海風通信 after season...

モロイソ内陸紀行

2023/10/24(撮影)・2023/11/26

青空を背景に、印象的な木々が映える半舗装の農道。まるで北海道の丘陵地のような牧歌的風景が拡がる。(B地点)

 それは お祭りのようだった世の中が ゆっくりと落ち着いてきたあの頃。のちに 夕凪の・・・・って、そうじゃなくて、もとい!・・・・それは、名向崎の突端に辿り着くべく彷徨した挙句に迷い込んだ不思議な場所で、いつ行ってもどこかが工事中、なのに開発が一向に進まない謎のエリアでした。
 その場所は、諸磯湾の東部に拡がる丘陵地帯。地図区分上では「諸磯」なのですが、「浜諸磯」とはイメージが異なり、海の雰囲気がほとんど感じられない土地柄ゆえに、さしずめ「丘諸磯」といったところでしょうか。近くに「諸磯の隆起海岸」なんて有名な史跡がある一方で、一見の観光客がほとんど踏み込まないようなエア・ポケット的な空白地帯を形成しています。
 わたしがその存在を知ったのは、今から二十数年前、名向崎への尾根道(というか背骨道)を見つける過程で、「ぐみヶ作」の市営住宅わきの道からこのエリアに入り込んだことがきっかけでした。辺りはやたらと工事中や通行止めが目立ち、加えて未舗装路もあちこち見受けられるその光景に、なんだか全く根拠も何も無いのですが、前述の市営住宅のレトロな雰囲気の良さとも相俟って、まるで「昭和の三浦半島」の原風景を見ているような気がして、強く印象に残していたのです。
 この風景、おそらく早晩無くなってしまうのだろうな、とは思いつつも、コトノバドライブの「がけの道のこと」考察で訪れた際も、相変わらずの未舗装&ゆるゆる工事継続中状態。いったい、二十年近く何をしていたのだ三浦市?と憤慨しつつも、一方ではホッと安堵するやらしていたものでした。
▲2023年度中に廃止が決まった市営諸磯住宅。[ぐみヶ作] ▲残しておきたい風景なのですが…。[ぐみヶ作]

 しかし2023年8月末、今年度中にこの市営諸磯住宅が廃止されるということが報道により発表されました。廃止→解体が決定事項となると、あの辺りの再開発が一気に加速し、土地の価値も見直され、完全舗装化&新興住宅地だらけというような、面白味の無い風景へと変貌を遂げてしまう可能性も無きにしも非ずです。そうなる前に、今一度あの光景を目に焼き付け、記録と記憶に残しておこうという想いから、諸磯へと訪ねてみることにしました。
 ところが今回、この市営住宅再訪を当初のメインとして計画していたものの、いざ現地へと向かってみると、たまたま、というか幸運(!?)にも、あの工事中だらけの未舗装丘陵地エリアの全区間が『休工期間中』で、閉鎖ゲートが全て開放状態となっているという事態に遭遇しました。これは願ってもない好機といえるでしょう。急遽、メイン調査をこちらに切り替え、すかさず漏らさず付近の道路を徹底調査!ここぞとばかりに走り込んできました。いやぁ、やっぱりこの辺りの景観は、肩肘張らないありのままの三浦の素顔が見られるような気がして、時を隔てても変わらず素敵な雰囲気が漂っていて良いですねー。
 それでは、郷愁的な魅力に溢れた知られざる「丘諸磯」の風景を、地図と照らし合わせながら辿って行くことにしましょう。

【諸磯内陸部イラストマップ】
※心光寺の道から未舗装路は繋がっているように見えますが、おそらく断絶しています。(私道のようにも見えたため、確認できませんでした。)

 未舗装路区間が拡がるエリアは、大きく分けて3地点。そのうち「諸磯隆起海岸」に近い南部は、ほぼ畑作地の単なる農道ジャリ道という感じなので、今回は割愛しました。魅力的な風景は、主に地図上のA・B・C地点付近に展開されています。
 A地点は、名向小学校の脇に沿って油壺幼稚園の至近へと抜け、名向崎の尾根道へと合流する上り坂。ここの路面は全くの未舗装ということではなく、以前は簡易的な舗装がされていたという形跡も断続的に残ります。その中途半端な状況と適度な荒れ具合が、実に良い雰囲気を醸し出しているのです。自然の形成物に混じって電柱がアクセントを添えているのも、ヨコハマ的には良い感じ。このような公共施設・生活圏に非常に近い所が未だに未舗装路というのは、なんとも不思議な感じがしますね。狐塚から下りる道がかなり立派に舗装化されたため、その必要性が無かったということなのでしょうか。
 ちなみにA地点手前でこの道を上らず東へ進むと、突如として湿地帯が現れゲートが確認できます。ここには『名向ホタル池』と呼ばれる、地図にも載っていないような小さな観察池があります。けれど、現況はほぼ沼地のよう。外来生物が入り込みホタルが激減してしまったことから、池の乾燥処置をして駆逐を試みているということですが、その告知された日時も既に数年前。果たして成果はあったのでしょうか?皆さん、無暗やたらと外来動植物は持ち込まないようにしましょう。一見して日本に元々居そうな生物(例:ヒメダカ等)も、本来そこに居ないはずの生物は、やはり外来生物なのです。
▲名向小学校から油壺幼稚園へと上る道。(A地点) ▲東側ゲート脇にひっそりと存在しているホタル池。

 A地点から西に向かい、諸磯丘陵のほぼ中央に位置する分岐点を南下すると、B地点へ。ここから今来た道を振り返ると、トップページに掲げたような牧歌的な風景が拡がっています。諸磯丘陵へ迷い込んだ人は高確率でこの地点に辿り着くはずなので、印象に残している人も多いかと思われます。
 辺りには養鶏場もあり、またかつてはレース鳩の鳩舎などもあったりして、独特の雰囲気を形成していました。この養鶏場脇をかすめる小道も、近頃あまり見ない具合に荒れた半舗装路で良い感じ。山間部の林道では当たり前の風景かも知れませんが、こと『三浦半島内で』という意味においてはポイント高いです。
▲諸磯内陸部中央分岐点。螻田側から東方を見る。 ▲養鶏場脇の簡易舗装路。程好い(!?)悪路です。(B地点)

 このエリアの未舗装ゾーンはかなり広く、B地点をさらに南下した先にある四辻を東西に繋げる道路も未舗装路。特にC地点辺りは未舗装路と言えど、かなりしっかりと踏み固められた砂混じりのダートロードで、カブでも快走できる心地良さ!思わず何度も走り回ってしまいました。
 ところで私の記憶も相当に曖昧なのですが、この道路ってかなりの長期間、工事中で進入禁止だったのではないでしょうか?というのも、私はこの道の存在を、今回初めて知ることとなったのです。(当時の地図にもこの道は載っていたのに、何故か行けない道があることを疑問にも思いませんでした。)
 そしてこのルートを西に進んでゲートを抜けた先に、まさか「諸磯隆起海岸」へと続く道が繋がっているとは思ってもみませんでした。(「がけのみちのこと」で隆起海岸上の台地を調査した際も、わざわざ「主要地方道横須賀三崎線」側から迂回していたのです。)こんなショートカットが、あったんですねー。
▲西側ゲートからB地点手前の十字路まで続く、最も長い未舗装区間。このエリア、今回初めて確認、実走しました。(C地点)

 話をC地点に戻して、ここから再び東へと向かって先程の四辻をさらに東進すると、左に緩やかに続くカーブの向こうに、異様な色の溜池が現れます。
 水面は一様にビッシリと緑色。おそらく一面浮草で覆われているのだとは思いますが、このような溜池は三浦では初めて見ました。それにも増して、溜池の周りに設置されたガードレール(?)だかフェンス(?)だかの安全対策の簡素さがモノ凄い!鉄パイプで大雑把に組んであるだけで、よくこれで事件・事故が起きないなと心配になるレベル。まぁ、地元の人しか入り込まないようなエリアなので、危険は承知の上でのことなのでしょうけど。それにしても、この状況を知った上では、夜中にこの道をバイク等で走るのは極力避けたいところですね。まぁ、そんな機会はまずないのでしょうけれど。
 要らぬ心配をよそに、水面には数羽のカモが何食わぬ顔で呑気に漂っていました。
▲十字路を更に東進した先には、突如として緑色の溜池が! ▲浮草に覆われた水面に、カモが優雅に泳いでいます。

 この「丘諸磯」のエリアは広大なように見えて、大部分の位置関係を把握してしまうと、実は意外とコンパクトにまとまった丘陵地であるとも言えます。なので、丸一日かけて徒歩でゆっくりと探索してみるのも面白いかも知れません。狐塚や沢沿いの石祠など、諸磯の生活風習に根ざした郷土史跡なども多く見つけられて、いろいろと楽しめると思いますよ。この、開発が中途半端で、郷愁的な風景がまだ残っているうちに、是非!
 ・・・とかなんとか言いながら、今から二十年先の未来でも、この丘諸磯はこのままの状態だったりなんかして・・・?たとえそうだったとしても、また私は「今まで何を呑気にしてたんだ?三浦市!?」とかって怒りつつ、心の中では「いいぞ、三浦市!」などと思ってたりもするのです。
▲心光寺門前には、珍しい豚頭観世音の石碑が。 ▲西海岸線道路からも僅かに見える、鳥居付きの小さな石祠。
▲もはや緑に覆い尽くされそうな、史跡・諸磯隆起海岸。 ▲「ぐみヶ作」という地名が視認できる、数少ない表示物。