リュー。ああ、あのわけの判らない子供か・・・」
にっこりと聖王が笑う。
《娘の失礼な言動をお許しください。あまり人に慣れていないゆえ、横暴に思われたでしょう。
少々短気な面もありますが、非常に優秀な娘です。きっと、貴方の役に立つと思います》
「役にって・・・あいつが、妹を探すのを手伝うってのか? 何の為に?」
《あなたの妹であるファウラは、私と同じ血統の者です。》
「・・・・」
《正確には半分だけ。彼女は私の妹レイティと貴方の叔父の間に生まれた娘です》
「さっき・・・あの子供、あんたの事神だって言っていたよな・・・。ということはあいつは神の娘だって言いたいのか?」
にっこりと聖王は笑った。
《我々を神というのであれば、そういうことになりますね。しかし、それは重要な事ではありません。
ただ、彼女は私達と同じ血、同じ力をその身に宿しているため、
一部の人間、そして厄介な者たちに狙われているのです。》
「厄介な・・・?」
《私達と対極である存在の者達です》
「神と対極って言えば、悪魔って所かい?」
わざとおどけた風に肩をすくめる。聖王はにこやかに笑っているだけだ。
「そんなもの、わざわざ俺みたいな非力な人間を使わなくたって、あんたらで何とかすればいいじゃん。神様なんだろ?」
《そうですね。本来はそうせねばいけないのですが、残念ながら私にはその力がありません。
今の私には貴方の魂に直接話しかけるのが精一杯。そして、まもなく私はこの世界から消滅します。
私だけではありません。この世界には私の同族のものは誰もいません。皆、いなくなりました》
「・・・」
《ですので、恥を忍びお願いをしたいのです。ファウラの力を、誤った事に使われぬようにしていただきたい。
シトゥラが彼女の元に辿り着ける時まで》
「シトゥラ?」
《彼女と同じ力を持つものです》
「・・・」
《頼みますよ。ロッド・アスフィールド・・・》
「・・・おい。朝だぞ。お腹が空いた。いつまで寝ている」
小さな足がロッドの頭を小突く。
「・・・」
ぼんやりとロッドは目を覚ました。その先にリューの怒った顔が覗いている。小さなため息が漏れた。
湯気の立ったカップが目の前に差し出される。一口すすると、甘い香りが全身を包み込む。
「うん、おいしい」
リューの顔が少し和む。
「・・・話は聞いたよ。だけど、今一納得いかない。あの人はともかくお前だって妖精というからには、
俺達人間とは違う力を持っているんだろ? わざわざ俺なんかと組まなくたってお前がやりゃあいいだけじゃん。
奇跡はそちらの専売特許じゃねえか」
「・・・? 何の事だ」
「浅黄色の髪の人が夢に出てきた。あれが聖王か・・・」
しばし呆然とした表情をしていたリューだが、小さく頷いた。
「・・・そうか。聖王がわざわざな・・・。今の状態では難儀だったろうに。私が至らないばかりに申し訳ないことをしたな。
聖王が本来の力を持っていれば、ファウラ様を守ることなどたやすい事。だが、今は己の命をつなぎとめておくので精一杯。
私達が代りに出来ればいいのだが、生憎私達は能動的な力は皆無。
お前のような人間でも、戦うことくらいは出来るだろう。情けないが力を借りるしかない」
もう少しましな言い方は出来ないのか・・・・。
「もうすぐ消えるって言っていたな・・・。あの人がもうすぐ死ぬって事か?だって神なんだろ?」
「聖王の一族はこの世界を捨て皆何処かに去ってしまったんだ。
それに逆らい残った神々もいたが、その力を失い皆亡くなってしまった。聖王は残された最後の一人なんだ」
「最後の・・・ねえ。まあ、俺みたいな人間にはわからん世界だ。まあいい。あんた達の事情は事情だ。
俺は自分の出来ることをするだけだし。親父との約束だからな。
で、ファウラを守るのは良くわかったけど・・・一体俺何年探していると思っているんだよ。
守る前にまず見つけないと話にならない」
「それは大丈夫。私を誰だと思っているんだ」
にやりとリューは笑い、小枝を取った。器用に地図を描く。
「大体この辺りはこんな感じかな・・今我々はここにいるだろ」
それを見ていたロッドが荷物の中から何かを取り出す。
「地図ならあるけど?」
「・・・あるなら言え」
「必要なら先に言えや!」
地図を地面に広げ、木の枝で一点を指す。
「ここだ」
「ローダン? ここにファウラがいるのか」
「ファウラ様の父親の国だ。大体ファウラ様の出生など殆ど公にはされていない。知っている者は限られている。
だとすればその周囲の者が拉致していると考えるのが自然だ。何やらこの方向から怪しい気配もするし・・・」
どうだと言わんばかりにリューが胸を張る。
「父親の国って・・・俺の叔父さんって事?」
「お前はそれすらも知らないのか。ファウラ様の父もお前の父もローダンの領主の息子だ」
「・・・」
流石にそれには驚いたようだ。
「いや・・・だって、俺ん家食べていくのがやっとだったのに・・・。俺の所の領主はすごい金持ちだったぞ。
でっかい屋敷に何人も使用人や取って・・・親父がその領主の息子だって? 何で?」
「人間の都合など私が知るか、そんなことどうでもいい。
今の領主は三兄弟の次男。お前の父が長男で、ファウラ様の父が三男だ」
何かがあったのだろうか、父の代に。どんな理由で自分の国から遠く離れた地で生活していたのか・・・。
「ほら、足りない頭で悩んでいたって何も答えは出てこないぞ。さあ行くぞ」
リューは元気良く立ち上がった。