SHALONE SAGA

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アルヘイムの森2 追記2




「おっ久しぶりー!」

 相変わらずの勢いでフィシスが扉をあける。

 ソファに寝転がっていた聖王が軽く片目を開いた。

「少しはお淑やかに扉を開けてみろ。やかましい」

 不機嫌そうに寝返りを打つ聖王の腹にワインのボトルを落とす。

「フェルナスのワイン。美味しいよん」

 無言でラベルを確認すると、徐にコルクを抜く。

「何だ。またあそこに行っていたのか」

「えへへへへっ。食事に誘われちゃった」

 軽く頬をひきつらせながらそのままワインをあおる。

「社交辞令に決まってんだろ。でなきゃ余程の物好きか・・・まあ、俺には関係ないけど」

「何だ。父親にしては冷たい反応ね。可愛い娘が心配じゃないの?」

 誰が可愛いって・・・?

「ところで、用事があるってなあに?」

 聖王はワインを飲みながらテーブルの上を指差した。

「それを、あのガキに渡してくれ」

「・・・?」

 不思議そうに手に取ったフィシスの顔色が変わる。

「これ・・・リザードの髪飾りじゃない・・・どうして?」

「さあ・・・何か知らんがシャルーンが持ってきた。俺行くの面倒だし、いい男に浮かれきっているフィシスさんなら喜んで行ってくれると思って」

「・・・・」

 この親父は・・・・。

 よくよく見てみると、リザードの・・・というより、真新しく見える。

「・・・ねえバトゥ」

「あん?」

「何か解せない。いつもは送り出すだけで放っておくシャルーンが何でここまで? 

 大体ラファエルがあの子を守り切れなかった場合に備えて私達を待機させたのも不思議だったのよね。

 いつもは放任しているくせに、あなた達あそこまで行っていたでしょう?

 ・・・何か、隠していない?」

「・・・」

 横目でフィシスを睨みつける。

「『達』・・・って言うな。俺は何も知らない。奴は俺には何も言わないし・・・」



 そういえば・・・。

 シャルーンはあの事を知っていた・・・。

 何故だ?

 末神が知る筈も無い事を・・・。



「・・・バトゥ?」

 不審げにフィシスが覗きこむ。

「ああ・・・いや、何でもない。それより、行くのが嫌なら他のものに頼むが?」

「いや、行く! ヴィステラの元気な姿も見ておきたいし」

 別に、そんなことはどうでもいいのだろうが、本当は。

 フィシス満面の笑顔のまま大きな音を立てて扉を開けると、そのまま出て行った。



「意外・・・ですね。もうあそこに向かうなって言うのかと思ってましたが」

 顔も上げずにヒューが話しかける。

 先ほどから部屋の隅で大人しく仕事をしていたのだが、全く気配を感じさせていなかった。

 聖王はワインをテーブルに置き、肘をついた。

「あの浮かれっぷり見たら言う気も失せたわ。放っておくよ・・・」

「随分昔に同じような場面に遭遇した気がしますが?」

 くすくすと聖王が笑った。

「そうだな。・・・まあ、何かあったら俺がなんとかすればいい」

 ヒューが初めて顔を上げた。笑みを含んだ小さな溜息がこぼれる。

「・・・何だ?」

「いいえ」

 席を立つと近くの窓を開け放った。

 少し湿気を含んだ風に、夏草の匂いが乗っていた。






「・・・ふう」

 少し夜風に当たろうと思ってヴィステラはバルコニーに出てきた。

 昼は蒸し暑く感じたが、夜風は涼しく気持ちいい。

「・・・しっかし・・・今日で何日めかな・・・よく兄さんも疲れないよな」

 溜息をつきながら賑やかな室内を見つめる。

 喪の明けと城の修復を待ち、ようやく正式にウィリアムの戴冠を迎えることができた。

 待ちに待った国中はここ数日お祭りムードで賑わっている。

 城外もお祭りのように賑わっているのがここからでも良くわかる。

 とりあえず、ようやく元に戻った安心感でヴィステラの表情も穏やかだ。

 しかし・・・まあ、こう連日の祝賀会では・・・。

「一番の若いもんが真っ先に疲れていてどーすんの」

 人気のいないはずのバルコニーでいきなり声を掛けられ、慌てて周囲を見回す。

 先ほどまで誰もいなかったバルコニーの縁にドレスアップしたフィシスがちょこんと座っていた。

「フィシスさん!」

 軽い動作でバルコニーから飛び降りると、ぎゅーっとヴィステラを抱きしめる。

「うーん。元気になったようだね。よしよし」

 軽く顔を赤らめたヴィステラの頭を満足そうになでる。

「体調は大丈夫かな? どこか違和感とか気になることろはない?」

「全く・・・というか、僕何が起きたのか覚えていないんですよ。 兄さんはあまり話さないし。

 だから、正直何で皆がそんなに心配するのかが不思議で」

 「・・・そうか。うん。 実は今日はね、ヴィステラに渡したいものがあって来たんだ」

 言いながら手の上に髪飾りを乗せる。

「これ・・・リザードさん・・・の?」

「そう。君が何も覚えていないのは知っていた。でも、これは君に持っていてもらいたい。

 ラファエルとリザードは・・・多分今でも君を守っているから」

「・・・?」

 よく理解は出来ないが、ヴィステラは小さく頷いた。

 髪飾りを握る手の中が暖かい。

「・・・そういえば、兄さんにはもう会ったんですか?」

 フィシスは促されるように明るい室内に目を向ける。

 そろそろ退出する者の姿も見受けられるが、ウィリアムの周りにはまだ大勢の人だかりが出来ている。

「・・・いやあ、流石に主役を取り巻いているあの中に入っていく勇気はないねえ・・・。

 庶民だから地ががさつなのよ。ぼろが出ちゃう」

 珍しく弱気な発言に思わず失笑してしまう。

「今日は素敵ないでたちじゃありませんか、全然問題ありませんよ。

 ・・・それに、ここだけの話。

 初めて会った時も、僕が目を覚ました後も・・・妙に楽しそうなんですよね。

 あんまり表に感情を出す人では無いのに。だから、ひょっとしてって思って・・・」

 意外そうに視線を動かす。

 確かに言われてみれば遠くから見るウィリアムは穏やかに談笑はしているものの、自分が知っている表情とは少し違う様だ。

「へえ・・・・」

 フィシスはまんざらでもないようだ。

「もし・・・良かったら・・・」

「ん、でも無理だね。 私、こう見えてもアイーンの中では変わり種でね。皆は力さえなければ普通の人間だけど、

私は母親が人間じゃないんだよ・・・ヴィステラやウィリアムと同じ時間軸を生きられないんだ」

「時間軸・・・?」

「君から見れば信じられないくらい長生きということ。 人間だった父は、物心つくころには総白髪の老人だった。

 多分、このフェルナスが国になった頃にはもう私は生まれていた筈だよ」

 200年以上も前の話だ・・・。

「あ・・・ごめんなさい。僕、そんなこと知らなくて」

 突然、くすくすとフィシスは笑い始めた。いつもの明るい笑顔だ。

「うーん。でもちょっともったいなかったなあ。そうそう出会えないよなあ、ああいう『いい男』は。

 まだ若いのに相当な切れ者でしょう。見栄えだっていいよね・・・うん。それに独身なんだから完璧だよね。

 だから周りが放っておかないのもわかる。

 あんたも、あと10年もしたらいい感じになるんじゃない? これから大変だねえ、あんたも」

「ぼ・・・僕?」

 思わぬ方向に話が飛び、ヴィステラは少し慌てた。

 悪戯な瞳が楽しそうに笑っている。




「あらかた落ち着いた様だね。御苦労様」

 最後の来賓を送り出し、戻ってきたウィリアムは片づけにいそしむ家人に声を掛ける。

「・・・おや、まだ帰られていない方がしらっしゃるようですね・・・はて、どなたでしょうか?」

 話し声に気が付き、視線がバルコニーに向けられる。 その顔に軽く笑みが浮かぶ。

「ああ、来てくれたんだ。大事な私の客人だ。これ、もらっていくよ」

 片づけようとしていたワインを取り上げるとバルコニーに向かっていった。

「こんな処で一体何の密談です?」

 気がついた二人が振り向いて笑う。

「折角美味しい料理を用意していたのに、宴は終わっちゃいましたよ。一本くすねてきましたけど・・・どうです?」

「あっ!」

 ぽんっと、ヴィステラが手を叩く。

「僕、叔父貴に挨拶するの忘れてました。ちょっと行ってきます」

 そういうなり小走りに走り去っていく。

「何だ?・・・あいつ」

 判りやすいリアクションにフィシスは失笑するしかなかった。




「なるほど・・・ヴィステラがそんなことをね・・・。申し訳ない、あなたの事情も知らずに勝手な事を」

「あら、察しが悪いわね。そんな風に思ってくれるのはうれしいに決まっているじゃないですか。陛下」

 軽くウィリアムが肩を竦める。

「言いなれない呼び方をしなくていいですよ、ウィリアムで結構。

 そうですね、普通の女性ならそうかもしれない。でも、多分貴女は違うと思います」

 小さく溜息をつくと、じっとグラスを見つめる。

「実はね・・・私にも弟がいるんですよ。

 ヴィステラみたいに素直な子だったらよかったのに、本当に馬鹿な子で。

 幼い時から自分の境遇を周りのせいだと考えていた。

 それに気がつかなかった私の責任もあるかもしれない。

 ・・・あの子は真実を知ったときに逃げてしまった。だから・・・待たなきゃいけないんです。

 あんな馬鹿でも大切な家族だから・・・」

 少し悲しげな表情をじっと見つめる。

 広間からは随分と人の気配が少なくなっている。何人かがまだ残り、ウィリアム達を気にしている様だが、

 軽く手を挙げるとその者達も下がっていった。


 梟だろうか・・・。

 時折静かな声が耳に届く。

「そうですか。

 まあ、その話を聞いたからというわけではないけれど・・・正直言うと、もし貴女がアイーンではなく私の手の届く人で

あったらと何度も考えたことはありますよ。

 多分、それは私達の間には何の利害関係も無いから取り繕う必要もなく素直に話が出来たからかも知れない。

 環境があまりに違うからでしょうか、私から見た貴女はとても自由な方にみえました。

 それに対する憧れを感じていたのかも知れない。

 でも、本当はそうじゃない。

 貴女方は私なんかより遥かに大きな枷を付けて生きている。私が思っていたのは勝手な幻想です。

 だけど・・・。

 どうしてでしょうね、それが判ってもこの感情が消えません」

「・・・・」

 フィシスは目を大きく見開く。

「驚いた。ウィリアムからそんな言葉聞くなんて」

「似合いませんかね。・・・うん、少し酔っているかも・・・」

 特に照れる様子も無く、静かに夜空を見上げている。

「まあ、確かにお互い多くの柵を背負っているけど。・・・どんな状況でも心の有様は束縛されるものではないと思うけどね」

 涼しげな風が一陣通り抜ける。
 
 ウィリアムは視線を落とすと、少し照れくさそうに笑った。