海風通信 after season...

波子と白いTシャツの浜 〜『稲村ジェーン』ロケ地追加調査:1

2021/10/05

「難しい?ボードに乗るって」 「・・・波に乗るんだよ」
「ねぇ、ボードに乗っけてくれる約束でしょ?」 「俺が約束したワケじゃねぇよ」
ボードを抱え、波打ち際に一人向かうヒロシ。・・・ひと呼吸おいて波子へと振り返る。
「・・・よぉ、サーフィンやりに来たんだろ。乗んねぇのかよ?」

◆この場所、やっぱり佃嵐崎だったのかぁー!
※以降、探す楽しみを残すため、地名をあえて伏せ字にしてあります。どうしても知りたい方は、カーソルで文字を反転表示して下さい。
 ヒロシと波子の距離をグッと近付ける印象的なシーン。この場所が今回のBlu-ray化にともなう高精細画像により、ようやく判明しました!(※あくまでも自分の興味探索レベルにおいて、です。有名な場所なので、とっくに気付いていた人もいることでしょう。)
 これですねー、負け惜しみを言わせてもらえば、私も初見で気が付いていました。話は遡ること1990年9月9日、北海道自転車一周旅行の途中で立ち寄った釧路の映画館で見たという特殊環境性と、『稲村ジェーン』全国一斉ロードショーの初日に間に合わず、(尻羽岬という、もの凄く辺鄙な所にいた)止む無く翌日に見たということで、強く記憶に残っているのです。(←いちおう、当時の旅行メモで確認。)
 その劇場内で当該シーンを見たとき、「あれ?ここって荒崎シーサイドコースの途中にある場所じゃない?」と直感で思ったのですが、その後にこの映画の製作過程を綴った資料や映像を見て、ヒロシと波子がボードで波間に漂ったシーンは、弓ヶ浜沖ということが事細かに示されていたので、「へぇ〜、世の中には似たような場所ってあるんだなぁ。弓ヶ浜沖の逢ヶ浜から盥(タライ)岬の間に、こうした岩礁沿いの遊歩道があったりするのかー。」と、もう30年間も信じ込まされていましたよ。で、今回Blu-ray版『稲村ジェーン』を見直してみたら、どうにもこの風景、自分が知ってる場所に似すぎている!ということに気付きまして、あらためて現地検証してみたら、まさにこの佃嵐崎の南にある隠れ浜だった、というワケなのでした。つまりあの一連のシーンは、海岸場面と海上場面で撮影場所がまったく違っていたのですね。ホントに、つくづくロケ地のツギハギを多用する映画だなぁ・・・。まぁ、それがロケ地探索においての「歯ごたえのある楽しみ」なのですけれどね。
 ちなみにこの場所、特撮系ロケ地ファンの方々にはかなり有名な場所で、上写真の階段上にある石のテーブルのようなポイントは、まさに特撮系御用達の聖地スポットらしいです。その方面で調べてみると、続々とロケ地報告レポートが見つかるものの、そこに『稲村ジェーン』に関する記述は全くと言っていいほど見つかりません。(※2021年10月5日時点。まぁ、あれば既に検索でヒットしてるハズですしね。)そう考えると、これまでの30年間、ロケ地ファン層の微妙な接点のすれ違いから、こと『稲村ジェーン』においては発見が見逃されてしまったということなのかも知れません。
▲上写真の岩礁から道なりに行くと、まさにこの隠れ浜に出る。 ▲手摺りがついてしまったが、映像中の岩場と酷似している。

 さて、この石のテーブルと階段のある岩礁域から映像作品と同じように歩いて行くと、すぐに小さな砂浜海岸があらわれます。まわりの岩場の形状や砂浜の規模から、まずここが波子がヒロシのTシャツを畳んだ砂浜で間違いないようです。私が撮影に訪れた時季には背後の岸壁にまだハマカンゾウが咲いていましたが、映像中の波子の背後に咲いているのは、おそらくイソギク?そう考えると、夏どころか、秋も深まった頃に撮影をしたのが分かりますね。
 そして波打ち際。ヒロシがTシャツを脱ぎ捨ててからボードを手に取り、海に入っていくまでの動作が一連のカメラワークで繋がっているから、これも同一の砂浜で撮られていることが分かります。サスガにボードを抱えて振り向くまでのシーンにはカットが入りますが、まさかこの場面だけ別の場所というコトは無いですよね?・・・ないよね?ってコトで、ヒトも全くいないことだし、そこらに落ちてる長い板っ切れを小脇に抱えて、当然このセリフを呟きました。
 「・・・よぉ、サーフィンやりに来たんだろ。乗んねぇのかよ?」
 ・・・べ、別にムナしくなんてナイデスヨ?いや、むしろ清々しかったかも。なにせ30年間、ずっと探し続けていた場所だったのですから。
▲あの波打ち際。映像には左の突端地形は映ってなかったけど。 ▲笹竹の急斜面。判り難いけど、現地に行くとより実感します。

 そして最後にもう一つ。ここが佃嵐崎であり、かつ波子関連で意外にも長井地区が多用されているとなると、この場面の直前シーンである、あのサーフボードをかかえて下りてきた笹竹の急斜面、あれもこの付近なのではないでしょうか?そう考えて推測を立てたのが、『ソレイユの丘』の西端から海岸へと延びる、「海辺へと降りる道」です。これ、30年の歳月により地形や植生が多少なりとも変わり、公園整備により踏み跡道がかなり歩きやすく手を入れられてしまいましたが、今も辛うじて「なんとなく」の雰囲気を醸し出している気がします。私が『ソレイユの丘』ができる以前に見た風景は、もっとこう、海へと一直線に下りてくるような土の道のイメージがあったのですけどね。ちなみに国土地理院の過去の航空写真を見比べてみても、1990年よりももっと以前からこの踏み跡道はあったようなので、おそらくこの場所がそうであったのだろうな、と思います。ああぁー、それにしてももっと早く気付いていれば、十分に検証の余地もあったのになァ・・・。すべては「弓ヶ浜沖」と完全に思い込んでいたが故の取りこぼしでした。
 ところで、この笹竹の急斜面の場面でも、Blu-rayになった映像で新たに分かった物的事象が見つかりました。それは・・・・↓
 「あの人、元気だった?」 「ああ」 「どこで知り合ったの?」の、「どこ」の部分で映像を一時停止して、じっくりと見てみましょう。画面を横切るように渡された電線と、右上に微かに見える電柱・緑の碍子のようなものが確認できますね。これ、かなりの物的証拠になると思うのですが、今でもまだ残っているのかなぁ?電線は無理としても、電柱や碍子が残っているとしたら、それはそれでロマンですよねぇ。