SHALONE SAGA

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アルヘイムの森2−5




 窓から覗く月を、ベッドの中からぼんやりと見つめていた。
 
 不意に小さなノック音が扉から聞こえる。

「今日は月が綺麗だよ。 ヴィステラ、一緒に見に行かないか?」

 珍しくウィリアムが顔を覗かせる。

 寒くないように上着を着せると、そのまま城の外に連れ出す。

「ど・・・何処に行くの? 大丈夫? 怒られない?」
 
 心配げなヴィステラに軽く笑う。

「誰が怒るんだ? 私達に」

 城を取り巻く城壁に辿り着くと、腕を組んで小さく溜息を付く。

「さーてと・・・お前、抜け道位知っているだろ? 外に出ようぜ」

「・・・へ?」

 時折人目を盗んで、森に出かけている事がしっかりばれていたらしい。

 ヴィステラは観念したように人目に付かない城壁の破損部分に向かった。

「・・・・」

 大人が通過するには少々きつそうな割れ目ではあるが、とりあえず何とか通れそうだ。

「あの・・・」

「心配するな。補修はお前が通れなくなってからにしてやる」

 城下町にまで辿り着いたが、日没後の街は少し物悲しい。

 ウィリアムは閉めかけていた商店に入るとなにやら小さな包みを持って出てきた。

 流石にウィリアムに気が付く気配がない。

「なあに?」

 不思議そうに覗き込むヴィステラににっこりと笑う。

「食料。のんびりと飲もうや」

「へえ・・・お金持ってたんだ」

「お前の所のシェラフに借りたんだ。うちの連中には話せないからね」

 そのまま街を離れ、民家の無い丘の頂上を目指す。

「何処に行くの」

 無言で歩き続けたウィリアムが、ふと、足を止め指で指し示す。

 川を挟んだ対岸に見える丘は幾つもの松明で明るく照らし出されている。

「・・・・」

 此処からは父の墓稜がよく見えた。

「余り近すぎると警備兵に見つかるからな。此処なら父上がよく見える。

 ・・・最近は随分慌しくてまともな話も出来なかった。 疲れていないか?」

 斜面に腰掛けると大きく伸びをする。

「僕は別に。兄さんの方が大変だったでしょう。僕何も手伝いできなくて・・・」

 荷物の中から瓶を取り出し、ヴィステラに手渡す。自分も栓を抜くと一気にあおった。

「・・・ヴィステラ、お前は王になりたいか?」

 意外な質問に、ヴィステラは瓶を持ったまま大きく頭を振った。

「いや・・・そんなに力いっぱい否定しなくても・・・。

 まあ、ここには向いていないだろうな。

 だが、これからは多少なりとも勉強して政治に首を突っ込んでもらう事になるぞ」

「ええ・・・。父の考えはわかりました。

 成人する頃までにはまあ右腕とはいかずとも多少は役に立ちたいと」

 言いながら栓を開ける。

「ばーか。

 俺はお前の力を借りずともちゃんと出来る自信はある。

 何たって小さい国だ。勉強しろと言うのはおまえ自身の為だ。

 ・・・良く見ておけ。

 別に父上を否定するわけではないが、私のやり方は父上とは違う。

 どれが正解なのかは私にも判らない。
 
 だからお前は色々な方法を理解し模索するんだ。
 
 機会を待ってお前を外に出す。 そこで多くの知識を得てこい」
 
 まだ十二歳の子供には、その真意は見えない。
 
 どういうことだろうか・・・不思議に思いながら、ヴィステラは瓶に口を付けた。

「!」

 思わずむせ返る。

「・・・これ・・・酒?」

 その反応にウィリアムが腹を抱えて笑っていた。

「まあ・・・アッシュ達の事は気にするな。お前は言いたいことを私に言えばいい」

 気が付いていた・・・自分の不安を・・・。

 ヴィステラは嬉しそうに頷いた。



「あら・・・こんな所で話し声がすると思ったら・・・いい男みーっけ」

 不意に聞きなれない声が近くで生まれ、二人は振り返った。

 薄絹を纏った若い女性が月明かりに佇んでいる。

 赤い髪に黒のメッシュが入った短髪の美女だ。妙に艶っぽい。

 額についている輪状の飾りがその雰囲気とは随分とそぐわないが、一見してその筋の女性と思われる。

「人気の無いところで二人で酒盛り?いっみしーん」

 軽く笑いながらウィリアムに近寄ってくる。

「そうですか?」

 少し酔っているのか、ウィリアムは追い払う様子も無く笑っているだけだ。

「私もご一緒していいかしら」

「美しいご婦人が一緒だとさぞかし酒が旨そうだな・・・喜んで」

 言いながら女の腰を引き寄せる。

「ちょ・・・ちょっと兄さん」

 顔を真っ赤にしてるヴィステラが慌てて止めに入る。

「あら、随分大胆だこと・・・」

 ウィリアムの行動に少々驚いた女だが、その言葉が途中で止まる。

 首筋に細いナイフが突き立てられていた。

 逃れようにもがっちり身体を押さえられていた。

「夜のお仕事の女性はあなたのように歩かないし、肉付きが余りに違いすぎますよ。

 貴女の身体は戦う為に鍛えた体です。一体、何者です?」
 
 女が観念したように笑う。

「おほほほ・・・。 御戯れを殿下。決して怪しい者では・・・」

 ウィリアムの目つきが一層厳しくなる。

「・・・ほう。私の事を知っているとはね・・・。また間者にしては随分と間の抜けた・・・。

 女性を手に掛けたくはない。ましてや弟の前です。

 裏で手を引いた者と一緒に速やかにこの国より去ることを約束すれば、今回限り見逃しましょう。

 こちらも忍びなのでね」

 ふう、っと女性は溜息を付いた。

「私の負けね、ウィリアム殿下。ボンボンだからもっと鈍いのかと思ったのに」

 言いながら額に手を伸ばす。

「変なまねはしないでください」

 ・・・一瞬、ヴィステラはそのただならぬ気配に気が付いた。

「待って! 兄さんその人・・・」

 言い終わらないうちにウィリアムの目の前で女性の姿が変貌した。

 にっこりと笑う勝気な瞳。

 ・・・胸に炎の紋章を抱いている。

 二人は呆然とその姿を見つめた。

「始めまして。ウィリアム殿下、ヴィステラ殿下。私はセーラムより参りましたアイーンのフィシスです」

「・・・・アイ・・・ン?」

 流石のウィリアムも良く状況が判らず混乱しているらしい。

 思いのほかヴィステラは冷静だ。

「・・・リザードさん達だけじゃないんだ」

「あら、私達の国、セーラムには沢山いますよ。尤もこの世界には無い国ですけどね」

 愛嬌のある笑顔でフィシスは答える。

「ウィリアム殿下がバーウェントの事を知りたがっている様なので、あの剣の特性を教えるようにと仰せつかりまして」

「仰せつかった・・・ねえ。

 つまり、あなた方は個人の意思で動く訳ではなく誰かの管理下にあって動くわけですか・・・」

 冷静を取り戻したウィリアムが座り直りながら質問をする。しかし、その表情は未だ探りを入れているようだ。

 気が付いているのかフィシスは満面の笑みを返す。

「勿論。多分あなたの思っている程のものでは無いと思いますけどね。 結構適当に国という形態を持っている一族です。
 
 ついでに言うと私達は神ではありません。万能じゃありませんから」