SHALONE SAGA

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フォースの章3−7




 小屋の前にフォースは立っていた。じっと眼下にある村を凝視している。

「フォース!」

 サリーは走りながら名を呼んだ。鋭い緑の瞳が振り返る。その視線に殺気を感じ、一瞬足がすくむ。

 今まで何度も会っていたがこのように恐ろしいフォースは始めてみた。

 戦い前の緊張感というよりは、怒りに満ちているかのような表情だ。

 まさか・・・。一部始終をここから見ていたというのか?

「村に・・・残ってなくていいのか? 危ないぞ」

「それどころじゃない。頼みがあるのよ。アウトサイダーを倒したら、そのままライルを何処かに逃がしてあげて」

 恐怖で足がすくむが、必死に話しかける。

「お願い、あの子を助けて。何処か安心して暮らせる所に・・・」

「一緒に連れてゆく事は出来ない」

「何でよ。彼女あなたを信用しているわ」

「だから、余計なんだ」

 少しイラつき気味にフォースは答えた。依頼を受けている身でありながら、何故そこまで拒否する?

「だが・・・」

「え?」

「あの娘が無事に何処かで生活できるまで彼女を守ることは約束しよう。・・・それは俺の義務でもあるからな」

「フォース?」

「だが、彼女の前には現れない。これ以上俺にかかわる事は彼女の為にならない。・・・それでも、いいか?」

「どうして? 別に姿を隠す必要なんて無いじゃない。フォース、最初からそうだったよね。

 ちゃんとライルの事気遣って守っているくせに、あの子の前ではわざと突き放したりして・・・。

 ねえ、何か、隠していない?」

 少し、フォースの表情が緩んだ。軽く笑っているかのようだ。

「やれやれ、こんな小娘にまで察せられるとはね。余程俺自身が混乱していたようだな。

 ・・・俺はな、全てを知っているんだよ」

「え? 全てって?」

「何故、彼女があの痣を持っているのか。あの痣が何を意味しているのか。痣を見た瞬間に全てを理解した。

 だから、君達に係わりを持ちたくなかったんだ」

「知っているって・・・何で話してくれなかったの?」

「知らせたら、普通の人間として暮らせなくなると思った。 多少は不便でも何も知らない普通の人間として生きた方がずっといい」 

「普通の・・・って?」

 ゆっくりとフォースの髪が揺らめく。風も無いのに彼の周りだけに風がまとわりつく。

 僅かな光を放ち、フォースの体は見事な濃紺の服に包まれた。胸元のレリーフに目が釘付けになる。

「俺の事は一切口にするな。但し、一つだけ教えてやれ。

 このフェニックスは元々シャルーンという神の印だと。間違っても邪悪なものではない」

「・・・あなたが、そのシャルーンなの? じゃあライルも?」

 ゆっくりとフォースは笑った。

「いや、俺はシャルーンの血を継ぐ一族、アイーンのフォースだ。彼女はただの人間。我々アイーンとは関係ない。

 ただ・・・」

「ただ・・・?」

 フォースの姿が揺らめきだす。

「五十年以上も昔、そう、彼女が生まれ変わる以前に、アイーンの男を愛していた・・・それだけの事だ」

「愛して・・・?」

 フォースの姿は一陣の風と共に消えた。呆然と今まで彼がいた場所を見つめる。

「そうなんだ・・・あなたの恋人の生まれ変わりなんだね。ライルは」

 遠くから鐘の音が響いてきた。

 儀式の執り行われる方向をじっと見つめた。

「だったら・・・大丈夫。あの人は必ず守ってくれる」




ギギギギ・・・


 ゆっくりと祭壇のある部屋の扉が開かれた。

 頂上に上った月が周囲を明るく照らしている。

 村人たちは祭壇の前にいくつもの箱を並べ始めた。中には一体何が入っているのか。

 最後にライルが運ばれ、祭壇の上に横たえられた。周囲に香が添えられる。

 村長は香を吸わぬよう、口元を覆いながら、手早くライルの腰紐を解く。

 白い素肌が月明かりに照らされる。

 全員が祭壇から離れ、部屋の入り口に並ぶ。


 しばし、無音の時間が過ぎる。


 突然、部屋の奥にある壁が発光し始めた。描かれた壁画が僅かに動きそこから抜け出してくる者がいた。

 アウトサイダーだ。

 化け物は村人を襲うことは無く、祭壇の前に置かれた箱を抱え、次々と壁の中に消えてゆく。

 小さな安堵の息が村人から漏れた。

「まだ、これからだ」


 ぶ・・・ん


 低いうねりのような音が辺りに満ち始める。人々が一斉に緊張する。

《今回は雌か・・・》

「はい、期待に添えられる娘を用意いたしました」

《ほう、それは頼もしい。沢山の子を産むことが出来そうだな》

 ぐふ・・ぐふ・・

 笑っているのか、何とも背筋が寒くなる声だ。

 壁の中から再びアウトサイダーが現れてきた。

 これが、今まで犠牲になった娘とアウトサイダーの間に出来た子達なのだろうか?

 言われてみれば、人間の要素もいくらか感じることが出来る。

 アウトサイダーの子達は先ほどの箱を持っていた。それらを再び並べ始める。

 作業を終えた化物達はのろのろとライルの周りに集まりだした。

 彼女を連れてゆこうというのか、あの壁の向こうへ・・・アウトサイダーの世界へ・・・。

 一瞬化け物たちは彼女に障るのをためらった。

《何をしている。早く新しい花嫁を連れてこい》

 声に叱咤され、化け物はようやくライルの体を持ち上げようとした瞬間・・・。

 グゥワウウウウ!

 突然、化け物が叫び声をあげた。

 ライルの胸元が強い光を放っていた。痣が輝いている。当の本人は今だ意識が無いのか、まだ身動きしない。

 だが、その光が全身を包むと、その表情に意識が宿ってきた。

 周囲の化け物たちは体を硬直させたまま、風化していく。

「・・・」

 ライルは光に包まれながら、今だはっきりしない意識で、ぼんやりとその様子を見ていた。

《女! 貴様はあいつの妻ではないか! 何故ここにいる。アルザックの村に住んでいたのではないのか?》

「アル・・・ザック?」

 ライルの口がゆっくりと復唱する。

 かろうじて風化を逃れた化け物が村人達の方を向いた。皆の表情が硬直する。

 一体何が起きているのか判らない。

 ただ、今危機に直面していることだけは理解できた。

《騙したのか? 人間風情が。お前たちと契約し、その願いを聞き入れ、金を与えてやった。

 このわしにアイーンの妻をよこすなど!》

「い・・・一体何のことで? 我々は裏ってなどいません。この娘の痣はあなたの御印ではないのですか?」

《ふざけるな!》

 地響きのような声が辺りを覆う。

《この印は、我々の父の敵のものだ。この女はわしの兄弟を何人も殺したあの男の女だ》

 化け物がゆっくりと村人に迫ってくる。

《この女はお前達の手ですぐ殺せ。そして今村にいる全ての娘を連れてこい!》

 愕然とした表情が広まる。自分の娘を差し出せとは・・・。

「お・・・お許し下さい。それだけは・・」

《知っているのだぞ。今まで差し出された者が全て他所の人間だということもな。 娘を出す気が無いのなら、全員死ね!》

 その声にはじかれた様に化け物が一斉に村人達に襲い掛かった。


 ・・・一筋の光が化物の上で煌いた。


 ゆっくりと化物の首が落ちる。フォースは軽やかにライルの乗せられている祭壇の上に舞い降りた。

 一瞬早く壁からの気配が消えた。フォースはじっと壁の絵を見つめている。

「フォー・・・ス」

 半分覚めやらぬ顔でライルはフォースを見上げた。

「だから言っただろう? あいつらは君に指一本触れられぬと」

 フォースはローブを外すと、ライルの体に掛けて抱き上げた。屈みこんだ時に胸のレリーフが目に映る。

(これ・・・フェニックスじゃ・・・)

 すうっと意識が遠のいてゆく。

 フォースは彼女の額から手を外し、軽い足取りで祭壇から降りた。

 呆然としている村長の方に向かってゆく。

「あいつは・・・アウトサイダーは金山にいるのか?」

「い・・・一体何の事だ?」

 汗まみれの顔で引きつりながら応える。

「お前たちは上手く利用しているつもりだろうが、いずれそれは間違いと判るぞ。恐らく奴は今動けぬ状況なのだろう。

 だが、お前たちが与えた娘らの子が増えれば、奴は動き出す。この村などあっという間に全滅だ」

 フッとフォースは笑った。何とも不気味な笑顔だ。

「それに、お前たちは奴を怒らせた。程なくアウトサイダーは村に押し寄せるだろう。

 殺すためなのか、女をさらう為かは知らんがな」

「・・・」

 村長は唇を噛んだ。

「そうだ、金山の奥にいるはずだ」

 村人の一人が口を開いた。

「黙ってろ!」

 誰かが叱咤する。

「嫌だ。俺の娘があんな化物を産むなんて考えたくない。金など要らぬ。 貧しくても娘の方がいい。高山の奥の泉にあいつは住んでいた」

 フォースは軽く笑うとその場から立ち去った。

 この村がどうなろうと知ったことではない。とりあえず今回の取引は終了したのだ。この先十年は安泰だろう。

 建物から出た瞬間、フォースの姿が消えた。





「!」

 突然現れたフォースに、サリーは思わず叫び声を上げるところだった。

 その腕の中にはライルが眠っている。水車小屋に横にすると、サリーが毛布を掛けてやる。

「薬の影響は取り除いた。朝までには目が覚めるだろう」

 体につけられた装飾品を外しながらフォースは話した。額にかかった髪をそっとかきあげる。

 じっとその寝顔を見つめている。まるで、目の中に焼き付けているかのようだ。

「後は任せた。ライルを頼む」

 サリーは力強く頷いた。

 にっこりとフォースは微笑み、再びその姿を消した。