SHALONE SAGA

レーンの章3


 男は軽く剣先を振い、附着物を落とす。

「・・・・まあ、構えることが出来ただけでも多少骨があると見た方がいいのかな? ・・・・さて」

 いまだ目を覚まさぬライナに改めて向き直ろうとした途端、強烈な思念を察し振り返った。



「!」


 突然男の目前に巨大な閃光が走り、周囲の草むらを薙ぎ払った。

「・・・なんだ?」

 濛々と立ち上る土煙の向こうに小さな人影が見える。

 レーンの周囲に強力な磁場が発生しその周囲にあるものを次々と分解していく。

「ふぅぅ・・・」

 レーンの手元で磁場が更に凝縮される。手首を軽く返すと、それが勢いよく男にとびかかる。

 男は手を挙げ防ごうとするが、それを超えて手元で炸裂する。

 辺り一面が土煙に覆われる。

「・・・全く・・・厄介な奴が隠れていたな」

 軽く困った風にため息をついた男の兜は、その半分が割れていた。 露わになった視線が軽く天を仰ぐ。

「まずいな・・・気が付いた奴がいる・・・」

 その言葉が終わらぬうちに、男と竜の姿はその場から忽然と消えた。




「・・・・・」

 リキュールはゆっくりと頭を動かした。 その先にはレーンが立ち尽くしている。

 彼の周りの磁場はゆっくりであるがその規模を膨らませている。

 その中心でレーンはぼんやりと中空を見つめていた。 こちらを見る気配はまるでない。 というより既に頭の中にはリキュールの事が入っていない様だ。

 その瞳にはまるで感情が感じられず、じっと空を見上げる。 ・・・その口元が小さく笑った。

「・・・・くっ」

 リキュールは身を捩り、両手で印を作ろうとする。

「・・・・」

 その左手が空を掴んだ。 

 動いた視線がゆっくりと細まる。 ・・・既に右半身は鮮血に染まり、そこにあるべき己の右腕は見当たらない。

 左腕を支えに起き上がると、震える指で地面に文様を描き始める。

 腕の出血は止まらない。時折意識が遠のきそうになるのを必死でこらえる。

 そうしている間にもレーンを囲む磁場は膨張を続けているのに、遅々として作業が進まない。

 ようやく仕上がった文様の上に手を置き、呼吸を整える。

 濃緑の瞳が揺らめきはじめた。

「・・・もういい・・・レーン」

 リキュールの手元から青白い光が発生し、そのまま地面の中に吸い込まれる。

 次の瞬間、無数の光が地上を飛び出し、レーンの体を貫く。

 だが、レーンは衝撃で軽く体を揺らすものの、別段の変化は見られない。

「・・・力が・・・足りない・・・くそ」

 リキュールはあらん限りの力を集中させて思いきり地面をたたきつけた。

 その手元からひときわ強い光が発生し、一気にレーンめがけて突っ走る。

「―――――」

 その光がレーンの頭部を直撃する。

 レーンの体が大きく傾げると同時に周囲を覆っていた磁場が一気に消滅した。 リキュールの口から笑みが漏れた。

「本当に・・・手間のかかる・・・」

 言い終わらぬうちにリキュールは再び地面に倒れこんだ。



 その傍らにゆっくりと降り立つ人物がいた。

 傷口の程度と本人の状態を確認すると、安堵の笑みをこぼす。

「ごくろうさん。よくやったな」

 聖王は軽々と抱き上げると、一緒に舞い降りたバレンティノを振り返る。

「そっちのガキどもはどうだ?」

「気を失っているだけですね。問題はなさそうです。 ・・・・しかし、一体何が起きたんですか?」

 あきれた風にバレンティノが周囲を見渡す。 辺りの木々はなぎ倒され、地面もあちらこちらで隆起をしている。

「しかし・・・この状況はどこかで・・・見覚えがあるような」

 ニヤリと聖王が悪戯っぽく笑う。

「正解、昔お前がさんざんシトゥラに使っていたやつをリキュールに教えておいたんだ。 まさかこんなに早くに使う羽目になるとは俺も思わなかったが・・・。

 しかも片腕無くした状態で・・大したもんだ」

「ということは、このお二方のどちらかがトランス状態に? この幼さでですか・・・。 まあ、感情の抑制は大人よりは難しいとは思いますが。

 それにしても、一体何を引き金に・・・」

 聖王はリキュールを抱えながら己の手を見つめた。

「そうか・・・ソーマは知らないんだな。 この、残留念の持ち主を・・・」 

 小刻みに震える手を握りしめた。


 


「・・・・・」

 うっすらと開いた瞳に飛び込んできたのは、心配そうにのぞきこんでいる母とその後ろに腕を組んで見下ろしている父(シガール)の姿だった。

「――――――――」

 リキュールはじっと父を見上げる。

「・・・何で何も言わない?」

「いえ・・・怒鳴られるかと・・・思って・・・」

 シガールはため息をつくと、傍に腰掛ける。

「いきなり影が攻めてきたのかと思った。 ・・・その位の大きな気配があったんでな。 まさかお前達とは思わなかったが・・・。

 それに、それほどの怪我だ。 怒るよりもまず助かった事が良かったと思うよ。 お前がアイーンじゃなかったら多分もたなかっただろうって・・・リベティが言ってた」

「・・・」

 左手で右肩に触れる。 やはりその先には何もない。 リキュールはゆっくり目を閉じた。

「リベティが再生できないと困惑していた。 只の切り口じゃない、勿論影でもないと・・・・。 お前は一体何者と対峙したんだ?」

 リキュールは返答に一瞬、間を置いた。 どう答えるべきか・・・。

「・・・・判りません。 ライナを追った先に男がいました。 でも。兜を目深にかぶっていたので、顔までは解らなかった」

 その様子を少し離れたところから観察していたリベティの眉が軽く動く。

「・・・そうか」

「兄ちゃん!」

 勢いよく開いた扉から、レーンが飛び込んでくる。

「兄ちゃん、大丈夫? 傷痛い?」

 相変わらず涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔だ。 思わずリキュールも笑ってしまう。

「ごめんなさい、僕のせいだ。 僕がちゃんとライナを守ってなかったから・・・・。 兄ちゃんの腕・・・」

 再び大粒の涙が溢れ出す。 

 リキュールの左手がその涙を拭う。

「気にしなくていいよ、 お前のせいじゃないし。 ・・・第一レーンがいなかったら僕の腕一本位じゃ済まなかった筈だよ。

 それより、お前たちは大丈夫だったか?」

 レーンが小さく頷く。

「大丈夫。 でも僕・・・兄ちゃんの腕が飛ばされた所までしか覚えてなくて・・・。 何があったの? あの人はだれ?」

「・・・・・」



 そうか・・・・。レーンはあの顔を・・・見ていない・・・・。



 リキュールは笑いながら小さく首を振った。

「僕も・・・判らない・・・」

 多分・・・それは不幸中の幸いという事か・・・。 だが、向こうは完全にこちらの正体に気が付いた様子・・・。

 でも・・・何で・・・ライナだったんだ?

 



 動けるようになったリキュールは直ぐに何時もの場所に出かけた。 昔からの本が大量に所蔵されている神殿の一室。

 リキュール以外殆ど訪れる者がいない部屋の扉から光が漏れている。

「? 珍しいな、誰かいる」

 部屋の中央にあるテーブルの傍にはバレンティが立っており、こちらをみて軽く会釈した。

 テーブルにはビール片手に本をめくっている聖王がいた。

「よお、復活したそうだな」

「珍しいですね、聖王がこちらにいらっしゃるなんて・・・。 それよりも、助けて頂いてありがとうございました」

「なーんもしてないがな・・・俺は。 それよりお前に確認したいことがあって来たんだ。

 ・・・・お前は奴を確認したか?」

「・・・・・」

 リキュールは読み取れぬ表情で聖王を見つめた。 何かを探っているかのようだ。

 くすりっと聖王が笑う。

「その表情だと随分と色々なことを察した様だな。 お前たちを助けに行ったときに気が付いた。 あんな残留念を残す者などそうはいない。

 現に俺はあそこに立っただけで聖王の恐怖心が伝わってきた。 だがまあ、分身か何かだったのだろうな。 でなきゃあの程度では・・・」

「いえ・・・」

 言葉を遮るようにリキュールが口を開いた。

「レーンがトランス状態の時の攻撃でその顔を確認しました。 間違いありません、分身でも何かに憑依したわけでもない・・・本人です」

「・・・って、まさか・・・」

 バレンティノの表情が固まる。

「なるほどね・・・。 しかし、何の為に・・・」

 少し不機嫌そうにビールをあおる。

「聖王。 僕、気が付きました」

 聖王の視線がリキュールを向く。

「直接対峙した時には自分の奥底から湧き上がる恐怖の正体がわからなかった。 何故知らぬ相手に恐怖するのか・・・。 確かに、一見して只者では無いことは案に判ります。

 だけど、僕が感じた恐怖はそれではなかった。 だから、レーンが破壊した兜の下の姿を見たときに判ったんです。

 ・・・僕は、御神の姿を知っている」

 聖王は目を細めリキュールを見つめる。 

「前にバルにも話しましたが、僕は自分が何者かは知らない。 何故ここにいるか、その理由もわからない。 ・・・ですが、御神を見て理解したことがひとつ。

 ・・・僕はあのとき、あの場所にいた。

 
あの方を知っている。その恐ろしさも・・・。 そう理解すれば納得が行くんです。

 僕は・・・昔ここにいて・・・柱神と呼ばれていた。・・・そして、この世界を捨てたんです・・・」

「・・・・・」



 長い間の沈黙が続く。 リキュールはじっと聖王を見つめたままだ。

「そう・・・だな」

 聖王がため息交じりに口を開く。

「俺も大方そんなところだろうとは思っていた。 勿論、そのどれかまでは特定出来ない。 ・・・で、それを知ったうえで、お前はどう行動する?

 お前にとって対立する側に入り込んで、何をするつもりだ?」

 確かに、リキュールがこの世界を捨てた側の者だとすると、その目的が気になるところ。

 少し困った風にリキュールは頭を振った。

「・・・判らないんです。僕は、かつて自分がそうであったと認識しただけで、その能力や思想があるわけじゃない。

自分なりに理由を探したのですが。

 ・・・やっぱりわかりません。 もはや僕はアイーンであり、その思想はシャルーンから継いでいるものですから」

「なるほど」

 聖王は再びビールをあおった。 が、既に空になっており小さく舌打ちをする。

「隠し事はしていないだろうな」

「勿論です。そんなことしたって無駄なことくらい良く判っています。 僕の力は聖王には遠く及びませんから」

 少し皮肉げな表情でリキュールを眺めながら立ち上がった。

「まあいいだろう。 お前が昔何者だったかなどどうでもいいことだ。 ・・・だが、これで一つ確信できたことがあるな」

 答えるようにゆっくりとリキュールが頷いた。

「この世界は勿論、どの世界に於いても柱神は存在していない・・・」


 空気が・・・止まる。聖王はわずかに口元を歪ませた。


「ま・・・待ってください。 リキュール殿が仮にそうであっても、その結論はあまりに極論過ぎませんか?」

 慌てたようにバレンティノが口を挟む。

「いや、違うよソーマ。 こいつだけじゃないからだよ」

「ということは・・・他にも・・・・」

 

 リキュールが小さくため息をつく。

「一体・・・何が起きようとしているんです?」

「俺が知るか。 ・・・まあしかし、目的は解らないが、レーンのおかげで御神の目的は達成はできなかった筈。

 いずれまた訪れるだろうとは思うが当分は心配しなくていいだろう。

 あれ以降気配は全くない。現在ここには存在していない。

 いくらあの方でも簡単にはこちら側には来れまいて・・・」

 軽く、バレンティノの頭が上がった。


 こちら側・・・?。

 ここではない世界・・・。彼らはそれを知っているのか・・・。

 意識せずにその視線が窓越しのセーラムの空を仰ぐ。

 ・・・いつからこの世界は変わってきたんだろう・・・。

 現存する者の中では最古の種族たる自分。柱神のいた時代は勿論、御神すら存在していなかった時代から・・・。

 その頃世界はもっと小さかった筈、その頃真理はもっと単純だった筈・・・。

 その頃・・・。

 バレンティノは視線を戻した。

「我々は何処に向かっていくのでしょうか・・・」

 聖王とリキュールはほぼ同時に肩を竦めた。