海風通信 after season...

route09 「がけの道のこと」



 知り合いに夏休みのお土産を届けに行った帰りでのお話。
 バイクが故障中らしく、珍しく徒歩移動の話・・・と思いましたが、実はそれほど珍しいわけでもなかったですね。「旧道の先のこと」もそうだし、「トンネルのこと」でもガッツリ歩いてます。なんとなく【コーヒー×バイク=フシギ体験】という勝手な法則を思い浮かべていた私ですが、その予想が見事に覆されたエピソードでもあります。
 お土産のお返しに、キュウリとトマトをたっぷり貰ったすーちゃん。バイクの使えないこの状況では、帰路のダラダラ道がとてつもない長い道のりとなって眼前に立ちはだかります。そこで思いついたのが、『穴ぼこ岩』の脇をかすめて上の道へとショートカットする近道。
 ここまでの状況を推察すると、やはり現実世界で一番それらしいのは、『諸磯の隆起海岸』でしょうか。穴ぼこ岩→穿孔貝の跡が見られるのは、海岸付近ではあちこちにありますが、内陸部で確認できるのはここぐらいしか思いつきません。『ダラダラ道』も作中とはかなり状況が異なりますが、海外町から諸磯湾へ抜ける道が、徒歩だととてつもなく長く辛い道でそれっぽいです。ちなみに『三浦七福神』を歩いて巡ると、まさにこのコースを通るのですが、私も毎年苦しい思いをさせられているのですね。(歩いて巡る三浦七福神については、別ページにていずれアップ予定です。)
▲来るときは気にしなかった長いダラダラ道。 ▲穴ぼこ岩!ここまでは来たか。
 ところで、『諸磯の隆起海岸』ですよ。
 これ、どこのガイドブックや地図にもたいてい載っているし、国指定の天然記念物にもなっているから結構有名なんですけども、実際に行ったことがあるという人はどのくらいいるのでしょうか?かくいう私も、かれこれ20年近く三浦半島に通っていながら、今回初めてその場所を訪れました。
 そもそも、現地に辿り着くのに案内板がロクにないというのもスゴい。そして確固たる目的を持たないとまず行かないようなエリアなので、偶然にも目にするという機会がない場所なのですね。このようなケースは、かつて刑部岬を訪れた時に立ち寄った『通蓮洞』でも、似たような感覚を味わったことをふと思い出しました。まぁ、住宅地の外れにあるので、あれほどの寂寥感はないのですが、ほったらかし具合は相当なものです。
▲昔、海の貝が掘った穴。穿孔貝というもの。 ▲大地震の隆起の跡で、岩が段々になっている。
 まず、国指定天然記念物なのに、フェンスや立ち入り規制が何もない!『諸磯の隆起海岸』という看板や説明板もあるにはあるのですが、もう二十年近く前のものらしく、書いてあることがほとんど読み取れないのです。地質学に興味のある人ならば、岩盤の露頭が見えているだけで納得承知できるのでしょうが、一般の人は確実に面食らうでしょう。「だから何なのよ!?」というカンジです。なので、念のため説明板の文字を復元して、以下に掲載しておきます。
国指定天然記念物 『諸磯の隆起海岸』
昭和三年二月二十四日 文部省指定
この崖の表面にみられる小穴の列は、穿孔貝の巣穴の跡で、堆積時期を異にするシルト(砂泥)岩質の
地質の側面に、小規模のものを含めて六列ぐらい数えられる。 巣穴の多くは風化され、形はさまざまで
あるが、一般に下部の列のものほど、よく保存されている。
穿孔貝(ほとんどがイシマテガイで、別名この貝を「ヒミズガイ」ともいう。三崎ではこれを「シミズガイ」と
呼んでいる。) は、波打ちきわで岩をほり、巣穴をつくってその中で生活する。 したがって、古い巣穴の
跡があれば、これから過去の汀線の位置や高度を知ることができ、また、これによって、歴史上の大地
震の間隔や隆起量などが推定される。
この崖の巣穴の跡は、この種の推定を試みるにあたって、その出発点となったもので、それぞれの列は、
いずれも、ある時代に汀線だったことを示している。そして列の数や巣穴の保存状態から、この場所が、
過去なん回かにわたって隆起したことを物語っており、歴史上の大地震を知る上で貴重な資料といえる。

平成八年七月一日 三浦市教育委員会
 というわけで、過去に何度も隆起を繰り返したという証拠を示す決定的な場所でもあるのです。他の資料では、『4段の目立った層が確認でき、過去に大きな地震が4回あったということが推測できる』とあります。最も下部の層(つまり年代的に新しいもの)は1923年、これはすなわち関東大震災の時に形成されたもの。作中での約「100年前の大地震」というのは、ずばり関東大震災のことを指しているのでしょう。そしてその上の段の層が形成されたのは1703年、その差約200年です。こうしたことを踏まえた上で、「2メートル また2メートル 200年 また200年」と表現しているのかも知れません。
 幸い(!?)立入禁止でもなく、穴ぼこ岩のすぐそばに急登の崖が続いているので、すーちゃんよろしく登ってみることにしましょう。とは言え、この場所こそが、「どうよ、これ?戻ろうか やっぱ」と言いたくなるようなゴミだらけのルートなので、おススメはできませんが・・・。
▲上の道へと登っていく、その先には・・・ ▲ゴミ投棄禁止の看板はしっかりある。でもバス停は無い。
 崖を登り詰めると、海!・・・・は、やっぱり見えません。けれど高台の畑では、春先ということで菜の花の黄色い海が広がっていました。この場所は今や、三浦でも数少ない昔ながらの雰囲気を漂わせているように感じました。何がそう感じさせるのかはハッキリとは判らないのですが、私が20年前に初めて三浦半島を歩いた時の空気感に良く似ていたのです。
 そんなノスタルジーに浸る一方、やっぱりバス停なんて全く無いという事実は揺らぎません。しかもここから幹線道路に出るまでの距離というのも、実はけっこうあります。仕方がないので再び崖を下りて、穴ぼこ岩へと戻ることにしましょう。
 トマトとキュウリを持ってこの道を歩くなんていうのも、無茶なのでやめておいたほうが賢明です。


2015/02/24