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聖書は易学〜聖書の作者は古代中国の易学者だった!〜蛇足〜なぜ私は『聖書』に興味を持ったのか@母と共益商社とGHQ Aキリスト教会に通ってみたら…… B「イマジン」が教えてくれた反キリスト教精神 C男尊女卑は神が決めた! Dオー・マイ・ゴッドの意味〜人間は神の奴隷? E「プリズナーNO.6」〜キリスト教信者は囚人と同じだ! F私の曾祖父は易者だった G人を救うのは真理ではなく、真実だ! @ 母と共益商社とGHQ☆私とキリスト教との接点日本人で『聖書』を読んだことがある人は、それほど多くはないだろう。クリスマス、復活、十字架、アダムとイブ(エバ)、天地創造、モーセの海が割れる奇跡、ノアの箱舟……など、断片的に物語はなんとなく知っていても、それ以上に興味を持てるものではないのだろう。だから『聖書』なんか読まないのが普通だ。私も普通の日本の家庭に生まれたのなら、『聖書』なんか読む機会はなかったに違いない。しかし私は、何もわからないまま、生後まもなくキリスト教カトリックの洗礼を受けさせられた。母が信者だったからだ。といっても母は心から信仰していたわけではなく、ある経験から打算的な目的で信者になった、といったところだった。そのためか、私もガチガチの信者になることはなかった。まずはその母の経験から話そう。マスメディアが語りたがらない戦後のハナシである。 ☆母は子供の頃から音楽が好きだった 母は昭和2年生まれで、戦後の昭和21年〜24年まで共益商社という出版社で働いていた。 ☆GHQによる無慈悲な検閲 当時の日本はアメリカ軍によって占領されていて、いろいろな面で制限されていた。もちろん言論の自由はない。出版したければGHQ=連合国軍最高司令官総司令部の検閲を通過しないとダメ。本だけではなく、新聞やラジオ、映画、演劇、その他なんでもだ。 その頃の共益商社では楽譜のほかに、子供向けの月刊音楽雑誌も出していて、徐々に売り上げを伸ばしていた。が、あるとき、その雑誌のゲラをGHQに持参したところ、意に反して、検閲でハンコが貰えなかった。無論かつての日本軍の雄姿を称えたりする内容ではない。まだ混乱の続くその当時のありのままの姿を記事にしただけである。 ☆とてもよい記事だったのに…… あるお寺が戦災孤児を集めて面倒をみていた。住職はその孤児たちに読み書き算盤などを教えるとともに、境内や近隣地域の清掃やその時々の手伝いをさせ、近所の家々からお布施として頂く米や野菜でみんなの食事を作って暮らしていた。 要約するとだいたいこんな内容で、そのお寺の境内で住職と孤児たちが集う写真が一枚ついていたとのことだった。疲弊した時代を辛くても頑張って生き抜こうとする孤児たちと支援するお寺や近所の人たち。この内容のどこが悪いのだろうか……。当時はあっちこっちのお寺や神社で同様に戦災孤児の面倒をみたりしていて、特に珍しいことを書いたわけではなかった。文章もとてもよく書けていて編集部一同この記事はその号のメインになる出来だし、内容的にも検閲を通らないはずがない、と自負していた。 ☆ウソを書かないと出版できない時代 理由の説明はなく、内容を訂正する指示と、その訂正に合うような別の写真が一枚添えられていたという。 その書き直しとは、お寺を教会に、童謡を讃美歌に、というふうに改めることだった。 その指示書を読んだ編集部一同は、口惜しさに身体を震わせた。 その頃は歌舞伎も上演が禁止されていたわけだから、未来から俯瞰すれば、まあ仕方がないといったように映る面もある。しかし現実に突き付けられた当時は計り知れない辛さがあったことだろう。 どんな辛い気持ちになってもGHQの指示は絶対である。不満を言えば即発刊禁止になるだけだ。 ☆GHQは日本をキリスト教国にするのが目的だった?それでも仕事をしないわけにはいかない。次の号からは、GHQからクレームがつかないよう、お寺や神社、日本の伝統文化と関係する記事は一切控えて、あたりさわりのない記事だけにした。そのおかげか、無事に検閲は通過した。……が、それから数か月後の号でまた検閲を通過できず、指示書が来た。 積極的にキリスト教の記事を書け、というもので、アメリカの子供たちが教会で歌う様子などを書いた冊子と写真が添えてあった。仕方なくその冊子と写真で、キリスト教会や讃美歌の紹介記事を書き、漸く検閲を通過した。この仕打ちに、共益商社の誰しもが、「GHQの占領政策の目標のひとつは、日本をキリスト教国にすることだ」、と感じていたという。だからこそ日本国民をお寺や神社から引き離す必要があって、あんなふうに記事を書き換えさせたのだ、と。 結果的にキリスト教国にはならなかったが、その後の日本人の、特に都市部の生活からお寺や神社が縁遠くなったのは、この占領政策によるところが大きいのかもしれない……。 ☆業績悪化〜倒産 身の丈に合った子供たちの現実を伝え、励まし合って生きることを目的とした雑誌だったのに、余儀なく内容が変わってしまった。編集部の人たちもだんだんとやる気がなくなり、惰性で雑誌を出しているようになった。それに合わせて売り上げも落ちて行った。そしてついに廃刊となり、社の業績も危機的状況になった。従業員には退職が勧められ、母を含めて多くの人たちは会社を辞めた。昭和24年のことである。社長としては倒産を覚悟したのだろう。 ☆コーラスのトラで教会関係者と知り合う 母はそもそも音楽が好きで、多少はピアノも弾け、簡単な曲なら初見で歌えたので、共益商社と付き合いのある音楽家やプロデューサーから、ときどきコーラスのトラを頼まれたりした。トラとはエキストラの略で、臨時に参加すること。当時はキリスト教の宣伝イベントがよくあって、そこで讃美歌(プロテスタント)や聖歌(カトリック)を歌うのだ。信者だけだと音楽的にまったくの素人でハモリができなかったりするので、頼まれたようだ。とにかくそういうイベントでキリスト教関係者と知り合い、やがてGHQが去ったとしても、これからの日本ではキリスト教徒になっておいた方が何かと都合がよいかもしれない、と勧められたこともあって、洗礼を受けたらしい。特に信仰心があったわけではない。信者になれば、教会で誰に遠慮することなく、ベルカント唱法で思いっきり歌える、ということが魅力だったようだ。 |
Aキリスト教会に通ってみたら……☆日曜学校に通ったら…… そんな母もやがて結婚し、私が生まれた。 ☆教会が見せた他宗教に対する敵意 こんなこともあった。 ☆ついに教会と決別 やがて小学校を卒業する頃になると、母も諦め、私は教会と縁を切った。母はそれでもまだ数年は、ときどき日曜のミサに通っていたが、やがて教会とは縁を切った。私=子供が大きくなると時間に余裕もできて、バッハなどをレパートリーとするアマチュアのコーラス団に参加して歌うようになり、教会でお決まりの歌を歌うことに飽きてしまったことも大きかったようだ。 マルコによる福音書第10章には「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません」とあるが、このように、キリスト教の信仰には、子供のような純真な心が必要なのだ。逆に言えば賢さを求める人間にはとても信じることのできない宗教なのである。それでも西洋で廃れないのは、信者になることで、あるいは教会を維持することで莫大な利権がある、ということなのだろうか……。 |
B「イマジン」が教えてくれた反キリスト教精神☆キリスト教を疑うことはジョン・レノンが教えてくれた 教会から解放された私は、中学高校とキリスト教とは無縁に過ごした。ロックを聞いてギターを弾き、新旧いろいろな曲を聞いたり歌ったりした。そんな中、昭和46年=西暦1971年に世界的大ヒットしたジョン・レノンの「イマジン」という曲には驚いた。 確かに愛や平和は大事だが、日本人としては、なんで出だしがこんな歌詞なのか不思議だと思わないか?仏教的に言えば地獄極楽になるわけだが、そんなもの普通の日本人は気休めとしか考えず、言われなくてもわかってるよ、と言いたくなるではないか。それでも敢えてこんな歌詞をアタマに持ってきたのは、日本人と違い、欧米人にとってはそれだけインパクトのある言葉だったはずなんだ……。 なるほど、考えてみれば不思議だが、ふと、教会に通った日々のことが私の頭を過った。確かにこの歌を教会で歌ったら、きつく叱られるな、と。 今はそうでもないようだが、かつての欧米人すなわちキリスト教徒は、子供の頃から、教会の言いつけを守って暮らすように躾けられていた。教会では、よいことをしていれば死後天国に行き、教会に背けば死後地獄に落ちる、と、繰り返し繰り返し教えられて育つ。そのため、天国や地獄なんて本当はないとわかりきっていても、公然とは言えない、社会的タブーだった。それをジョン・レノンは、事もなげにサラッと言ってしまったのだから、その衝撃は大きかったはずだ。だとしてもそれが一般常識とかけ離れていたら、ポップスの世界では見向きもされない。しかしこの歌は大ヒットした。リリースされた当時、欧米人の多くは、実はキリスト教から離れつつあったのだ。民主主義や科学の発達が教義との矛盾を引き起こし、時代とともに信仰心を少しずつ薄れさせていたのだ。 ☆ヒッピーは反キリスト教だった! 「イマジン」に先立つ数年前、西暦1960年代後半になると、アメリカ西海岸の都市部に住む若者たちの中にヒッピーと呼ばれる人たちが現れた。ヒッピーは、インド哲学や禅の無の思想、大麻、LSDなどによる幻覚体験とともに、サイケデリック・ファッションや前衛的音楽、アートを生み出した。 ☆ビートルズはキリストより有名 ヒッピー文化が注目を浴びる中、当時の世界的人気バンド、ザ・ビートルズは、西暦1966年にイギリスでのインタビューに答えて、「今やぼくたちはキリストより有名だ」と発言した。イギリスでは、「ああ、そうかもしれないね」と、好意的に受け止められた。すでにキリスト教に無関心な人たちが少なくなく、多くの教会は日曜でも閑古鳥が鳴いていたという。 ☆キリスト教批判に消極的な日本のマスメディアビートルズのこの話は、検索すればいくらでも出て来るので、これ以上深入りしないが、とにかく西洋では、一部の国を除き、キリスト教を批判的に見ることは、すでに50年以上前から普通だったのだ。それが民主主義であり、言論の自由なのだ。それがなぜか、日本のマスメディアでは、言ってはいけない雰囲気を醸し出している。ヒッピーが反キリスト教だったとは言わず、反体制だったと言う。確かに反体制でもあるが、キリスト教をバックボーンにした社会システムに対しての反体制である。まして反キリスト教はヒッピーが初めてではない。それ以前から、アカデミズムでは、アルトゥール・ドレフスがキリスト神話説で「イエスは架空の人物だ」と指摘し、ニーチェは「神は死んだ」と言っているのである。ところがそういうことは、日本のマスメディアはなかなか伝えようとしない。恰もキリスト教に忖度しているかのように……。 |
C男尊女卑は神が決めた☆差別に満ちた教義 とにかく「イマジン」という歌に接したことは、私にとって改めて『聖書』を読み直してみるきっかけになった。冷静に客観的に、何をどう書いているのかを確認してみたくなったのだ。 「コリント人への手紙」第11章「すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神である。」 とんでもない男尊女卑ではないか。しかしそうしてみると、頷けることが多々あった。 ☆二枚舌?ご都合主義? よく、キリスト教系の団体が男女平等を叫んだりしているが、どういうことなのだろうか? ☆キリスト教結婚式の恐ろしい本質 キリスト教の結婚式も、考えてみればとんでもない儀式だ。教会が神の名において結婚を許可するのだ。日本国憲法では婚姻は両性の合意のみで成立する、とあるが、キリスト教の結婚式はそれを否定しているのだ。 ☆その昔、日本の結婚式は宗教儀礼ではなかった そもそも日本での結婚式は、宗教儀礼ではなかった。結婚式など挙げないことも多く、挙げるとしても家族親族友人知人を前にして三々九度の盃を交し、それを仲人=媒酌人が見届けるだけだった。それが明治になって西洋文化が入ってきて、これでは西洋に恥ずかしいということで、神社で結婚式をすることが模索された。 ☆教会に管理される人生 とにかくキリスト教では、人々は教会によって管理され、教会の許可がなければ何もできないのだ。教会の意に反することをすれば、かつては異端審問にかけられたり、魔女として処刑されたりした。魔女狩りで捕まれば、無実でも拷問で強引に自白させられて処刑されるか、自白しなければ死ぬまで拷問が続くだけで、決して許されることはなかった。そんな中、人々は戦々恐々として教会の言いなりになって暮らしていたのだ。その後、教会への反発から民主主義や人権思想が提唱されるようになり、教会の管理は徐々に形骸化し、流石に今はそんなことはないと思うが、欧米の保守的な地域では教会に逆らえず、教会の許可のない結婚をすれば、その地域では生活できないといったことも、まだあるのかもしれない。 |
Dオー・マイ・ゴッドの意味〜人間は神の奴隷?☆オー・マイ・ゴッドの意味とは? 英語圏の人々は、嬉しいことがあったとき、悲しいことがあったとき、よく、「オー・マイ・ゴッド」と口をついて出る。 ☆搾取されても何も文句を言えないようにするために キリスト教では、現世で貧しく辛く不幸なほど死後天国に行きやすいとされている。逆に大富豪は死後地獄に落ちやすいのだ。 ☆人間は主なる神の家畜、奴隷なのだ! 最近は社畜という言葉をときどき耳にする。恰も会社の命令に忠実に、家畜や奴隷であるのかのように働く労働者の状態を揶揄したものだ。しかしキリスト教の場合は、揶揄ではなく、信者は本当に家畜、奴隷といった立場なのであって、それを喜びとしているのだ。そもそもが遊牧民の宗教なので、主なる神は羊飼い、人間は子羊と位置づけられている。羊飼いと子羊はどういう関係なのか。 ☆「神に召される」という意味 羊は毛を刈って売ることもできるし、人間の食糧として潰して食べることもできる。普段は年老いた親羊を潰して食べるが、大事なお客様が来たときや、何かの記念日だったりすると、子羊を潰して食べる。親羊=マトンより子羊=ラムのほうが、はるかに美味しいからだ。現代日本で羊料理と言えば、まずラムを使う。マトンは余程のことがない限り使わない。マトンは臭味がきつくて慣れないと食べにくいのだ。 ☆支配者に都合のよい論理 群れの中で羊飼いの指示どおりに暮らしていれば、食料として潰されるまで子羊は幸福に生きられるが、群れからはぐれれば、すぐに狼などの餌食になって死んでしまう。信仰をやめることは、子羊が群れからはぐれるようなもので、狼の餌食になるように、悪魔に取りつかれて死んでしまうのだ。だからどんなに辛くても群れを離れよう、棄教しようなどと考えるより、主なる神に召されるまで信仰を守って生きるほうが幸福だと考える。 |
E「プリズナーNO.6」〜キリスト教信者は囚人と同じだ!☆プリズナーNO.6 民主主義が浸透すると、これまでキリスト教がやってきたことは、信者を奴隷あるいは囚人=プリズナーのように扱ってきたに過ぎない、という批判も出て来た。ビートルズのキリスト発言の翌1967年、その批判が炸裂し、反キリスト教を隠しテーマとしたドラマがイギリスで制作され、世界的に大ヒットした。 ☆「ここはどこだ!」「村だ。」 ある日、辞表を叩きつけて秘密諜報部員(スパイ)を辞職した主人公は、いきなり催眠スプレーで眠らされ、メルヘンチックな「村(The Village)」と呼ばれる場所に幽閉される。そこは、外部に漏れたら困る国家機密を知っている人たちが辞職すると幽閉される秘密の場所だった。そこでは全員が囚人のように番号で呼ばれ、生涯その「村」の外へは一歩も出られない。としても、「村」に逆らわなければ、優雅にのんびりと何不自由なく一生を送れる。 ☆言葉と文化が違えば、本当のことはなかなか伝わらない 日本では、一般に、隠しテーマが反キリスト教だということがよくわからず、最終回が何を言わんとしているのか未消化のまま、なんとなく不思議な哲学的なドラマだと思われてきた。しかしクリスチャンであれば〜〜要するに、当時のごく一般的なイギリス人であれば、最終回でその隠しテーマに気づくように作られていたのだ。 |
F私の曾祖父は易者だった☆易に興味を持ったわけ とにかく「イマジン」と接してからの私は、改めて『聖書』を読むと同時に、キリスト教に批判的なもの、キリスト教と無縁なものを探すようになっていて、そうこうするうちに雅楽を知り、その雅楽は易の理論で楽理が作られていることを知った。そこで易を勉強するようになった。 ☆易を始めてみて 最初は本屋で見つけた初歩的な易占いの本を読んで、十円玉を使った簡便な占いをやってみたりしたのだが、やがて易に造詣が深い知人から本格的な易者を紹介してもらい、その易者の先生の元に通った。 ☆古本屋で手に入れた漢籍國字解全書 帰りに先生から教わった古書店に立ち寄ると、この全集がバラで出いるのを見つけた。どれも一冊千円程度だったので、『易経』上・下の二冊とその他有名な漢籍数冊を買った。かつて曾祖父が四書五経を勉強したことを想い、この際だから私も全部読んでみようかと思ったのだ。読んでみると行間から江戸時代の空気を感じられて、まるでタイムスリップした気分になり、とても面白く、その後、折に触れてこの古書店に立ち寄り、やがて全集すべてを手元に揃えた。 ともあれ、この漢籍國字解全書に所蔵された易の解釈、 |
G人を救うのは真理ではなく、真実だ!☆真理が真理であることの証明はできない 現代に生きる日本人は、真理という言葉に特段の違和感を持たない。そう教育されてきたからだ。しかし江戸時代の漢学者たちにとっては、とんでもないことだった。彼等は概ね次のように考えていた。 ☆君子と小人 悪という字はそもそも「憎む」という意味なのだ。大雑把に言えば、他人から憎まれる行動は愚かであって、他人から慕われる行動が賢明なのである。どのような集団であっても権力の側に立つ者と従う者とで構成される。数人の友達同士でも、リーダー的な者と、そのリーダーに従うメンバーに分かれる。リーダーに ☆教育基本法の場合 戦後の昭和22年に制定された教育基本法では、前文に「真理と正義を希求し」とあり、第二条には「真理を求める態度を養い」とあるが、江戸時代の漢学者が読んだら、とんでもない過ちだと指摘することだろう。健全な人間に教育するためには、真理などというまやかしに惑わされないことが大事なのだから。 ☆憤りのエネルギー 現代は真面目で正直な人が辛い目を見る時代だという。社会が民主主義や真理という言葉に振り回され、君子になろうとすることをあまり顧みないからだ。法律的には、平等や人権を守れば、何をやろうとかまわないのだから、君子になろうとする必要はない。小人のまま、私利私欲を貪り、好き勝手やって何が悪い、といったところだろう。法に触れなければなんでもやる。やらない方が損になる。逆に、やっても儲からないことはやらない。キリスト教を批判してもカネにはならないから、黙って誤魔化されたままにしているのだろうか。情けない世の中だ。 |
最終更新日:令和02年08月27日 学易有丘会
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