SHALONE SAGA

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フォースの章1−8




「何だ?」

「アウトサイダーか!」

 街道上に幾つもの影が浮かび上がった。

 フォースはゆっくりと馬から降り、その影に向かって歩き出した。

「わしの可愛い人形を壊したのはお前か?」

「ああ・・・そうだ」

 影はゆっくりと近づく。何体ものキメラに囲まれて、その中央に異形の者が立っていた。


 他の化物の倍以上はあるであろうか、全身が緑色の肌に覆われている。

 月光に照らされて鈍い輝きを放っているのは、びっちりと細かい鱗がその肌を覆っているかららしい。

 骨格のつくりは人に近いが、その頭部は爬虫類を連想させる。

 大きく前に張り出した顎に、巨大な牙が生えている。その牙のせいで、口はだらしなく開き、唾液が滴っている。

 顔の前面にある大きな金色に輝く瞳は、この月明かりでさえ眩しいのか、瞳孔が縦に細まっている。

 ゆっくりと、地面を踏みしめながら、その化物は近づいてきた。


「ライル!」

 その化物の小脇にライルは抱えられていた。

 走り出そうとした父を、フォースは肩を押さえて引き下げた。

「待て、奴はただのアウトサイダーとは違う」

「あいつが・・・そうなのか? お前の探している・・・」

「少し・・・違う。だが無関係ではない・・・」

 フォースは他の者に下がるよう指示すると、真っ直ぐ化物に向かって歩き出した。

 両者の距離は十メートルと離れていない。

 化物はライルを突き出すと、その喉元に鋭い牙を当てた。

 気を失っているのか、ライルは全く動かない。

「こいつを死なせたくなくば動くな」

 キメラ達がゆっくりとフォースを取り囲む。




「・・・」

 ライルはゆっくりと目を開けた。

 突然に飛び込んできた景色は、何匹ものキメラに囲まれたフォースの姿。

「フォース!」

 その時になって始めて自分が捕らえられている事に気が付いた。

 必死にもがくが、化物の力は尋常でなく、かえって抱える腕に力をこめられてしまった。

 苦痛のうめき声がライルの口から漏れる。

「こっちは動いていないんだ。手を緩めろ。第一女に暴力を加えるような奴はモテないぞ」

 ライルは苦痛を忘れてフォースを見つめた。



 ・・・笑っている。花に投げかけた時と同じ笑顔だ。

(心配するな。必ず助けてやる)とでも言っているかの様に思える。

 ポロポロと、ライルの頬から涙が落ちた。

「何下らぬ事を。やれ!」

 化物の声に、キメラが一斉に踊りかかった。

「フォーーース!」

 フォースの体が見えなくなった途端、その中央から凄まじい発光が現れる。


 光を浴びたキメラ達は苦痛の叫び声を上げながら、その場に倒れこむ。

 呆然と、化物を含む全ての者の視線がフォースに集中した。

 緩やかに、薄ら笑いを浮かべたままフォースは瞳を開けた。

 体の発光が徐々に収まる。たなびいていたフォースの服はゆっくりと落ち着きを取り戻した。

「・・・お前は・・・」

「おっと、動いちゃいないぜ、俺は」

 ライルは驚きの表情でフォースの服を眺めていた。

 見覚えのあるレリーフが胸元を飾っている。

「あれは・・・フェニックス・・・」

 ポツリと漏らしたライルの言葉に、化物は硬直した。

「フェニックス・・・だと? では・・・貴様は・・・アイーン・・・か?」

 その声からして、化物の驚愕振りがうかがえる。

「やはり知っているな。俺はアイーンのフォースだ。

 何故ここにいるかは良く解っているだろう?一つだけ聞く、奴は・・・ゾロは何処にいる?」

 突然、化物は大笑いをした。

「アイーンか・・・貴様のような小者を送ってくるとは、シャルーンとやらも大した手駒を持っておらぬ様だな。

 ・・・馬鹿馬鹿しい、父もお前のような者に怯えるとは。たかが人狼に深手を負う奴に」

 フォースは全く動じぬ様に化物を見上げていた。

「質問に答えよ、ゾロはどこだ?」

「知ってどうする?」

「無論、殺すよ」

 不敵な笑みを浮かべながらフォースは答えた。

 くっくっくと化け物の低い笑い声が響く。

「わしが素直に言うと思うか?」

「・・・いや、言わぬだろうな」

「ならどうする?」

「貴様をこの場で切り捨てるまでさ。貴様らゾロの忌み子が全て消えればおのずとその居場所も解る」

「わしの兄弟は数百とおるのだぞ。お前の存在は全ての者に知れ渡った。

 もし、万が一この場でわしが倒されても、他の者は簡単にお前の前には現れまい。

 探している間に人の寿命などあっという間に尽きてしまうぞ」

 フフンッ、とフォースは鼻でせせら笑った。

「所詮貴様はその程度の下っ端という訳だ。我々アイーンの事は何も知らぬと見える」

「なんだと?」

 気絶していたキメラが頭を振りながらのっそりと立ち上がった。

 その体に一筋の光が走る。

 次の瞬間、キメラは両断された。

「我々の力は少し厄介でな。自分に呼応する者にしか十分な力を発揮できんのだ。

 今貴様の親に呼応しているのは、気の遠くなる程の昔に去ってしまったジャクリーヌではなく、俺なんだ。

 一つだけ礼を言っておこう。お前のおかげで感覚が判った。こちらの準備は整ったという事だ」

 ゆっくりと化物に向かって歩き出す。


 微かに震えているのがライルにまで伝わってくる。

 フォースの気迫に圧倒されているのだ。

「動くなと言った筈だぞ。この娘が死してもよいのか?」

 やってみろとでも言いたげにフォースは笑う。

 化物の右手が動いた。ライルは目を閉じる。ふっと浮遊感に見舞われる。落下したのだ。

 誰にもフォースが剣を振るったのを見ることが出来なかった。しかし、化物の腕は、肘の所からすっぱりと切れている。

 先ほどのキメラも同様にやられたのだろう。


 ライルの体をフォースは抱きとめた。

「もう大丈夫だ。悪かったな、怖い思いをさせて」

 温かみのある声で話し掛けた。

 ライルは首に腕を回してしがみついた。

「・・・言い事を教えてやろうか」

 化物に向かってフォースは話し掛けた。左手でライルを抱いたまま、剣を構えなおす。

「ゾロを倒さぬ限り、俺の時間は停止している。何年、何百年かかってもお前達と戦う事が出来るのさ。

 残念だな、時間稼ぎは無意味だ」

 まるでライルの重さを感じぬかのように高々と跳躍すると、剣を振り降ろした。


 グワアアァァ!


 この世のものとは思えぬ絶叫が村を襲った。

「・・・それに、ゾロを倒さねば俺も人に戻れないんだよ・・・」

 絶叫に重なったフォースの小さな呟きは、ライルにしか聞こえていなかった。


 ・・・人に・・・戻れない。


 ライルの頭の中をその言葉が響いていた。

 化物は砂埃を立てて倒れると、風の中に溶け込んでゆく様に、サラサラと風化していった。

 その様子をみながら大げさにため息を付く。

「数百か・・・気が遠くなりそうだな。全くとんでもない役回りだぜ」

 ライルはフォースに抱きついた。

「おい、ライル?」

 少し慌てた風にフォースは話し掛ける。

「ごめんなさい、迷惑かけちゃって」

 胸に顔を埋めながら話し掛ける。

「気にすんなよ、これが俺の仕事だ」

 ライルは顔を上げてにっこりと笑った。

「やっと普通に話してくれたね、いつもの仏頂面じゃないよ」

「・・・え?」

 困ったようにフォースは頭を掻いた。



 グレゴリーが二人に近づいてきた。

「とんでもない奴だな。あの化物を一撃で倒してしまうなんて」

 感服した様に右手を差し出す。だが、フォースはその手を取らなかった。

「報酬はちゃんともらうぞ」

「あ・・ああ、村長が意識を取り戻したら連絡するよ」
 
 フォースは馬に跨ると、ライルと共に戻っていった。