学易有丘会トップページ九星トップページカンタン!自分でできる無料易占い易学入門易経詳解古事記と易学 古事記・日本書紀は易を乱数表として利用した暗号文書だった!聖書と易学ーキリスト教二千年の封印を解くーブログ〜折に触れ、あれこれ書いてます。コアランの音楽演奏動画など

Eメール聖書と易学-キリスト教二千年の封印を解く

水 上  薫 著

易経から読み解いた衝撃の一書!

欧米などのエリートたちは、ひとたび本書の内容を知れば、自身の文化に深い失望感を抱くことだろう。

東方の三博士、処女懐胎、ユダヤ暦元年と天地創造、クリスマスと三位一体、ノアの箱舟、出エジプト、「過ぎ越し」、十字架刑・・・というイエスの神聖性を高揚させる数々の物語は易学の理論で組み立てられた神話であった。しかもそれらが西暦元年もふくめて構造的につながっていた。

 

このページは平成17年に(株)五月書房から発売されたコアラン/kaoalnこと水上薫の著書『聖書と易学ーキリスト教二千年の封印を解く』について書いています。
発売の頃は、週刊文春などいくつかの雑誌で紹介され、
いくつかの書店では写真のように平積みで置かれてもいました。
(隣接する書籍はボカしています)

ところが、発売元の(株)五月書房が平成27年12月に倒産してしまいました。
五月書房は戦後まもなく創業の歴史ある出版社でした。
しかしインターネットの普及とともに本がなかなか売れない時代となり、ついに力尽きたのです。

そんなわけで、現在は中古しか流通していません。
アマゾンでも、中古のみを販売しています。

 ★★ 聖書と易学ってどういうこと? ★★

西洋の聖書と、東洋の易学、かなりミスマッチな組み合わせである。
パスタに麻婆豆腐を和えたようなものだろうか・・・。
しかし麻婆豆腐パスタなんて、イタリアンのオシャレなイメージが壊れるかな?

が、それはともかく、その西洋と東洋、聖書と易学の接点は、なんと、日本の「建国記念の日」、昔風に言うと紀元節にあったのだ!

日本は2月11日を「建国記念の日」としている。
なぜ、この日が
「建国記念の日」なのか?

『日本書紀』にある神武天皇即位の日だ。
正確に言うと、その即位年の1月1日に即位とあるのだが、これは旧暦である。
現行の新暦(グレゴリオ暦)に換算すると、この2月11日になるのだ。
とにかく、この日から、天皇陛下を中心とした日本が始まったことになる。
だから昔は、日本と天皇の紀元の日として、紀元節と呼んでお祝いしたのだ。

戦後は、マッカーサーの占領政策により禁止されたが、講和条約締結後は、各界の熱望もあり、ついに昭和41年、「建国記念の日」として復活した。

その神武天皇が即位してから、今年、平成28年は2676年目になる。
したがって今年は皇紀2676年となる。
ちなみに西暦元年は皇紀661年となる。

しかしその神武天皇即位年は、すでに明治時代の歴史学者那珂通世(なかみちよ)によって、
『日本書紀』編纂の頃に、
辛酉革命思想を利用し、机上で算出した架空の年代だ、と指摘されている。

辛酉革命(しんゆうかくめい)とは、実際の暴力革命などのことではなく、六十干支が辛酉の年には天命が革(あらた)まる、とするとともに、干支二十一巡の1260年毎の辛酉年には大革命が起きる、とするものであって、このことは『易緯』(えきい)という本に書かれている。

と呼ばれる本に書かれた予言思想=(しん)だから讖緯説(しんいせつ)とも呼ばれている。

『易緯』とは、『易経』の弟分みたいな本で、漢代にできたらしいと言われている。

とはこの世の縦糸となる書物、とはこの世の横糸となる書物。
縦糸と横糸があって布ができるわけだが、この
経書緯書が合わさってこの世の出来事のすべてを、布のように覆い尽くすことができる、と漢代の中国では考えた。

したがって孔子が編纂したとされる重要な書物の、詩経書経春秋経易経などの横糸として、詩緯書緯春秋緯易緯などが作られた。

ただしこれら緯書は、災害予言などが多く、世間を惑わすものとして、中国では隋の時代に焚書にされている。

一方、日本では、中国のようなヒステリックな排斥運動はなく、断片的にだが、残った。

その断片が残っていたからこそ、神武天皇の即位年が、『易緯』にある辛酉革命思想によって、机上で算出された架空の年代だと、指摘されるようになったのである。

その辛酉革命思想によって机上で算出されたものは、何も日本の神武天皇だけではなかった。
なんと、西洋のイエス・キリストの生誕も同様だったのである!!!

易の理論を紐解きながら、聖書やその周辺の神話を検証してみると、西暦元年が辛酉革命思想によって机上で算出されたものだ、ということは、容易にわかるのである。

西暦元年だけではない、ユダヤ暦元年も辛酉革命思想の計算式から算出されている。

易を知らない西洋人や、キリスト教関係者、キリスト教に憧れる人々は、神武天皇をお祭りする橿原神宮の関係者のように、そんなことがあるわけない、と、敢えて目を背けることだろうが、
辛酉革命を知っていれば、誰でも簡単に作れる単純な計算式なのである。

そもそもキリスト教の教義は、中国古典の『墨子』の内容と酷似していて、昔から中国古典の研究者の中には、墨子の思想が西に伝わり、キリスト教になったのではないか?と指摘する声もあった。
墨子の思想とキリスト教の教義が酷似していることは、西洋の中国古典研究者も指摘している。
ただし、やはりキリスト教を擁護したいのか、西洋ではそれ以上に突っ込んだ研究はないようだ。

そこで私は、独自に調べ、本にまとめた。
それが
『聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く』である。

イエスは架空の人物であること、
西暦元年は辛酉革命思想により机上の算出されたものだ、
ということから、
『聖書』の構造が易六十四卦の序次によって形成されていること
神秘で摩訶不思議な奇跡が中国古典にあるエピソードや易の理論から導き出した寓話に過ぎないことなど、
とにかく
『聖書』が中国古典をリメイクして作られたものだということを、解き明かしている。
無論、なぜそのようなことがなされたのか、ということにも言及している。

今の常識では、西洋人が中国古典をリメイクして、自らの宗教にするなんて、とても信じられない。
そもそも西洋人が、東洋のそれも卑俗な占いの理論をパクッて宗教にするなんて有り得ない。
ましてキリスト教では占いを禁止しているではないか・・・、という声も聞こえてくる。

そういう声に対しては、権力者は自分の権力保持に都合の悪いことを禁止するものだ、と言っておく。
要するにキリスト教は、占いに基づいて作られた宗教だということがバレるから、占いを禁止したのだ。

ともあれ、西洋思想の呪縛から開放され、東洋人としての本来の価値観を見直したい、という思いで書いたという側面もある。

現代はキリスト教に起因する西洋思想によって社会秩序を構築したから、環境破壊や地球温暖化を招いてしまった、と言っても過言ではないだろう。

とすると、これ以上の温暖化を防ぐためには、より多くの人々が、東洋思想〜中国古典の真髄『易』を見直すこと、ではないだろうか・・・。

そんな想いで書いたのである。

目次はこんなカンジ↓です。

聖書と易学 −キリスト教二千年の封印を解く−

プロローグ
数々の奇跡は易学製である
  −なぜ「聖書」と易学の関係に着目したのか−

第1章 辛酉革命思想の影
イエスの誕生年=西暦元年は、易学の論理で「革命の年」に設定された
  1 まるで説明がつかないローマの見解
  2 史上初めての西暦元年成立論となるか
  3 旧約と新約の要点

第2章 「イエス誕生年=西暦元年=辛酉革命年」を易学的に補強する
「東方の三博士」の話には、易学に根ざした九星術の論理が貫通していた!
  1 九星術という年回りを確定する技術
  2 方位を限定明記する怪しさ
  3 易学のストーリー構成力を借りて

第3章 中国文化の影響は易学以外にも見いだせる
聖母マリアの処女懐胎物語は、司馬遷『史記』のコピーである
  1 多くの人から疑われてきた
  2 『史記』解釈上の新発見か

第4章 易学の卦を絶妙に展開して文章化している
「ユダヤ暦元年」算出根拠は、まさに易学そのものに依っている
  1 ユダヤ暦元年を算出する糸口
  2 中国人編集アドバイザーを想定すると
  3 徹底的に易学で組み立てられている
  4 序次24を絶妙に展開して
  5 易学とは何か

第5章 『聖書』全体を易学で読み解くべきことを示唆
天地創造の六日間は、序次1〜14と完全に合致している
  1 読み解いて拍子抜けする
  2 アダム九三〇歳の出どころ
  3 一度に三つのメッセージ

第6章 一二月二五日の易学的意義
クリスマスの日付には、三位一体論が封入されている
  1 この日にも革命の意義があった
  2 クリスマスの日は火風鼎に該当する
  3 三位一体論は鼎に由来する

第7章 洪水神話の易学的構成
ノアの箱舟神話は、「新しい時代の始まり」を告げていた
  1 ノアの家族構成が示すもの
  2 絶妙な連動性

第8章 アダムたちの法外な長寿の秘密
太祖たちからイエスにつながる系譜は、十字架そのものを暗示している
  1 太祖たちの法外な長寿
  2 重大な秘密が仕掛けられていた

第9章 十字架はイエスの処刑を意味していない
「過ぎ越しの祭」も「出エジプト」も易学的に構成されている
  1 「出エジプト記」は創作されている
  2 海が二つに分かれる卦
  3 十字架は宗教の理想的な姿を象徴

第10章 「聖書」は西暦三〇〇年代に書かれた
イエス処刑に至る『聖書』の記述は、『易経』の丸写しであった
  1 「ペトロが三度拒むと鶏が鳴いた」の卦
  2 全てがフィクションであった
  3 『聖書』は西暦三〇〇年代に書かれた

エピローグ
易学について


ここからは、諸般の事情で本には書かなかった私の考えに、少し触れておく。

ローマが『聖書』なる書物を偽作したわけ

世界史の教科書ではイエス・キリストは実在の人物とされ、キリスト教会が主張するキリスト教の歴史を恰も事実であるかのように描いている。
果たしてそうなのだろうか?
私は『聖書と易学』の中で、 そのキリスト教会が主張する歴史認識にメスを入れ、 イエスは架空の人物、 今伝わる『聖書』は中国の易学者のアドバイスにより、 中国古典を参考に、西暦300年代頃に偽作されたものだった、と述べた。
しかし私の仮説が正しいとしても、なぜ偽作する必要があったのか、という問題が残る。
これについては、未だ不明な点もあり、本の中では触れなかった。
そこで、現段階では、あくまでひとつの推測に過ぎないが、 私の考えを書いておく。

『聖書』偽作に至る経緯

原初キリスト教は、そもそも大した教義も持たない宗教だった。
始まりがいつなのかは、定かにはわからない。
恐らくは、イエスが登場したとされる時代よりも、かなり後のことで、 活動が活発になったのは、西暦200〜300年あたりのことだろう。
宗教団体というより、西暦70年のユダヤ滅亡後、 ローマ政府の支配から逃れるための革命を目的とした集団、 として始まったのだろう。
その革命の輪が徐々に広まり、 いつしかローマの民衆にも支持者が増えていった。
しかし統制の取れた集団ではなく、全体としてのまとまりはなく、 無秩序なテロが頻発するようになった。
そこでローマ政府は、彼等を懐柔させるための施策を思案した。
当初は武力で鎮圧しようとも考えたが、 特定の首謀者がいるわけではないので、ターゲットが選定できない。 
困った・・・。
と、その頃、たまたま中国からの旅人がやって来て、 武力鎮圧より、彼等の宗教を利用するほうが得策だとアドバイスを受けた。
早速ローマは、その旅の中国人とともに教義を書いた書物の作成に取り掛かった。

これをインパクトのある書物にするためには、西洋ですでにありふれている思想を書いてもダメだ。
斬新なものが必要だ。
そのためには・・・、そうだ!中国の思想を取り入れよう。
西洋では法律や理屈だけで物事の善悪を判断するが、そういうことで割り切れないことが世の中には多い。
中国ではそういう割り切れないことを大事にすることを教えている。
これがよい!これを教えに取り入れよう。
その割り切れないことを大事にする考えが、いわゆる「仁」である。
しかしいきなり仁と言っても、そういう文化がなければわかりにくい。
差し当たり「仁」の中から一部を取り出した墨子の「兼愛」あたりがよいだろう。
とするとその兼愛をどうドラマに仕立て上げるかだが・・・、そうだ、
野蛮な母権制社会の日本に、仁の重要性を唱えて社会変革を起こそうとして失敗した事例があった、これをモチーフに使おう。
こうして、物語作成のアウトラインはできあがった。
実際に原稿を書く段階では、要所要所に当時の中国人の必須教養でもあった易の理論をこっそり組み込み、易を知る者ならばそれが偽作であることが見抜けるように細工した。
後々中国にキリスト教が伝播したとき、それが中国人の手によって偽作されたものであることがわかるように。

ともあれ、そうこうしながら、漸く聖書の偽作は完成した。

ローマ政府は、この聖書の偽作が完成すると、
我々のところには、すでに、お前たちの信仰する宗教の教典が伝わっている。
それによると、お前たちが今やっていることは間違いだ。
これを読んで目を覚ませ。
と言って、偽作した『聖書』を差し出した。
革命集団の人々は、そのローマで見せられた『聖書』をホンモノだと信じ、 そこに書かれているイエスなる人物が、 かつて本当に実在したのだと思い込み、ローマに従うことにした・・・。

マタイ24章にある預言の意味

マタイ24章には、「この世の終わりには、キリスト(救世主)と称する人々があちらこちらに出現する」といったことが書かれている。
これは、ローマに反抗する革命集団の人たちのことを、 そう表現したのだった。
彼等は「我こそは救世主だ!」と叫んで同士を集め、 闘争を繰り返していた。
念のために言っておくが、日本人がキリストと聞くと、個人名であるかのような錯覚をする場合があるが、本来キリストというのは個人を特定する名前ではなく「救世主」ということを指す一般的な言葉に過ぎない。
聖書偽作チームはそれをヒントに、この終末論を書き下ろしたのだ。

彼等はこの終末論を読み、 今がこの世の終わりであってほしくはない、と願うようになり、 ローマの思惑どおり、革命運動は下火になった。
ローマがこのように 彼等の反政府運動を逆手に取って利用し、 新しい宗教を作ろうとしたのは、 文化文明の進化などにより、 従来のミトラ教では、国を統治する能力が薄れてきたということもあるだろう。
ミトラ教には快楽主義的な要素があり、それが国力を落とす原因にもなっていた、とも言われている。
だからこそキリトス教では、厳格な男尊女卑と禁欲主義が採用されたのだろう。
男尊女卑を社会に根付かせるもっとも大事なものが、愛と結婚である。

最も得をするローマ人、最も損をするユダヤ人

聖書のイエス・キリスト処刑物語は次のような流れになっている。

ローマのユダヤ総督ピラトはイエスを許そうとしたが、 ユダヤの民衆は、
「 自分たちの子孫がどのような目に遭ってもかまわないから、とにかくイエスを処刑してほしい」
と嘆願した。
そこで仕方なくピラトは処刑を許可した。
この物語の流れからは、 ローマ人は賢明でユダヤ人は愚かだ、という感想を持つのが普通だ。
そしてイエス死後の使途の行動を書いた使徒行録は、ローマに布教されるところで終わっている。

要するに、キリスト教を信仰して最も得をするのはローマ人、最も損をするのはユダヤ人という構図が、ここに出来上がっているのである。
したがってキリスト教を国教とすれば、ローマは安泰なのである。
また、キリスト教を世界中に布教すれば、 ローマすなわち西洋による世界支配の構図がそこに出来上がる。
だからこの科学文明の世の中になっても、 西洋はキリスト教を大事にしているのだろう。

ちなみに、その後アラブではイスラム教ができたわけだが、なぜアラブはキリスト教ではダメだったのだろうか?
そんなに素晴しい教えなら、 わざわざ別の宗教を作る必要はないではないか。
キリスト教はローマの世界支配のための宗教だから、信徒になればローマに利用されるだけだ、と彼らは悟ったのに違いない。
民族の独立を維持するためには、 敢えて別の価値観で対峙する必要があったのである。

※ なお、イエス・キリストは架空の人物であって、 今に伝わる『聖書』は偽作されたものだと考えるのは、 何も私だけではない。 西洋の神学者の中にも、ときどきいて、近年では、 「キリスト神話」という本が翻訳されている。

 

 

 

皆さまから頂いたメッセージ

発売直後から、SNSやアマゾンのレビュー、愛読者カード、このサイトから直接のメールなどさまざまな形でメッセージを頂きました。その一部をご紹介いたします。

 

聖書と易学、一見ミスマッチとも思える組み合わせニャ。 ところがこれが、あまりにも説明がうまくできるというのでびっくりニャ。 易学は陰陽思想に、基づくニャ。 そして、吉野裕子氏の研究によると、 陰陽思想はかなりアジア各地に広がっているようニャ。 問題は、これがどこまで広がりを見せるか、どこまで遡れるかニャ。 本書は、中東まで陰陽思想が展開されるばかりか、 聖書の時代にはこの地域に定着していたと言っているに等しく、 今後のアジア思想史研究に一石を投じた形になったといえるニャ。

東京 男性 C様

タイトルを訊いた時は、「え?聖書と易?どう繋がるの??」なんて不思議に思っていましたが、読んでみると、「がーん!なるほど!」「ひえ〜!こんなことも??」などと、易の卦と照らし合わせて感心したり驚いたり。
(一応アタシも易者の端くれですので・・・)とても興味深く楽しめました。^^
易経や聖書を知らなくても楽しく読める一冊だと思います☆

中京 女性・易者M様

キリスト教では世界平和ということをよく言うが、この本を読んで、その白々しさを改めて感じた。
しかしローマ法王も、実はこの事実を知っていて、世界戦略をこっそり筮竹で占っていた、なんてことだったら面白いところだ。

九州 男性 K様

最初、どういう内容なのか皆目見当がつかず、また易の記号にも戸惑いを覚えたのですが、読み進むうちに、引き込まれてしまいました。

中京 男性 M様

”聖書と易学”の本を読んで易について興味があります。
易学に興味を持ったのはこちらの本だけではなく、別の東洋系占いからでしたが、勉強している内に易を勉強しないとと思うようになり、ホームページで情報を集めているときに、”聖書と易学”をに出会いあっという間に読んでしまいました。
日本の神話もギリシャ神話や聖書に似たところがあると高校生の時から、不思議に思っていました。
大学は、クリスチャンスクールでした。
その時に姉妹校から来た子から、その子の大学の先生が、仏教(ある宗派)はキリスト教の新派だという視点で、
ドキュメントの類似点を指摘していたことがある、と聞いたのですが、”聖書と易学”を読んで、当時その子が言っていたことを思いだし、これらも易学でつながるのではと思いました。
ちなみに、私は無宗教です。
とにかく、『聖書と易学』は驚きの1冊でお友達に紹介しています。
勤め先は、コンピュータ系の会社なのですが、エンジニアの間でも興味深く読んでくれているようです。
易の陰陽とコンピュータの01とは、似ているので、受け入れやすいのでしょう。
これからも、がんばってください。

関東 女性 J様

聖書と易学を読ましていただきました。
今までの、易経関係にない展開の仕方に驚きました。
今までは、立卦してその卦をどのように生かすかが分からないままに、卦意だけにとらわれて来ました。
この聖書解読の手法を駆使してゆけば、生活に蜜着した問題の解決方法・手段などが見つけられないか?
と、期待しております。

東北 男性 S様

一日で読了しました。大変感銘いたしました。何れ歴史の教科書も書き換えられるといいですね。

東京 男性 易者A様

中・高とミッション・スクールだったので聖書の時間がありました。
いつも退屈でした。
でも、もしあの頃にこの本が出ていれば、きっと授業も楽しかっただろうなあと思いました。

関東 女性 Y様

最初は、読み切れるかと、少し不安がありました。
なにせ、聖書もしらなければ、易の事も、ぜんぜん知らないのですから、難しくて何言ってんだか、理解するのが、精一杯で、本に、入り込めないんだもの。 
本に入り込めないと、まず、読みきれないから、どうしようかと、思いました。 
ところが、ある程度読み進むと、難しい事は、流れに任せて、あるリズムで、読めるようになりました。 
後は、筆者の、思いを、汲み取る事に、集中でき、最後の方は、一気に読む事ができました。
易や、聖書に関係がなくても、充分楽しんで読めると思います。

東京 女性 H様

中国の奥深さ
古代中国の占いの理論が、キリスト教の聖書にも応用されていたとは…。
中国の奥の深さを思い知らされた。易学に多少なりとも興味があるのなら、絶対おススメの一冊。

大阪 N様

久々の感動
凄い本が出たものだ。
ダビンチコードで聖書が偽書だという考察に触れ、驚いたばかりだったが、今回この本で、さらに目から鱗が落ちた。
実はこれまで、聖書も易もよく知らなかったのだが、勢いで読めてしまった。

東京 B様

 

 

 


学易有丘会トップページ九星トップページカンタン!自分でできる無料易占い易学入門易経詳解古事記と易学 古事記・日本書紀は易を乱数表として利用した暗号文書だった!聖書と易学ーキリスト教二千年の封印を解くーブログ〜折に触れ、あれこれ書いてます。コアランの音楽演奏動画など
最終更新日:平成29年09月09日 学易有丘会
Copyright Heisei-12th〜28th(2660〜2676)  (C)2000〜2016 GakuEki-UQkai