海風通信 after season...

route14 「夜の音のこと」



 すーちゃんの実家近辺で今も続いている、不思議な音のお話。
 「トコトコトコトコ…」という木を叩くような連続音が、毎晩8時過ぎから10時頃まで向かいの山の方から響いてくる。他のヒトには鳥の鳴き声にしか聞こえないらしい。久しぶりにその音を聞いたすーちゃんは、大人になった今だからこそ解明を試みる。が、結局は謎のまま。一体何なんでしょうね?
 提示されたヒントは、「戦前に鉄道計画があって、戦後中止になった。それは今のバス通りである。」ということ。そしてすーちゃんの実家は、夜からでも気軽にバイクでアパートに戻れる距離にあることから、やはり三浦半島内という設定なのでしょう。
 しかしそうなると、三浦半島にそんな幻の路線計画なんてあったのかな?という疑問が浮かびますが、なんとホントにあったのですね。それが衣笠〜林間を結ぶ『武山線』。私は鉄道にさほど興味が無いので全く知りませんでしたが、これは結構有名な話みたいです。

【林〜衣笠間地方鉄道『武山線』の概要】 『東京急行電鉄50年史』より抜粋。
 当初は東京急行電鉄による、横須賀〜小田和湾間9.7kmの区間に無軌条電車(トロリーバス)の計画があった。しかし国鉄の横須賀〜久里浜間の開通という情況の変化と共に、衣笠〜林間の地方鉄道敷設へと変更する。さらには戦中の資材・労働力不足のさなか、竣工期限の延長を2回に亘って行なったが、結局完成を見ないまま終戦を迎えた。
 その後東急は4社に再編成、武山線は未完成のまま京浜急行電鉄に移管される。京急においても、この地方鉄道敷設申請を取り下げ、武山線は幻のまま計画を終えることとなる。
 そしてそれは今のバス通り、となると、これは県道26号線・横須賀三崎線道路が見事に合致してしまうではありませんか!こういう何気ないエピソードに隠された事実が散りばめられているから、芦奈野作品はついつい深読みしてしまうんですよね。
▲山の稜線上に見える電柱というのも、実は意外と無い。 ▲『井戸店』バス停。停名表示板の形状がよく似ている。
 今回の舞台検証で重要なカギとなるのは、バス停のロケーションです。ということで、県道26号線を衣笠側から順にバス停を見ていきましょう。
 現地を訪れる前は、おそらく『衣笠公園』や『衣笠城址』バス停あたりがそうなのではという勝手な推測をつけていたのですが、その思惑は見事に外れ、逆にノーマークだった『井戸店』なる停留所が良い感じです。停留所の表示ポストの形状が一致し、ジュースの自販機があり、バスを停車させる道路拡張部分もある。けれど、ここだと作中のバス停表示にある「南入口」とか「次は本町」などとの関連性に疑問点が出てしまうのですね。なので、この場所はひとまず保留とし、南下していきます。
 ところで、前述した『武山線』の名残はないのか?というと、これがほとんどないそうです。唯一残っているのが、衣笠トンネルと金子トンネルだそうで、ここは面白いことに衣笠方面へ向かう車線と林方面へ向かう車線とで、入るトンネルの名称が違うのですね。つまり衣笠へは「金子隧道」と「衣笠隧道」を通るのですが、林に戻るときには「衣笠隧道」と「金子隧道」を抜けるのです。これは出来た年代の相違から生じたもので、まさしく新隧道が武山線を通すために造られた可能性があるとのことですが、今となってはトンネル自体大幅な改修工事が施され、真相は解らないようです。
▲衣笠トンネル。左側が新衣笠隧道。 ▲金子トンネル。右側が新金子隧道。
 両トンネルを抜けると、『北武』バス停が見えてきます。ここもロケーション的には良い感じですが、見慣れたフランチャイズ系の店舗が多く目立ってくるところが興を削がれます。とは言え、ここから林までは商業エリア的にそこそこ発達した路線となるため、これは仕方のない事でしょう。とりあえずは検証を進めるため、『北武』から『武山』・『南武入口』・『竹川』バス停と見て行くと、ここで何か引っかかる考えが浮かびました。
 あれ?芦奈野センセイはあからさまな現地描写を避けるために、あえて『武(山)』の字を伏せたのでは――!?
 そう考えると、『武山』線はもちろんなのですが、バス停の『武山』も武地区の中心地点(北武・南武・ひがし武のちょうど中心にある)から『本町』に名称を変え、『南武入口』も武の字を消して『南入口』とすれば、辻褄が合うではないですか!(じゃあ『南バス』の案件は?という謎は置いといて。)
▲「武」の字を消し、『次は(武)本町』と解釈すれば、まさに! ▲『南武入口』バス停。左の家の基礎土台も若干似てる…か?
 そうした推測から再び『南武入口』バス停に戻ってみると、そこはなんとも微妙なロケーション。似てると言えば似てる…いや、全然似てないですね?そもそもバス停表示ポストの形状からして違うし。ただし、横須賀側に出るにも葉山側に出るにも便利な立地条件であるということは言えます。
 そんなことより、不思議な音の正体は結局何なのかという疑問が残りますが、それは………
 「あー、さ〜〜鳥…なんですかねぇ?」。


2015/09/15