★★ なんで聖書が易学なの? ★★
西洋の聖書と、東洋の易学、かなりミスマッチな組み合わせである。
パスタに麻婆豆腐を和えたようなものだろうか・・・。
しかし、麻婆豆腐パスタなんて、イタリアンのオシャレなイメージが壊れるかな?
が、それはともかく、その西洋と東洋、聖書と易学の接点は、なんと、日本の「建国記念の日」、昔風に言うと紀元節にあったのだ!
日本は2月11日を「建国記念の日」としている。
なぜ、この日が「建国記念の日」なのか?
『日本書紀』にある神武天皇即位の日だ。
正確に言うと、その即位年の1月1日に即位とあるのだが、これは旧暦である。
現行の新暦(グレゴリオ暦)に換算すると、この2月11日になるのだ。
とにかく、この日から、天皇陛下を中心とした日本が始まったことになる。
だから昔は、日本と天皇の紀元の日として、紀元節と呼んでお祝いしたのだ。
戦後は、マッカーサーの占領政策により禁止されたが、講和条約締結後は、各界の熱望もあり、ついに昭和41年、「建国記念の日」として復活した。
その神武天皇が即位してから、今年、平成21年で、2669年目になる。
したがって今年は、皇紀2669年となる。
ちなみに西暦元年は、皇紀661年となる。
しかし、その神武天皇即位年は、すでに明治時代の歴史学者那珂通世(なかみちよ)によって、
聖徳太子〜『日本書紀』編纂の頃に、辛酉革命思想を利用し、机上で算出した架空の年代だ、と指摘されている。
辛酉革命(しんゆうかくめい)とは、実際の暴力革命などのことではなく、六十干支が辛酉の年には天命が革(あらた)まる、とするとともに、干支二十一巡の1260年毎の辛酉年には大革命が起きる、とするものであって、このことは、『易緯』(えきい)という本に書かれている。
緯と呼ばれる本に書かれた予言思想=讖(しん)だから、讖緯説(しんいせつ)とも呼ばれている。
『易緯』とは、『易経』の弟分みたいな本で、漢代にできたらしいと言われている。
経とは、この世の縦糸となる書物、緯とは、この世の横糸となる書物。
縦糸と横糸があって、布ができるわけだが、この経書と緯書が合わさって、この世の出来事のすべてを、布のように覆い尽くすことができる、と漢代の中国では考えた。
したがって孔子が編纂したとされる重要な書物の、詩経、書経、春秋経、易経などの横糸として、詩緯、書緯、春秋緯、易緯などが作られた。
ただしこれら緯書は、災害予言などが多く、世間を惑わすものとして、中国では隋の時代に、焚書にされている。
一方、日本では、中国のようなヒステリックな排斥運動はなく、断片的にだが、残った。
その断片が残っていたからこそ、神武天皇の即位年が、『易緯』にある辛酉革命思想によって、机上で算出された架空の年代だと、指摘されるようになったのである。
しかし、その辛酉革命思想によって机上で算出されたものは、何も日本の神武天皇だけではなかった。
なんと、西洋のイエス・キリストの生誕も同様だったのである!!!
易の理論を紐解きながら、聖書やその周辺の神話を検証してみると、西暦元年が辛酉革命思想によって机上で算出されたものだ、ということは、容易にわかるのである。
西暦元年だけではない、ユダヤ暦元年も辛酉革命思想の計算式から算出されている。
易を知らない西洋人や、キリスト教関係者、キリスト教に憧れる人々は、神武天皇をお祭りする橿原神宮の関係者のように、そんなことがあるわけない、と、敢えて目を背けることだろうが、
易と辛酉革命を知っていれば、誰でも簡単に作れる単純な計算式なのである。
そもそもキリスト教の教義は、中国古典の『墨子』の内容と酷似していて、昔から中国古典の研究者の中には、墨子の思想が西に伝わり、キリスト教になったのではないか?と指摘する声もある。
墨子の思想とキリスト教の教義が酷似していることは、西洋の中国古典研究者も指摘している。
ただし、やはりキリスト教を擁護したいのか、西洋では、それ以上に突っ込んだ研究はないようだ。
そこで私は、独自に調べ、本にまとめた。
それが拙著、『聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く』である。
イエスは架空の人物であること、西暦元年は辛酉革命思想により机上の算出されたものだ、ということから、『聖書』の構造が、易六十四卦の序次によって形成されていること、神秘で摩訶不思議な奇跡が、中国古典にあるエピソードや、易の理論から導き出した寓話に過ぎないことなど、とにかく、『聖書』が中国古典をリメイクして作られたものだ、ということを、解き明かしている。
無論、なぜそのようなことがなされたのか、ということにも言及している。
今の常識では、西洋人が中国古典をリメイクして、自らの宗教にするなんて、とても信じられない。
そもそも西洋人が、東洋のそれも卑俗な占いの理論をパクッて宗教にするなんて有り得ない。
第一、キリスト教では、占いを禁止しているではないか・・・、という声も聞こえてくる。
しかし、権力者は自分の権力保持に都合の悪いことを禁止するものである。
要するに、キリスト教は、占いに基づいて作られた宗教だということがバレるから、占いを禁止したのだ。
ともあれ、西洋思想の呪縛から開放され、東洋人としての本来の価値観を見直したい、という思いで書いたという側面もある。
現代は、キリスト教に起因する西洋思想によって、社会秩序を構築したから、環境破壊や地球温暖化を招いてしまった、と言っても過言ではないだろう。
とすると、これ以上の温暖化を防ぐためには、より多くの人々が、東洋思想〜中国古典の真髄『易』を見直すこと、ではないだろうか?
そのためにも、よろしければ、ご一読ください。
キリスト教や易のことを知らなくても、楽しく読めるように書いています。
そして、易というモノの素晴らしさ、スゴさが、とてもよくわかると思います。
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聖書と易学 −キリスト教二千年の封印を解く−
目次
プロローグ
数々の奇跡は易学製である
−なぜ「聖書」と易学の関係に着目したのか−
第1章 辛酉革命思想の影
イエスの誕生年=西暦元年は、易学の論理で「革命の年」に設定された
1 まるで説明がつかないローマの見解
2 史上初めての西暦元年成立論となるか
3 旧約と新約の要点
第2章 「イエス誕生年=西暦元年=辛酉革命年」を易学的に補強する
「東方の三博士」の話には、易学に根ざした九星術の論理が貫通していた!
1 九星術という年回りを確定する技術
2 方位を限定明記する怪しさ
3 易学のストーリー構成力を借りて
第3章 中国文化の影響は易学以外にも見いだせる
聖母マリアの処女懐胎物語は、司馬遷『史記』のコピーである
1 多くの人から疑われてきた
2 『史記』解釈上の新発見か
第4章 易学の卦を絶妙に展開して文章化している
「ユダヤ暦元年」算出根拠は、まさに易学そのものに依っている
1 ユダヤ暦元年を算出する糸口
2 中国人編集アドバイザーを想定すると
3 徹底的に易学で組み立てられている
4 序次24を絶妙に展開して
5 易学とは何か
第5章 『聖書』全体を易学で読み解くべきことを示唆
天地創造の六日間は、序次1〜14と完全に合致している
1 読み解いて拍子抜けする
2 アダム九三〇歳の出どころ
3 一度に三つのメッセージ
第6章 一二月二五日の易学的意義
クリスマスの日付には、三位一体論が封入されている
1 この日にも革命の意義があった
2 クリスマスの日は火風鼎に該当する
3 三位一体論は鼎に由来する
第7章 洪水神話の易学的構成
ノアの箱舟神話は、「新しい時代の始まり」を告げていた
1 ノアの家族構成が示すもの
2 絶妙な連動性
第8章 アダムたちの法外な長寿の秘密
太祖たちからイエスにつながる系譜は、十字架そのものを暗示している
1 太祖たちの法外な長寿
2 重大な秘密が仕掛けられていた
第9章 十字架はイエスの処刑を意味していない
「過ぎ越しの祭」も「出エジプト」も易学的に構成されている
1 「出エジプト記」は創作されている
2 海が二つに分かれる卦
3 十字架は宗教の理想的な姿を象徴
第10章 「聖書」は西暦三〇〇年代に書かれた
イエス処刑に至る『聖書』の記述は、『易経』の丸写しであった
1 「ペトロが三度拒むと鶏が鳴いた」の卦
2 全てがフィクションであった
3 『聖書』は西暦三〇〇年代に書かれた
エピローグ
易学について
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学易有丘会主宰 水上 薫 |