アルディアスの章2−12
突然、その前に降って湧いたように影が現れ、ルーディアの腕をなぎ払った。
「・・・」
無言で睨みつけるアルディアスの目が、一瞬煌き、ルーディアと交錯する。
・・・ルーディアの目がうっすらと細まる。
ロシュフォールが状況を理解するのに一瞬の間が開いた。
立ちはだかる影がゆっくりと崩れ落ちる。
「あ・・・アルディアス?」
倒れた体の下に、血の池が広がる。
「・・・バカが! 何で!」
這うように近づくと、体ごと乗り上げて傷口に両手を当てる。
「・・・・・」
ゆっくりと手を引く。
「馬鹿が・・・いくら私でも魂が無きゃ直せないだろうが・・・」
深く溜息を付き、その場にへたり込む。
何気に動かす視線の先にグランビークが止まった。
「・・・・」
ロシュフォールの目がかすかに揺らめく。
「グランビーク、私はシャルーンの血を引きしアイーンのロシュフォール。
一瞬だけでいい、私に力を貸してくれないか。奴を仕留めたい。
・・・それさえ出来れば、あとはお前の好きなようにしていい」
裸の刀身が僅かに光る。
ゆっくりと近づき、柄に手を伸ばす。緊張で軽く手が震える。
その手首を誰かが掴んだ。
「・・・まだ、命を懸けるタイミングじゃないだろう・・・」
呆然と、ロシュフォールは顔を上げた。
既に背を向けているその姿が、ルーディアに対峙する。
うっすらと口元に笑みが浮かんでいる。
「・・・雑魚が、調子に乗るんじゃないよ・・・」
ゆっくりを手を広げ、空に円を描く。
それに呼応してルーディアを覆うように球状の物体が出現する。
球体に収まりきれなかった伸び切った腕が切断され、砂のように崩れ落ちる。
ルーディア自身何が起きているのか理解出来ていない様だった。
呆然と自分の状況を確認し、原因となった者の上で視線が留まる。
くっくっくっ。
見下すような表情で悠然と笑っているアルディアスが瓦礫の上に仁王立ちしていた。
アルディアスの右手がルーディア越し立つカイを指す。
「結界を解くぞ。カイ・・・君がやれ」
「・・・」
カイは眉を潜めた。
何を言っているんだ。一体どうやって?
自分達の攻撃が効いていない事位痛いほど解っているのに。
戸惑いの表情を読み取ったアルディアスがニヤリと笑う。
「心配するなよ、たがが雑魚一匹だ」
・・・雑魚?・・・
剣を持つ己の手を見下ろす。
「・・・?」
ルーディアのテリトリー内で消失している筈の力が戻っているような気がする。
あの、結界のせい? そうなのか?
「ほら、さっさと動きなさい」
反射的に剣を構え、ルーディアに向かう。
ルーディアが振り返り、カイを睨みつける。
剣を振り上げた瞬間、忽然と結界が消えた。と同時に自由になったルーディアの腕が一斉にカイに襲い掛かった。
振り払うように交差させる腕が淡く光り、その光に触れたルーディアの体が砂化を始める。
カイは一気に剣を振り下ろした。
二分され、風化していくルーディアの向こうに、満足そうに笑っているアルディアスの姿が見える。
「・・・・」
カイは軽く眉をひそめながらその姿を見上げた。
「あ・・・アル・・ディアス?」
少し間をおいて振り返ると、にっこりと笑う。
見慣れたいつもの表情だ・・・だが・・・。
「ケガ・・・してないか?」
珍しく・・・というよりありえない事に彼女に手を差し伸べる。
ロシュフォールは戸惑いながら小さく頷いた。
「多分・・・大丈夫・・だけど」
何がなんだかさっぱりわからない。
「おーい」
振り返ると、シガールがこちらに向かって走ってくるのが見える。
「一体、何があったんだ? カイの一撃で消し飛んじまったぞ」
改めて見下ろす先には、砂煙が渦巻く大きなクレーターがぽっかりと口をあけているだけだった。
「!」
突然、アルディアスの目の前にカイが姿を現した。その表情は未だ緊張感を漂わせたままだ。
アルディアスの眉が軽く動く。
「お前は・・・誰だ」
答える内容によっては直ぐに剣を抜き放ちそうな殺気だ。
にやりっとアルディアスは笑った。
「俺は・・・俺だよ。昔も今も変わらない。ただ・・・思い出したことがある」
「思い出す?」
「そう。昔自分が何をし、これから自分が何をしなくてはいけないか考えていたこと」
アルディアスの表情が僅かに変わる
「・・・そして、シャルーンとの約束をね」
「まさか・・・本当に、聖王?」
ロシュフォールとシガールが驚いて振り返った。
「メディウスが最初に出てくるのは判っていた。それに合わせて再生するつもりが、思いのほかアルディアスの意識が強く、その機会を得ることが出来なかった。
私の力を解放するには、一度完全にアルディアスの意識を絶つ必要があった」
・・・私・・・ねえ。
話しているのはアルディアスだが、その口調は明らかに別人だ。
カイは小さく溜息を付いた。
「わざと、アルディアスをトランス状態にさせて殺させましたね?」
「それが一番手っ取り早かった。安心しなさい、アルディアスの自我は残っている。 それに、まもなく私の意識は彼の中に埋没するだろう」
カイは無意識に己の背後に広がる惨状に目を移した。
「・・・まあ、そういうことらしい」
視線を戻した先には、肩を竦めたいつものアルディアスがたっていた。
「もう、アルディアスに戻ったの?」
不思議そうにロシュフォールが尋ねる。
にっこりとアルディアスは笑った。
その表情からは、聖王が笑っているのか、アルディアスのものなのか、判断は出来なかった。
南方の空を見つめながら、リシはワインの瓶に口を付けた。
城の屋根上から見る限り、特にこれといった変化は見られない。
国境沿いにの町に避難してきた者がいるという連絡は入ったが、それは僅かな人数だった。
報告によると、最初の光に飲み込まれ、街の半分は一瞬にして消し飛んだらしい。
かろうじて残ったものは、四散し、その一部が国境まで辿り着いた。
・・・だが、情報はそれまで。
肝心の、一番知りたい情報は何も無い。
もう一口瓶を煽ったが、既に空になった瓶からは数滴のワインが落ちてきただけだった。
「・・・・」
そのままごろんと屋根に寝転がる。
「あんまり飲みすぎるとアル中になるぞ。お前はそんなに酒が強い口じゃないだろう」
見上げると、屋根の上にアルディアスが立っていた。
「・・・無事だったんですね」
少し困った風に首を傾げたアルディアスは、何も言わずに横に座った。
「カイがルーディアを退治した。もう大丈夫、脅威は去った」
「・・・そうですか」
じっと、ルパスの街並みを眺める。平和な街の灯りだ。
「・・・で、兄さんも行くんでしょ?」
意外そうな表情でアルディアスは振り返った。
「アイーンが影と戦うには聖王の力が必要ですからね」
「お前・・・それを何処で?」
くすっとリシは笑った。
「判りますよ。だって、兄さんの目はあの人と同じだったから。まあ、詳しい事情はあの天使から聞きましたけど」
「・・・そうか・・・」
アルディアスは胸元で小さく印を切った。
その手元から短剣が現れる。
「困ったことがあれば、いつでも頼っていい。遠慮せずに呼んでくれ」
柄に白鳥の文様が施してある飾剣のようだ。
そっとリシの手に収める。
「いいんですか? 神様がそんなえこひいきして」
アルディアスは軽く片目をつぶる。
「特別だよ。お前はたった一人の弟だからね。 ・・・もう此処にはいられない。俺の気配は奴らを呼び寄せてしまう。
それは国の為にもならないし、俺の望むところではない。
だけど、俺はいつでもお前の味方だ。近くには居れないが、いつもお前を見ている」
「・・・・」
軽くリシは笑った。
「それじゃ、僕は気が抜けないじゃありませんか」
「当然だ。政を行うんだから、気を抜いちゃいかん。
・・・心配するな、大丈夫だよ。お前は俺より人望も人徳もある」
「その期待に応えられる様がんばりますよ」
視線を移すと、空が白み始めている。
「じゃあ、そろそろ・・・行くわ」
差し出された手をしっかり握る。
「お元気で、体に気をつけてくださいよ。無茶しないようにね」
「ばーか。俺には不要な台詞だよ」
アルディアスの笑顔が一陣の風と共に消え去った。
「・・・」
空を掴んだ手をリシはしっかりと握り締めた。
「あーあ。結局朝になっちゃったよ」
酒臭いあくびをしながら女将は通りに出て大きく伸びをした。
「深酒は体に良くない。程ほどにしないと早死にしますよ」
いきなり話しかけられて目を開ける。
目の前にアルディアスが立っていた。
「おや久しぶり。暫く見なかったけど元気そうだね」
にっこり笑うと女将を抱きしめた。
「・・・」
「色々ありがとう。お元気で」
一瞬にしてその姿は風に消えた。
「・・・どうしたんです?」
呆然と立ち尽くす女将に、フィラが窓から顔を覗かす。
「いや・・・何だろう。今の・・・幻?」
昇り始めた朝日に目を細めながら、空を見上げた。