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Eメール古事記と易学

発見!想像を絶する真実の古代日本

2−1 古代天皇と易六十四卦の序次 A
2−2 謎めく数字137

☆ 謎めく数字137と皇統譜の円周

2−1 古代天皇と易六十四卦の序次 A

 こうして対応関係をひとつひとつチェックして行くのは、単調で、かなり面倒な作業である。
 しかし、『記』『紀』の篇者たちが、文字や数字と易との関係をどう捉えているのかが、この作業でわかって来るのであって、それがわかってこそ、暗号は解読できるのである。
 もう少しお付き合い願いたい。

(14仲哀天皇以前は前のページへ)

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15 神功皇后

A列18山風蠱 B列44天風姤 息長帯比売 『記』(100歳) 『紀』(100歳)・69年崩

 この人物は、すでに話したように、国風諡号の息長帯比売が、B列発見の手掛かりとして44天風姤を示すわけだが、年齢等の数字は対応しない。しかし、『紀』本文中にはA列18山風蠱を連想させる箇所がある。

 この卦は、(山)を「止める」、(風)を「臭い」とし、皿の上の食物が腐って臭いを放つのを、蓋をして覆い止めているイメージであって、蠱の字は皿の上に多数の虫が群がっている様子を表現している。このことから、例えば、汚職の横行や正義が通用しない状況を暗示する。と同時に、蠱の字の皿を女性の腹(子宮)、虫を男性の精液として、多数の男性と関係があり、父親が判然としない子を妊娠する女性、という意味も持つ。
 15神功皇后は、夫の14仲哀天皇が崩御した日から数えて304日目に16応神天皇を生んだことになっているが、通常ヒトの妊娠期間は約290日であることから、その父親を14仲哀天皇とすることには、いささかの疑念も生じる。
 これはまさに、18山風蠱の「父親が判然としない妊娠」と、意味が合うではないか。

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16 応神天皇

A列19地沢臨 B列45沢地萃 品陀和気 『記』130歳 『紀』110歳・41年崩

 国風諡号の品陀和気は、A列19地沢臨の臨の字のツクリを連想させ、陀和気は「田分け」とすれば(『紀』では品陀を誉田と表記)、田は食料を生産する大地だから(地)、「分け」は分割のことだから(沢)(沢は山々を分割するように流れる)となるので、合わせてこれも19地沢臨となる。
 この卦は、図8のように、構成する(地)の8(または0)と(沢)の2とは別に、最下と二番目、三番目と四番目、五番目と最上をそれぞれ二本ずつ合わせて一本と見なせば、(雷)となり、その(雷)が示す数は4なので、4という数をも示している。
 『記』130歳は、実際には大字で壹佰參拾歳と表記されているのだが、通常の漢数字で一百三十歳として見れば、百位と十位に横棒が計四本あるので、これも4という数の暗示となる。
 『紀』110歳は、B列45沢地萃を連想させる。下卦の(地)は一位に数字がないこと(端数がないこと)を、その上の四番目と五番目の計二本の陽は、十位と百位に一という数字があることを示しているようにも見なせるのである。
 『紀』41年崩は対応しない。

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17 仁徳天皇

A列20風地観 B列46地風升 大雀 『記』83歳 『紀』87年崩

 A列20風地観は、「(地)の地上を観ながら、(風)の風に乗って空を行く鳥」を連想させもする卦だが、国風諡号の大雀(『紀』では大鷦鷯と表記)はミソサザイという鳥の古名に大の字を冠したものである。
 また20風地観は、図8で示したように、16応神天皇のA列19地沢臨の時と同様、最下と二番目、三番目と四番目、五番目と最上をそれぞれ二本で一本とすれば、山を意味する(山)になるが、大阪府堺市にある有名な仁徳天皇陵は、山のように大きいことから、俗に大山陵とも呼よばれている。
 
 ちなみに、『論語』雍也篇には「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」という言葉があるが、この山と仁の関係は、仁徳という漢風諡号とA列20風地観の「大きな山」との関係を連想させる。もちろん諡号だけではなく、本文にも仁徳篤い様子が描かれている。
 年齢等の数字は対応しない。

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18 履中天皇

A列21火雷噬嗑 B列47沢水困 大江之伊邪本和気 『記』64歳 『紀』(70歳)・年崩

 A列21火雷噬嗑は、7孝霊天皇のところでも触れたように最上最下の陽を「上の歯・下の歯」あるいは「上顎・下顎」と見なすので、下から二番目から五番目までを口の中とイメージする。しかし易は、三本または六本の記号により意味をなすものだから、この二番目から五番目までの四本の記号を塩梅して口の中の様子とする。

 図9を見ながら話そう。 易の卦には、卦の中に内在する卦がある。易占いでは、本来の卦の状況が生じる原因を、その内在する卦だと考えたりする。そしてその内在する卦の捉え方はいくつかあるが、基本的には次のようになる。下から二番目から四番目までを内卦、三番目から五番目までを外卦とする。したがってこの卦の場合は、その内在する卦は39水山蹇となる。

 さて、噬嗑には「噛み砕く」という意味がある。
 口の中の食物は、噛み砕いて咀嚼しているうちには上下が逆転したり、あっちに行ったり、こっちに行ったりする。そこで、その食物を噛み砕いて上下が逆転する様子に擬えて、この卦の上下を逆転させる。すると、40雷水解になるが、この卦は4と6という数字の組み合わせを示す。『記』64歳は、この4と6の組み合わせである。

 また、内在する卦の捉え方としては、内在するのを六十四卦として考えるのではなく、八卦として考える場合もある。この卦の場合は、陰には無という意味もあるので、この卦の五番目を無視して二番目から四番目までの(山)で考えることができるが、『紀』(70歳)の7は、その(山)が示す数である。と同様に、二番目を無視して三番目から五番目までを見れば、6を示す(水)が浮上し、『紀』年崩に一致する。

 なお、国風諡号の大江之伊邪本和気は対応しない。しかし上二文字の大江は、大は陽(小が陰)だからその極みの(天)、江は水があるところだから(水)とすれば、合わせて序次6天水訟で、(天)は1・(水)は6だから、1と6という数の組み合わせが示されていることになる。
 18履中天皇の元年は、皇紀1060年で1と6が目立っている。

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19 反正天皇

A列22山火賁 B列48水風井 蝮之水歯別 『記』60歳 『紀』5年崩

 国風諡号の水歯別は『日本書紀』では瑞歯別と表記され、歯並びがよかったからそういう名前になったと説明されている。
 また古代史研究者の中には、18履中天皇とともに国風諡号の最後に和気・別=ワケとあることから、国風諡号に共通する部分がある天皇を分別して、6孝安天皇他のネコ族、この18履中天皇と19反正天皇のワケ族などと括り、かつてはネコとかワケと称した部族があって、その部族との何らかの関係によってつけられた名前ではないか、と考える場合もある。
 確かに、歴代天皇の国風諡号には何人かに共通する部分があったりして、そんなふうに思わせる雰囲気がある。しかし六十四卦の序次とともにこの反正天皇の国風諡号を見た途端、思わず、なんだバカバカしい、と笑ってしまった。
 国風諡号の下の部分の水歯別は、A列27山火賁の見た目の形がに別れることを示したものでしかない(前掲の図9参照)。
 この卦は前帝18履中天皇のA列21火雷噬嗑と同様に、最上最下の陽を上下の歯と見なすことが出来、上下の歯の間には(水)の水があるのである。そして、上の図9のように、を別にすると(水)が示す6という数が浮上するが、『記』60歳とある。
 国風諡号の上の部分の蝮之と『紀』5年崩は対応しない。

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20 允恭天皇

A列23山地剥 B列49沢火革 男浅津間若子宿禰 『記』78歳 『紀』42年崩

 『記』78歳は、7は(山)・8は(地)だから、A列23山地剥を示していることになるが、『紀』42年崩と国風諡号は対応しない。

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21 安康天皇

A列24地雷復 B列50火風鼎 穴穂 『記』56歳 『紀』年崩

 国風諡号の穴穂は、は宀(ウ冠)を外すと八=8だから(地)は稲の恵みだから稲を意味する(雷)とすれば、合わせてA列24地雷復を示していることになる。
 また、B列50火風鼎は、鼎(かなえ)という三本足の鍋を意味する卦なので、構成する八卦による数の3と5の組み合わせ((火)は3・(風)は5)とは別に、全体で3という数をも意味するのだが、『紀』年崩とある。
 『記』56歳は対応しない。

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22 雄略天皇

A列25天雷无妄 B列51震為雷 長谷若 『記』124歳 『紀』23年崩

 国風諡号の長谷若は、は小を陰とした時の陽だからその極みの(天)は『記』に建御雷神という神名があることから(雷)とすれば、大と建でA列25天雷无妄となるが、中間の長谷若は対応しない。
 『記』124歳は、普通の漢数字で書けば一百二拾四となり、このうちの百位の1(一)と十位の2(二)を合わせて三本の横棒の表現とすれば(天)となるから、その(天)の下に一位の4を示す(雷)を置けば、A列25天雷无妄となる。
 『紀』23年崩は対応しない。

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23 清寧天皇

A列26山天大畜 B列52艮為山 白髪大倭根子 『記』年齢等の記載なし 『紀』5年崩

 A列26山天大畜は「大きく畜える」という意味を持ち、年齢を大きく畜えれば老人になるが、国風諡号の上二文字の白髪は、その老人を連想させる。しかし、残る下四文字と、『紀』5年崩は対応しない。

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24 顕宗天皇

A列27山雷頤 B列53風山漸 袁祁之石巣別 『記』在位年・38歳 『紀』3年崩

25仁賢天皇

A列28沢風大過 B列54雷沢帰妹 意祁 『記』年齢等の記載なし 『紀』11年崩

 この二人は物語上ではとても仲がよい。行動的な弟とおとなしい兄。おとなしい兄は皇位継承を弟に譲り、まず弟の顕宗天皇が即位し、次いで兄の仁賢天皇が即位したとある。皇太子が天皇の兄という前代未聞の状況となるなど、稀に見る仲のよさだが、国風諡号もよく似ている。顕宗天皇はカタカナで書くとヲケノイハスワケ、仁賢天皇がオケである。ヲケとオケ、アルファベットで書けばwokeとoke、現代人なら区別せずに両者共にokeと発音することも普通にありそうだ。
 これにはきっと何かがある。そう考え打て、この二人はまとめて六十四卦の序次との対応を検証することにした。と言っても特に難しいわけではなく、すぐ、ああ、なるほどね、と感心するとても面白い対応関係だった。

 24顕宗天皇のA列27山雷頤は、21火雷噬嗑(18履中天皇のA列)や22山火賁(19反正天皇のA列)と同様に、最上最下の陽を上下の歯(あるいは顎)と見なして口の形とする卦である。ただし今回の口の中は全て陰だから、空っぽの状態(陰は無を意味する)すなわちアイウエオのオを発音する時の形となる。
 そこで、「オを発音する時の口の形を示す()(卦はその昔は専ら「け」と発音されていた)ということから「オ()」と呼ぼう。
 するとこれは、27山雷頤ではなく、その裏卦の28沢風大過をA列とする仁賢天皇の国風諡号の意祁と対応していることになる。顕宗天皇の袁祁は「オ卦」とは呼べない。
 いささかややこしいが、言うなれば(オ=O)と(を=WO)の発音は表裏の関係であって、24顕宗天皇の袁祁はヲ卦で、オの裏に相当するということである。とすると、逆に24顕宗天皇が意祁、25仁賢天皇が袁祁の方が、相応しい。なぜ、両者は逆になっているのか。
 この疑問の答えは、24顕宗天皇の国風諡号の下の部分の石巣別にあった。

 石巣別を「(いは)理由(わけ)」の意味とすれば、「27山雷頤の位置に意祁ではなく袁祁がいるのには、それなりの理由がある」という意味になり、その理由が『記』38歳に見出されるからである。
 念のために付け加えておくが、27山雷頤からは(山)の7と(雷)の4という数も得られる。しかし、それはここに出てこない数なので、今は関係ない。そこで、卦の形を見る。
 27山雷頤の口の中は空っぽだから、無を意味する(地)の8という数は得られるが、3は得られない。3を示すのは(火)であり、(火)は言うなれば口を窄めた形である。(WO)を発音する時は、図10のように、まず口を窄め((火))、続いて開く(27山雷頤)。

 しかし(O)を発音する時には、最初から口を開いている。

 したがって、『記』38歳と27山雷頤を対応させるには、3と8の両方を示すの発音で補足しなければならず、それが「在す理由」すなわち石巣別だったのである。

 これには痺れた。作者はとても易に深い人物のはずだ。私なんかの比ではない。是非、弟子入りして、いろいろ教わりたい!
 しかし、約1300年前の人物だ。弟子入りはおろか、会うことすらできるわけがない。としても、この石巣別の意味がわかったときには、何やらそんな昔の人物と気持ちが通じたような、お互いにふと微笑みを交わしたような、そんな爽快感を覚えた。

 残る数字のうち、24顕宗天皇の『記』在位年は、口の中が空っぽ(無=(地)=8)ということから得られるが、『紀』3年崩と、25仁賢天皇の『紀』11年崩は対応しない。

 なお、27山雷頤(火)が示すのは正面から見た口の形であって、通常は(沢)を口とする。

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26 武烈天皇

A列29坎為水 B列55雷火豊 小長谷若雀 『記』在位8年 『紀』8年崩

 この天皇は、国風諡号も在位年数も対応しない。しかし、ここで一旦皇統が断絶することや、『紀』に記述された残忍な行為の、妊婦の腹を切り開いて胎児を見たり、人の指甲を解いて暑預を掘らせたり、女性を裸にして馬と交接させ、陰部が潤う者は殺し、潤わない者は官婢と呼ばれる奴隷とする等々が、A列29坎為水を連想させる。この卦は険難や心病(残忍性は心病と言える)を示す(水)が二つ重なっていることから、易六十四卦中の最も悪い形のひとつとされているのだが、皇統の断絶や残忍な遊びに興じるよりも悪いことはない。

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27 継体天皇

A列30離為火 B列56火山旅 袁本杼 『記』43歳 『紀』82歳・25年崩

 A列30離為火は、日を意味する(火)を二つ重ねた形であることから、日継すなわち皇位継承を意味するのだが、漢風諡号の継体は皇位継承者であることを、ことさらに強調した熟語である。
 『記』43歳は、八卦と数の関係をもって置き換えれば、4は(雷)、3は(火)だから、合わせて55雷火豊となるが、この卦はB列56火山旅を逆方向から見た形である。

 なお、国風諡号と『紀』82歳・25年崩は対応しない。
 ただし82歳は、8は(地)・2は(沢)だから、合わせて16応神天皇のA列19地沢臨を示す。何やら継体天皇が応神天皇の五世の孫とされていることと関係がありそうである。

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28 安閑天皇

A列31沢山咸 B列57巽為風 広国押建金日 『記』年齢等の記載なし 『紀』70歳・年崩

 国風諡号の上四文字の広国押建は、「国押建が示すところを義に解釈せよ」との暗号とすれば、図11のように、国押(風)(6孝安天皇参照)、(雷)(22雄略天皇参照)だから、国押建A列31沢山咸の裏卦の41山沢損を逆方向から見た42風雷益を示していることになる。
 この「裏返した後、さらに逆方向から見る」という手続きが、広義な解釈となるのだが、要するに「返して捩じる」の5孝昭天皇と同じ手間である。
 しかし、残る金日の二文字は対応しない。
 『紀』70歳・年崩は、本文では「年に70歳で崩御」とあることから、この順に従って「2・7」として見れば、2は(沢)・7は(山)だから、合わせてA列31沢山咸を示していることになる。

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29 宣化天皇

A列32雷風恒 B列58兌為沢 小広国押楯 『記』年齢などの記載なし 『紀』73歳・4年崩

 国風諡号の小広国押楯は、前帝28安閑天皇のときと同様に(雷)国押(風)とすれば、建国押の三文字でA列32雷風恒となるが、残る小広楯の三文字と年齢等の数字は対応しない。

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30 欽明天皇

A列33天山遯 B列59風水渙 天国押波流岐広庭 『記』年齢等の記載なし 『紀』32年崩

 A列33天山遯は、最下と二番目、三番目と四番目、五番目と最上をそれぞれ二本で一本と見なせば(風)となるが、国風諡号の上から二番目と三番目の文字の国押は、この(風)を示している(6孝安天皇、28安閑天皇、29宣化天皇と同様)。
 また、この国押の二文字に、四番目と五番目の文字を合わせて国押波流とすれば、は「水の流れ」を意味する文字だから(水)の表現と取れるので、「(風)の風と(水)の水の間にがある」と解釈出来るが、B列59風水渙は、水の上を風が行き、水面が波立っている様子を示す卦である。
 したがって、この国押の二文字は、A列との対応と同時にB列との対応の一部にもなっているのであるが、A列との対応を優先するので、基本的には赤字で国押と示すことにした。
 残る最上の天と下三文字の岐広庭、および『紀』32年崩は対応しない。

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31 敏達天皇

A列34雷天大壮 B列60水沢節 沼名倉太玉敷 『記』在位14年 『紀』14年崩

 ここは面白いがちょっとややこしいので、右の図12を見ながら話そう。

 国風諡号の上三文字の沼名倉は、沼名は名前に沼の字が付く天皇のA列を指すものとすれば、それは2綏靖天皇(神沼河耳)だから5水天需となる(B列としないのは、対応関係はA列が主でB列は従のような印象を受けるからである)。
 は「大きく畜わえる所」だから26山天大畜を示すものと考えられる。
 続くの字は、この5水天需と26山天大畜の両卦を構成する四つの八卦「(水)(天)(山)(天)」のそれぞれを「太くせよ」すなわち「各卦を一本ずつに置き換えよ」という指示とし、これに従う。
 この四つの卦は、何れも陽卦だから((水)(山)は少陽、(天)は老陽)、都合四本の陽となり、新たなる4という数の暗示と受け取れるので、この4を八卦に置き換えて(雷)とする。
 これは回りくどい手続きだ。こんな暗号を作るからには、作者はかなりひねくれた性格だったのだろう。現代ならオタク系の人だったのかな?などと思い、つい笑いが零れてしまった。
 が、ともあれ沼名倉太はこのように(雷)を表現しているのであって、残る玉敷は、(天)が示す事象だから(3安寧天皇と同様)、「下に(天)を敷け」との指示と読む。
 (雷)沼名倉太)の下に(天))を敷いた形と言えば、A列34雷天大壮に他ならない。そしてこの卦は、(雷)(天)で4と1の組み合わせを示すわけだが、『記』在位年数、『紀』崩年、共に14年とある。

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32 用明天皇

A列35火地晋 B列61風沢中孚 橘之豊日 『記』在位年 『紀』2年崩

 B列61風沢中孚は、最下と二番目、三番目と四番目、五番目と最上をそれぞれ二本で一本と見なせば、3を示す(火)となるが、『記』には在位年とある。しかし国風諡号と『紀』2年崩は対応しない。

33 崇峻天皇

A列36地火明夷 B列62雷山小過 長谷部若雀 『記』在位4年 『紀』5年崩

 ここに挙げた国風諡号や数字は対応しないが、A列36地火明夷には傷夷殺害という意味があり、『紀』では崇峻天皇は蘇我馬子の命により殺害されたことになっている。ただし『記』では、単に「在位は4年だった」とあるだけで、この事件には全く触れていない。

34 推古天皇

A列37風火家人 B列63水火既済 豊御食炊屋比売 『記』在位37歳 『紀』(75歳)・36年崩

 『紀』の国風諡号の豊御食炊屋姫と元年の皇紀1253年下二桁が、A列37風火家人を示すことはすでに話した。
 『記』の国風諡号も、姫が比売となっているだけで、後は『紀』と同じ文字を使っているので、やはり同じことである。
 『記』在位37年という数字は、37風火家人が六十四卦の序次の37番目であることと一致する。
 『紀』36年崩は、3は(火)、6は(水)だから、B列水火既済と対応しているが、分注として記載されている崩年齢の75歳は対応しない。

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35 舒明天皇

A列38火沢睽 B列64火水未済 息長足日広額

36 皇極天皇

A列39水山蹇 B列1乾為天 天豊財重日足姫

37 孝徳天皇

A列40雷水解 B列2坤為地 天萬豊日

38 斉明天皇

A列41山沢損 B列3水雷屯 (皇極の重祚)

39 天智天皇

A列42風雷益 B列4山水蒙 天命開別

40天武天皇

A列43沢天夬 B列5水天需 天渟中原瀛真人

41 持統天皇

A列44天風姤 B列6天水訟 高天原広野姫

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 35舒明天皇から41持統天皇までの7代については、国風諡号が対応しない上に、崩御時の年齢記載もない。ただ、40天武天皇のA列43沢天夬は、下五陽が力を結集して最上の一陰(悪人を象徴)を決去することを意味するので、総力を挙げて大友皇子を決去した「壬申の乱」を連想させ、41持統天皇のA列44天風姤は力の強い女性すなわち女帝をも意味する卦だから、この天皇が女帝であることと一致する。

2−2 謎めく数字137

 

 1神武天皇から41持統天皇までの対応関係確認作業を一通り終えてみると、その様子から次のことが言える。
 『紀』年齢や崩年は、対応したりしなかったりと、中途半端な印象を受けるので、中には偶然の一致もあるだろう。しかし『記』の国風諡号と崩御時の年齢については、そうは言えない。偶然ならば、もっと曖昧な関係がいくつか見られる程度でなければおかしい。
 このような対応関係を見せるからには、それらの文字や数字は、その位置にある易の卦の序次に合わせて設けられたのでなければ辻褄が合わない。
 したがって1神武天皇から41持統天皇に至る系譜は、易六十四卦の序次という法則に基づいて組み立てられた創作だったのである。

 歴史の教科書に出てこない時代の天皇が創作だとしても、「ああ、そうか」と納得できないことはないが、34推古天皇や40天武天皇までも、教科書で教わったとおり実在したというのは怪しい、ということである。
 しかも、そうであるならば、聖徳太子、大化の改新、壬申の乱も、疑問符がつくのである。
 「ん〜・・・」
 何やらとんでもないことを知ろうとしているのかもしれない。
 これ以上探るのはよくないことなのではないだろうか?
 そんな思いも脳裏を過ぎった。
 しかし、好奇心には勝てなかった。
 比較的新しい時代も創作だったとしても、単なる創作ではなく、裏に何かを隠しているようなのである。そして、何かを隠したのなら、見つけてほしい、と、『紀』『記』篇者たちも願っていたに違いない。
 だからこそ対応関係も複雑になっているのだ。
 そう確信するのは、この対応関係確認作業を行ったことで、何やら謎めいた数字が浮上したからである。

 多くの『記』年齢(分注のを除く)は、A列またはB列と対応していたが、次の五人に限ってはどちらにも対応していなかった。しかし、このうちの三人については、単に対応していないというのではなく、『古事記』序文の最後に記された撰進の日付と不思議な繋がりを持っていたのである。

  『記』年齢 『紀』元年
 1神武天皇   137歳  皇紀元年
 12景行天皇   137歳  731年
 14仲哀天皇    52歳  852年
 17仁徳天皇    83歳  973年
 21安康天皇    56歳 1114年
 『古事記』撰進  和銅5年正月28日‥‥和銅五年は皇紀1372年に当たる。

 問題なのは、1神武、12景行、14仲哀の三人である。
 1神武天皇と12景行天皇は同じ137歳で、他に崩年齢を137歳とする人物はいないばかりか、この数字は12景行天皇の元年、皇紀731年を逆さにしたもの。
 14仲哀天皇の52歳は元年の852年下二桁である。
『古事記』撰進の和銅5年は皇紀1372年(西暦712年)だから、これを「137が2」と読めば、137歳の天皇が二人居ることと数字の上で一致し、日付の「和銅5年正月28日」から数字だけを抜き出し「5正28」として、「正しい(必要な)数字は5と2で、8は捨てよ(5と2は正の字に隣接するが、8は離れていることによる)」と示しているものとすれば、14仲哀天皇の元年と崩年齢の関係になる。

 これが何を意味するのか、この段階では確定的なことは言えないが、『記』『紀』双方からデータを集めることで浮上したのだから、この両書は二冊合わせて初めて解読可能となるように作成された暗号文書であって、表面上の物語とは別の何かをそこに隠している、という感触だけは容易に持ち得る。
 その解読の鍵となるのが、この謎めく数字なのであって、残る17仁徳天皇の83歳や21安康天皇の56歳も合わせて探ることにより、隠された秘密がその姿を現すに違いない。

このような状況が『記』『紀』にある以上、この両書はある一人の人物の指導の下に編纂されたのであって、『記』撰進の日付も暗号であり、実際は両書同時に完成したものと言えよう。
 さて、その暗号解読作業だが、これだけではまだデータ不足である。とすれば、差し当たり神世にも目を向けるべきだろう。

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次のページ 3−1 神世と易六十四卦の序次 3−2 円を描く皇統譜とその不合

古事記と易学

発見!想像を絶する真実の古代日本

もくじ

☆ プロローグ

☆ 謎めく数字137と皇統譜の円周
1−1 暗号発見までの経緯

1−2 古代天皇と易六十四卦の序次 @

2−1 古代天皇と易六十四卦の序次 A

2−2 謎めく数字137

3−1 神世と易六十四卦の序次

3−2 円を描く皇統譜とその不合

☆ 『古事記』序文に隠されたメッセージ
4    歴史を腐敗させた女帝とは?

☆ 暗号解読[1]
持統天皇暗殺!
5−1 神武天皇と辛酉革命

5−2 持統天皇暗殺と不倫が不倫でない時代

☆ 暗号解読[2]
41ピースのジグソーパズル

6−1 架空の天皇

6−2 隠された女帝達と『古事記』序文の態度

6−3 男帝と女帝の二王朝が並立する皇統譜

6−4 暗号が示す皇統譜の親子関係

☆ 暗号解読[3]
母権制社会の忌わしい歴史
7−1 女帝たちの忌わしい宗教

7−2 母権制社会脱却の失敗

7−3 応神女帝〜推古女帝までの、各女帝の年代

☆ 暗号解読[4]
母権制社会から父権制社会へ
8−1 神武男帝のクーデター・イザ!オウ!

8−2 雄略男帝〜聖徳太子までの歴史

8−3 大化の改新=父権制社会としての出発

☆ 隠された古代史の全容
9−1 暗号が示す歴史の全容

9−2 卑弥呼は崇神女帝のことだった!

9−3 解明!雅楽器「笙」に伝わる「亡国の音」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古事記と易学

発見!想像を絶する真実の古代日本

もくじ

☆ プロローグ

☆ 謎めく数字137と皇統譜の円周
1−1 暗号発見までの経緯

1−2 古代天皇と易六十四卦の序次 @

2−1 古代天皇と易六十四卦の序次 A

2−2 謎めく数字137

3−1 神世と易六十四卦の序次

3−2 円を描く皇統譜とその不合

☆ 『古事記』序文に隠されたメッセージ
4    歴史を腐敗させた女帝とは?

☆ 暗号解読[1]
持統天皇暗殺!
5−1 神武天皇と辛酉革命

5−2 持統天皇暗殺と不倫が不倫でない時代

☆ 暗号解読[2]
41ピースのジグソーパズル

6−1 架空の天皇

6−2 隠された女帝達と『古事記』序文の態度

6−3 男帝と女帝の二王朝が並立する皇統譜

6−4 暗号が示す皇統譜の親子関係

☆ 暗号解読[3]
母権制社会の忌わしい歴史
7−1 女帝たちの忌わしい宗教

7−2 母権制社会脱却の失敗

7−3 応神女帝〜推古女帝までの、各女帝の年代

☆ 暗号解読[4]
母権制社会から父権制社会へ
8−1 神武男帝のクーデター・イザ!オウ!

8−2 雄略男帝〜聖徳太子までの歴史

8−3 大化の改新=父権制社会としての出発

☆ 隠された古代史の全容
9−1 暗号が示す歴史の全容

9−2 卑弥呼は崇神女帝のことだった!

9−3 解明!雅楽器「笙」に伝わる「亡国の音」


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最終更新日:平成29年09月09日 学易有丘会
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