海風通信 after season...

金さん邸内部訪問 〜『稲村ジェーン』ロケ地追加調査:2

2021/11/04
▲当たり前だけど、外観は金さん邸とは全く違います。
【旧石川組製糸西洋館 】
所在地:埼玉県入間市河原町13−13
開館日:不定期一般公開日に入館可。
公開時間:10時〜16時(入館は閉館時間の15分前まで)
入場料:一般200円・中学生以下無料

◆石川組製糸の創業者・石川幾太郎が建設した、迎賓館的機能を持つ
 贅を凝らした洋風木造建築物。当時の入間市の繊維業と石川組の繁栄
 ぶりを物語る歴史的遺産であり、国登録有形文化財となっている。
 外観はもちろんのこと、建物内部や家具調度品にも驚くべき拘りぶりがあり、
 その重厚かつ品格ある雰囲気から、多くのドラマやCM・MVのロケ地としても
 使用されている。
 建物の上棟は大正10年(1921年)、つまり今年でなんと100年目!

 『稲村ジェーン』においての謎の富豪(古美術商人)こと「金さん」のお屋敷の外観モデルとなった建物は、鎌倉にある『荘清次郎別邸』(現:古我邸)であることは知られていますが、建物内部のシーンは全く別の物件で撮影されていたということはご存知でしょうか。その物件というのが、今回訪れた入間市にある『旧石川組製糸西洋館』なのです。
 このことは映画公開時からある程度の情報は掴めていたものの、当時は建物の一般公開というものはなされていなかったので、もどかしくも確かめる術がなかったのですね。で、今回のBlu-ray化に伴い、改めて興味を覚えて調べ直してみると、なんといつの間にやら不定期ながらも一般公開が開催されているではないですか!どうやら平成15年に入間市へ建物が寄贈されて以降、限定的に公開が始まり、積極的な一般公開が行なわれるようになってきたのは、ここ4年ほどの事のようです。
 これはなんたるグッド・タイミング!・・・と言いたいところですが、なにせこのコロナ禍ですよ。年内に予定されていた公開日はほとんどが中止となり、しかも個人的に平日にしか行くことが出来ない身にとっては、11月開催が今年最初にして最後の機会ということになっていました。そしていつまたコロナが勢力を盛り返し、再び緊急事態宣言が発動されてしまうかも知れません。ここはもう、行けるうちに行ってしまうコトにしましょう。
▲外観のみ採用された『荘清次郎別邸』(現:古我邸)。 ▲西洋館内部の象徴とも言える、玄関ホールの階段まわり。

 ということで、私が訪れたのは11月4日。こういう文化財的なモノって、まさに11月3日の「文化の日」に一般公開することが多いような気がする昨今、あえてそこを開催せずに平日に持ってきてくれたことが地味に嬉しいです。じっくり、しっかりと見たい人には、平日開催日が設けてあると非常にありがたいのですよ。おかげでこの日の午前中は、施設内ほぼ独占状態。当日申し込んだ館内ガイドツアーも私一人だけだったので、もうホントに詳細に館内をガイドしていただけました。それこそ製糸西洋館の歴史・館内構成に関する取材記事が丸々一本書けそうなくらいの情報量でしたが、それをしてしまうとレポートがものすごく長くなってしまうので、今回は『稲村ジェーン』関連だけに割愛して館内を見ていきましょう。
▲カッちゃんが階段を駆け上がっていく場面。シャンデリアも健在。 ▲拡大写真。ガラス面や細工部分など、完全一致してます。

 まずはガイドツアーの集合場所である玄関ホールから。最初からいきなりですが、ここが西洋館の造形美を象徴する、クライマックス的な見所ポイントとも言えるのではないでしょうか。シャンデリアや飾り暖炉、重厚な造りの扉や回り階段の構造などは、「これぞ洋館!」といった造りとなっています。
 ヒロシと波子がソファで待たされ、カッちゃんが身悶えしながら階段を上っていったシーンは、まさにこの場所!あぁ、セットとかではなく、本当に実在していたのですねぇ。撮影当時と変わらぬその雰囲気には、感慨もひとしおでした。
 ガイドの方曰く、「創建当時のシャンデリアは破損して、復元ではなく代替品につけ換えられています。かつては2階ホールにあるものと同じような造りだったと聞いています。」と残念がっておられましたが、いえいえ、『稲村ジェーン』ファンにとっては、これでいい、これがいいのです。よくぞこのままの状態で30年以上も手を付けずにいてくれた!今後はこのシャンデリアも、ひょっとしたら復元の方向に進むのかも知れません。そうなる前に見ておけて良かったです。
▲食堂全景。劇中映像では天井部は映ってないんですよね。 ▲食堂の床面。この特徴的な組模様は、映像からも判ります。

 次に案内されたのは、1階食堂室。ここは室内に入った直後に、「あっ、金さんが応対した部屋だ!」と即座に判りました。というのも、この西洋館の驚くべきところは、各部屋それぞれに天井・床板・壁面・照明などのデザイン・コンセプトが全て異なる造りとなっているのです。それはある意味、やり過ぎと言えるくらい。なにせカーテンレールの屋根カバー一つとっても、各部屋で彫刻デザインが違うくらいですから。
 なので、床板の組模様と照明器具の形状、天井の幾何学模様の3点を確認した時点で、ここがヒロシたちが金さんと向き合った部屋であると確信できました。ヒロシたちの背後から金さんが「ホッ!」と飛び出てくるシーンを見てみると、天井と照明器具の決定的証拠が映っていますよね。なお、劇中では赤・緑・黄のステンドグラスのような窓が屏風の向こうに確認できますが、これは演出でセロファンのようなものを貼り付けたようですね。実際の窓ガラスは、透明のいたってシンプルなものでした。
▲決定的な天井面。こんな凝った造りの天井は二つとないでしょう。 ▲食堂の窓ガラスは、実際はこのような感じです。

 そして失礼ながら、今回の訪問で一番関心を抱いていたのは、バス・トイレ室の存在でした。そう、カッちゃんが便座に座り込んでいる横を、給仕・ヒロシ・波子が通り抜けていくという、ちょっとおマヌケなあのシーン部分です。これはおそらく、金さん邸内の一連のシーンで使用されていることから、この西洋館内のどこかにあるのだろうと推測していました。しかし少し雰囲気も違うことから、果たして本当に実在するのかどうかが不安だったのです。(前レポートの「波子の浜」のように、ロケ地をツギハギにしている可能性もあることですし。)しかもモノがトイレ室ということから、文化財的な資料として載せている画像や資料が、ほとんど見つけられなかったということもあります。
 これは、結論から言うと、なんと実在してました!当初は無理にでもお願いして特別に見せて頂こうかと考えていたところ、実はガイドツアーの順路の一つともなっており、アッサリと案内してもらったのには少々面喰らいましたよ。
 このバス・トイレ室は、戦後、製糸西洋館が進駐軍に一時的に接収されたことがあり、その時に貴賓室の一部を大幅に分断・改装されて作られたということです。だからなのですね、他の部屋に比べ雰囲気がかなり違うことや、内装仕上げに荘厳さがまるで感じられないのは。こうした創建当初の面影が全く残されていなかったという観点から、歴史的・建築学的資料として認識されることがあまり無かったようです。(実際、入館時に頂けるパンフレットにも写真や解説がありません。)
 そんな認識の低かったバス・トイレ室が、何故に順路の一つに?と思いましたが、これはバス・トイレ室の天井が老朽化により破損崩落した際、屋根内部のトラス構造が顕著に見える部屋として史料的な価値が生まれたため、こうして公開ルートの一部となったようです。おぉ!とすると、もしこの破損崩落が無かったら、あるいはここは非公開のままだったのかも知れないですね。
▲劇中と変わることのないトイレ室!ヘンに感動してしまいました。 ▲小さな扉の向こうはタオル室で、通り抜けることはできない。

 ところで劇中では、このバス・トイレ室を通り抜けるような演出がなされていますが、実際はどこにも行けません。部屋の突き当たりには細い扉があるのみで、これはタオルを入れる棚があるだけの物置ということ。それでも私がしきりにこの扉を気にしていると、わざわざ扉を開けて見せてくださいました。そこはホントに簡素で老朽化した棚があるだけで、ひと一人すらも満足に入れない小さな小部屋だったことに、ちょっと拍子抜けしてしまいました。
 それにしても、この空間が約30年前の撮影当時とほとんど変わらない状況にあるというのが、もはや奇跡的にスゴい!給湯器も、洗面台や蛇口、タイルのひび割れも当時のままで残っているのですよ!これもひとえに、西洋館の本館全体をひとまとめとして保存されてきたからに他なりません。実は西洋館の別館部分にもトイレ室はあるのですが、そこは実際に現在でも使用できるトイレとして、キレイに改装されてしまったのです。
 この本館のトイレ室がそうならないで、本当に良かった・・・・。思わず便器や給湯器をナデナデしたい気分(!?)に駆られつつも、ここはグッと堪えました。この西洋館に来て、ここまでトイレ室にコーフンした人はそうそういないだろうなァ。いやでも、『稲村ジェーン』ファンの人なら、きっとこうなりますよね?
 えー、それから念の為に書いておきますが、この本館のトイレは使用出来ません。カッちゃんみたいに用を足したりしてはダメです。(←しないよ!)

 ★今回は『稲村ジェーン』ばかりに焦点をあててレポートしましたが、『旧石川組製糸西洋館』全体は、歴史的にも建築学的にも大変意義のある、貴重な建物です。興味のある方は是非とも訪れてみて下さい。その際は、ガイドツアーに参加されることを強くおススメします。いろいろと興味深いエピソードや、ちょっと気付きにくいこだわりの箇所・デザインなど、存分に教えてもらえますよ。

 【オマケ】
 製糸西洋館にはこの他にも、ドラマやCM・MVなどで使用された魅力的な見所が多数存在します。ここではその代表的なスポットをいくつか載せてみました。アナタも何処かで見たような場面を見つけられるかも?
▲四君子をモチーフにしているという、大広間のステンドグラス。 ▲本館から別館へと繋がる通路。

▲本館二階にある東・西和室。 ▲多くの撮影で使用されてきたであろう、階段まわり。

 ※大広間にあるステンドグラスは、最近修復作業が完了したばかりとのこと。これは四君子(蘭・梅・竹・菊)をモチーフとしているらしいのですが、「菊」の部分だけ何故か狭山地方(狭山茶)にあやかって、「お茶の花と実」になっているところが面白いです。
 ちなみに、あいみょん「真夏の夜の匂いがする」のMVでは、このステンドグラスの場所が印象的に使用されています。でも、ちょっと違和感を覚えたので改めてMVを見返してみたら、なんと当時と比べて花の順番や方向が変わっていることに気が付きました。どうやら修復時の再検証により、組み合わせ順に変更が加えられたようです。現在のパターンが正しいらしいですけど、あいみょんファンの人にとってはビミョーかも知れませんね。