学易有丘会トップページ九星による吉方凶方カンタン便利!自分でできる無料易占いなるほど!易学入門究極の易経解説漢文として楽しむ論語古事記と易学〜発見!想像を絶する真実の古代日本聖書は易学〜聖書の作者は古代中国の易学者だった!ブログ〜折に触れ、あれこれ書いてます。コアランの音楽演奏動画など

Eメール聖書は易学〜聖書の作者は古代中国の易学者だった!〜

前のページ 次のページ

W 「ユダヤ暦元年」算出根拠は、まさに易学そのものに依っている
〜易学の卦を絶妙に展開して文章化している〜

@ユダヤ暦元年を算出する糸口 A中国人編集アドバイザーを想定すると B徹底的に易学で組み立てられている C序次24地雷復を絶妙に展開して D易学とは何か

@ユダヤ暦元年を算出する糸口

☆ライプニッツとユング

 よく知られているように、易学は17世紀から20世紀にかけてヨーロッパに伝わり、思想に影響をあたえた。
 有名な例としては、ライプニッツの有機体哲学、二進法論への影響がある。20世紀に入ると、心理学者ユングは元型論、集合無意識論、共時性論を形成するにあたって、大きな影響を易学から受けている。
 しかし、彼らは、易学の特質である「時の意味の特定」という点をはじめ、肝心な部分をほとんど見落としたままでいた。彼らは易学で使う())という図形記号の意味についてもほんのサワリ程度しか把握しておらず、その(卦)に付された「水火既済(すいかきせい)」つまり成句の体裁をとった「卦名(かめい)」の内容把握にいたっては、ドイツ語訳そのものの限界からか、かろうじて理解する程度だった。

☆マーフィー牧師は多少読み込めたが

 易学では、表意記号でもある漢字を、意味の広がりに応じて縦横に駆使するので、表音記号である欧文文字の世界に生きる彼らは、漢字の奥行きを踏まえながら展開することの多い易学を、ほとんど理解できなかったに違いない。彼らの述作を読んでみると、易学については消化不良のまま終わっていることがよくわかる。
 彼らが手にした易学の翻訳本は、いってみれば中国の庶民向けに書かれたハウツー本を元本にしており、そういうことも、彼らの消化不良の原因になったと思われる。
 欧米人の中で、多少なりとも易学に踏み込めたのは、アメリカ人のジョセフ・マーフィー牧師であろう。「マーフィーの易占い」を書いている。ただ、著書を読む限りでは漢字がハードルになっていた。
 私に言わせれば、『聖書』作成時のユダヤ人編集者・執筆者たちのほうが、こうした欧米人より易学の特質をはるかに知って活用している。そのことは、以下のユダヤ暦元年を特定した手口をクローズアップすることによって、読者は納得されるであろう。

☆卦と卦名

 そこで、ユダヤ暦元年の根拠を易学的に解明するにあたって、ライプニッツ、ユング、マーフィーが理解できずにおわった領域にまで、易学を広げて使うことにした。ちょっぴりだが、易学の「()」とそれに付された名前、例えば「乾為天(けんいてん)」(卦名(かめい))を使うことになる。読者諸氏はがまんして付き合って下さるか、所々読み飛ばして大スジを理解して下さるかしてほしい。
 何しろ、ユダヤ教側もキリスト教側も視野の外だった方法を使って、ユダヤ教史、キリスト教史の真相を明らかにするのであるから、どうしても日常的には不慣れな用語や方法を使わざるを得ない。
 両教の聖職者や神学者たちは、以下に述べる見解を必死に否定しにかかるだろうが、易学は実にシンプルにユダヤ暦元年の算出根拠をクローズアップしてくれている。これによって両宗教者の確信と両宗教の教義は、崩壊してしまうのではなかろうか。

☆従来の一般的な見解

 まず、ユダヤ暦元年に関する従来の一般的な見解から紹介しよう。
 ユダヤ暦元年というのは、旧約聖書冒頭に出て来る「神が天地創造をしたとする年」とされ、ユダヤ教側の伝承では西暦紀元前3761年とされている。
 しかし、『聖書』のどこを見てもそんな記述はなく、神学者は根拠不明としている。『聖書』は年表式つまり編年体になっていないので、旧約聖書中の各ストーリーを根拠に計算するのは不可能なのだ。キリスト教側からは、紀元前5500年説、4026年説、4004年説、3951年説も出ているが、都合の良い仮説に立った計算結果に過ぎない。これらのためか、歴史学はユダヤ暦元年を研究対象から外している。

☆3761年という厳密さが怪しい

 普通、とても古い昔の年を述べる場合はン千年前頃といったアバウトな年数で示すものだが、ユダヤ暦は元年を西暦紀元前3761年と、異常ほど詳細な年を特定している。怪しいではないか!
 では現代科学で紀元前3761年を検証してみればどうなるのか。ご存知のとおり、現代科学は、地球誕生を50億年前、人類誕生を250万年前と推定するほどの実力があるのだから、今さら西暦紀元前3761年の天地創造を云々しない。無視・門前払いである。
 また、中東地域の古代文明、そこに源流をもつ西洋占星術など、キリスト教以外の古伝承に幅を広げて根拠を求めても、やはり計算不能という結果になっている。
 重ねて言うと、神学およびユダヤ教の主流は、ユダヤ暦元年=天地創造の年=西暦紀元前3761年としているが、その根拠はわからないでいる。結局「伝承である」と、なんとなく説明されてきている。

☆編集・執筆者たちの願望

 私はTイエスの誕生年=西暦元年は…U「東方の三博士」の話には…において、「イエス誕生年=西暦元年」は、易学の論理で説明すれば、「辛酉歳(かのととりのとし)」という革命理論の意味を帯びる年になると論じた。さらに「東方の三博士」においては、「マタイ」に述べられているイエス誕生の物語が、九星の論理で構成されていると述べ、「イエス=辛酉歳」をさらに補強したがっている『聖書』編集・執筆者たちの願望を指摘した。
 「東方の三博士」が何を暗示しているのか、ベツレヘムを何故イエスの誕生地としようとしたのか……について、九星上の星(数字)の動きとしてとらえなおすならば、『聖書』編集・執筆者たちが、苦心して「イエス誕生年=辛酉歳=西暦元年」としたがっていたことが伝わってくる。これに関連して、中国の漢の高祖誕生秘話の影響下で、イエス神格化のために処女懐胎神話がコピーされたらしいことも述べた。
 これを踏まえた上で、次にユダヤ暦の真相解明に向かいたい。 

☆「飼い葉桶」「救い・救う・救い主」の二句

 「マタイ」と「ルカ」の双方にあるイエス誕生の物語は、イエスという同一人物の誕生物語でありながら、話しのスジには大きな違いがあるのは、すでにU「東方の三博士」の話には…の中で触れたとおりである。どうしてこういう違いが生まれたのかについては、「マタイ」で九星の論理を展開する必要上そうなったということを指摘した。
 「マタイ」では、イエス誕生に関連して登場人物たちの種々の動きがある。東方の三博士が東の国→エルサレム→ベツレヘムと移動する、ヘロデの指示で虐殺が行われる。イエス一家がエジプトに逃れる、ヘロデの死後イエス一家はナザレに落ち着く……が、それである。そして「マタイ」では、イエスを「ユダヤの王」「指導者」として強調している。
 これに対して、「ルカ」のイエス誕生に関連しては、羊飼いがベツレヘムの家畜小屋に集まってきてお祈りするだけである。「マタイ」のような動きというものがない。動きがない以上、九星によるストーリー構成は行われなかった。
 ただ、「飼い葉(おけ) 」という言葉が三度、「救い」「救う」「救い主」という言葉が乳児イエスをめぐって例外的に高頻度で使われ、イエスを救い主として強調している。クリスマスをテーマにした絵画や劇では、この「マタイ」と「ルカ」双方の特徴を合わせて構成していることが多い。どちらか一方だけだと、内容が貧弱になってしまうからであろう。
 それはともかく、読者はキョトンとするかもしれないが、ユダヤ暦元年を算出する糸口が、この「ルカ」の「飼い葉桶」「救い」「救う」「救い主」の二句にあることを、私は見つけてしまったのである。

A中国人編集アドバイザーを想定すると

☆四つの準備作業が必要

 この二句を糸口にして、ユダヤ暦元年を算出するにしても、四つの下ごしらえ、言い換えれば論理を構築していくための四つの準備作業をしておきたい。

〔第一の準備作業……『聖書』全体の骨格〕
 まず、『聖書』全体の基本骨格を、次のように把握しておく。

1 神による天地創造があった。(旧約)
       ↓
2 長い長いユダヤ人の苦難に満ちた歴史があった。(旧約)
       ↓
3 イエスの出現と十字架刑で、神の救いの計画は完成した。(新約)
       ↓
4 その教えが、弟子たちにより、ローマを初めとする各地に伝えられ、新たな展開が予感された。(新約)

……『聖書』全体の骨格は、枝葉末節のすべてを取り払うと、このようになる。

☆卦、卦名、中心的意義、序次

 まずは、次に示す「表1 中心的な意義を添えた六十四卦」を見ていただきたい。易学の六十四卦(ろくじゅうしか)である。六十四卦の卦名に、中心的で象徴的な意義を記入してある。易学入門書などで、このような注釈を施しているのをご覧になった方も多いと思う。

表1 中心的な意義を添えた六十四卦

卦名中心的な意義 
卦名中心的な意義
1 けんいてん
乾為天
満ち溢れた生気31 たくざんかん
沢山咸
新婚の甘い夜
2 こんいち
坤為地
従順な牝馬32 らいふうこう
雷風恒
変化を求めず淡々と
3 すいらいちゅん
水雷屯
試練に悩む新人33 てんざんとん
天山遯
逃げるが勝ち
4 さんすいもう
山水蒙
暗く愚かな子供34 らいてんたいそう
雷天大壮
走り出した羊の群れ
5 すいてんじゅ
水天需
渡し船を待つゆとり35 かちしん
火地晋
希望の朝の元気な力
6 てんすいしょう
天水訟
不満を訴える人々36 ちかめいい
地火明夷
暗い夜道の危険
7 ちすいし
地水師
軍隊の指揮官37 ふうかかじん
風火家人
家庭を守る女性
8 すいちひ
水地比
王様と親しむ民衆38 かたくけい
火沢睽
背き合うふたり
9 ふうてんしょうちく
風天小畜
近づく雨雲外出中止39 すいざんけん
水山蹇
松葉杖での山登り
10 てんたくり
天沢履
礼節を履み外した危険40 らいすいかい
雷水解
春到来で悩み解消
11 ちてんたい
地天泰
天下安泰、万物生成41 さんたくそん
山沢損
贈り物で通う心
12 てんちひ
天地否
溶け合わない水と油42 ふうらいえき
風雷益
利益を得るチャンス
13 てんかどうじん
天火同人
志を同じくする友43 たくてんかい
沢天夬
裁かれ決去される邪魔者
14 かてんたいゆう
火天大有
中天に輝く太陽44 てんぷうこう
天風姤
偶然の出会い
15 ちざんけん
地山謙
お辞儀は深く丁寧に45 たくちすい
沢地萃
お祭りに集まる人々
16 らいちよ
雷地予
大地に響く歓喜の音楽46 ちふうしょう
地風升
蒔かれた大木の種子
17 たくらいずい
沢雷随
人に従い道に従う時47 たくすいこん
沢水困
ひび割れたコップ
18 さんぷうこ
山風蠱
うじ虫がわいた食物48 すいふうせい
水風井
湧き続ける井戸
19 ちたくりん
地沢臨
悦び望んで迎える人々49 たくかかく
沢火革
古きを捨てて変革する時
20 ふうちかん
風地観
よく観察して慎重に50 かふうてい
火風鼎
新体制を支える3人の力
21 からいぜいこう
火雷噬嗑
食物を噛み砕く力51 しんいらい
震為雷
響き渡る雷鳴
22 さんかひ
山火賁
夕映えの美しさ52 ごんいさん
艮為山
何事にも動じない山
23 さんちはく
山地剥
山崩れの危険53 ふうざんぜん
風山漸
手順どおりに抜かりなく
24 ちらいふく
地雷復
一陽来復、活動開始54 らいたくきまい
雷沢帰妹
愛よりお金の愛人生活
25 てんらいむぼう
天雷无妄
作為のない天の運行55 らいかほう
雷火豊
昼過ぎて傾く太陽
26 さんてんたいちく
山天大畜
渡れば危険な赤信号56 かざんりょ
火山旅
歓迎される謙虚な旅人
27 さんらいい
山雷頤
空腹で卑しい口57 そんいふう
巽為風
行く先は風まかせ
28 たくふうたいか
沢風大過
背負った大きな荷物58 だいたく
兌為沢
転げた箸に笑う少女
29 かんいすい
坎為水
大洪水で右往左往59 ふうすいかん
風水渙
悩みを吹き飛ばす風
30 りいか
離為火
火を扱う時の心がけ60 すいたくせつ
水沢節
節度をわきまえて
    61 ふうたくちゅうふ
風沢中孚
卵を暖める親鳥の愛情
    62 らいざんしょうか
雷山小過
限度を少し過ぎる
    63 すいかきせい
水火既済
完成された事業
    64 かすいびせい
火水未済
新たなる展開

〔第二の準備作業……各卦名と『聖書』骨格との重なりを見つける〕
 例えばこの表の序次63(卦)に付記してある「水火既済(すいかきせい)」(卦名)の中心的意義は、「完成された事業」である。それを『聖書』向きに拡大解釈すると、基本骨格の「3 イエスの出現と十字架刑で、神の救いの計画は完成した。」と、うまく重なっていく。
 次の64(卦)の「火水未済(かすいびせい)」(卦名)には「新たなる展開」という意義があり、同じく基本骨格の「4 その教えが、弟子たちにより、ローマを初めとする各地に伝えられ、新たな展開が予感された。」と、やはり重なる。
 なお、図形記号の前につけた数字をここでは序次と呼ぶ。図形記号の卦や卦名ではなく、序次の順だけを話題にする場合、本稿では必要に応じて63を序次63と書くことがある。ご承知おきいただきたい。

☆中心的な意義との重なり

 ところで、多くの読者は、例えば、63(卦)が、水火既済(卦名)とどういう理由でセットになるのかが現時点で分からないでいても、易学入門ページ易経解説ページでも読めば理解できるであろうとお考えになり、一応受け入れておくことまではなされると思う。それで結構である。
 ただ、3「……の計画は完成した」という文章は、水火既済の「完成された事業」という中心的意義に重なるように、初めから作文したように受け取られる恐れがある。読者にすれば「重なる」のはあたりまえではないか!?と戸惑われるはずである。
 しかし、戸惑うに当たらない。神学上では、イエスの誕生は神の計画の一部であったのであるから、強引に序次に重なるように作文したのではない。

☆六十年=一元

 さて、万物は時の経過と共に変化する。その変化の様相を、仏教では(じょう)(じゅう)()(くう)の四つの姿に分けてとらえられるとした。これに対して、易学は変化を六十四の姿に分けてとらえるようにしている。それが六十四卦である。

〔第三の準備……「一元」という時の単位に注目する〕
 変化の開始から終了までを、十干十二支における六十の時で刻んでおき、その刻みの意味を、六十四卦を配することによって読み解くのが易学である。時の刻みは年単位、月単位、日単位のこともあるが、ユダヤ暦元年の根拠を探るには、六十年で一刻みの「一元」という単位も用いる。
 ただし、その一元を構成する六十年に、六十四卦を配すると、どうしても四つの卦が余計になってしまう。この余分を解消するためには、易学上の約束にしたがって、序次冒頭の1乾為天〜4山水蒙までを、除外して使用する。したがって、元単位を構成する六十年の最初の年は序次5水天需になる。詳細については『古事記と易学』の「暗号解読[1]神武天皇と辛酉革命」のページ内の「C辛酉革命の本当の意味」をご覧ください。

☆中国研究家ニーダムの批判

 ユダヤ暦元年の根拠を探る糸口は、「ルカ」だけに三度も出てくる「飼い葉桶」と「ルカ」に高頻度で出てくる「救い」「救う」「救い主」であると、私はたびたび述べ、読者諸氏の注意がここに向かって下さるようにした。
 それにともなって、以下の第四の準備作業をするのであるが、ここでは漢字の意味を拡大・融通して考察する。しかし、漢字文化から大きく離れてしまった読者の中には、万事を分析あるいは分節して把握する欧米言語に慣れてしまったために、意味が豊かに広がる漢字の世界の展開に違和感をおぼえるはずである。
 この点については、ライプニッツは知らずに終わっているし、ユングは深入りしないようにしていた。イギリスの生化学者で後に中国科学史研究家となったニーダムは、"一種の感応による連想思考"と特徴をとらえながらも、"説明にならない説明"である、と批判している。

☆ユダヤ人には難解だったはずだが

 このニーダムの批判は、「占うという行為」の批判であるならば正しい面もあるのだが、易学で使用する記号や文言の定義の仕方についての批判であるならば、その指摘は間違っている。
 易学が、とかといった無機質な図形記号を組み合わせて、「時の意味を特定」することは、例えて言えば、夜空の星のなかからいくつかをピックアップして絵柄をイメージし、それに星座名をつけることと同次元なのである。
 だが、『聖書』成立時にユダヤに渡った中国人易学者が、アドバイザーの役割を演じたと想定すると、以下の易学流の説明の展開は、現地の編集・執筆者たちには難解であったはずである。
 しかし、そのことが逆に作用して、彼らは深遠で神秘的な魅力を易学的見解に感じとり、『聖書』のさまざまな部分を、易学でどしどし加工するようになっていった……と、私は見ている。

☆「飼い葉桶」は厩の字を連想させる

〔第四の準備作業……使用漢字の意味を拡大、融通して考察する〕
 まず、「飼い葉桶」であるが、普通は馬小屋に置かれている。つまり馬小屋のシンボルである。しかし、『聖書』にはひと言も馬小屋とは述べていないので、一般的な草食性大型家畜の小屋と考えてもいい。いずれにせよ、こういう小屋を漢字一字で表現すれば「厩」(うまや)となる。
 すなわち「ルカ」の編集・執筆者たちは、中国人アドバイザー氏の「厩」(うまや)という説明から「飼い葉桶」を連想して物語を作成した、と推定できる。と同時に、中国人アドバイザー氏は、未来において『聖書』に接するはずの漢字知識を持つ者に、なんとかして「飼い葉桶」という言葉から「厩」という漢字を、連想してもらうことを期待したと思われる。
 なお、「厩」は俗字であり、正しくは「廏」なのだが、古来より俗字の「厩」も広く通用していたことを付け加えておく。
 もうひとつ付け加えておこう。『日本書紀』によると聖徳太子は「厩戸皇子」と呼ばれていたとあり、明治時代の国史家久米邦武は、その点を踏まえて太子とキリスト教の関連について発言している。厩戸皇子については古事記と易学のページの暗号解読の過程で述べているが、そのときに、そう言えばイエスも……と、フッと思ったことが、改めて『聖書』に興味を持ったきっかけだった。

☆「救い」は済の字を連想させる

 次に、「救い・救う・救い主」という単語についてであるが、いくつかの宗教を見直してみて、「救い主」と表現される人物はイエスだけである。仏教、イスラム教、道教、中国思想など他の宗教・思想では、そういう言葉づかいをしない。他の例がないのに、『聖書』編集・執筆者たちだけが、こういう言葉づかいにこだわった理由は何だろう。そこを考えてみる必要がある。
 「救い主」の「救う」は、現代では当然のごとく「救」の字を使うが、中国古典を開くと済世、済生、済民、済化といった熟語があるように、かつてはむしろ「済」の字が多く使われていた。とすると、『聖書』の編集アドバイザーたるユダヤに渡った中国人易学者は、「済」の字を念頭におきながら、イエスを「救い・救う・救い主」という言葉で形容したと推定できる。正確には、正字いわゆる旧字体の「濟」の字を念頭に、と言うべきではあるが、現代人にとって旧字体は読みにくい面も多々あるので、特に不都合がない場合は、今後も「済」のように基本的に新字体で表記する。

☆未来を確信して

 ここでもアドバイザー氏は「未来のいずれかの時節に、易学と漢字知識をもつ者が『聖書』に接するとすれば、"済"の字を連想してくれる」と確信して、編集・執筆者たちにアドバイスしたに違いない。「ルカ」に出てくる二つの句の使われ方は淡白・簡潔でなく、かなりくどいと感じられるのは、右に述べた中国人編集アドバイザー氏の期待や思いが、編集・執筆者たちに作用したからである。
 とはいえ、今から二千年近く前のユダヤ人が、現地語で『聖書』を編集・執筆しようとしているときに、漢字文化圏の用字法を念頭において編集・執筆作業をやれるのか。やれるはずがない。そうなると、渡来した中国人と相談しながら作業を行ったと想定せざるを得なくなる。そのように想定すると、以下に展開するように「ユダヤ暦元年=西暦紀元前3761年」がピタリ決まるのである。

 いつの間にか、私は"中国人アドバイザー"なる呼称を、平気で使いだしている。読者諸氏は先を読むに連れて、それが自然であることをご理解なさるであろう。

B徹底的に易学で組み立てられている

☆厩済→既済が連想される

 では、ユダヤ暦元年=西暦紀元前3761年説の解説に入ろう。
 まず、「厩」と「済」(救う)の両漢字をひとつにつなげば「厩済」となる。これを日本語訓読みでそのまま読めば「うまや・すくい」で、まるで意味をなさない。漢語音読みでも同様であって、何かを指し示している気配は、まったく見いだせない。
 しかし、意味をなさない故に、視覚的に類似した熟語を知っていれば、いやでもその熟語を連想することになる。とくに、易六十四卦の卦名を知っていれば、この二文字から簡単に序次63水火既済(すいかきせい)の下二文字を連想することができる。見てのとおり、厩から(がんだれ)を取れば既済となる。しかも水火既済の中心的意義は「完成された事業」であり、すでに述べたように六十四卦のなかではイエスの誕生に一番ふさわしいのである。
 なお、目敏い読者諸兄の中には、厩の厂の下の部分は既(新字体)とは微妙に違うとともに、既の正字体は旣だから完全一致ではない、と思う方もいらっしゃるかもしれない。だがそれは現代人らしい誤解である。まだ活字がなく手書き文字だけだった頃は、書きやすさのために異字体を作り、その異字体の方が広く使われていたこともよくあったので、この程度の違いは、違う意味の字にならない限り、同じ字だと認識されて通用していたのだ。

☆「完成された事業」という意義を帯びる「ルカ」の記述

 つまり、前述の〔第三の準備作業〕にしたがうことによって、イエス誕生年=西暦元年からの六十年間(一元)、つまり西暦60年までは、序次63の「完成された事業」が該当する……ことになる。
 そして、こう確定してから過去に向けて時代を(さかのぼ)ると、ユダヤ暦元年=天地創造の年にたどりつくことになる。「U東方の三博士…」の最後のほうで、"「ルカ」の記述はユダヤ暦を起算する標識である"と、述べたのは、この意味である。
 また、西暦61年〜西暦120年までの六十年間は、当然序次64の「火水未済(かすいびせい)」の巡りになる。「火水未済」の中心的教義は「新たなる展開」で、ペトロ、パウロらによるヨーロッパ布教を示唆するのは、言うまでもない。問題は、過去へ過去へと遡る場合の計算である。

☆ユダヤ人の歴史の始まり=序次1

 大きな計算から入る。ユダヤ暦元年は西暦紀元前3761年だから、まず、この3761年を一元の年数60で割る。すると、62元あまり41年になる。そのあまり41年をよけておいて、西暦元年から62元分の時代を遡ってみる。すると、西暦紀元前3720年となる。
 したがって、西暦元年〜西暦60年までの一元が、序次63の水火既済ならば、西暦紀元前3720年〜西暦紀元前3661年までの六十年間は、序次1の「乾為天(けんいてん)」となる。序次1は序次の始まりであり、天地創造にアダムとエバが楽園を追放されてからの、ユダヤ人の長い歴史が始まったばかりの時代として、いかにも相応しい位置である。
 そして、『聖書』の骨格に序次を重ねるならば、2の「長い長いユダヤ人の苦難に満ちた歴史」が、その後の3720年間に相当する。

☆時代を遡って計算する

 残る端数の41年は、本格的に歴史が始まる前の、いわば助走期ということになり、時代を遡ると天地創造の西暦紀元前3761年にたどりつく。ただ、六十年間よりも19年少ないので一元という単位に置き換えていいのかどうか迷うが、その決着は後回しにするとして、19年間が欠落したこの41年間も一元と見立てれば、序次64の「火水未済」が巡ってくる。これには「新たなる展開」という中心的な意義がある。天地創造という大イベントにまさにピッタリではないか!次の図2を見てほしい。

※違う暦法に換算する場合の計算方法
X暦紀元前α年を元年とする暦法をY暦とすると、X暦元年はY暦α+1年となる。したがって、皇紀元年は西暦紀元前660年、西暦元年は皇紀661年となり、ユダヤ暦元年は西暦紀元前3761年、西暦元年はユダヤ暦3762年となる。
ただし、ユダヤ暦は秋に年初を迎える太陰太陽暦なので、西暦の1月〜9月頃までは、前年に相当し、西暦元年のその期間はユダヤ暦3761年となる。しかし、イエスの生誕日とされるクリスマスの12月基準ならば、ユダヤ暦が年初を迎える秋以降だから、3762年となる。

 私は、ここまで計算してきて、ウーンとうなってしまった。中国人アドバイザー氏は抜きんでて緻密な頭脳の持ち主である。そして、よほど当時の『聖書』編集・執筆者たちに入れ込んだのであろう。相当の熱意がなければ、なじみの薄いそしてたぶん耳から聞かされただけのユダヤ史を、過去に向けて遡って把握できるはずがない。

☆エレガントな方法、スマートな方法

 上の計算で逆算のゴール部分を、1元という単位から見て半端な41年に、なぜ抑えてしまったのだろう。普通なら、もう19年遡らせて一元六十年ポッキリにすればよいと思うはずである。この場合のユダヤ暦元年は西暦紀元前3780年となる。これは切りがいい。エレガントである。中国人アドバイザー氏は、なぜそうしなかったのだろう。
 もうひとつのやり方としては、一元六十年を64元遡らせれば、64で一巡する易のチャートに、きれいにユダヤ暦を対応させることができる。この場合のユダヤ暦元年は、西暦紀元前3840年になり、六十四卦一巡なのだから、天地創造神話に対応する第一元と、イエス誕生年をスタートとする最後の一元は、同じ卦となる。そして、序次1乾為天からスタートすれば、イエスの時代も同じく序次1乾為天となる。意義は「満ち溢れた生気」。なかなかウマイ展開ではないか。こんなスマートな方法を、なぜアドバイザー氏は採用しなかったのであろう。

☆ハタッとひざを打った

 この疑問を解くために、細かい見直しをしてみた。
 一元は六十年である。〔第三の準備作業〕で述べたように、各元のスタート年には、序次1〜序次4が外されるから、序次5水天需(すいてんじゅ)が配される。中心的な教義は「渡し船を待つゆとり」。
 すると、ユダヤ暦を元単位で刻んだ最初の一年は、すべて序次5水天需が配されるのであるが、時代を過去に遡ってたどりついたゴール部分の一元は、19年短縮したために序次5から始まらず、その19年後の序次24地雷復(ちらいふく)からの開始になる。
 この地雷復にたどりついた私は、ハタとひざを打った。後ほど詳しく述べるが、この地雷復は天地創造開始を意味する。「スタート」なのである。アドバイザー氏は天地創造のストーリーに徹底的にこだわったのだ。そのため前記したエレガントな方法を捨てたに違いない。
 ここで、天地創造の六日間のストーリーが、徹底的に易学で組み立てられている事実を、お披露目することにした。

☆天地創造神話

 天地創造神話は、科学的宇宙論が確立する以前にはなかなか魅力的な世界生成論であった。巨大なカメ、ヘビ、ゾウなどの背中の上に陸地や海が乗っていることになっているインドの宇宙論、何種類もの超能力的キャラクターがよってたかって世界を造る各地の土俗的な世界論、これらにくらべて『聖書』の天地創造は、いかにも一神教らしいすっきりしたドラマチックな世界生成論であった。
 天地創造の活動が七日でひと区切りになったのはバビロニアの風習から借用したものだといわれ、ノアの洪水はメソポタミア文明の『ギリガメシュ叙事詩』をモチーフにしたものと判明しても、それでも天地創造神話にはユダヤ民族のオリジナリティーが感じられ、世界各地の世界生成物語に対して、抜群の輝きを放っていた。
 しかし、中近東をはるかに越えた古代中国の易学で徹底的に構成されている事実が、以下のように判明してみると、一神教の影響下にある人々にとっては、大きなカルチャー・ショックになるのではなかろうか。

C序次24地雷復を絶妙に展開して

☆地雷復の卦の形の読み解き方

 第8章に先だって、天地創造と序次との関係を、ほんのサワリだけ述べておく。とりあげる序次は、序次64火水未済(かすいびせい)と序次24地雷復(ちらいふく)の二つである。
 旧約聖書の「創世記」冒頭は、
 "初めに、神は天地を創られた。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」 こうして、光があった。"
 と。
 そこで、序次64火水未済を検証してみよう。読者諸氏に対しては、卦というものをストーリー化して読み解く手ほどきを、初めて披露することになる。面白い作業だから、ここは気を入れて、私の解説についてきていただきたい。
 火水未済の卦だけを抜き出してみよう。見てのとおり、八卦の水の上に同じく八卦の火がある。そもそも、水の上に火があるから「火水」未済という卦名なのだ。
 火=光と解釈すれば、「水の上に光があった」というストーリーと、ピタリ照応する卦である。「神の霊が水の面を動いて」という言葉は、序次に由来する言葉ではなく、語り手あるいは作者の想像から生まれた言葉である。

☆言葉とコミュニケーション

 かつての日本人と違って現代の日本人は、こういう説明に出会うと困惑してしまう。欧米の言語と論理で教育されると、火はファイアであり光はライトでなければならないと思ってしまう。まして「水の上の火」という図形記号に出会えば「やがて火は消える」と解釈したくなる。だが、こういうセンスでは、易学の展開ストーリーと論理を、まったく理解できなくなる。
 これは言葉とは何かに深くかかわってくる問題である。例えば、この世の事象すべてに対して、理解の食い違いが生まれないように、ひとつひとつの事象に、個々別々の言葉を当てはめていこうとすれば、言葉は無限数を要することになる。無限数の言葉を人間は覚えられないから、無限数の言葉はかえってコミュニケーション不能におちいらせてしまう。
 桜の花、菊の花、バラの花……。その花ひとつひとつに別の言葉を当てはめていけば、確かに誤解は生じないが、人間には覚えきれない。覚えきれない以上コミュニケーションは成り立たない。そこで、花という言葉は共通させておいて、「桜の」「菊の」「バラの」といった形容語や接頭(尾)語を添える。そして、花という言葉から人間は「よい香り」「美しい色合い」「華やか」「女性」「はかなく散る」など、様々な事象を連想することになる。こうして、コミュニケーションは実り豊かにふくらんでいく。
 つまり、言葉には事象を区分・区分け・限定する機能があると共に、イメージを呼び起こして区分・区分け・限定とは真反対に事象の区切りをどんどん取り払って融合させ、イメージを押し広げていく機能もある。区分・区分け・限定の機能にウェイトをおいた言葉が科学用語であり、イメージを押し広げる機能にウェイトを置いた言葉が詩歌の言葉である。火を光と読み換えるのも、イメージを押し広げる機能に依存している。

☆陰陽記号の二面性

 易学には陰と陽の二種の記号しかない。この意味で区分・区分け・限定という言葉の機能を保つことができるのであるが、他方で六十四卦に展開してイメージを自在に押し広げるという機能も合わせ持つようにしてある。
 陽と陰のたった二つの言葉/図形記号で、神羅万象を説明できるとした易学は、人間生活の実用面から、天・人・地の三次元及び未来・現在・過去の三つの時についても把握できるように、陰陽の図形記号を三本一セットにした。これを八つの言葉/図形記号に展開し、基本用語・基本文字にするように定めた。それが八卦である。さらに、八卦同士を組み合わせて六十四卦となすことによって、変化の推移を読み取りながら神羅万象を説明できるようにしたのである。

☆天神相関

 この場合、勝手に八つの記号を組み合わせたのでは混乱してしまう。そこで、いくつかの約束事が設定され、さらに変化の意義や意味をしっかり説明できるようにするために、時の推移を示す十干十二支などを併用した。
 時の推移というものは、地上や天体の動きから導き出される。したがって時の推移にともなう変化を意味付けしようとすれば、天と人間の関係が問題になる。究極的には、易学は天と人間の関係を考察する学となる。易学は天神相関の思想に立っていると言われるのは、このためである。

☆地雷復の意義

 話は易学論になってしまったので、天地創造神話の卦に話を戻そう。
 序次24地雷復の卦は、八卦の組み合わせで言えば、見てのとおり地の下に雷がある。と同時に全体的に見ると、五本の陰の下に一陽が復活した形である。したがって卦名を「復」と言い、中心的な意義は「一陽来復、活動開始」となるのである。
 神が天地創造に着手した結果、万物が活動を開始したイメージである。つまり「スタート!」である。次にその点をさらに述べる。

☆「十二消長卦」

 まず、天地創造神話といったん離れて、図3を見ていただきたい。これは、六十四卦の序次=順番を無視して、という記号の増減の図形上の推移を、秩序だてて配列したものである。六十四卦から十二卦をピックアップして配列してある。
 底のが順次増えていき、六ステップ目に六本ので満杯になると、七ステップ目からは底のが積みあがってゆく。そこから六ステップ目では、六本ので満杯になる。
 易学ではこれを「十二消長卦(じゅうにしょうちょうか)」と名付け、旧暦の一年十二ヶ月に当てはめている。地雷復の月は、冬至が巡ってくる旧暦11月に配される。日照時間が最短になり、厳しい寒さに覆われる冬至を象徴しているが、同時に春に向けた生命活動が、動植物の体内で開始されている有様を、底の一本がシンボライズしているのである。だから冬至のことを「一陽来復」と言うのである。

☆天地創造神話の下敷き

 そこで旧約の天創造神話にもどる。
 「天地万物は完成された。第六の日に、神はご自分の仕事を完成され、第七の日に、神はご自分の仕事を離れ、安息なさった」と。
 中国から渡来したアドバイザー氏は、どうやらこの十二消長を目印にして、天地創造神話を加工したもようだ。"ようだ"ではなく間違いなく加工している。
 地雷復から七ステップ目を図3で確認してほしい。序次44天風姤(てんぷうこう)がある。この卦は静観すべきことを意味している。その天風姤から数えて七ステップ目が再び地雷復になる。
 このことから地雷復には「六ステップ活動したら七ステップ目から十二ステップ目までは休む(静観する)」という意義が、関連して込められている。日にちに置き換えれば「六日働いたら七日目からの六日間は休む」である。「創世記」では神が七日目に休息したことを述べているが、その後の活動については、何日目の活動であるのかに言及していない。
 なんと天地創造神話の下敷きは、地雷復を起点にした十二消長卦だったのである。

☆バビロニアの六十進法との混同を免れた

 天地創造のユダヤ暦元年は、すでに話したように「元単位の序次64火水未済」に「年単位の序次24地雷復」が重なる年に決められている。そう決めることによって、この年が「十二消長卦単位の地雷復」に重なるようにした。次に、それを目印にして、七日間という日にち単位の天地創造神話に連続させた……となる。
 こう成すことによって、意味深長で重大な解釈や意義づけが生まれるわけではない。序次という記号を、まるでシリトリ遊びのように、器用に使ってみせただけのことである。人騒がせなアドバイザー氏である。それにしても絶妙な展開ではある。
 そして、易学の約束ごとを器用に使いまくってくれたおかげで、今にしてみれば、ユダヤ暦元年は易学によって設定されたという事実のみが、明確に浮かび上がってくることになった。前項=B徹底的に易学で…の中ほど「エレガントな方法、スマートな方法」で話したスマートな方法であれば、パビロニアにもあった一般的な六十進法の産物と断定されていたであろう。

☆偶然は考えられない

 「天地創造の年は、二つの卦に着目して決定された」とするのは、易学に肩入れし過ぎる人の言い分であって、別の理由で決められた年が、易学的見解と偶然一致することになったのではないか……こういう指摘があるかもしれない。
 検証してみよう。
 序次64火水未済と序次24地雷復が重なるのは、元単位が火水未済で年単位が地雷復のユダヤ暦元年(西暦紀元前3761年)と、逆に元単位が地雷復で年単位が火水未済となるユダヤ暦1481年(西暦紀元前2281年)だけで、確率計算してみると、1920分の1になる。すると、例えば「エイヤッとユダヤ暦元年を決めてみたら、たまたま二卦の重なる年であった」とは言えなくなる。つまり、ユダヤ暦元年は偶然決まったのではなく、意図的に計算しつくした上での決定であったと言える。

☆なぜ西暦紀元前2281年としなかったのか

 「アドバイザー氏は、なぜ西暦紀元前2281年を採用せず、西暦紀元前3761年の方を採用したのか」という問いも生まれてくる。これほど緻密な計算をやる人物なのだから、安直に「ユダヤの諸君にスペシャルサービスをしよう。よし、古い方にする」程度のセンスで決めるはずはない。
 私は「イエス誕生年=西暦元年=辛酉歳」を思い起こした。本稿を通読していただければ納得されるはずだが、『聖書』全体を貫徹するものは易学の「辛酉革命理論」である。そうであるならば、ユダヤ暦元年の設定においても、辛酉革命理論が反映しているはずである。
 計算してみよう。
 大変革の辛酉歳は21元すなわち1260年ごとに巡ってくる。西暦元年を起点にして時代を遡っていくと、西暦紀元前1260年、さらに遡ると西暦紀元前2520年、そして西暦紀元前3780年が、その大変革の辛酉歳であったことになる。
 おっ!だったら天地創造=ユダヤ暦元年は、西暦紀元前3780年の、先に話したエレガントな方法がよかったはずではないか!?
 なぜ、そうしなかったのか。

☆辛酉歳からいうと

 答えのヒントは「創世記」にあった。
 天地創造の六日目に、神は自分の姿に似せてアダムを造った、とある。いきなりポンと作られたアダムであるにも関わらず、青年の姿をしていた。神の姿に似せた以上どうしてもそうでないといけない。アダムが生まれたての赤ん坊の姿であっては神話が成り立たない。具合が悪いのだ。唯一絶対にして天地創造の神が、アダムのオシメを替えながら「おー、ヨシヨシ」では……。
 造られた青年アダムは、ひととおり何でもできる大人すなわち成人年齢に達していなければならない。古代ユダヤの成人年齢は20歳である。ただし古代は数え年だったから、満年齢では19歳、普通に生まれたのであるならば、19年前、つまりユダヤ暦元年の19年前である西暦紀元前3780年が、アダムが「普通に人間として生まれて大人に成長したとしたら」と仮定したときの生年になる!前記の計算で出した辛酉歳である。
 これで答えを出すための整理ができた。

☆アドバイザー氏は芸が細かい

1 西暦紀元前2281年をユダヤ暦元年にしなかったのは、辛酉歳の巡りでなかったからである。
2 西暦紀元前3780年は、辛酉歳であると共に、青年たるアダムの仮想上の誕生年になるが、序次64火水未済と序次24地雷復の二卦のうち地雷復を外してしまう。
 すると天地創造がテンポよく進まない。神は地雷復が巡ってくるまでの19年間を「カクメイ、カクメイ」とブツブツ言うだけで、何もしないことになる。これではまずい。天地創造ドラマがチンタラした展開になってしまう。
 結局、ユダヤ暦元年は、@元単位で見れば辛酉歳を包摂する、A火水未済と地雷復の二卦が重なる、の二要件を備えた年として西暦紀元前3761年と決定された。アドバイザー氏は芸が細かい。
 西暦紀元前3780年は、言ってみれば"暗黙のユダヤ暦元年"ということになる。

☆イエス誕生の辛酉歳=大々々革命

 辛酉革命説にもとづけば、ユダヤ紀元1242年と2482年の二回の辛酉歳に、大きな革命が起きるはずである。しかし、起きなかった。そして、ユダヤ暦3762年=西暦元年に、イエス誕生をきっかけとした辛酉革命が、やっと起きたのである。
 過去二回の辛酉歳に、起きるべき革命が起きなければ、カクメイパワーは解放されないまま蓄積する。革命のポテンツはいやまして高まる。三回目のイエス誕生の辛酉歳で、蓄積した革命のポテンツは一気に解放される。したがって大々々革命である。イエスによって過去のすべてについて総決算・総決着がなされたのである。イメージとしては地震に似ている。地殻のひずみから生じるエネルギーが小出しに解放されていれば、小さい地震の繰り返しとなり、大地震にはならない。小さい地震がないままで経過すると大地震になる。

☆過去の辛酉革命歳をなぜボカしたのか

 私の直観では、ユダヤ民族の祖のアブラハムの挙動、モーゼの出エジプト、ユダヤ王国建国の祖ダビデ王の挙動を、易六十四卦に配することも可能であったと思う。そして、どれか二つを辛酉歳に配することを、アドバイザー氏も考えたであろう。
 しかし、歴史が身近な時代に近づいてくると易学的加工が効かなくなる。例えば、バビロンの幽閉にどういう卦を配するかといった、まだ民族の記憶に生々しい課題にぶつかってしまう。こそで、過去の辛酉歳を具体的な歴史に配さないでボカしたままにし、「長い長いユダヤ人の苦難に満ちた歴史」として一括したのであろう。

☆諸学との整合性

 私が現時点で気にしているのは、神学、聖書学、歴史学、考古学など諸学の研究成果と整合しない点が出てくることである。
 何よりも、ユダヤ教の正典たる旧約聖書は、西暦紀元前二世紀には現在の内容に落ちついたとする定説がある。そうなると中国人易学者の渡来が成り立たなくなる。しかし、ここまでに述べたように、易学を使うとまるではめ絵のように、断片的な神話が現実味を帯びて連動してくる。
 諸学との不整合についての解決は、大団円となる最後の章で述べることにしたい。

D易学とは何か

☆易学の今昔

 本稿の主題はあくまでも『聖書』であるが、易学的な知見にもとづいて取り組んでいるので、この辺で、より楽しく読んでいただくために、易学とは何かについて少し解説しておきたい。本格的な理解は易学入門のページ易経解説のページ、あるいは成書にゆずるとして、易学入門者のためのほんのサワリ程度の案内のつもりで、読んでいただきたい。

 明治維新までの日本は、四書五経が学問の中心であった。その四書五経の中心には『易経』がすえられていた。明治維新とともに西洋の学問が流入し、四書五経にとって代わるようになると、やがて国家も社会も家庭も、さらには各個人の生き方も、西洋の学問が示す答えにしたがって、営まれるようになっていった。
 その結果、易学は数千年以上つづいた学問の中心としての地位を去り、人生相談に対応するための占いに甘んじることになってしまった。今は天下国家を指南する学の地位から完全に去り、生・老・病・死をめぐる個人的な悩みに回答を与えるカウンセラーのような立場におかれている。

☆天・地・人、陰と陽

 易学が数千年にわたって諸学の中心であり続けることができたのは、人が天と地の間に位置づけられ、しかも天・地・人が相互に影響を与え合いながら、常に変化していく存在であることを体系づけたからである。具体的には、国家の運営も、戦争の遂行も、都市の建設整備も、人事も、商売も、文物の良否も、病気の診断治療も、家庭の姿も、個人の生き方も、未来についての予測も、天候気象の予測についても、とにかくすべてが易学的体系を踏まえて扱われていた。
 この世の一切は陰に属する部分と陽に属する部分で成り立っているということは、古代中国で発見され、陰と陽という概念が生じた。大雑把に言えば、この世の中は天(陽)と地(陰)である、という。それが易学の始まりであって、陽は、陰はの記号で表すようになった。
 これは「0と1」あるいは「+と−」で全事象を演算するコンピュータと、まったく同じ考え方である。数学も科学もなかった数千年前に、コンピュータと同様の体系を作り上げていたことは、驚きである。

☆陰陽→八卦へ

 二つの記号つまり陰陽二気は相互に影響を与えながら生成変化するが、変化するといっても陰→陽、陽→陰の二つのパターンしかあり得ない。これだけでは、人間にとって不充分である。
 例えば、鳥であれば「明るいか・暗いか」「暖かいか・冷たいか」くらいで、自身の行動を決められるから、陰陽の記号二本だけで足りるかもしれないが、人間はもっと多くの事象について判断しながら自身の行動を決める。
 そこで、易学ではこの記号三本を一セットにして八つの形を得た。これを八卦(はっか)という。日本では発音が変化して「はっけ」と呼ぶことが多いが、本来は「はっか」と発音する。本稿でも「はっか」と発音している。
 図4にあるように、八卦のひとつひとつに対して、易学は名前と意味を与えた。名前は(けん)()()(しん)(そん)(かん)(ごん)(こん)である。日ごろ見慣れない漢字のために戸惑うかもしれないが、「けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こん」とお経を唱えるときのように何度か繰り返せば、簡単に覚えられる。

☆八卦が象徴する自然界の姿

 「けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こん」については、それを象徴する自然界の姿を添えて理解が深まるようにした。「天・沢・火・雷・風・水・山・地」がそれである。
 では、なぜ乾を象徴する自然界が「天」なのか。
 易学は大昔に成立したために、直観的に宇宙というものが絶えず運動し生成しつづける存在であるとわかっても、そうした動態をふくめて宇宙全体をピタリ表現する言葉がまだ生まれていなかった。その結果、人々が口にし慣れている「天」という言葉を配するほかなかったのである。
 同様に酸化還元など化学変化を引き起こすエネルギーを説明する言葉がなかったために、「離」には「火」という言葉を配するほかなかったと言える。
 このようなわけで八卦の「けん・だ・・・・・・こん」には、それを象徴する自然界の具体的で典型的な姿が添えられた。関連して方角、身体の部位、性質、数字、その他も八卦に配された。

☆八卦→六十四卦

 もしも、閉ざされた少数民族であれば、季節の移行以外、同じ日常がつづくだけだから、八卦がわかれば充分幸福な毎日が送れることだろう。しかし、社会が複雑になってくると、他の部族との取引、衝突、和睦など、日常のいろいろな場面で難問が出てきて、八卦だけでは対策を考えようとしても、おいそれとは解決できない。そこで八卦を組み合わせて六十四卦に展開した。六十四卦のひとつひとつには「卦名」をつけた。六十四卦まで展開すると、時間の経過にともなう卦の変化も把握することができる。
 さらに六十四卦のひとつひとつに、卦名の意味を解説する文章を添えた。時代を越えて理解できるように象徴的に説明してある。それが「卦辞(かじ)」であり、卦を構成する六本の記号ひとつひとつの位置にも説明をつけ、それを「爻辞(こうじ)」と呼んだ。
 ここから先は、テーマが健康か、結婚か、政策問題か……などによって、卦を具体的に身体の部位、双方の気質、政策の趣旨などに置き換え、卦辞や爻辞を読み替えて答えを絞り込んでいく。もちろん、置き換えたり読み替えたりする際には、いくつかの約束事や理由づけがあるので、それらを踏まえることになるが、これについては易学入門ページ易経解説ページおよび、各種入門書まかせたい。

☆易学はいかなる学なのか

 本稿と易学との関連で、二つの点を述べておきたい。
 ひとつ目は、易学は確定してしまった過去を意味づけしなおして、本来の新たな展開を創造することができるのか……という点である。
 本稿においては、あるひと握りの人物群が易学で『聖書』を加工したと見ている。既に原型となる前期聖書とでもいうべきものが存在または散在していて、そこには民族伝承である数々の神話や事跡が述べられていたはずなのであるが、それら過去を易学で加工・加筆・整理することによって、本来の新しい宗教を立ち上げようとした意図を、私は感じている。
 一方、現代日本では、易学というと易占いの印象が強く、易占いにおいては結婚・金銭・経営・人事・健康・進学受験・就職などに関して、「将来どうなるか」「どうすれば将来良くなるのか」……と、もっぱら将来についての予測・予知を出すように、しばしば求められる。
 以上から、易学は「過去の整理・加工→未来の展開」を可能とする学なのか、あるいはまた易占いのように未来の予知・予測をもっぱらにする学なのか……この点について述べておかねばなるまい。

☆どういうテクニックに依っているのか

 ふたつ目に述べたいのは、序次の展開の仕方についてである。
 本稿に接した読者は、私が『聖書』の記述を紹介しながら、序次に次々と照応させながら、『聖書』の文章の意味を読み替えていることに、お気づきのはずである。これはいかなる手順やテクニックに依っているのかを、お知りになりたいであろう。それについても、ここで述べておきたいと思う。
 この点がわかれば、易学をある程度知っているだけでも、地球全体あるいは日本全体に関わる大きな問題から日常生活で出会う些細な問題にいたるまで、自信をもって対処法を選択・決断していける。易学に即した決断は天の運行(自然界の法則)に即した決断なのであるから、その日々は天の運行(自然界の法則)にマッチした日々になっていくのである。

☆易学の予知・予測について

 まず、1易学とは予知・予測の学なのか、2「過去の整理・加工→未来展開」を可能とする学なのか……について述べよう。
 結論を先に述べれば、易学は両方を可能にする学である。
 易者の前に座ると、自分しか知らない過去を言い当てられ、驚かされる。だから「本来はこうなります」という言葉を、「当たる」と信じることがある。逆に、トンチンカンな過去を言われ、この易者は当たるのだろうかと、不安になることもある。
 六十四卦それぞれの図形記号は、六本のうちのどの位置の陰陽が変化するかを判断することで、過去・現在・未来の示唆となり、また、序次は事象が時間の経過とともに推移変化していく様子を物語り、同時に各卦の順番を決めているので、その中のどの卦が現在の状態を示しているのかがわかれば、それを手掛かりに過去についても未来についても、とにかく易は答えを出せるのである。
 もちろん、各卦の上段の三本と下段の三本についての読み方など、いくつかのルールはある。これら計六本は、実現しては困る未来については、回避のための条件を示しているし、実現したい未来については、実現にいたるための条件を提示する。

☆過去を加工・整理することはできるのか

 次に、2についてであるが、過去を整理・加工するといっても、個人史、家系史、企業史、社会史、民族史、国家史、世界史、地球史、宇宙史、学説史、技術史……と、整理・加工の対象となる過去は多様多彩である。こうした過去を易学が勝手に書き換えることは、倫理的にできないし、しない。易学は虚偽・虚妄を押し通すための学ではないからである。
 しかし、述べられている過去がフィクションであると察せられ、人々の心から消し去られているのであれば、易学はフィクションを再度創造し、一貫した意味や意義を芽生えさせ、現在や未来に生かすようにすることはできる。『聖書』や『古事記』『日本書紀』がそれに該当する。文字記録があまり残されていない時代であれば、こういうことは倫理的に可能であった。
 易学のこういう機能を悪用したことが過去にはあった。人々の無知と記録のないことにつけ込んで過去を捏造し、大ウソを人々に信じ込ませようとしたことが何度かあったのである。中国の(ずい)の時代になると、その弊害が大きく現れたために、虚妄の歴史を語る書物は焼却されたくらいである。
 以上から、2については、可能な場合と不可能な場合とがあることになる。

☆いくつかの例から六十四卦の展開を知る@

 六十四卦の展開方法について簡単に述べておきたい。
 易学は占いとして発展してきた歴史があったので、ここでは占ったときの答えを踏まえてみよう。ただし、本稿は「占うとはどういう行為なのか」「占う方法は何か」等について論じていないので、「占いで得た卦をどう解釈するか」という点に絞って述べたい。
 まず、国政を占ったときの判断からひろってみよう。
 56火山旅(かざんりょ)「歓迎される謙虚な旅人」が出たのなら、この中心的意義を、この卦の図形記号の組み合わせと卦辞爻辞との関係に基づいて展開させ、「外国に対してもっと謙虚にならないと孤立してしまう」という判断になる。
 60水沢節(すいたくせつ)「節度をわきまえて」ならば、同様の展開によって「各種規制や法律の見直しが必要なとき」という判断になる。
 5水天需(すいてんじゅ)「渡し船を待つゆとり」と出たのであれば、「決断を急がず調査研究を念入りにするとき」となる。

☆いくつかの例から六十四卦の展開を知るA

 株式市場全体についてはどうであろう。
 個々の銘柄はとにかくとして株価全般の傾向を占って、24地雷復(ちらいふく)「一陽来復、活動開始」が出たら、底をうってこれから上昇するとき。43沢天夬(たくてんかい)「裁かれ決去される邪魔者」なら、そろそろ最高値に近いので売るとき。また、下落傾向のときに33天山遯(てんざんとん)「逃げるが勝ち」が出たのなら、回復を期待せずに損であっても売り抜けるとき……といったふうに読む。

☆いくつかの例から六十四卦の展開を知る➂

 運勢も取り上げてみよう。
 11地天泰(ちてんたい)「天下安泰、万物生成」が出たのなら、そのとおり最良であり、12天地否(てんちひ)「溶け合わない水と油」が出たのなら、当面は期待できない。しかし、卦の記号の組み合わせで観ると、11地天泰は天と地の本来の位置が、上下逆転しているのだから、大地震など天地がひっくり返ったかのような災難に見舞われる暗示ともなる。
 なお、序次では11地天泰の次に12天地否が置かれ、さらには13天火同人(てんかどうじん)、14火天大有(かてんたいゆう)とつづく。すると、11地天泰の次に12天地否が置かれているのはなぜか、という疑問が生じる。
 これは、安泰な状態はいつまでも続かず、いずれは否塞のときがくる、ということを指している。これは世の常とも言える。
 否塞した世の中では、なんとか打開しようとする人々が志を同じくして集まるから、次には13天火同人「志を同じくする友」が置かれ、そういう同志が集まって事を成せば、個人では不可能な大事業を成す能力を有することになるから、次には14火天大有「中天に輝く太陽」が置かれるのである。
 この天から言えば、運勢を占って12天地否が出たとしても、次13天火同人を目指して同志を集めれば、その否塞を打開できる、という判断も成り立つのである。

☆立場、解釈、技術

 以上@〜➂のすべての例に通じていることは、「誰が、何に向かって、どう問いかけ、その卦を求めたのか」で、卦の解釈も異なってくる、ということである。
 例えば、@の問いかけを、
 イ、シリアで暮らすシリア人の立場に立って、アメリカの国政を見極めようとして、アメリカ大統領に、問いかけた。
 ロ、日本のテレビ番組で活躍する評論家が、「今、日本の国政に関して、どう評論すれば視聴者の共感をえられるのか」との思いで、問いかけた。
 ハ、ローン支払いに窮した若者が、給料から天引きされる各種公租公課負担に不満をもち、「いったい日本の国政はどうなっているのか」と怒りを覚えて、問いかけた。
 このように問いかける者の立場の違いで、問いかける言葉は同じに見えながら、問いかける内容の実質がまるで違ってくることは常にある。当然のこととして回答も卦の解釈も異なってくる。これは易学の本質に関わる問題であり、古くから膨大な議論が積み上げられてきている。機会があれば是非とも展開したい。
 ただ、鑑定記述の問題にかぎるならば、図形記号の見方、図形記号と数の関係、卦辞爻辞の意義、使われている文字と図形記号の位置関係などを、正確に把握し、理解することが基本になる。

☆科学と易学

 易学は非科学的だという批判を受けることがある。これに関連して述べておきたい。科学上の見解というものは、厳密な論理と実証を積み重ねた上で表明される。この点から言えば、易学上の見解表明には大雑把な点が多い。しかし、今から数千年前に数千年前の知識・言葉・考えを前提にして、これだけの体系を作り得たことは驚嘆に値する。ヨーロッパ全土より広い地域の人々が納得し、その考えの共通した基礎となり、近年までの数千年にわたって中国および周辺諸国の指導的思想にもなっていた。易学には、それほどの説得力があったのである。
 易学が誕生したと同じ頃、ヨーロッパではギリシア哲学が現代科学の芽に当たる思想を表明していたが、大きな体系を築いて数千年を経ても、人々の考えの基盤になることはなかった。
 地球上の中緯度に暮らす人間は、太陽に照らされた明るい日中に活動し、太陽が沈んだ暗い夜に眠って一日を過ごす。一年を365日で過ごし、その間に春夏秋冬の四季を送る。太陽と月の運行は生理・生死・心理に大きな影響を与える。特に太陽の影響は決定的である。人間を包むこの大きくて基本的な環境条件の影響は、今も昔も変わらない。
 易学は厳密さにおいて化学に一歩も二歩も譲らざらなければならないが、今も昔も変わらない天(太陽)と地という大きな環境条件と人間の営みとの関係については、適切に把握している。このために科学が発達した現代であっても、易学は人間の営みの基本を把握し、依然として有効性を発揮している。

このページのトップへ
前のページ
 次のページ
X 天地創造の六日間は、序次1〜14と完全に合致している〜『聖書』全体を易学で読み解くべきことを示唆〜

も く じ

〇ごあいさつ

T イエスの誕生年=西暦元年は、 易学の論理で「革命の年」に設定された
@『古事記』『日本書紀』のトリックと西暦元年
 Aまるで説明がつかないローマの見解 B史上初の西暦元年成立論となるか C旧約と新約の要点

U 「東方の三博士」の話には、易学に根ざした九星の論理が貫徹していた!
@九星という年回りを確定する技術
 A方位を限定明記する怪しさ B易学のストーリー構成力を借りて

V 聖母マリアの処女懐胎物語は、司馬遷『史記』のコピーである〜中国文化の影響は易学以外にも見いだせる〜
@多くの人から疑われていた
 A『史記』解釈上の新発見か B墨子の思想はキリスト教と似ている

W 「ユダヤ暦元年」算出根拠は、まさに易学そのものに依っている〜易学の卦を絶妙に展開して文章化している〜
@ユダヤ暦元年を算出する糸口
 A中国人編集アドバイザーを想定すると B徹底的に易学で組み立てられている C序次24地雷復を絶妙に展開して D易学とは何か

X 天地創造の六日間は、序次1〜14と完全に合致している〜『聖書』全体を易学で読み解くべきことを示唆〜
@読み解いて拍子抜けする
 Aアダム930歳の出どころ B一度に三つのメッセージ

Y ノアの箱舟神話は、「新しい時代の始まり」を告げていた〜洪水神話の易学的構成〜
@ノアの家族構成が示すもの
 A絶妙な連動性

Z 太祖たちからイエスにつながる系譜は、十字架そのものを暗示している〜アダムたちの法外な長寿の秘密〜
@太祖たちの法外な長寿
 A重大な秘密が仕掛けられていた

[ 「過ぎ越しの祭」も「出エジプト」も易学的に構成されている〜十字架はイエスの処刑を意味していない〜
@「出エジプト記」は易学で加工されている
 A海が二つに分かれる卦 B十字架は宗教支配の理想的な姿を象徴

\ イエス処刑に至る『聖書』の記述は、『易経』の丸写しであった〜『聖書』は西暦300年代に書かれた〜
@「ペトロが三度拒むと鶏が鳴いた」の卦
 Aすべてがフィクションであった B『聖書』は西暦300年代に書かれた

エピローグ
@なぜ『聖書』を偽作したのか
 Aみなさまからいただいたメッセージ

蛇足〜なぜ私は『聖書』に興味を持ったのか
@母と共益商社とGHQ
 Aキリスト教会に通ってみたら…… B「イマジン」が教えてくれた反キリスト教精神 C男尊女卑は神が決めた! Dオー・マイ・ゴッドの意味〜人間は神の奴隷? E「プリズナーNO.6」〜キリスト教信者は囚人と同じだ! F私の曾祖父は易者だった G人を救うのは真理ではなく、真実だ!

有丘文庫トップ


学易有丘会トップページ九星による吉方凶方カンタン便利!自分でできる無料易占いなるほど!易学入門究極の易経解説漢文として楽しむ論語古事記と易学〜発見!想像を絶する真実の古代日本聖書は易学〜聖書の作者は古代中国の易学者だった!ブログ〜折に触れ、あれこれ書いてます。コアランの音楽演奏動画など
最終更新日:令和02年08月27日 学易有丘会
Copyright Heisei12th〜Reiwa2nd(2660〜2680)  (C)2000〜2020 GakuEki-UQkai
当サイトの内容はすべて無断転載を禁止します