SHALONE SAGA

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アルディアスの章2−7







 太陽が顔を見せても、まだ街は静かに静まり返っている。

 城門の前で立ち止まると、アルディアスは小さく溜息をついた。やっぱり足が重い。

 門は既に開け放たれている。

 意を決してその下をくぐった。




「ハイマン。急げよ」

 同僚にせかされ、慌てて配置に向かう。

 広間の窓際に並び、直立不動で式の始まりを待つ。

 内宮では既に式が行われており、終わり次第王族達がこちらにやってくるらしい。

 それを迎える為に要所要所に兵士達が配置されている。

 広間には国内の重鎮達が続々と集まってきていた。

「今更継承権の引継ぎ? ってもう三十歳近い訳だろ? 

 表に一切出ずに隠居生活でもしているのかと思ったら、まだ皇太子やっていたとは驚きだ・・・。でも、何で今頃・・・」

 とは先ほど誰かが言っていた言葉。

 まあ、ハイマンにとってはどうでもいい事だ。全く興味がない。

 そうこうしているうちにゲスト達も揃い、奥の間から何人かが現れた。

 見慣れた王族の顔が並ぶ。

 興味はなかったものの、見知らぬ顔見たさにちらりとその面子を盗み見た。その視線が始めてみる男の前で止まった。

 ・・・まだ若い、リシ皇子と年も近そうだが、体格はずっといい。

(あれが、アルディアス皇子・・・か。随分と若いな・・・。それにしても、あれが病弱な男か?)

 ふと、その皇子が頭を動かし、ハイマン達の方に視線を動かした。

「・・・え?」

 ハイマンの目が大きく開く。

 髪は帽子に隠され確認できないが、その額の傷には見覚えがあった。

 ゆっくりと額から一筋、汗が流れた。

「おい、ハイマン。あれ・・・」

 近くの男が話しかける。彼も気が付いたらしい。

 アルディアスの目が軽く笑った。



「ちぃーっす」

 手馴れた感じで店の扉が開く。

「あら久しぶりだねえ。ここの所顔見なかったけど忙しいようだね」

 カウンターに着くと、冷えたビールが差し出される。

 アルディアスは一気に煽った。

「もう頭割れそう。訳わかんない。何でこんなに覚えること盛り沢山なんだ」

 くすくす笑いながら女将がカウンターに肘を着く。

「仕方あるまいて、今までサボっていた分を取り戻さなくてはいけないんだから。ちゃんとやらないと、今度は図体でかいだけのでくの坊って噂されるよ」

 小声で話す声にぷうっと頬を膨らます。

「政治なんてやりたくなかった。だからからリシに譲ったのに・・・・」

 思わず不満を漏らす。

「あら、バトゥ。久しぶりじゃない。新しい仕事にはもう慣れたの?」

 店の奥から顔を出したフィラがその姿を見つけるなり走り寄ってきた。

「まあ・・・ぼちぼちかな」

 思いのほか律儀な女将はアルディアスとリシの件は皆に伏せていたらしい。

 おかげで銀亭の者も、常連客もアルディアスの正体に気が付いていない。

 ただ、この店に出入りしている何人かの軍人は勿論知っていたが、城の片隅で優しく説得したおかげで街中では大人しく偽名で呼んでくれている。

 ここ最近はリシの命令で (城中では圧倒的に弟が強い) 国の基本的な政を学ぶようにしているものの、

元々興味が無いせいか、遅々として進まない。・・・というか、全く向いていないのが良く判った。

 幼い頃、むさぼるように本に噛付いていたのが信じられない位だ。

「・・・そういえば、この前バトゥを尋ねてきた人がいたわよ」

 フィラが自分のカップを持ちながら隣に座る。

「はあ?」 

 はて、知り合いなどいるはずも無いのだが・・・。

「ああ、そうそう。この辺りじゃ珍しい金髪の美女だったねえ。見てくれの割りに良い飲みっぷりしてたよ」

 女将も同調する。

 それって・・・、まさか。・・・いや、他に思い当たる節などない。

「ひょっとして・・・彼女?」

 探るようにフィラが覗き込む。軽くアルディアスの頬が引きつった。

「・・・冗談でしょ、ありえない」

 にしても、ロシュフォールが・・・ここに?



 バンッ!



 勢い良く開いた扉の音に、反射的に視線がそちらを向く。

 見覚えのある波打つ金髪・・・。

「みーっけ。 元気していた? アル・・」

 にっこり笑うロシュフォールの目の前にアルディアスの手が伸びる。一瞬、ロシュフォールの目が煌いた。

「・・・」

 店内が静寂で満たされる。

 全員の視線が入口の二人に向けられていた。

 ロシュフォールは目の前で腕を交差し、その手を遮っていた。

「・・・ふっふっふ。舐めんなよ、若造が」

 アルディアスの攻撃を防いだロシュフォールは勝ち誇ったように不敵に笑う。

「・・・違う、名前を呼ぶんじゃねえ・・・」

 周りに気取られぬよう小さな声で話しかける。

「・・・・ふーん」

 つまらなそうにロシュフォールは組手を解いた。

「あんたまだそんな生活してんの?」

「心配すんな。家にはちゃんと帰っている」

「あら・・・そう」

「お、お、おいいバトゥ、その美人・・・誰だ?」

 常連の男が身を乗り出して声を掛ける。興味深々といった感じだ。

 アルディアスを押しのけると、豊かな髪を整え、にっこりと極上の笑みを投げかける。

「始めまして、母ですう」


「・・・えええー!」


「なわけ無いだろう! ありえない!」

 慌てて否定するアルディアスにロシュフォールの表情が曇る。 

「な・・・そんな風に言わなくてもいいじゃない。まだ自分じゃ何も出来なかったあんたを引き取って世話したのは一体誰だと思ってんのよ?

 昔はあんなに素直でかわいい子だったのに・・・。怒鳴るなんて・・・」

 目に涙まで潤ませて・・・。

 何なんだ。この雰囲気は。

 周囲の視線が妙に痛い。

「いや・・まあ、それは・・・」

 急に顔を上げるとにっこりと笑う。

「なーんてね。じゃあ奢りなさい、バトゥ」

「・・・・」

 小さく舌を出すロシュフォールに呆れるしかなかった。



 賑やかに飲みまくったロシュフォールを引きずるように店から連れ出したのは、もう直ぐ太陽が昇り始めるであろう時間だった。

「じゃあ、まったねー」

 元気に手を振るロシュフォールの腕を無理やり引っ張る。

「全く、何なんだよ」

「えへへへへ」

 笑いながらロシュフォールが腕を組む。

 ・・・完全にただの酔っ払いだ。

 抱えるように町外れまで連れて行く。

「ちゃんと帰れるか?」

「大丈夫だよ、心配ない。あんたも早く家に帰りなさいよ」

 先ほどまでの態度が嘘の様に普段のロシュフォールに戻っている。

 少し顔を上げて、気持ちよさそうに風を受ける。

「なあ、ロシュフォール」

「・・・なあに?」

 アルディアスは腕を組み、ロシュフォールを見下ろした。

「また、影が出てきたのか?」

 一瞬、その顔が真顔になる。

「何よ急に、どうしたの? そんな事あるわけ無いじゃない。 折角久しぶりに顔を見に来たのに」

「・・・・ならいいけどね」

「じゃあ、元気でね。また来るよ」

「ああ」

 ロシュフォールの笑顔がゆっくりと消える。

 アルディアスは小さく溜息をついた。

「気丈な割には出てるんだよ、顔に」

 空が白み始めている。

 ふと、振り返って自分の国を見る。

「・・・・」

 何だろう、奇妙な感じがする。

 家・・・ねえ。

 妙な感覚を払拭するかのように、軽く笑いながら城に向かってアルディアスは歩き始めた。




 その姿を遠くから見ている人影があった。

「何だ、来ていたんだシガール」

 その背後にロシュフォールが現れた。

「多分、ここだと思ってな。で、どうだった?・・・なんて聞くのも野暮だ。どうやら踏みとどまった様だな」

 照れくさそうに頭を掻く。

「あの子は人間だよ、本来なら私達と一緒に戦う事はない。やはり、巻き込むべきじゃあないと思った」

「・・・そうだな」

「それよりも、カイの具合はどう?」

「何とか一命は取り留めた。後はリベティに任せて、俺達はルーディアの居場所を探す」

 新たに封印を超えてきたルーディアに対し、カイ達三人は果敢に挑んだものの、

メディウスよりも格上だったのか、彼らの・・・いや、カイに手の負える存在ではなかった。

 ルーディアはカイを仕留めると、笑いながらその姿を消した。

 二人はその後を必死に追っているが、その気配すら判らず、未だ行方が知れない。

「でも、見つけたところで私たちは剣を持てない。どうすれば・・・」

「今から心配しても仕方ない。取りあえずやれることをやるだけだ」

 二人の姿はその場から消えた。