フォースの章2−6
カタン・・・。
小さな音でクラークは目を覚ました。微かな足音が門の方に向かっている。
(こんな時間に一体何処へ・・・)
しかし、足音は外に出る様子がない。
何処かで鳥の羽ばたく音がした。こっそりと窓から顔を覗かせる。
梟が一羽フォースの腕に止まっている。まるで話し掛けている様だ。
クラークは聞き耳を立てる。
「出来れば祭りが始まる前に片をつけたい。他所からやって来る人間も危険だからな」
一体何の事だろう。
「ともかく尻尾ばかり切っていても埒があかない。早く本体を探さないとな」
ホウ・・・。
答えるように梟が鳴く。
「・・・え?まあ、確かに俺は目立つからなあ。解った、君に頼むとしよう。だが十分に気をつけてくれよ」
バササササ・・・。
フォースの言葉を合図に、梟は闇の中に消えていった。
(祭り・・・本体?)
フォースはそのまま納屋に戻っていった。クラークも静かにベットに戻る。
「一体何の事だ? あいつは何をしようとしているんだ。それよりも、あいつは鳥と話が出来るのか?」
不思議なものを見てしまい、クラークは中々寝付く事が出来なかった。
翌朝、クラークは少々腫れぼったい顔で起き上がった。
「クラーク、庭を見てごらんよ。すごいものが見えるよ」
母親が急かすようにベットからたたき出す。
「何だよ、昨日は寝つきが悪かったのに」
目を擦りながら窓に行く。そのままクラークの表情が固まった。
あの、動くのさえしんどそうにしていたクロスが早足で歩いている。
規則正しく、足の異常など全く感じられない。クラークは庭に飛び出した。
「どうなってんだ?こりゃあ一体」
目を移すと、フォースが木陰に立っている。
「お前が直したのか?」
「別に、俺は何もしていない」
フォースの馬に並走されて、クロスは嬉しそうに歩き回っていた。
それから暫くの間は、何事もなく日々が過ぎていった。
フォースは相変わらず広場に顔を出し、じっと座っているが、その風景にも慣れてしまったのか、村人の間からは最初の頃の緊張感は無くなっていた。
だがその平和は突然破られた。
皆がすっかり寝静まった真夜中、絹を裂くような叫び声が村中に響き渡ったのだ。
クラークは慌てて飛び起きると外に飛び出した。丁度フォースが馬に跨っている姿が見えた。
「おい! 俺も乗せてくれ」
強引にフォースの馬に飛び乗ると、村の中心に向かって走り出した。
二人が現場に到着した頃には、辺りは村人で一杯だった。
ライルが神妙な顔で、シーツを掛けていた。悲鳴の主なのであろう。
「ジェニー! ジェニー!」
家族なのだろう。男が遺体にしがみつく。
「傷口はこの前と同じものね」
ザワザワザワ。
村人の視線が一斉にフォースに向く。
「おいおい、こいつは今俺と一緒に家から来たんだぜ。そりゃ無理だよ」
慌ててクラークが割って入る。
「じゃあ誰が殺ったっていうんだ? この村にはこいつしか他所者はいないんだぞ!」
野次馬の中から罵声が飛ぶ。
「クラーク、お前もその男の肩をもつのか? お前も仲間なのかよ?」
「何だと? 誰に向かって言っているんだ!」
クラークは腕をまくり、野次馬の中に割って入ろうとした。
「やめないか」
背後からの老人の声に周囲が静まった。
「まだ決まった訳ではないだろう。決め付けるのはよろしくない」
「村長・・・」
「ゲイブよ」
「何です?」
遺体を運ぶ指示を出していたゲイブが振り返った。
「一日も早くジェニーを殺した犯人を見つけてくれ。それと君・・・」
村長はフォースに話し掛けた。
「実際問題として君が疑われるのは仕方の無い事だ。拘束するつもりは無いが、村の中を歩くときは必ず誰かと行動してくれ」
「・・・つまり、監視役をつけろと?」
にっこりと村長は笑う。
「まあ、そういうことだ」
「その役俺が引き受け様じゃないか」
憮然とした表情でクラークが名乗りをあげた。
「いいだろう。君の疑いも晴らすいい機会だ。さあ皆、ジェニーの弔いの準備を。子供たちは家に戻りなさい」
人々の去った後に残された小さな物体に、フォースは気が付いた。
・・・鳥の死骸だ。
女性の遺体とは違い、こちらは食いちぎられている。
「そういえば、ジェニーの体に鳥の羽が付いていたわね。この梟かしら」
ライルもフォースの隣にしゃがみこむ。その声にクラークが振り返った。
(ふくろう・・・だって?)
先日の光景を思い出す。恐らく同じ梟で間違いない。
フォースは何も言わずに、じっとその死骸を見つめていた。
意に反してず監視役を買って出てしまったクラークは、家に戻ると早速フォースの寝床を自分の部屋に作り始めた。
だが、いざ移動となるとそれを察してか、クロスが暴れ始める。
「おい、どうしたんだよ一体」
戸惑っているクラークに母は大笑いした。
「どうやらクロスはフォースと離れたくないんだね。仕方ないねクラーク。今日からお前もここで寝起きしな」
「えー!」
不満げなクラークに母は笑いながら荷物を渡す。
中二階のスペースに即席のベットを作る。
とは言ってもそのあたりにある空箱の上にマットを敷いただけの簡単なものだ。
慌しくクラークが用意しているのを他所に、フォースは他人事のようにクロスの相手をしている。
「お前の為にこんな事しているんだからな、少しは手伝えよ。全く」
ブルルル。
クロスはフォースの膝の上に頭を乗せて時折顔を摺り寄せている。それを横目で見ながら小さく溜息をついた。
カラン。
隅の方に寄せていた箱から小さな笛が転がり落ちた。
「お、懐かしいな」
それを手にとってピーっと吹いた。フォースと馬がこちらを向く。
「子供の時に親父に買ってもらったんだ。何処にしまったのかと思ったら、こんな所にあったのか」
ふと、ある考えを思いつき、その笛をフォースに向ける。
「何か吹けるかい? 賞金稼ぎの音楽を聴きたい」
言いながら、階下のフォースに笛を投げ渡す。フォースは笛を受け取ると、暫くじっと眺める。
「おい、まさか吹き方知らないんじゃないだろうな」
フォースは口元に当てると、幾つかの音階を奏でた。
「・・・」
突然、流れるようなメロディがフォースの笛から生まれてきた。
聞いたことも無い音節だが、何故か心の底から震えが沸き立ってくる。静かな旋律が小さな納屋に満ちてくる。
窓辺から零れる曲を聴きつけてか、いつの間にか鳥達が窓辺に佇んでいた。
フォースの膝の上ではクロスが気持ちよさげに目を閉じている。
小さな安物の笛が、まるで一流の奏者の手によるかのような曲を奏でている。
曲を終えても辺りには静かな余韻が満ちている。
「久しぶりだな、笛を吹くのは」
粗末な笛を優しげな顔で見つめる。
「フォース、お前天才じゃないのか?今まで聴いたどんな笛よりも素晴らしいぜ。
これなら都で通用するんじゃないか?
賞金稼ぎなんか辞めてこっちで食ってたほうが余程いいと思うぞ」
フォースは口元に笑みを浮かべてクラークを見上げる。
「以前持っていたものは無くしてしまってね。良かったら譲ってくれないか?」
「ああ、構わないよ。どうせ俺には似合わない」
「ありがとう」
少し嬉しそうにフォースは笑った。
「へえ、フォースが笛を・・・ねえ」
ライルは患者のカルテから目を離さずに言った。
「そうなんだよ。笛吹いている時はあの刺々しさがなくてな。
そんでもってあの顔立ちだろ? 神話でいるじゃないか、オル・・・オル何だっけ?」
「オルディート・・・ですか?」
服を着ていた患者が口をはさむ。クラークはぽんと手を叩いた。
「そう、そのオルディート。まさにそんな感じ」
オルディートとは神話に出てくる笛の名手だ。
その奏でる曲の美しさに神々が天上に連れて行ったと伝えられている。
地方によっては若い美女との話もあるが、大概は青年の姿で描かれている。
ライルはくすくすと笑った。
「まさかクラークの口からそんな言葉が出るとわね」
「・・・変か?」
クラークは差し出されたコーヒーを一気にあおった。
「・・・でもさ、あいつ見ている度に益々解らなくなるんだよね」
「何がよ」
「何で賞金稼ぎ何かしているんだ? まっとうな職業じゃないってのは誰もが知っている。
金さえもらえば何だってするんだぜ。どう見てもそんな感じじゃないんだけど・・・」
ライルは小さく微笑んだ。
「それよりも一日中フォースに付き合って仕事のほう大丈夫なの?」
「けっ、俺まで疑ってかかる連中にはケンの打ったへなちょこ鍬がお似合いだぜ。俺のありがたみがよーくわかるだろうさ」
ライルと患者は顔を見合わせた。
「で、その噂の本人は? 一緒にいなくていいの?」
「今公安で事情聴取受けてる。終わったらここに来るように言ってある」
看護婦にコーヒーのお代わりを頼みながら、クラークは答えた。
キィ・・
タイミングよくフォースが診療所の扉を開けた。
「噂をすればね・・・フォース、コーヒーはいかが?」
患者もタイミングを見計らってフォースと入れ替わりに帰って行った。
「ああ・・・」
看護婦の差し出すコーヒーを受け取る。