海風通信 after season...

route33 「夜の並木のこと」  ※雑誌掲載時は「黒い並木のこと」



 昔馴染みの友だちがお母さんに。「赤ちゃん見においでよ」という感じで訪れた先の、懐かしい帰り道に起こる奇妙な出遭いのお話。
 寂しげな一本道の突き当たりにある助産師の門標を掲げた家、そこで目にする幼少の頃の自分自身…。
 すべてが「子ども」というキーワードに掛かっていることから、実はロケーションの「一本道の突き当たり」自体もその暗喩としての舞台設定であり、そもそも架空なのでは?と考えてしまうのは、ちょっと行き過ぎでしょうか。でも、あまりにも今回の舞台地探しは困難を究めたので、このような考えに至ってしまったのですね。まぁ、解釈はいろいろあると思われますが、どのような考察を持たれるのかは、もちろん皆さんの自由です。ややこしい考えはこのくらいにして、とりあえずは作中で与えられたヒントを一つずつ事実と照らし合わせて検証していきましょう。
 まずは本作品の傾向としては非常に異例ですが、作品内に地名の文字データが描かれているということが分かると思います。それは、陶器製の標札にあった「神奈川県 登録助産師」という表示。この『コトノバドライブ』という作品全体の舞台地は何となく皆さんお察しのことと思われますが、ここまで「神奈川県」を明示したことは今まで無かったのではないでしょうか。この助産師の家のある場所が神奈川県であれば、子供の頃に通った記憶があるということから、14話『夜の音のこと』で描かれたすーちゃんの実家も神奈川県、そしてそこからそう遠くない場所に一人暮らしやバイト先がある「日常生活時の場所」も神奈川県であることが、ここでようやく確定することになりました。
 さて、神奈川県内ということであれば、それはやはり三浦半島内である確率が非常に高いのでは?ということで、鎌倉・逗子・葉山・横須賀・三浦の助産師(院)をグーグルマップ等で調べて見るも、結果は推して知るべし。やはり芦奈野法則により、「明確に示されているものほど見つけ難い」という展開は健在です。そもそも、「県登録助産師」という組織の括りも無いんですよね。それぞれの地域で、例えば「横須賀市助産師会」という単位での団体はあるのですが。
 それにしてもこの「登録助産師」という陶器製の門標(標札)、現実世界にも存在していたのでしょうか?実は私も幼少の頃に何となくこのような標札を見たような気がするのですが、それが何と書かれていたのかが、すーちゃんと同じように定かではありませんでした。ただ、赤十字のマークがあったことだけは記憶に残っていて、これまた同じように少し不気味に思っていたのです。大きさは、現在のスマホと同じくらいで楕円形のもの。作中でこの一コマを見た時は、「あーあー、確かにあったよね。こういうの。」と共感したのですが、この存在を裏付ける物的証拠が見つけられないのですね。ネットなどで、街なかの懐かしの広告やホーロー看板の写真を収集・報告している方のサイトなども見てみたのですが、該当するものが無いのです。
 ちなみにこの「赤十字」のマーク、病院や医療機関を象徴するマークと思われがちですが、実は安易に使用してはいけないものだということはご存知でしょうか?このマークを使用できるのは、赤十字社と自衛隊の衛生部隊など、法律に基づいて使用が認められている組織だけで、一般の病院や診療所、薬局や町の薬屋さん、さらには救急箱や薬瓶などの商品にも付けることは出来ないのです。(「赤色」の十字が、特にダメらしい。)言われて見れば、救急車とかってイメージ的にこのマークが付いてるように見えて、実は全く付いてないのですね。それじゃあ、ロボコンのロボペチャはどーなんだ!?と突っ込みを入れられそうですが、……まぁ、大らかな時代だったということですよ。(年齢がバレそうなネタだな、これ。)
 こうしたことから、赤十字マークの入った登録助産師の門標が実際にあったものだったとすると、それはかつて正式に赤十字社が作成していたものかも知れません。事実、赤十字社には「日本赤十字社助産師学校」なるものが、大正11年から現在に至るまで立派に存在しているのです。あるいは、まぁ…昔々のコトですから、ロボペチャのようなケースも無きにしも非ずですが、こんなコトで日本赤十字社に問合わせる勇気がありません。気になる方は誰か調べて見て下さい。
 以上のような現況を見ても、今回のロケーション検証はほぼ絶望的に思われます。それでも三崎あたりの古き佳き下町風情の街並みが残る地域では、このような陶器製の門標がまだ玄関口に見つけられるかも知れません。淡い期待を込めて、少し濃いめの町なか散歩をしてみました。
▲小さいけれど、陶器製の赤十字の門標を発見! ▲こちらは2個連続。右から書かれた文字が時代を感じさせる。
 そんなこんなで、『トロと休日』のロケーション検証以来のマニアックな散策の末、なんとか見つけ出せたのが上写真の2点です。近頃は紙シール状の赤十字の社員標章も見かけなくなりつつある昨今、陶器製のものを見たのはホントに久しぶりでした。ここで私の記憶も、断片的に戻りつつありました。ひょっとして私が幼少期に見たのは、この陶器製標章の「特別社員」バージョンだったのかも知れません。(※寄付額によってランクがあり、より大きな陶器製標章がもらえたりするのです。)私の脳裏に、この「員」という文字が書かれていた記憶が、たしかにあるのです。
 そうなると、陶器製の登録助産師という門標の謎も振り出しに戻ってしまいました。でも、ひょっとしたら今でもどこかに、この門標を掲げた家があるのかも知れません。
 アオキの植え込みが両側に続く一本道に遭遇したら、注意が必要です。


2018/11/13