ロッド・アスフィールドの章8
カタン。
足先で器用に鍵を蹴り上げる。
小さな音に反応して、近くにいた兵士がこちらを向き、近づいてきた。
格子の間から中にいる三人の様子を伺う。
部屋の隅でナガルは節目がちに座り込み、リューは兵士を睨みつけている。
・・・ロッドは気の無い様子で他所を向いていた。
鍵のチェックをしようと、軽く兵士が屈みこんだ瞬間、ロッドの強烈な蹴りが牢の扉ごと兵士を直撃した。
兵士がよろめく隙に外に出ると、そのまま顔面を掴み、強かに床に打ち付けた。
「・・・・」
他に誰かが向かってくる気配はない。
微動だにしない兵士を不安げにナガルが覗き込んだ。
「し・・・死んじゃったんですか?」
恐る恐るナガルが顔を上げる。
「運が良けりゃ動き出すだろ」
素早く腰の剣を抜き取り、ベルトに通すと、通路の角まで移動し、周囲の様子を伺う。
「リュー、案内しろ」
全く動じていないロッドを不安げに見上げる。その肩をリューが軽く叩く。
「行くぞ」
促されてようやく立ち上がった。
通路の先にほんのりと光が差すところでリューはロッドを制した。
軽く口元に指を立て、先を示す。
「人の気配はするが、人の意識を感じない。この先に居るのは影とそれに操られている連中だ。 ・・・いやまて、一人だけ人間がいるな」
ロッドは正面を見据えたままゆっくり先に進んだ。
通路の先には吹き抜けのホールになっていた。彼らの現れたところは丁度バルコニー状態の部分。
覗き込むと全景が一望できる。
階下には数人の人影が確認できた。
「あれ、領主ですよ」
隣にやってきたナガルが一人を指差す。
視線の先には中年の男が椅子に座っていた。その男が持っている物を確認したロッドの眉が動く。
煌く三つの光。
「ふーん。三つ・・・。全部揃ったということか・・・」
「で? どうしたら剣が出てくるんだ?」
振り向いた先にあるリューの表情が険しい。先ほどから領主の男の裏に立つ人物を睨んでいる。
例の少年だ。薄ら笑いを浮かべている。
こちらには気が付いていないようだ。
「おい、リュー」
軽くロッドに視線を移し、反対の方向を顎でしゃくった。
ロッドはその方向に視線を移したが、丁度柱で視界が確保できない。
しかし・・・
「・・・ファウラ・・・か?」
覗きこむまでも無く、その人物は立ち上がると、領主の方に向かって歩き出した。
光に照らされ、豊かな金髪が光っている。緑の瞳は何の感情も宿すことなく正面を見据えている。
まるで陶器で出来た人形かと思うほどに、無表情で且つ完璧な容姿だった。
「・・・・・」
五年、いや六年程か。少女と呼ぶには余りにも不相応に見える。しかし髪の色もその瞳も寸分の違いがない。
少女は無表情で手を差し出し、光る珠を受け取ろうとする。
僅かにロッドの肩が動いた。動きを察し、リューが制止しようと手を伸ばしたが、それは空を切った。
ファウラと領主の間の床に剣が突き刺さった。
リューは慌ててナガルの頭を押さえて身を潜める。
驚いた領主がバルコニーを見上げたが、既に人影は無かった。
呆然と剣に目を向けると、そこに一人の男が降り立っていた。
・・・ルーの眉が軽く動く。
「誰だ」
軽く背後に目を向けるが、ファウラは全く反応しなかった。
チッ・・・。
小さく舌打ちをする。
「貴様らにはグランビークもファウラもやらないよ」
剣を構えると、彼女を背に、二人に向き直る。
「・・・馬鹿が」
リューは小さく呟くとナガルを引きつれ階段に向かった。
「何者だ。神聖な儀式に水をさす奴は」
領主はロッドを睨みつける。
「あんたの目的が何だか知らんし、興味も無い。だけど、俺には家族を守る義務があるんでね」
「家族・・・? その化物が・・・か?」
領主の失笑にロッドの眉が動く。ファウラは反応しない。
「お前が、リューに何を吹き込まれたかは知らんがな・・・」
様子を静観していたルーが前に出てきた。
「・・・・」
「お前達人間は何の基準を持って正義を測る? 何を根拠に己が正しいと判断する?
人への奉仕? 強大な力? 神への忠誠?
なあ、ロッド・アスフィールド、お前は何の確信を持って己が正しいと思っているんだ?
お前を此処に導いたリューや、その主である聖王が本当に正しいとでも思っているのか?」
リューは物陰から静かに睨みつけている。気が付いているのか、ルーはほくそ笑む。
「お前は知っているのか? お前の味方を装っているリューの主はな、この世界の創造主たるお方を裏切っている事を。
この娘の親もまた然り。世界の流れを決めるお方を裏切るものに正義などない。なのにお前は何故彼らに加担するのか」
ふうっとロッドは肩で息を吐いた。
「・・・だから? ルーっていったよな、お前。何か勘違いしているんじゃないのか?
俺は神だ正義だっていうのには一切の興味が無い。
この国をお前がどうしようと好きにするがいいし、それが人の為にかどうかなんて関係ない。
世界の流れだ? それが何だよ。俺は家族を守りに来たんだ、お前の説教なんか聞きたくないんだよ」
くすり・・・っとルーは笑った。
「説教ねえ・・別に貴様のような下種な人間を改心させるつもりも無いが。
少しは貴様の状況というものを教えてやろうと思っただけなのだがな・・・」
「ロッド!」
ナガルの叫び声が静かな室内に響いた。
同時に、腰の辺りに猛烈な熱を感じる。ロッドは腰を抑えて振り返った。
そこには無表情のファウラが血の滴る剣を持ち立っている。
「・・・・」
痛みに眉をひそめながらルーを睨みつける。
領主とルーは悠然と笑いながらその様子を見ていた。
「・・・くそ」
ぼとぼとと、血塊が床に落ち、膝を付く。その横を何事も無いかのように、ファウラは進む。
リューとナガルの周囲には兵士が集まり、幾つもの剣先が向けられる。動くことが出来ない。