SHALONE SAGA

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フォースの章1−2




「んー良い天気。昨日の嵐が嘘みたいね」

 固く閉ざされていた窓を開け放ち、ライルは大きく息を吸った。

 清清しい空気が部屋の中に満ちて行く。朝日を浴びて、赤茶色の髪がきらきらと光っている。

 その髪をてきぱきとまとめると、上着を羽織った。
  



「それじゃあ母さん、いってくるね」

 洗濯物を干す母に手を振る。

「大丈夫かい? 昨日は奴ら出てこなかったとはいえ、まだ残党が残っているかもしれないよ」

「いるわけないでしょ! もう朝だよ。それに早くしないと間に合わない」

 ライルは小さな籠を持つと、勢いよく家を飛び出した。

 馬を走らせて村はずれの草原に行く。

 昨夜、謎の男と化物が戦っていた草原だ。

 しかし、昨夜とはまるっきり様相を変えていた。

 見渡す限りに白い花が草原を埋めている。一体何の花であろうか、甘酸っぱい匂いが辺りに漂っている。

 ライルは馬から降りると、籠の中から空の瓶を取り出した。

 そして小さな花弁から丁寧に花の蜜を取り始める。小さな花弁はこの地独特の野草だ。

 嵐の夜の翌朝にしか咲かない。しかも春間近なこの時期だけだ。

 その花から採取される花粉混じりの蜜は万能薬の材料として貴重なものだった。

 日差しが強くなるに従い、花の勢いが無くなってくる。

「うん、これだけあれば暫く持つかな」

 瓶に8割ほど溜まった蜜を満足そうに眺める。

 そろそろ帰ろうと足を踏み出して、ふと、ライルの頭が動いた。

 草が異常な乱れ方をしている。

「奴らの・・・跡だ」

 途端に背筋に寒いものが走る。

 昨夜は珍しく気配がなかったのに、村のすぐ近くまで迫っていたのだ。

「ここで、何かと争っていたのかしら」

 恐る恐る乱れのひどい所に近づいていく。

 草の間に人の指が僅かに見える。突っ伏している姿は人の様だ。

 生きているのだろうか・・・ピクリとも動かない、

(奴らの・・仲間・・?)

 草むらの中から顔をのばして覗き込むと、体の下に赤い液体が池を作っていた。

「大変! 人だわ!」

 慌てて抱き上げて身を起こす。首筋に触れると僅かに脈が感じられた。

 男の胸元にはべっとりと血糊がついている。顔にはまるで生気が感じられない。

 しかし、服には裂けたり破けたりといった争いの跡は全く無い。

 不審に思い上着を脱がすと、肩口から胸にかけて大きな裂傷が出来ている。

 ライルは首を捻った。

「どうやったらこんな傷が?」
 
 傷跡から察するに、明らかに奴らのつけた傷だ。・・・しかし・・・。



 男は昨夜の姿ではなかった。

 あの神々しい程の金糸に彩られた服はまるで消滅してしまったかの様だ。

 ライルは顔を上げて指笛を吹いた。すぐに馬が向かってくる。

 傷口をきつく縛ると、やっとの思いで男の体を馬に乗せ、勢いよく家に向かって走り出した。





「父さん! 父さーん!」

 ライルの声が遠くから聞こえてくる。父は井戸の傍で振り返った。

「お帰りライル。蜜は取れたかい?」

「それどころじゃ無いぃぃぃ!」

 ライルの背後の大きな物に父は気がついた。

「怪我人よ! 奴らにやられたらしいの!」

「何だって?」

 慌てて馬に近寄ってくる。

 二人がかりで男を馬から降ろし、家の中に運び込む。

「一体、何処で・・・?」

「村はずれの草原に倒れていたのよ」

「何と・・・嵐の夜の恐ろしさを知らぬのか? 何て無謀な男だ」

 患者用のベットに横たえる。昏睡状態は依然として続いている様だ。

「旅人かしら、見た事無い人だけど」

 ライルは傷口を消毒しながら男の顔を眺めた。

 何て・・・綺麗な顔をしているのであろう。

 まるで昔の神話にでも出てきそうな面立ちだ。血の気の無い白い肌が、整った顔立ちを一層引き立てている。

 女の顔の美しさとは全く違う。男らしい精悍な顔つきだが、それでいてどことなく人間離れした印象を与える。

「こらライル、何見とれているんだ!」

 父親に怒鳴られて、はっと我に返った。

 すぐに父はその目を手元に戻す。既に縫合の準備に入っている。

「これは奴らの付けた傷だな。しかし、通常なら両断されるのに、これは骨の位置で止まっている。

 相当頑丈な骨格の持ち主なのかな」

 ふと何かに気づいたのか、僅かに首を捻る。

「・・・ねえ、助かる?」

 縫合を始めた父の様子を伺う。

「出血の量に比べて傷は予想ほどひどくは無い。まあ、体力があれば何とかなるんじゃないか?」

 僅かにライルの表情が和らぐ。

「ところでライル。この男の身の回りの品は?」

「さあ・・・特には目につかなかったけど」 

 父親は小さく溜息をついた。

「やれやれ文無しか。高い薬草つかっているのに」

 こんな田舎の小さな村では、たとえ医者でも生活は豊かではない。

「お前が拾ってきたのだから、ちゃんと世話してやれよ」

「解ってるって」

 ライルは桶の水を交換しに外に出て行った。

 何故かうきうきしている娘の行動に父は小さな溜息をつき、男を振り返った。



 長年、病人や怪我人と接していた彼の勘が、奇妙な感覚を感じている。

 ・・・何かがおかしい。只者ではない。未熟な娘は気づかなかった。

 男の体が常人とは違っていた事に。

 眉をひそめ、懇々と眠りつづける男を見つめた。