海風通信 after season...

route06 「雨と信号のこと」



 突然に降り出した大雨により、店長の車で家まで送ってもらうすーちゃん。その途中、交差点で不思議な花神輿の車列に遭遇するお話。
 恐らくこれ、コトノバ史上最大のミステリアスなエピソードなのではないでしょうか?色々なヒントや要素が散りばめられている割には、何一つ現実的なお話として感じられないのですね。地震などを絡めてきたことも、さらに不気味さに拍車をかけています。「もはやこれ、三浦半島を舞台にしたエピソードでは無いんじゃないのか?」作品発表当時は、そう解釈する人もいたほどです。ただし、ウチのページではあくまで三浦半島に拘って(こじつけて?)舞台地検証を進めているため、このスタンスはどうにも崩すことが出来ません。が、ここに来てようやくそのとっ掛かりともいうべき事象を見つけることができました!今回は、作品で示された要素と現実事象とを丹念に照らし合わせた、久々の徹底検証です。
 まずは、作品上で確認できる検証ポイントをピックアップしてみましょう。

1: 軽トラに乗せられた、電飾キラキラの花神輿。シャンコシャンコという鈴の音がする。
2: 夜の9時過ぎに、ドシャ降りの雨の中で神輿の車列を見た。
3: 緊急地震速報。震源地ここ。でも揺れてない。
4: あの時停車していた場所は、有名な活断層の真上。
5: 昨夜、祭りはなかった(そうだ)。
 上記のような点を冷静に見ていっても、もはやこれが現実世界の三浦半島で行なわれている出来事とは到底思えません。そもそも花神輿が出るお祭りというものも、私が調べ得た限りにおいては、まず見つけることが出来ないのです。強いて挙げれば、三戸浜の上諏訪神社で夏に催される『八雲祭』が、あの「飴屋踊り」で注目した「花飾り棒」を神輿の上に飾り付けることで、なんとなく花神輿に見えなくもないのかな?と思えるぐらいでした。
 ところが、今年の「三浦七福神めぐり」で延壽寺を訪れた際、お堂内にて衝撃的な光景を目にしたのです。それが下写真の花飾り↓でした。
▲この信号のある角地に、かつて酒屋があった。よっちゃん店か? ▲美麗な曲線を描く、延壽寺の花飾り。
 花数の多さや枝垂れ具合など、これまでの花飾り棒よりも、より作品世界のイメージに近いものが、そこにはありました。
 お寺の方にお話を伺うと、それは『お会式(おえしき)』で使われた「万灯(まんどう)」に飾り付ける花飾りなのだと言います。万灯とは、花神輿というよりは、提灯や灯篭などの電飾を灯して花飾りを照らし出した、言わば「山車」に近い形状のもの。これを夜の7時頃から、遅いときには9時過ぎくらいにかけて、国道134号線沿いの宮田バス停あたりにある農協倉庫から延壽寺まで練り歩くのだそうです。
 さらにはこの花飾りの花は、桜花を模して造られていると言います。これには由来があっていろいろと詳しくお話を聞けましたが、正確さを期すために、ここは公式資料を引用しつつ説明しておきましょう。
 弘安5年(1282年)10月13日辰の刻(午前8時)。日蓮聖人が、弟子や信者一同による法華経(ほけきょう)読誦の中お亡くなりになられた時、大地は揺れ動き庭の桜が一度に時ならぬ花をつけたと伝えられます。
 この桜は、今も「お会式桜(おえしきざくら)」として大坊の敷地内に現存しており、毎年、聖人がご入滅された旧暦の10月13日前後から約6ヶ月もの長期にわたり花を咲かせます。【『日蓮宗本山 池上大坊 本行寺』ホームページより】
 万灯に飾り付けられた花は桜花を模しており、この伝説に由来しています。万灯に限らず仏壇等にも飾られ、古くからお会式には付き物となっています。【『お会式ねっと』ホームページより】
 なんと!ここでも予想外のリンクが繋がりました。季節外れの桜が咲く、ということもフシギ現象の一環とも言えるのですが、注目すべきは入滅の際に大地が揺れ動いた→地震が起こったということ。これもなんだか意味深です。加えて気づかされるのは、延壽寺のある黒崎の地には、金田湾の高抜海岸から続く、あの有名な『南下浦活断層』が走っていたのではないでしょうか?調べて見ると、まさに延壽寺のすぐ南の崖線がそれなのでした。
 強引な解釈とは言え、ここまで条件が合致してくると、ちょっと鳥肌が立ってきます。実はホントにこれが「雨と信号のこと」の元ネタなんじゃないの?という期待を大いに膨らませつつ、実際の『お会式』を体験しに、初声町黒崎へと向かうことにしました。(※お会式の詳細レポはこちら。)
▲軽トラと花飾りをつけた万灯。何とか再現できた? ▲大明寺の万灯の完成形。他の講中の万灯も出来ていた。
 当日は午後3時頃よりという予報。この万灯の花飾りは雨に濡れても大丈夫な素材を使っているので、多少の雨でも開催には支障が無いとのことで一安心。それにも益して、コトノバ的にはむしろ雨のほうが理想の展開とも言えるでしょうか。
 万灯は、神奈川県各所や近隣の日蓮宗派のお寺の講中の方々がわざわざ現地にまで運び込み、農協倉庫前の駐車場で組み上げ作業を行います。今回は11もの万灯講中の参加があり、その中の一講中でも良いから、「万灯を完成状態で軽トラかなんかに載せてきてくれないかなぁ…。」という期待もしましたが、実際は万灯を組み上げるとかなりの大きさとなるため、ほとんどすべての万灯は分解状態での搬入となったのが、少し残念ではありました。ただし、そんな中でも金谷山大明寺の講中の人々は実に理想的な軽トラで現れ、しかもその軽トラのすぐ後ろで組み立て作業を行なってくれたのが有り難かったです。おかげで作中の設定に近い[軽トラの荷台の上に載せた花神輿]の状況を、苦しいながらも作り出すことが出来ました。
 大明寺の万灯は完成までにかなり手間取ったため、ふと気づけば辺りには多くの万灯が既に完成し、ライトアップまでされています。その様子は、まさに幽玄の趣き。この行事を知らない人が見たら、「お祭り…というわけでもないし、何なのだろう?」と思うかも知れませんね。
 実際この「お会式」の「万灯行列」というものは、日蓮宗の信徒でなければあまり馴染みのないものかも知れません。特定の宗派のお祭りなので、地域版の風物ニュースに掲載されることもあまりないからなのですね。私も延壽寺でお話を聞くまでは、その名称すら知ることもありませんでした。作中の最後のコマで、「昨夜 祭りはなかったそうだ」というのは、まさに信徒ではない一般の人々にとっては、そういうことなのかも知れません。
▲幻想的な明かりを灯して、入江原野の直線道を練り歩く。 ▲入組んだ集落内を練り歩く様は、非現実的な光景に見える。
 準備を終えた万灯講中は、込み合わないように他の万灯講中との進行状況を調整しながら、農協駐車場を出発します。
 各講の寺名を掲げる提灯を先頭に、大きく振りかざす纏(まとい)、団扇太鼓・鉦・笛の奏者が続き、最後に万灯という隊列構成で、ゆっくりと練り歩いて行くのです。辿る道順は、初声入江原野の南側を東西に貫く、かつての初声マリーナへと続く一本道。コトノバ第1話の『霧の夜のこと』とも微妙にリンクする風景のオーバーラップがなんとも言えませんね。
 実際にこの道は街灯も少なく、向かって行く先の右側は原野で広大な暗闇となるため、そこを万灯の神秘的な灯りが進んでいくさまは、幻想的という他にありません。このお祭りの事情を知っている者ですらそう感じるのですから、何も知らないすーちゃんのような人がこの光景を目の当たりにしたら、それは現実のモノとも思えぬ出来事として、「……本当かなぁ」となってしまうのかも知れませんね。
 ちなみに日蓮聖人の神通力なのか、この日は結局のところお祭りが終わるまで雨が降ることはありませんでした。そしてお祭りが終了した9時半過ぎに突然大雨が降ることに……。まさに時間設定もピッタリだったのですが、まさかこんなコトになるとは想像もしていなかったので、既に電車に乗って帰ってしまった後だったのですね。何にしても、リアルでのちょっとしたフシギな出来事を体感することとなりました。

 さてさて、強引かつ歪曲的な解釈とは言え、ここまでの事象が奇妙に合致するこの行事、アナタはどう思われるでしょうか?
 (※特定の宗派が絡むため、念の為に書いておきますが、この検証レポートは「これで間違いない!」と確定付けるものではありません。あくまで私の個人的私感であり、イメージから作成されたものです。宗教においてはその全てを尊重しつつ、郷土史的風習という観点から祭事・行事を取り上げているということをご了承下さい。また、言うまでもありませんが、作者や作品とは一切関係がありません。)


2019/11/03