海風通信 after season...

route23 「香る雪のこと」



 すーちゃん曰く、「雪のにおい」というものがあるらしい。雪が香るわけでも、雪の前触れというわけでもないのに、「わかる!」と共感する人も多い不思議なにおいだそうです。ホントかな?今回は特に検証すべき舞台ロケーションもないことから、この件に関して考察していきます。
 「雪のにおい」というのは正直「?」ですが、「雨の降る前の匂い」というのは、実は私は子どもの頃から実感していました。でも、そんなコトを人前で話すと、「そんな匂いするわけない」「詩的な発想ですね〜(by春日ちゃん風に)」とかって茶化されたりするので言わないようにしていたのですが、数年前に参加したJAMSTEC(海洋研究開発機構)の公開セミナーで、実はこの匂いに科学的な根拠があるということを聞いて驚きました。なにより、この雨の匂いに関して気になっていたり、気づいてた人も多かったという事実にもビックリです。みんな薄々分かっていたけど、あえて触れなかったのですね??
 この雨の匂いには2種類あって、「雨の降る前の匂い」「雨上がりの匂い」があるとのこと。特に雨上がりの匂いは、古臭い水のような、泥臭い匂いを薄めたような大気臭で、言われてみれば実感している人も多いのではないでしょうか。
 「雨の降る前の匂い」の原因物質は、ペトリコールと呼ばれています。これは植物が土中に放出した油分が、湿度が上がることによって鉄分と反応をはじめ、発生する匂い成分のこと。一方、「雨上がりの匂い」は、土の中に含まれるバクテリアや細菌によって発生するジオスミン(ゲオスミン)という有機化合物で、雨が降ると大気中に放出されるのだそうです。つまり「雨の匂い」というのは、両者とも正確に言えば「(湿った)土の匂い」なのですね。でも、それだとあまりロマンティックな言葉ではないことから、人は「雨上がりの匂い」とかって表現を使うのかも知れません。誰だか失念しましたが、外国の偉人の方で「虹にも匂いがある」なんて人もいましたね。
 で、この「雪のにおい」というのも、「湿度の低い雨の匂い」と解釈できそうなんですけど、どうなのでしょう?でも、冒頭でも書いているように、すーちゃんは「雪の前触れというわけでもない」と言っています。多分、降る降らないは関係なく、大気中に漂うキィンキィンとした真冬の空気感を嗅覚で認識しているのかも知れません。雪国や自然豊かな土地に住んでる人なら分かるのでしょうか?私には残念ながら感じることはできませんでした。
 ここで唐突にオノマトペを使ってしまいましたが、今回のお話では非常に魅力的なオノマトペを使用した表現もありましたね。
 「だけど快晴な放射冷却の夜 オリオン座だけが ギンガギガと ハデに輝いている」
 芦奈野センセイも宮沢賢治のような脳裏に突き刺さる表現をするなぁ、と思っていたら、実際、賢治もこの表現を使用していました。

『鹿踊り(ししおどり)のはじまり』より、一部抜粋。
 「お日さんは はんの木の向さ、降りでても すすぎ、ぎんがぎが まぶしまんぶし。」                     
 ほんたうにすすきはみんな、まつ白な火のやうに燃えたのです。
 「ぎんがぎがの すすぎの中さ立ぢあがる はんの木のすねの 長んがい、かげぼうし。」

 ススキが太陽に照らされてギラギラと輝くさまを述べたものですが、流石といったところでしょうか。なんだか一発で記憶に残る表現(*1)をしますよね。私は先ほども述べた『種山ヶ原』(もしくは『風の又三郎』)出典の「空が光って キインキインと鳴ってゐます。」というそのフレーズだけが部分的に気に入っていて、真冬の限りない透明感のある青空を表現するのにピッタリだなぁという解釈をしていたのですが、今回全文を読み直してみると、その考えが間違いだったことに改めて気づかされました。あの部分って、賢治がたびたび表現した、異世界との扉が開く場面表現の一つだったのですね。それはまるで、すーちゃんが紛れ込む5分世界の前触れのように……。このタイミングでそれを知るなんて、なんだかゾワゾワするものがありました。

(*1)角川文庫の注釈によれば、この表現は賢治独特のものではなく、「ぎいらぎら」の方言オノマトペであるということです。


2017/03/20