ロッド・アスフィールドの章15
「さーて。こっちも忙しくなるぞ」
ロッドは軽く肩を回し始めた。
「何。どうした」
きょとんとしているリューに、肩をすくめる。
「平和ボケでもしたのか? お前が気がつかないなんてなあ。嫌―な気配が近づいてくるぞ」
嬉しそうに森の奥を見つめる。
「え?」
慌ててそちらに神経を集中させる。なんということだ、今まで気が付かなかった。
いや、そうじゃない。シトゥラの気配に隠れていたのだ。
「私としたことが・・・。しかし、これは人間? いや、違う・・・人の体を被っている・・・」
ルーと同じ技・・・いや、こちらがオリジナルか?
「ところでリュー、連中をどうやって聖王の所に連れて行くんだ?」
「私が扉を開く。それはたやすい。だが、連中に侵入されるのは好ましくないな。見たところ大した力もなさそうだが、今の聖王にはそれに抗する力がもうない」
「あの兄ちゃんは戦えるのか? 武道派ではなさそうだが、力はあるんだろ?」
軽く肩をすくめる。
「基本は影と同じ属性の力。多分、無理。相殺されてしまうから術は使えない」
「そうか・・・」
「あまりこういう言い方好きではないが。ロッド、聖王への道が閉ざされるまでには多少時間がかかる・・・出来るか?」
前掛けをはずし、丁寧に折りたたむ。
「何を今更・・・散々俺をこき使っているくせに」
「・・・」
いつもは勢い良く言い返すリューが黙り込む。
ロッドはポンッと頭に手を載せた。
「お前ともお別れだな」
リューは何も言わずに俯き、小さく頷いた。
ゆっくりと扉を開く。
ファウラは、ベットに腰掛けて窓の外を眺めていた。その視線はぼんやりと外で会話をしている二人を見ている。
が、人の入る気配に振り返ることも無い。
正面に立ち、彼女の頭の上に手をかざす。手からあふれ出た淡い光がゆっくりと降り注ぐ。
「そろそろ目覚めてはいかがですか?」
彼女はゆっくりと瞬きをして、顔を上げた。
「・・・・」
「私がわかりますか?」
ゆっくりと、彼女は頷いた。
「もうそこまで来てんぞ! まだ準備できないのか」
剣を構え、正面を見据えながらロッドが怒鳴る。
「うるさい。気が散る。黙って前を見てろ」
リューは神経を集中させながら、地面にいくつかの文様を描く。
「・・・・よし」
リューが立ち上がると同時に、文様が光りだし、ゆっくりと上空に上り始める。
「出来たぞ、ロッド」
「ああ、こっちもおいでなすった」
振り返った森の先に、馬の影が見え隠れする。
程なく、馬の息遣いと蹄の音がはっきりとしてきた。
「・・・・」
馬上の女は鋭い視線で、ロッド達を見下ろす。
「・・・奴が影?」
リューに小さな声で話しかける。
「ああ、前と同じようだ。外見は人間だったらしいがな。後ろの兵士は人間だな。操られてもいない。
恐らく気が付いていないのだろう」
付き従ってきた兵士達は、禁断の森に入ったためか、不安げな表情で周囲を見回している。
「ふーん」
様は真ん中の化物だけが相手という事だ。
「なるほど、それがアルウェンへの道・・・その先に聖王が・・・」
リューは文様の前に立つと、女を睨みつける。
「ふん、先族の生き残りか。まだ生きているとはな。しかし、その頭数はささやか過ぎる抵抗だな」
「・・・・」
ロッドとリューに緊張が走る。
「お兄ちゃん!」
家の扉が開く音と共に、聞きなれない声が背後からする。
思わずロッドとリューが顔を見合わせる。
「ファウラ・・・?」
足を踏み出したファウラを、シトゥラが止める。
外の気配に気が付いたようだ。
彼女を背後に回しゆっくりと周囲の確認をする。その視線が馬上の女に止まった。
「お前・・・確かスーラと言ったな。どうしてここにいる? 死んでいた筈だが・・・。
それとも、その骸を誰かに操られたか」
くすり・・・。
スーラが笑った。
背後にいた兵士が戸惑いながら彼女を見る。
「そういえば・・・そのような名だったな・・・。まあ、そんなことはどうでもよい」
ゆっくりと、スーラの背が不自然な動きで盛り上がり始める。
彼女の後ろにいた兵士が驚きながら手綱を引いた。引き返そうと馬を返した瞬間、その頭が体から分断される。
「・・・・」
彼女の背から生えた触手は、血を滴らせながらゆらゆらと宙を舞う。
楽しそうにスーラの口元が歪む。
これは、結構マジな相手だぜ・・・。
ロッドの額から汗が滴る。
「リュー。さっさと行け、貴様らを庇っている余裕はなさそうだ」
「・・・わかった」
リューがアルウェンへ続く文様に二人を導く。
「・・・おにいちゃん・・・」
「・・・谷を渡った所に、大きなネモフィラの群生があるんだ。春になったら行ってみるといいよ・・・」
ゆっくりとロッドは笑いながら振り向いた。
「元気でな」
物言いたげな表情がゆっくりと光に包まれていった。
くっくっく・・・。
正面から襲う妖気にロッドは振り返った。
触手が目の前まで迫っている。
剣で払うものの、その方向を阻むのみで、切り落とすまではいかない。
「・・・ちっ」
片目で剣を見やる。この程度で刃こぼれをおこす程では、触手は相手に出来そうもない。
となると、直接本体か・・・。
女の口元が微かに歪む。ロッドの考えを打ち消すように何本もの触手が襲い掛かる。
「この・・・」
避ければその先にはリューの結界がある。動くわけにはいかない。柄を握る手に力をこめた。
が、触手は目前で止まり、勢い良く後退する。
スーラの表情が変わる。それは、ロッドを通り越し、背後の人物に向けられていた。
「そうそう、大切なものを忘れてましたよ。置いてけぼりを食らわされてかなり不機嫌でしたので、連れてきました」
一度は結界の中に入っていたシトゥラが再び現れ。、軽く笑いながら手に持っていたものをロッドに投げる。
正体は直ぐにわかった。
ロッドは少し皮肉気な表情で受け取ると、青白い刀身を煌かせる。
「・・・やはり、本物の持ち主は輝きが違いますね」
「・・・・」
じっと刀身を見ていたロッドが、徐に剣を振る。
光の尾を引きながら。美しい弧を描く。
それをみたシトゥラは小さく頷き、結界の中に戻っていった。
最後に残ったリューは文様の前で佇む。
目の前で対峙している二人を眺めつつも、何かに躊躇している。
それを振り払うかのように軽く頭を振り、顔を上げた。
「ロッド、扉が閉じるまで暫くの時間が必要だ。後は頼む」
「ああ、判っているよ。俺に任せろ、お前も早く行け」
ロッドは振り向かずに答える。
「・・・ああ」
リューが一歩踏み込むと、文様の形が崩れ始めた。
光がゆっくりとリューを包み込む。
「・・・・」
ロッドの姿が霞み始める。その後ろ姿をじっと見つめる。
ふと、ロッドが振り返った。残像のようなその姿は、軽く笑いながら手を上げた。
何かが、胸の奥で音を立てる。
(・・・ふん。馬鹿が・・・)
リューは先に行った二人を追いかけた。