朝日を背にしているためその顔は良く見えない。
少し草臥れた感じの服に薄茶色した長めの髪が揺れている。
《大儀や名分など関係ない。すべての者が思うように生きられる世界の為にお前達がいるんだろう。
だったら・・まずお前が生きる道を見つけるべきじゃないのか?》
「・・・・」
ゆっくりと朝日が男の顔を照らし出す。茶色の瞳が優しく笑っていた。
「どうした?」
ラファエルの声に頭を動かす。
「・・・今・・・」
視線を戻す先にはもう何者の姿も無かった。
ラファエルは軽く肩をすくめ教会の階段を登り始めた。
「・・・で、もう大変だったのよ」
少し暖かい陽だまりの中で、ジャガイモの皮を剥いている女達の輪から軽快な笑い声が響く。
「ホント、仕様がないわね」
パキッ、パキパキ
背後の音に気がつきその中の一人が何気に後ろを振り返った。
その表情が固まる。
小さな小石を落としながら、土色の巨大な頭が鎌首をもたげて女達を見下ろしていた。
「ひ・・・・」
悲鳴すら出せない。
大きく見開かれた瞳にむき出しの牙が迫った。
「はーい。それまで」
僅かな風をまといつつ、両者の間に人の姿が割って入る。
ラファエルはすばやく胸の前で印を切った。
地龍の顔に見えない圧力がかかり、反動で首が後ろに跳ね返る。
その先に現れたリザードは一気に剣を抜くと、首元を切り落とした。
落ちながらも金色の瞳は光を失っていない。
その眉間に剣を突き立てる。
崩れる小石が地面に降り注ぐ。その中から現れた光を地上で待ち受けていたラファエルが捕まえると、
慎重に地に埋めた。
「・・・おし」
慎重に封印を施す。
呆然と地面に座り込んでいる女達の前に、ゆっくりとリザードは降り立った。
「大丈夫? ケガはなかった?」
「・・・・・え? ・・・あ・・・はい」
「そう、良かった」
にっこりと微笑む。
「終わったよ。帰るぞ」
ラファエルが立ち上がり声を掛ける。
リザードが振り返って頷くと、そのまま二人の姿が消えていった。
「な・・・何? 今の」
状況が良く判らずに顔を見合わせる。
「・・・あれじゃない? ほら・・・。 此処のところ人食いの化物が現れるって・・・噂」
「確かに・・・化物みたいだったけど・・・ね。でも、今の人たちは?」
辺りを見回しても既に気配があるはずもない。
「判らないけど・・・助けて・・・くれたみたいね
「でも・・・・」
その中の一人が眉をひそめた。
「あんな化物簡単に・・・何をやったの?」
思いも寄らない報告に、少年は驚きの顔を見せる。
「助かった・・・て。本当か」
玉座の父も俄かに信じられない様だ。
「北方カストールの町リルータとの情報です。土塊と石で出来た龍の首の様な物が地面から現れたそうです。
その姿はまるで地から生えたようであったと。
それが何の前触れも無く襲い掛かったのですが、すんでの所で助けが入ったらしく、幸いにもその者達は無傷でした」
「助けと・・・?一体どのようにその化物を」
家臣がゆっくりと頷く。
「現場にいたものが市民ばかりでしたのであまり要領を得ていないようですが・・・。
現れた者は二名。まだ若い男女のようであったという事です。
男のほうが手を払うと大きな力が掛かったかのように竜の首が振り払われ、待ち受けたもう一方が剣を一振りすると、その首は土塊に還っていたと・・・」
「それだけ・・・・か?」
「はい。ただ・・・興味深い話が」
一瞬、報告の声が止まる。
「その二人は忽然と現れ、化物を倒すと霞のように消えてしまったそうです」
「消えた・・・と? どういう意味だ」
「言葉の通りです。容姿、存在感は確かに人のようであり、安否確認の声も掛けられた様ですが・・・。
しかし、現れた時、去るときの所業はとても人とは思えないと・・・。」
「人では・・・無かったと・・・」
「現状では何とも。ですが、手の打ち様の無い化物を簡単に始末する程の者が現れたというのは確かです。
男のほうは金髪碧眼、女の方は緑の髪と瞳をしているそうです。
何処の国の印かは分かりませんが、二人の服には炎を纏った鳥の刺繍があったそうです」
炎・・・。
軽く少年の眉が動いた。
何だろう・・・そのような文様は見たことが無い。
ふと、随分前の出来事が頭を過ぎった。 教会の像が輝いた時・・・。
その場を離れた二人・・・。
後姿しか見ていない・・・だが、あの時の人物だったのでは・・・だとしたら、彼らは人ではないはず。
「・・・ファウラの・・・使い?」
小さな呟きに国王が振り返る。
「信心深いお前らしい考えだな」
軽く笑い、少年は頭を下げた。