SHALONE SAGA

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アルディアスの章2−11







 部屋に戻ったアルディアスはグランビークを取り出し、腰に差すと軽く深呼吸をする。

 「兄さん、あまり役には立たないかも知れませんが、最小限度の装備は付けてください」

 リシが荷物を抱えながら入ってくる。

 これから向かう場所で、果たして有効かどうかは疑問に思うところだが、アルディアスは何も言わずに装備する。

「馬の用意は済んでいます。不眠不休で向かうつもりでしょうから、途中で馬の入れ替えを行ってください」

「判った。・・・それと、親父達に」

 リシが頷く。

「私から話をしておきます。心配しないでください」

「うん。じゃあ行ってくる」

 勢い良く扉を開き、歩き出そうとした瞬間、その動きが止まる

「・・・」

 二人の目前で空間が歪んでいた。

「いきなりかよ」

 アルディアスは身構え、剣に手をかけた。

 やがて姿を現した者は銀髪に紅い瞳の青年。リシの表情が変わる。

 アルディアスの手が剣から離れた。

「確かセーラムで・・・バレンティノと言ったかな」

 にっこりと青年は笑った。

「時間がありません。私がお連れ致します」

「何だ。君もアイーンなのか」

 バルは答えずに手を差し出した。アルディアスが頷く。

「じゃあな、リシ」

「はい」

 バルの視線がリシに向けられる。

 紅い瞳が穏やかに笑う。答えるようにリシは小さく頭を下げた。


 ・・・・覚えている。


 大きな翼こそ無かったが、あの時見た天使に間違いなかった。

 ゆっくりと二人の姿がその場から消えた。




「くそ!」

 小さな子供を抱えながら、雨のように天から降り注ぐ攻撃をかわしつつ、カイは走った。

 直ぐそばを矢のように鋭い筋状のものが何本も地面に突き刺さる。

 人など簡単に串刺しにされそうだ。

 通りの先に重装備の人垣が見える。

「まだこんな所にいるのか。危険すぎる、後退してくれ」

 子供を預けながら声を掛ける。

「あんな化物にいいようにされては困る。我々も戦う」

 辺境警備の部隊だろうか。隊長らしき人物が声を掛ける。

「無理だ。人の手に負えるものではない。奴は我々で何とかする」

 話す背後から猛烈な殺気が近づく。

 振り返った視線に鞭の様なルーディアの攻撃が真直ぐに向かってくる。

 避ければ背後の人波が襲われる。

「早く逃げろ! はっきり言って邪魔だ!」

 カイは剣を身構えると、走り出した。

 その目前で一筋の光が横切る。

 カイに向かっていた何本もの黒い鞭はその光に寸断され砂のように崩れた。

「ひゃっほう!」

 顔を上げると、アルディアスが剣を携えながらこちらに飛び降りてくる。

「お・ま・た・せ」

 にっこりと笑いながらカイに手を振ると、そのまま街中に向かって走り出した。

「・・・・」

 小さく溜息を付いて、カイは剣を収めた。

「後は我々に任せてもらおう。早々に郊外まで下がってくれないか」

「・・・わかった」

 力量の違いを感じたのか、兵士の一人がゆっくりと頷いた。



 まさか自分の腕が落とされるとは予想もしていなかったのであろうか。

 切り落とされた鞭の残りが勢い良く後退する。

 アルディアスはそれを追って町の中心部に向かっていった。

 辿り着いた場所は、地方にしては大きな繁華街だったはずだ。

 だが、今は大きなクレーター状の穴と周囲の瓦礫しか存在していない。

「これで、衝撃や爆発が無かったって? 一体何があったんだ」

 その中央に小さな人影が確認出来る。

 その人物はアルディアスの姿を見ると、かすかに笑った。

 ・・・見覚えがある。あの時城に現れた影だ。

「慌てずともいずれ向かうつもりだったのに」

 じっと見下ろすアルディアスの口元がかすかに歪んだ。

「アルディアス!」

 顔を上げるとロシュフォールがこちらに飛んで来るのが見えた。

「よお、久しぶり」

 隣に降り立つと、ルーディアに視線を移す。

「背から生えている羽のようなのが奴の腕、何処まででも追ってくるし、すぐに再生する。全く始末に悪い。

 まあ根元で切断すれば簡単には戻らないようだけど・・・それも懐に入る事が前提なのよね。

 生憎私達の力は近づきすぎると消失するし・・・。お手上げに近いわ」

「ふーん」

 薄ら笑いを浮かべるルーディアの周囲で、黒い腕がゆらゆらと揺れている。

 アルディアスはいきなり地を蹴ると、一気にルーディアに向かう。

 それに呼応するかの様に何本もの腕が向かってくる。

 なぎ払うように進むが、圧倒的な数に対応できない。

 やむなく一度下がる。

「・・・なるほど」

「・・・だから、簡単に懐には入れないって言ったでしょう・・・」

 肩を竦めて話すロシュに小さく溜息を付いた。 


《闇雲に挑んでもムダだな》


 頭の中にカイの声が響く。

 視界にはいないが、何処かでタイミングを見計らっているのだろう。

 ロシュは両手を合わせ、小さく何かを呟く。その中から淡い光が発し、一振りの剣が現れた。

「何だ。剣を扱えるようになったのか」

「あんた達ほどじゃないけどね。無いよりはまし。

 これは特別誂えの剣だよ。こんなときの為に先祖が作ってくれたんだ」

 装飾が殆どなされていないシンプルな柄を握り一振りする。

 煌く刀身から水滴が迸る。

《タイミングを合わせる。いいか?》

《勿論》

 シガールの声も届いてきた。

《行くぞ》

 カイの声に弾かれる様に二人は動き出した。

 ルーディアは悠然とその様子を眺める。

「・・・どれもこれも小物ばかりか・・・つまらん」

 何本もの腕をかいくぐり、中央の本体に向かう。

 途中何度か避けきれぬ攻撃があるも、遥か後方に置いていかれたロシュが近場の岩を動かし防いでくれた。

 ルーディアの正面に躍り出る。

 アルディアスは一気に地を蹴った。

 すうっと、ルーディアの目が細まる。

 ・・・口元に笑みを浮かべながら。

 全身が総毛立つ。


「避けろ!」


 ルーディアの後手からカイの怒鳴り声が聞こえた。

 反射的に身を捻った。

 引いた足元の地面が僅かに振動すると、勢いよくルーディアの腕が地面から現れる。

「ずるいぞ!」

 立ち止まる間もなくそれをかわし、切り落としながら、じりじりと後退を始めた。

「うー!」

 細かな波状攻撃に感情がむき出しになる。

「むかつく、むかつく、むかつく! うっぜえんだよ! こいつ!」

 怒鳴りながら剣を振り回すしかなかった。



 カイ達も同様の攻撃に晒されている。

 この場合表現が正しいのかどうか問題はあるが、まさに多勢に無勢といった状況。

 いくらなぎ払っても全くきりが無い。

(こいつ・・・一体何が目的なんだ。)

 カイは時折足を止めつつ、ルーディアを振り返る。

 時折視界に入るその姿は、軽く笑みを浮かべたまま微動だにしていない。

 視線は常にアルディアスを追い、こちらをちらりと見る気配も無い。

「・・・・」

 そのアルディアスも先までは罵声を浴びせつつ応戦していたが、

間を置かぬ攻撃に余裕が無くなってきたのか、極限にまで神経を集中しているのが解る。

(グランビークを狙っているのか・・・?。

 ・・・いや、違う。

 奴はアルウェンを探しているはず。剣の存在はアルディアスに会って初めて知ったはずだ・・・。

 では、何故此処に? アルウェンに通じる何かがあるとでもいうのか?

 ・・・奴は、それを待っている?

 ・・・・私は何か見落としている?)

 カイは足を止め、探るように周囲を見回した。

「ひゃあ!」

 小さな叫び声がカイを現実に引き戻す。

 視線の先でロシュフォールが崩れるのが見えた。

「まずい!」

 すかさずフォローするため走り出したが、距離がありすぎる。

「ロシュフォール! 避けろ!」

 カイはありったけの声で叫んだ。




「・・・くう」

 倒れたときに頭を打ったのか、感覚がぐらつく。

 カイの叫び声が遥か遠くからぼんやりと届く。

 視線を返すとルーディアの腕がこちらに向かっていた。反射的に剣を構えようと握った右手がむなしく空を掴む。

「・・・ちい!」

 無防備では抗することが出来ない。

 せめて直撃だけでも避けなくてはと動かした腕に力が入らない。

(・・・覚悟・・・するしかないか・・・)

 皮肉な笑みを浮かべながらロシュフォールは正面を見据えた。