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蛇足〜なぜ私は『聖書』に興味を持ったのか

@母と共益商社とGHQ Aキリスト教会に通ってみたら…… B「イマジン」が教えてくれた反キリスト教精神 C男尊女卑は神が決めた! Dオー・マイ・ゴッドの意味〜人間は神の奴隷? E「プリズナーNO.6」〜キリスト教信者は囚人と同じだ! F私の曾祖父は易者だった G人を救うのは真理ではなく、真実だ!

@ 母と共益商社とGHQ

☆私とキリスト教との接点

 日本人で『聖書』を読んだことがある人は、それほど多くはないだろう。クリスマス、復活、十字架、アダムとイブ(エバ)、天地創造、モーセの海が割れる奇跡、ノアの箱舟……など、断片的に物語はなんとなく知っていても、それ以上に興味を持てるものではないのだろう。だから『聖書』なんか読まないのが普通だ。私も普通の日本の家庭に生まれたのなら、『聖書』なんか読む機会はなかったに違いない。しかし私は、何もわからないまま、生後まもなくキリスト教カトリックの洗礼を受けさせられた。母が信者だったからだ。といっても母は心から信仰していたわけではなく、ある経験から打算的な目的で信者になった、といったところだった。そのためか、私もガチガチの信者になることはなかった。まずはその母の経験から話そう。マスメディアが語りたがらない戦後のハナシである。

母は子供の頃から音楽が好きだった

 母は昭和2年生まれで、戦後の昭和21年〜24年まで共益商社という出版社で働いていた。
 共益商社は明治時代に創業した日本有数の楽譜出版社で、洋の東西を問わず、いろいろな楽譜を出版していた。西洋クラシックの歌曲からキリスト教の聖歌、讃美歌も出していたし、日本の童謡や歌曲など多くの著名な曲の版権も持っていた。もちろん唱歌や軍歌の譜面も数多く出していた。
 母は子供の頃から音楽が好きで、童謡でも唱歌でも軍歌でも流行歌でも西洋歌曲でも讃美歌・聖歌でも、耳に聞こえた歌はそれこそなんでも歌ったという。高等女学校時代には部活でクラシックの声楽も習ったとのこと。
 やがて連合国と戦争になり、アメリカ、イギリス、フランスの歌は敵国の歌だとして禁止されたが、クラシックの本場ドイツは日本と同盟国だったので、バッハでもベートーベンでも普通に歌えたそうだ。厳密に言えばドイツ建国前の歌だから微妙ではあるが、憲兵にはドイツの歌で通じたという。もちろん「海ゆかば」や「軍艦行進曲」を女声合唱で歌ったりもした。無理矢理歌わされたのではなく、こういう歌もみんな好きだったと言っていた。ただ、だんだん戦況が厳しくなると、「海ゆかば」が玉砕のテーマソングみたいに使われるようになり、悲しくなったとも言っていた。
 そんな中で特に好きだったのは「愛国行進曲」だったと。母は晩年認知症を患い平成23年に85歳で亡くなったのだが、その亡くなる直前まで、ふと気づくと鼻歌に口ずさんでいた。元気だった頃にはこの歌とともに、女学生時代の楽しかった思い出を話していた。もちろん戦争で世の中はどんどん暗くなり、昭和20年3月に高等女学校を卒業したときには、もうまともな仕事はなく、家事手伝いのほかは、軍需工場の勤労奉仕、軍部の補助作業などに駆り出され、空襲を逃れてあっちこっちに引っ越しつつ、なんとか生きて8月15日の終戦を迎えた、といった具合だった。
 そして昭和21年、戦後の混乱期の中、音楽の素養があることが幸いし、母はこの共益商社に採用された。と言っても、お茶くみやお使い要員として。それでも勤務態度がよかったからか、やがてとても大事な仕事を任されるようになった……もちろん実質は誰にでもできる簡単な仕事なのだが。

GHQによる無慈悲な検閲

 当時の日本はアメリカ軍によって占領されていて、いろいろな面で制限されていた。もちろん言論の自由はない。出版したければGHQ=連合国軍最高司令官総司令部の検閲を通過しないとダメ。本だけではなく、新聞やラジオ、映画、演劇、その他なんでもだ。
 母に与えられた仕事は、ゲラ刷り原稿を持って新橋のGHQへ行き、検閲済印を貰って来ることだった。朝、会社を出て、GHQにゲラ刷り原稿を提出し、検閲が終わるのを待ち、やがて名前を呼ばれて検閲済みのハンコが押された原稿を渡され、それを持って会社に戻ることだ。半日でハンコが貰えることもあれば、夕方まで待たされることもあったという。
 社では、まあ問題はないだろうと思っていても、母が帰るまではやはり不安で、検閲済みのハンコが押された原稿を社員一同の目で確認すると、これで出版できる、と喜び合ったそうだ。

 その頃の共益商社では楽譜のほかに、子供向けの月刊音楽雑誌も出していて、徐々に売り上げを伸ばしていた。が、あるとき、その雑誌のゲラをGHQに持参したところ、意に反して、検閲でハンコが貰えなかった。無論かつての日本軍の雄姿を称えたりする内容ではない。まだ混乱の続くその当時のありのままの姿を記事にしただけである。

☆とてもよい記事だったのに……

 あるお寺が戦災孤児を集めて面倒をみていた。住職はその孤児たちに読み書き算盤などを教えるとともに、境内や近隣地域の清掃やその時々の手伝いをさせ、近所の家々からお布施として頂く米や野菜でみんなの食事を作って暮らしていた。
 そんな孤児たちがくじけそうなとき、みんなで童謡を歌って励まし合っていた。
 みんなで歌うと元気が出るんだ、と孤児たちは明るく話していた……。

 要約するとだいたいこんな内容で、そのお寺の境内で住職と孤児たちが集う写真が一枚ついていたとのことだった。疲弊した時代を辛くても頑張って生き抜こうとする孤児たちと支援するお寺や近所の人たち。この内容のどこが悪いのだろうか……。当時はあっちこっちのお寺や神社で同様に戦災孤児の面倒をみたりしていて、特に珍しいことを書いたわけではなかった。文章もとてもよく書けていて編集部一同この記事はその号のメインになる出来だし、内容的にも検閲を通らないはずがない、と自負していた。
 ところがGHQはノーと言ったのだ。

☆ウソを書かないと出版できない時代

 理由の説明はなく、内容を訂正する指示と、その訂正に合うような別の写真が一枚添えられていたという。
 このとおりに書き直し、写真もこれを使うこと。
 指示どおりに書き直さず、この原稿をボツにして新たな別の記事に差し替えることは許されない。

 その書き直しとは、お寺を教会に、童謡を讃美歌に、というふうに改めることだった。
 写真はどこかの教会に牧師と子供たちが集っている写真だった。
 要するに、お寺や神社が慈善活動をしていることは記事にしてはならない、ということだったのである。

 その指示書を読んだ編集部一同は、口惜しさに身体を震わせた。
 これが戦争に負けるということなんだ。
 これからはアメリカの占領政策のために嘘を書かないといけないのか……。
 だいたいなぜ、そんな写真を都合よく出してくるのか。
 多くの出版社に嘘を書かせるため、予め何枚も何種類も用意している、ということなのか……。

 その頃は歌舞伎も上演が禁止されていたわけだから、未来から俯瞰すれば、まあ仕方がないといったように映る面もある。しかし現実に突き付けられた当時は計り知れない辛さがあったことだろう。

 どんな辛い気持ちになってもGHQの指示は絶対である。不満を言えば即発刊禁止になるだけだ。
 仕方なく指示書のとおりに書き換え、添付された写真に差し替え、再度ゲラを提出し、漸く検閲を通過して出版にこぎつけた。
 しかしこの事件以後、社内の雰囲気はどことなく暗くなった。

☆GHQは日本をキリスト教国にするのが目的だった?

 それでも仕事をしないわけにはいかない。次の号からは、GHQからクレームがつかないよう、お寺や神社、日本の伝統文化と関係する記事は一切控えて、あたりさわりのない記事だけにした。そのおかげか、無事に検閲は通過した。……が、それから数か月後の号でまた検閲を通過できず、指示書が来た。

 積極的にキリスト教の記事を書け、というもので、アメリカの子供たちが教会で歌う様子などを書いた冊子と写真が添えてあった。仕方なくその冊子と写真で、キリスト教会や讃美歌の紹介記事を書き、漸く検閲を通過した。この仕打ちに、共益商社の誰しもが、「GHQの占領政策の目標のひとつは、日本をキリスト教国にすることだ」、と感じていたという。だからこそ日本国民をお寺や神社から引き離す必要があって、あんなふうに記事を書き換えさせたのだ、と。

 結果的にキリスト教国にはならなかったが、その後の日本人の、特に都市部の生活からお寺や神社が縁遠くなったのは、この占領政策によるところが大きいのかもしれない……。

☆業績悪化〜倒産

 身の丈に合った子供たちの現実を伝え、励まし合って生きることを目的とした雑誌だったのに、余儀なく内容が変わってしまった。編集部の人たちもだんだんとやる気がなくなり、惰性で雑誌を出しているようになった。それに合わせて売り上げも落ちて行った。そしてついに廃刊となり、社の業績も危機的状況になった。従業員には退職が勧められ、母を含めて多くの人たちは会社を辞めた。昭和24年のことである。社長としては倒産を覚悟したのだろう。
 その後の共益商社のことは、母は正確には把握していなかったが、しばらくして倒産したとのこと。持っていた版権は全音楽譜出版が引き取ったらしい。

☆コーラスのトラで教会関係者と知り合う

 母はそもそも音楽が好きで、多少はピアノも弾け、簡単な曲なら初見で歌えたので、共益商社と付き合いのある音楽家やプロデューサーから、ときどきコーラスのトラを頼まれたりした。トラとはエキストラの略で、臨時に参加すること。当時はキリスト教の宣伝イベントがよくあって、そこで讃美歌(プロテスタント)や聖歌(カトリック)を歌うのだ。信者だけだと音楽的にまったくの素人でハモリができなかったりするので、頼まれたようだ。とにかくそういうイベントでキリスト教関係者と知り合い、やがてGHQが去ったとしても、これからの日本ではキリスト教徒になっておいた方が何かと都合がよいかもしれない、と勧められたこともあって、洗礼を受けたらしい。特に信仰心があったわけではない。信者になれば、教会で誰に遠慮することなく、ベルカント唱法で思いっきり歌える、ということが魅力だったようだ。
 防音室のない一般家庭でのベルカント唱法は、近所迷惑以外の何物でもない。ちゃんとした曲を歌うのが聞こえるだけであれば、多少は許されるかもしれないが、歌う前の発声練習は騒音でしかないなのだ。教会ではミサが始まる前に、充分に発声練習をさせてもらえ、喉が温まったところでミサが始まり、気持ちよく歌えたのだ。

Aキリスト教会に通ってみたら……

☆日曜学校に通ったら……

 そんな母もやがて結婚し、私が生まれた。
 キリスト教では信者の子は生まれてすぐ洗礼を受けさせることになっていて、私も知らない間に信者にさせられていたのだ。
 母は私をカトリックの幼稚園に通わせ、日曜日は教会のミサと日曜学校に通わせた。そこで『聖書』と出会い、小学校を終えるまで、信者の義務として『聖書』を繰り返し繰り返し読むことを奨励された。幼少期の記憶は定かではないが、いつしかそんな教会を鬱陶しいと感じるようになっていた。その原因は『聖書』に書かれた非科学的な物語と教会の態度だ。この世界は神が六日間で造り七日目に休んだとか、イエスが水の上を歩いたり、神に祈るだけで食料を増やしたり病気を治したり、悪いことをしたら死後地獄に落ちる、とか、教会の言うことをちゃんと聞いていれば死後天国に行ける、とか、おとぎ話として楽しむならよいが、年齢が上がるにつれて、真に受けて信じるなんて馬鹿げていると感じるようになっていったのだ。
 「はだかの王様」という童話があるが、王様がはだかだとわかっていながらも「とても美しいお召し物です」と賞賛するような人間を作るのが教会なのかな?とも思ったものだ。
 人間の生き方や善悪、他人との関わり方にしても、教会の死後の世界とリンクした説教より、よっぽど『論語』のほうが面白く説得力があった。といっても本当の『論語』ではなく、小学校三年か四年の頃に、図書館でたまたま見つけて読んだ子供向けの『論語』の解釈本を読んでのことだったが。

☆教会が見せた他宗教に対する敵意

 こんなこともあった。
 日曜学校には同年代の子供が男女合わせて数人通っていたのだが、ある日、その友達同士の雑談で、学校の友達と近くの神社のお祭りに遊びに行った話をしていたら、遠くから聞き耳を立てていたのか、いきなり神父さんがやって来て、
 「そんなところへ行ったらいけません、神社の神様は悪魔です、本当の神様は天にまします私たちの主だけです、愚かな人たちは悪魔を神様だと思っているのです、そのような場所へ行けば死後地獄に落ちます、懺悔してお祈りの言葉を唱えて、もう二度と行っかないように」
 と、きつく諭された。
 としても私は、一歩教会から出れば、気にせず神社でもお寺でも面白そうなことがあれば、出かけていた。もちろん普通にお賽銭をあげてお参りをし、おみくじを引いて一喜一憂していた。母も信仰心があったわけではないので、咎めることはなく、時には一緒に参拝して、夜店で金魚すくいをさせてもらったり、綿あめを買ってくれたりもした。
 周囲には真剣に信仰して教会の言いつけをきちんと守っている大人やその子供もいたが、いつまで経っても、どうしても私には信仰心が芽生えず、その雰囲気に馴染めなかったのだ。
 そう言えば、今も有名な神社仏閣へ行くと、その界隈の人ごみで、キリスト教の教義の宣伝をスピーカから流しながらプラカードを持って行ったり来たりしている西洋人?をときどき見かけるが、私が子供の頃にも、初詣などに行くとあの手の人たちを見かけた。ああいう人たちと同類にはなりたくない、という思いも、教会に馴染めなかった原因のひとつだったと思う。

☆ついに教会と決別

 やがて小学校を卒業する頃になると、母も諦め、私は教会と縁を切った。母はそれでもまだ数年は、ときどき日曜のミサに通っていたが、やがて教会とは縁を切った。私=子供が大きくなると時間に余裕もできて、バッハなどをレパートリーとするアマチュアのコーラス団に参加して歌うようになり、教会でお決まりの歌を歌うことに飽きてしまったことも大きかったようだ。
 聞くところによると、私のように生まれてすぐ、本人の意志とは無関係に洗礼を受けさせられた子供の大多数は、成長するにつれて教会に嫌気がさし、やがて離れてしまい、残るのはごく僅かなのだとか。

 マルコによる福音書第10章には「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません」とあるが、このように、キリスト教の信仰には、子供のような純真な心が必要なのだ。逆に言えば賢さを求める人間にはとても信じることのできない宗教なのである。それでも西洋で廃れないのは、信者になることで、あるいは教会を維持することで莫大な利権がある、ということなのだろうか……。

B「イマジン」が教えてくれた反キリスト教精神

☆キリスト教を疑うことはジョン・レノンが教えてくれた

 教会から解放された私は、中学高校とキリスト教とは無縁に過ごした。ロックを聞いてギターを弾き、新旧いろいろな曲を聞いたり歌ったりした。そんな中、昭和46年=西暦1971年に世界的大ヒットしたジョン・レノンの「イマジン」という曲には驚いた。
 Imagine there's no Heaven, It's easy if you try, No Hell below us, Above us only sky……
 想像してごらん、天国なんてないんだよ、簡単にわかるよね、この大地の下に地獄なんてところがあるわけもないし、ぼくたちの上にはただ空があるだけ……
 という歌詞で始まる愛と平和を願う歌だ。
 実は、私は歌詞の意味など深く考えずに聞いていたのだが、ある友人から次のような説明を受けて驚いたのだ。

 確かに愛や平和は大事だが、日本人としては、なんで出だしがこんな歌詞なのか不思議だと思わないか?仏教的に言えば地獄極楽になるわけだが、そんなもの普通の日本人は気休めとしか考えず、言われなくてもわかってるよ、と言いたくなるではないか。それでも敢えてこんな歌詞をアタマに持ってきたのは、日本人と違い、欧米人にとってはそれだけインパクトのある言葉だったはずなんだ……。

 なるほど、考えてみれば不思議だが、ふと、教会に通った日々のことが私の頭を過った。確かにこの歌を教会で歌ったら、きつく叱られるな、と。
 友人は姉からこの歌のことを聞いたと言っていた。友人の姉はミッション・スクールに通っていて、音楽祭のクラスでの発表で、英語の勉強という意味も込めてこの歌を歌うことを全員で決めたのだが、学校から不適切な歌詞があるからダメだと言われ、代案としてビートルズの「レット・イット・ピー」ならよいと呈示されたとのこと。会場にはその学校の運営母体のキリスト教団体の神父やシスターも来場するかららしい。
 「レット・イット・ビー」はポール・マッカートニーが歌う聖母マリア賛歌とも受け取れる歌だからだろう。
 When I find myself in time of trouble ぼくが困ったとき
 Mother Mary comes to me 母メアリー(マリア)はそばに来て
 Speaking words of wisdom いいことを言ってくれた
 Let it be. なりゆきにまかせなさい、と。

 今はそうでもないようだが、かつての欧米人すなわちキリスト教徒は、子供の頃から、教会の言いつけを守って暮らすように躾けられていた。教会では、よいことをしていれば死後天国に行き、教会に背けば死後地獄に落ちる、と、繰り返し繰り返し教えられて育つ。そのため、天国や地獄なんて本当はないとわかりきっていても、公然とは言えない、社会的タブーだった。それをジョン・レノンは、事もなげにサラッと言ってしまったのだから、その衝撃は大きかったはずだ。だとしてもそれが一般常識とかけ離れていたら、ポップスの世界では見向きもされない。しかしこの歌は大ヒットした。リリースされた当時、欧米人の多くは、実はキリスト教から離れつつあったのだ。民主主義や科学の発達が教義との矛盾を引き起こし、時代とともに信仰心を少しずつ薄れさせていたのだ。
 そもそもジョンがこんな歌を出したのには、それなりの理由があった。

☆ヒッピーは反キリスト教だった!

 「イマジン」に先立つ数年前、西暦1960年代後半になると、アメリカ西海岸の都市部に住む若者たちの中にヒッピーと呼ばれる人たちが現れた。ヒッピーは、インド哲学や禅の無の思想、大麻、LSDなどによる幻覚体験とともに、サイケデリック・ファッションや前衛的音楽、アートを生み出した。
 おそらくは昭和39年、西暦1964年の東京オリンピックの開催で、欧米キリスト教国の人たちにとっては異質な、非キリスト教国の日本文化が注目され、その流れで仏教の源流のインドなども興味の対象となり、キリスト教の考え方に疑念を持つ人々が増えたのだろう。

☆ビートルズはキリストより有名

 ヒッピー文化が注目を浴びる中、当時の世界的人気バンド、ザ・ビートルズは、西暦1966年にイギリスでのインタビューに答えて、「今やぼくたちはキリストより有名だ」と発言した。イギリスでは、「ああ、そうかもしれないね」と、好意的に受け止められた。すでにキリスト教に無関心な人たちが少なくなく、多くの教会は日曜でも閑古鳥が鳴いていたという。
 ところがこの発言がアメリカのメディアで取り上げられると、南部、中西部で多くの信者を抱えるキリスト教プロテスタントの団体がクレームを入れてきた。たかがタレントが、神聖なキリストを自分たちとの比較の対象としたことに激怒したのだ。それまでビートルズのファンだった人たちの中にも、レコードや写真などを焼き捨てたり、ライブ会場の近くで脅迫めいたシュプレヒコールをあげるなんてことが頻繁にあり、ビートルズは事務所の意向もあって謝罪会見を行った。しかし、これによりアメリカでのライブは殺気立ったものとなり、すでに契約していたライブを必死の思いでなんとか終えると、新たなライブ活動をやらなくなった。そしてキリスト教との間にこれ以上波風を立てたくないポールと、反キリスト教を貫きたいジョンとの間で意見が対立するようになり、やがて解散し、ジョンは「イマジン」をリリースしたのだった。

☆キリスト教批判に消極的な日本のマスメディア

 ビートルズのこの話は、検索すればいくらでも出て来るので、これ以上深入りしないが、とにかく西洋では、一部の国を除き、キリスト教を批判的に見ることは、すでに50年以上前から普通だったのだ。それが民主主義であり、言論の自由なのだ。それがなぜか、日本のマスメディアでは、言ってはいけない雰囲気を醸し出している。ヒッピーが反キリスト教だったとは言わず、反体制だったと言う。確かに反体制でもあるが、キリスト教をバックボーンにした社会システムに対しての反体制である。まして反キリスト教はヒッピーが初めてではない。それ以前から、アカデミズムでは、アルトゥール・ドレフスがキリスト神話説で「イエスは架空の人物だ」と指摘し、ニーチェは「神は死んだ」と言っているのである。ところがそういうことは、日本のマスメディアはなかなか伝えようとしない。恰もキリスト教に忖度しているかのように……。

C男尊女卑は神が決めた

☆差別に満ちた教義

 とにかく「イマジン」という歌に接したことは、私にとって改めて『聖書』を読み直してみるきっかけになった。冷静に客観的に、何をどう書いているのかを確認してみたくなったのだ。
 教会に通っていた頃は、『聖書』を読んだと言っても、教会が指定したところだけをくり返し読まされたのであって、それ以外のところは逆に、読まないように誘導されていた。改めて読んでみると、その読まないように誘導された箇所の中には、啞然とする内容が多かった。例えば、

「コリント人への手紙」第11章「すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神である。」
「コリント人への手紙」第14章「婦人たちは、教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。何か知りたいことがあったら、家で自分の夫に聞きなさい。婦人にとって教会の中で発言するのは、恥ずべきことです。それとも、神の言葉はあなたがたから出て来たのでしょうか。あるいは、あなたがたにだけ来たのでしょうか。」
「テモテ人への手紙」第2章「婦人が教えたり、男の上に立ったりするのを、わたしは許しません。むしろ、静かにしているべきです。なぜならば、アダムが最初に造られ、それからエバ(イブ)が造られたからです。しかも、アダムはだまされませんでしたが、女はだまされて、罪を犯してしまいました。しかし婦人は、信仰と愛と清さを保ち続け、貞淑であるならば、子を産むことによって救われます。」

 とんでもない男尊女卑ではないか。しかしそうしてみると、頷けることが多々あった。
 カトリックでは儀式を司る司祭は男性だけだし、ローマ法王も男性、女性の教会関係者はシスターだけで、彼女たちは儀式に普通の信者と同等に参加するのみで、壇上に立つ権利はない。
 この発見は当時の私にはとても衝撃的で、さっそく母に話した。母もとても驚いていた。母も教会が読むように示されたところ以外は、まったく読んでいなかったのだ。たぶん、多くの信者がそんなものなのだろう。

☆二枚舌?ご都合主義?

 よく、キリスト教系の団体が男女平等を叫んだりしているが、どういうことなのだろうか?
 男女平等は教義に反するはずだ。それとも『聖書』は誤りだとでも言うのだろうか?『聖書』は神の預言によって書かれたものであって、信者の立場で言えば、誤りは決してないはずである。ご都合主義でこの部分は読まないことにしているのだろうか?
 あるいは詭弁とも言うべき解釈で男女平等との整合性を説明しているのだろうか。だとしても自衛隊は合憲だと言うほうがまだ可愛げがあるではないか。
 とにかくキリスト教は今日まで、人権とか民主主義とはおよそ相応しくないことをやってきたのだ。
 ヨーロッパにあっては異端審問、魔女狩り、ユダヤ人差別や虐殺、世界的には布教を大義名分とした侵略、神を冒涜したと言いがかりをつけての原住民弾圧や虐殺、植民地化……。
 そういった歴史的事実を考えると、とても信仰する気にはなれないのが普通だと思うが、知らないから信仰するのか、知っていてそれでも本気で死後地獄に落ちたくないと思っているのか……。

☆キリスト教結婚式の恐ろしい本質

 キリスト教の結婚式も、考えてみればとんでもない儀式だ。教会が神の名において結婚を許可するのだ。日本国憲法では婚姻は両性の合意のみで成立する、とあるが、キリスト教の結婚式はそれを否定しているのだ。
 男尊女卑の考えにしたがって、父親の所有物である娘を教会に引き渡し、教会から新郎に譲渡する儀式である。要するにキリスト教では女性をモノとしか考えていないのだ。女性の人権無視も甚だしいではないか。
 しかしマスコミ等では、そんな本質的なことには触れず、見た目の華やかさだけを取り上げて憧れさせようとする。まるで、かつて母が体験したGHQの検閲が今も生きているかのように……。
 そんなマスコミに乗せられた人たちは、本質的なことは考えず、ただ西洋白人の模倣がしたくて教会式を挙げるようだ。そのため、牧師は日本語がカタコトの白人が好まれ、日本人牧師だと料金を安く設定している式場もある。
 別に英会話教師のバイトでも何でもよい、キリスト教を信じているのではなく、結婚式のときだけ西洋白人ゴッコをしたいだけなのだろうか。だとすると、これは逆の意味での人種差別とも言えよう。

☆その昔、日本の結婚式は宗教儀礼ではなかった

 そもそも日本での結婚式は、宗教儀礼ではなかった。結婚式など挙げないことも多く、挙げるとしても家族親族友人知人を前にして三々九度の盃を交し、それを仲人=媒酌人が見届けるだけだった。それが明治になって西洋文化が入ってきて、これでは西洋に恥ずかしいということで、神社で結婚式をすることが模索された。
 最初に神社で結婚式を挙げたのは皇太子時代の大正天皇だった。一夫一妻制の結婚をした最初の天皇でもある。以来、華族など上流階級に神前結婚式は徐々に広まり、戦後は庶民にまで広がった。国家神道体制がなくなり、各神社が新たな収入源を模索して宣伝普及したからだと聞く。としても日本では神社が結婚を許可するなどということは馴染まないので、神前結婚式は結婚したことを神前に報告するだけの儀式として執り行われている。だから神主さんの祝詞(のりと)でも結婚を許可するなんていう文言は一切出てこない。この結婚の無事を神前にお願いするだけである。

☆教会に管理される人生

 とにかくキリスト教では、人々は教会によって管理され、教会の許可がなければ何もできないのだ。教会の意に反することをすれば、かつては異端審問にかけられたり、魔女として処刑されたりした。魔女狩りで捕まれば、無実でも拷問で強引に自白させられて処刑されるか、自白しなければ死ぬまで拷問が続くだけで、決して許されることはなかった。そんな中、人々は戦々恐々として教会の言いなりになって暮らしていたのだ。その後、教会への反発から民主主義や人権思想が提唱されるようになり、教会の管理は徐々に形骸化し、流石に今はそんなことはないと思うが、欧米の保守的な地域では教会に逆らえず、教会の許可のない結婚をすれば、その地域では生活できないといったことも、まだあるのかもしれない。
 しかしなぜ、そこまで教会に管理されることに黙って従っていたのだろうか。それは「オー・マイ・ゴッド」という言葉に隠されていた。

Dオー・マイ・ゴッドの意味〜人間は神の奴隷?

☆オー・マイ・ゴッドの意味とは?

 英語圏の人々は、嬉しいことがあったとき、悲しいことがあったとき、よく、「オー・マイ・ゴッド」と口をついて出る。
 嬉しいときに言うのはなんとなくわかるが、悲しいとき、失敗したときにも同じように言うのはちょっと不思議だ。
 日本人的な心情からすれば、悲しいときや、失敗したときには「神も仏もない」、と思うのが普通だろう。しかし彼等は嬉しいときと同じように「オー・マイ・ゴッド」翻訳すれば「ああ、主よ」と言うのだ。
 「ああ、主よ、あんなにお祈りして教会にもたくさん寄付したのに、どうして願いを叶えてくれないのか」と、願いが届かなかったことを嘆いて言っているということなのだろうか?
 いや、そうではない。
 「辛く悲しいけど、主が私を死後天国に連れて行くか否かを判断するためのテストだと信じて、どんなに辛く悲しい災難でも喜んで耐えますので、どうか見捨てないでください」
 といった意味合いなのだ。

☆搾取されても何も文句を言えないようにするために

 キリスト教では、現世で貧しく辛く不幸なほど死後天国に行きやすいとされている。逆に大富豪は死後地獄に落ちやすいのだ。
 このシステムが貧しく搾取されるばかりの苦しい人生を送るしかない農民を教会に結びつけたのかもしれない。が、ここで注意したいのは、産業革命以前のヨーロッパの農民の大多数は字が読めなかったことだ。『アルプスの少女ハイジ』でも、クララお嬢様やその周囲の人たちは字が読めるが、ハイジやペーター、その親戚たちは字が読めないではないか。とにかく農民たちは字が読めなかったから、教会で司祭が話すことに疑問があってもきちんと反論できなかったのだ。
 対する地主や領主などは教会に多額の寄付もしているが、もちろん字も読めるから、『聖書』も多少は読んでいて、胡散臭さも感じていたことだろう。だから地獄に落ちると言われても、まあ農民にはそう思わせておけばよい、とでも思っていたのだろう。教会と大富豪たちが農民たちに過酷な生活を押し付けたとしても、『聖書』にこう書いてある、と言えば、字が読めない農民たちは反論できず、黙って従わざるを得ないではないか。
 そもそもキリスト教は遊牧民の宗教であって、羊飼いと羊の関係を手本に、彼等の主なる神と人間の関係を論じているのだ。

☆人間は主なる神の家畜、奴隷なのだ!

 最近は社畜という言葉をときどき耳にする。恰も会社の命令に忠実に、家畜や奴隷であるのかのように働く労働者の状態を揶揄したものだ。しかしキリスト教の場合は、揶揄ではなく、信者は本当に家畜、奴隷といった立場なのであって、それを喜びとしているのだ。そもそもが遊牧民の宗教なので、主なる神は羊飼い、人間は子羊と位置づけられている。羊飼いと子羊はどういう関係なのか。
 羊は群れをなして行動し人間によく懐く。羊飼いの指示どおりに動いていれば腹いっぱい草を食べられ、狼などの外敵からの攻撃も避けられる。しかし気が弱いので、ちょっとしたこと、例えば雷の音などに驚いて、突然集団で暴走することもある。そんなときは羊飼いも手を焼き大変だが、やがて暴走が止まれば、元の大人しい羊の群れに戻る。

☆「神に召される」という意味

 羊は毛を刈って売ることもできるし、人間の食糧として潰して食べることもできる。普段は年老いた親羊を潰して食べるが、大事なお客様が来たときや、何かの記念日だったりすると、子羊を潰して食べる。親羊=マトンより子羊=ラムのほうが、はるかに美味しいからだ。現代日本で羊料理と言えば、まずラムを使う。マトンは余程のことがない限り使わない。マトンは臭味がきつくて慣れないと食べにくいのだ。
 羊飼いが美味しい子羊を潰して食べようとするとき、どの子羊を潰すかは、羊飼いのそのときの思いつきによる。羊たちを見まわして目が合ったから、とか、逆に目を背けたから、とか、子羊が何を考えているかは関係なく決める。子羊は、まだ右も左もよくわからないから身の危険にも鈍感で、飼い主が潰そうと近寄って来ても素直に従って掴まってしまう。
 善良な人間が不幸にも突然死ぬことがあるが、それは羊飼いが食料として子羊を潰すように、主なる神がその人間を死なせる必要があったからそうしたまでのことで、憎くて殺したわけではない。決して主なる神を恨んではいけない。
 だから「神に召された」といった言い方をするのだ。

☆支配者に都合のよい論理

 群れの中で羊飼いの指示どおりに暮らしていれば、食料として潰されるまで子羊は幸福に生きられるが、群れからはぐれれば、すぐに狼などの餌食になって死んでしまう。信仰をやめることは、子羊が群れからはぐれるようなもので、狼の餌食になるように、悪魔に取りつかれて死んでしまうのだ。だからどんなに辛くても群れを離れよう、棄教しようなどと考えるより、主なる神に召されるまで信仰を守って生きるほうが幸福だと考える。
 いつ召されてもよいように普段から準備しておくこと。その準備ができているかを試すために、神は人間を辛く苦しい目に遭わせてみる。どんなに辛く苦しい目に遭わされても、子羊のように従順であれば、死後天国に連れて行って貰える。
 この子羊が置かれている立場は、人間社会で言えば下僕(しもべ)=奴隷である。ローマ時代の奴隷は過酷な労働だけではなく、見世物として猛獣の餌になったり殺し合いのショーをさせられてもいたが、そういう社会環境の中で生まれた宗教なのだ。
 神の子羊、神の下僕として、信仰のためなら喜んで死ぬのだ。
 おそらく、不慮の災難や病気など、突然死ぬ理由を考えているうちに、思いついたのだろう。現実に奴隷が存在した時代には、ローマ市民や貴族の奴隷よりは神の奴隷のほうがマシだと考えて信者になった者も多かったのかもしれない。しかしそんな奴隷制度がなくなると、現実社会では神ではなく、神の代理人である教会が、信者たちをご都合主義の『聖書』解釈で、奴隷のように支配することを正当化する大義名分にもなってしまったようだ。

E「プリズナーNO.6」〜キリスト教信者は囚人と同じだ!

☆プリズナーNO.6

 民主主義が浸透すると、これまでキリスト教がやってきたことは、信者を奴隷あるいは囚人=プリズナーのように扱ってきたに過ぎない、という批判も出て来た。ビートルズのキリスト発言の翌1967年、その批判が炸裂し、反キリスト教を隠しテーマとしたドラマがイギリスで制作され、世界的に大ヒットした。
 「The Prisoner」邦題「プリズナーNO.6」というドラマである。
 日本ではその翌年の昭和43年にNHKが吹き替えで放送し、その後、平成の初め頃までは、民放で何度となく再放送されていた。私は何度目かの再放送で初めて見た。
 現在でも歴史に残る名作カルトドラマとして、スカパーなどでたまに放送しているし、全17話の日本語吹き替え版のブルーレイ(Blu-ray)も出ているし、YouTubeにはイギリスで放映されたオリジナルの英語版がアップされている。根強いファンが一部にはいるのだ。としても50年以上前のドラマなどご存知ない方も多いだろう。が、このドラマの主人公のような反骨精神が好きなので、どうかしばしお付き合い願いたい。

☆「ここはどこだ!」「村だ。」

 ある日、辞表を叩きつけて秘密諜報部員(スパイ)を辞職した主人公は、いきなり催眠スプレーで眠らされ、メルヘンチックな「村(The Village)」と呼ばれる場所に幽閉される。そこは、外部に漏れたら困る国家機密を知っている人たちが辞職すると幽閉される秘密の場所だったのであって、全員が囚人のように番号で呼ばれ、生涯その「村」の外へは一歩も出られないのだ。としても、「村」に逆らわなければ、優雅にのんびりと何不自由なく一生を送れる。
 主人公に与えられた番号はNo.6、「村」を実行支配しているのはNo.2、その上に本当の支配者No.1が居るらしいのだが、それは誰だかわからない。国家が関与しているのか否かも判然としない。
 主人公のNo.6は、個人としての主張と自由をとても大事にしていて、決してその「村」に同化せず、脱出を試みたり、村の制度を破壊しようとするのだが、毎回最後には失敗して絶望する、といった内容だ。
 そして最終回、どんな手段にも屈せず、「村」に同化しなかったNo.6は、その人並外れた反骨精神は賞賛に値するとして、ついに「村」の新しい指導者として迎えられることになり、No.1直属の会議場に連れて行かれる。
 そこではまず、厳粛な雰囲気の中、反逆者の尋問が行われた。ひとりの若者No.48が、カトリックの保守的な伝統主義(ゴスペルは不謹慎、昔からの聖歌以外は認めない)に対する批判を彷彿とさせる手法で、「村」を批判する。次いでNo2が、「村に幽閉されるまでは、世界中の首脳は全員私の言うことを聞いた〜〜」と、恰もバチカンの法王と同等の権力を持っていたかの発言をする。そのNo.2の屋敷は小高い丘の上の丸いドーム型屋根の建物なのだが、その丸い屋根がバチカンのサンピエトロ寺院を連想させ、漸くこの「村」がパチカンとキリスト教が描く理想社会を象徴していたのだと、視聴者に悟らせる。
 そして主人公は、ついにNo1と対面する。No2がバチカンであるのなら当然No.1は神(God)である。No.1は主人公No.6と瓜二つ(二役)であることから、旧約聖書冒頭の「神は自分に似せて人間を創った」という神話を連想させる。主人公が何も言わずNo.1を厳しく睨みつけると、No.1はそそくさと逃げ出し、ついに「村」のシステムを崩壊させることに成功し、主人公は無事脱出してロンドンへ帰り着き、終わる。
 神(God)を退治してバチカンとキリスト教社会を崩壊させたのである。

☆言葉と文化が違えば、本当のことはなかなか伝わらない

 日本では、一般に、隠しテーマが反キリスト教だということがよくわからず、最終回が何を言わんとしているのか未消化のまま、なんとなく不思議な哲学的なドラマだと思われてきた。しかしクリスチャンであれば〜〜要するに、当時のごく一般的なイギリス人であれば、最終回でその隠しテーマに気づくように作られていたのだ。
 実は私も数年前まで、この最終回の意味がよくわからなかった。セリフは確かにキリスト教と関連のあることを言っているのだが、当時の社会情勢がよくわからず、それが何を意図するのか見当がつかなかったのだ。それがある日、別件をネットで調べていたときに、たまたまこのドラマのファンらしき人が運営するイギリスのサイトに、このドラマの隠しテーマのことが書かれていて、知ったのだ。早速DVDを借りてきて、改めてそういう目で見ると、まさしくそのとおりで、長年のモヤモヤがスッキリ晴れた気がした。
 このドラマはパトリック・マクグーハンというイギリスの俳優が主演するとともに、プロデュース、監督、脚本も手掛けたもので、彼の幼少時のカトリック教会で司祭を目指して勉強していた頃の体験をモチーフにしたものらしい。司祭にならず、教会を辞めて俳優になったのは、教会で勉強するうちに、キリスト教の本質がわかってきて、反感を持つようになったのだろう。
 イギリスで最終回が放映されると、放送局にはクレームが殺到し、それを見越したマクグーハンはしばらく雲隠れしていたという。が、それほどの大事にはならず、むしろ多くの人たちから好意的に受け入れられ、絶賛されたようだ。もちろんアメリカでも放映され、人気ドラマとなった。ビートルズのように、非難されることはなかった。
 ビートルズが発した「ぼくたちはキリストより有名だ」という言葉は、「キリストより」と、迂闊にもキリスト教を認めた形になっていたから非難されたのであって、キリスト教自体を非難することは、言論の自由、表現の自由の観点から、誰にも文句は言えないのである。
 キリスト教にとって不都合なことをエンターテイメントとして発信することには反発も予想されただろうが、同意するスポンサーがあったからこそ、放映されたのである。
 ロケ地のイギリス・ウェールズ北部にある高級リゾートHotel Portmeirion Villageでは、今でもこのドラマをテーマにしたイベントを毎年開催しているし、このドラマのグッズを販売する店舗も通年営業している。放送から50年以上を経て、主人公もすでに亡くなっているにもかかわらず、である。それだけ大ヒットし、今も人々を感動させ続けているドラマだったのだ。
 日本では一般に、キリスト教を欧米文化のひとつとして、憧れとして、綺麗な面しか見ようとしないが、内実はとんでもない宗教だったのだ。
だからその呪縛から逃れたくて、このようなドラマが制作され、今もファンがいるのだ。

F私の曾祖父は易者だった

☆易に興味を持ったわけ

 とにかく「イマジン」と接してからの私は、改めて『聖書』を読むと同時に、キリスト教に批判的なもの、キリスト教と無縁なものを探すようになっていて、そうこうするうちに雅楽を知り、その雅楽は易の理論で楽理が作られていることを知った。そこで易を勉強するようになった。
 私の父方の曾祖父はペリー来航の二年前になる嘉永(かえい)4年に生まれ、18歳で明治維新を迎えた。家は田舎の寺で、廃仏毀釈運動を恐れてか、曾祖父は長男でありながら寺を出て学問を志し、やがて学んだ「四書五経(ししょごきょう)」の知識を生かして、しばらくは易者のバイトもやっていたと伝わる。ちなみにその寺は曾祖父の弟が継ぎ、今もその子孫によって続いている。
 現代人で「四書五経」を学ぶのは極めて稀だが、明治の初めにはまだ今のような学校はなく、学問と言えば取り敢えず「四書五経」だったのであって、誰でも当たり前に学んでいたのである。そして易の本である『易経(えききょう)』はその「五経」のひとつなのだ。したがって「四書五経」を勉強していれば、自ずと易者をやるくらいの知識と技能も会得してしまうのである。やがて曾祖父は学問の甲斐があってか地元の村で役人の職にありつき、大正年間に亡くなった。
 その曾祖父は息子(祖父)を隆吉(りゅうきち)と名付けた。『易経』の沢風大過(たくふうたいか)の四(こう)爻辞(こうじ)棟隆(むなぎさかん)なり、吉」から取ったとのことだ。しかし『易経』から命名されたとしても祖父は易に興味はなく、父もまた興味はなかった。が、家に曾祖父が若い頃に勉強した漢文の版本が断片的に残っていて、そこには曾祖父の注釈的なメモ書きがあり、昔の人はこんなのを読んだんだぁ、なんて思いながら私はときどき眺めていた。多少は読めたが意味はほとんどわからなかった。しかし日本人として、こういうものもちゃんと読めたらいいなぁ、とは思っていた。
 そんなこともあって、世間的にはどこか古臭いイメージの「易」をすんなり受け入れることができたのだと思う。25歳頃である。

☆易を始めてみて

 最初は本屋で見つけた初歩的な易占いの本を読んで、十円玉を使った簡便な占いをやってみたりしたのだが、やがて易に造詣が深い知人から本格的な易者を紹介してもらい、その易者の先生の元に通った。
 そこそこ熱心な私に対して先生はある日、
 「世俗的な占いだけではなく本当の易を知りたいのなら、一般に市販されている本ではダメだ」
 と告げられた。
 ん〜、これは何か高い本でも売りつけられるのかな?と思い、ちょっと身構えたが、書棚からボロボロになったかなり古そうな本を二冊取り出してきて、
 「これは易のすべてを書いたとてもよい本で、戦前まで早稲田大学が出していたものだ、これを古本屋で探して買って読むとよい、江戸時代に書かれた漢文解説の本を復刻した全集で、そのうちの『易経』の解説がこの二冊なのだ、初めてだと文体が古風過ぎてちょっと読むのが大変かもしれないが、基本的に口語での解説だから古文の文法の知識は必要なく、慣れればスラスラ読めるようになるだろう、あの高嶋嘉右衛門(たかしまかえもん)もこの原本を読んで勉強したのだとも言われている本だ、是非、読むとよい、できればその全集を全部買って余裕があれば目を通しておくとさらによい」
 と話しは続き、改めて書棚を眺めると、この全集が全部揃っているようだった。
 何十万円もする本を買わされることになったらどうしよう、と思っていたのでホッとした。

☆古本屋で手に入れた漢籍國字解全書

 帰りに先生から教わった古書店に立ち寄ると、この全集がバラで出いるのを見つけた。どれも一冊千円程度だったので、『易経』上・下の二冊とその他有名な漢籍数冊を買った。かつて曾祖父が四書五経を勉強したことを想い、この際だから私も全部読んでみようかと思ったのだ。読んでみると行間から江戸時代の空気を感じられて、まるでタイムスリップした気分になり、とても面白く、その後、折に触れてこの古書店に立ち寄り、やがて全集すべてを手元に揃えた。
 「先哲遺著(せんてついちょ)漢籍國字解全書(かんせきこくじかいぜんしょ)」という全集で、今は古書店に行かなくても国会図書館デジタルコレクションで検索すれば、自宅に居ながらにして無料で閲覧できるしプリントアウトもできる。時代の流れとは凄いものだ。

 ともあれ、この漢籍國字解全書に所蔵された易の解釈、眞勢中州(ませちゅうしゅう)の『周易釈故(しゅうえきしゃっこ)』を実際に読んでみたら、とても丁寧でわかりやすく素晴らしかったので、その感動とともに現代語で意訳したのが、究極の易経解説のページである。
 もちろんこの全集の他の巻、『論語(ろんご)』『大学(だいがく)』『中庸(ちゅうよう)』『孟子(もうし)』『詩経(しきょう)』(以上中村的タ斎(なかむらてきさい))、『孝経(こうきょう)』(熊沢蕃山(くまざわばんざん))、『書経(しょきょう)』(太田錦城(おおたきんじょう))、『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』(加藤正庵(かとうせいあん))、『孫子(そんし)』(荻生徂徠(おぎゅうそらい))など、そうそうたるメンバーの解説も懇切丁寧でわかりやすく、なぜ戦後は廃刊にしてしまったのか不思議でならなかった。今、普通に販売している漢籍の全集本は、単なる翻訳がメインで解説はさわり程度なので、実際に先生の指導を仰がないと理解できない部分が多々あるが、この漢籍國字解全書は周囲に指導を仰げる先生がいなくてもちゃんと理解できるように書いてあるのだ。
 あるいは江戸時代のこういった書物はキリスト教を邪教として捉えているからGHQの命令で廃刊になったのかもしれないが……。
 漢学者たちがキリスト教を邪教とした根拠の第一は、孔子が真理とか神秘的な物事とは極力関わらない世の中を作ることを主張したのに対して、キリスト教が真理とか神秘的な権威で世の中を支配しようとしたからのようだ。

G人を救うのは真理ではなく、真実だ!

☆真理が真理であることの証明はできない

 現代に生きる日本人は、真理という言葉に特段の違和感を持たない。そう教育されてきたからだ。しかし江戸時代の漢学者たちにとっては、とんでもないことだった。彼等は概ね次のように考えていた。
 この世の中に真理と呼べるものは何もない。真理だと称するものが本当に真理なのかは学問的に証明できないし、誰かがこれが真理だと言えば反論が封殺され、その学問の自由が奪われることになる。しかしながら気休めとして宗教が信者たちにこれが真理だと説法する程度なら構わないだろう。そういうものに縋りたいと思う気持ちは誰にでもある。だからと言って世の中を動かすのに真理を振りかざしたら、それがどんなデタラメな真理でも、誰も反論できなくなり、社会は大混乱に陥る。だから真理とかそれに類する言葉は「四書五経」には一度も出てこないのだ。
 一方のキリスト教では、キリストの教えこそが真理であって、その証明のためにイエスは数々の奇跡を起こした、とする。奇跡を起こすことは、仮にそれが事実だとしても、超能力者であることの証明にはなっても真理の証明にはなっていないはずだ。それでも信者たちは盲目的に真理だと信じてしまい、教会に従い、教会が絶対支配する社会を造ろうとする。信仰を持たない者にとってはとても不思議でたまらないところだが、それが宗教の恐ろしさなのだろう。
 漢学者の考えでは、人々を救うのは真理ではなく人間の真実を知ることなのだ。社会集団を構成したときの人間の真実の姿を検証し、そこから適切な対処法をシミュレーションすること、である。そのため絶対的な善とか悪という概念はない。

☆君子と小人

 悪という字はそもそも「憎む」という意味なのだ。大雑把に言えば、他人から憎まれる行動は愚かであって、他人から慕われる行動が賢明なのである。どのような集団であっても権力の側に立つ者と従う者とで構成される。数人の友達同士でも、リーダー的な者と、そのリーダーに従うメンバーに分かれる。リーダーに()(へつら)って、自分がいい思いをしようとするメンバーもいれば、誠実に付き合おうとするメンバーもいる。この場合、リーダーとしては媚び諂いする者を遠ざけ、誠実な者を大事にするのが望ましい。そうでないと、媚び諂いが蔓延し、やがてイジメなどにも発展しよう。媚び諂いを好む者が小人(しょうじん)、誠実な者が君子(くんし)である。小人が権力を握れば社会は欲得にまみれて誠実な者がバカを見る世の中になる。
 人間には誰しも小人の心と君子の心が共存している。君子になろうとする者が多い社会は安定し、小人で構わないとする者が多い社会は不安定になる。したがって、より多くの者が君子になろうと勉強するのが大事なのであり、その入門書が『論語(ろんご)』なのだ。「君子は()して(どう)せず、小人は同じて和せず」(君子は心からの信頼関係を築くが、その場の空気に流されて思慮なく賛同するようなことはしない、小人はその場の空気に流されて思慮なく賛同するが、心からの信頼関係を築くことはない、という意)、というように、君子と小人を対比して、君子としての生き方、考え方を勉強するのである。

☆教育基本法の場合

 戦後の昭和22年に制定された教育基本法では、前文に「真理と正義を希求し」とあり、第二条には「真理を求める態度を養い」とあるが、江戸時代の漢学者が読んだら、とんでもない過ちだと指摘することだろう。健全な人間に教育するためには、真理などというまやかしに惑わされないことが大事なのだから。
 おそらく当時もそう言って反論した人もいたのではないかと思うが、占領下ではGHQがこのように書けと草案を出したら、それをそのまま翻訳して法案にするしかなかったのだから仕方のないところだろう。その結果、キリスト教徒以外の一般的な日本人には馴染みのない真理という言葉がひとり歩きし、やがてその真理を求めてオウム真理教ができ、平成7年の地下鉄サリン事件などを引き起こした。真理とは実に怖いものだ。

☆憤りのエネルギー

 現代は真面目で正直な人が辛い目を見る時代だという。社会が民主主義や真理という言葉に振り回され、君子になろうとすることをあまり顧みないからだ。法律的には、平等や人権を守れば、何をやろうとかまわないのだから、君子になろうとする必要はない。小人のまま、私利私欲を貪り、好き勝手やって何が悪い、といったところだろう。法に触れなければなんでもやる。やらない方が損になる。逆に、やっても儲からないことはやらない。キリスト教を批判してもカネにはならないから、黙って誤魔化されたままにしているのだろうか。情けない世の中だ。
 ウソや誤魔化しが嫌いな私としては、そんな憤りが真実を探るエネルギーになり、あの膨大な旧約新約の両聖書を読んで、キリスト教の正体を暴いてみたくなったのだった。

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も く じ

〇ごあいさつ

T イエスの誕生年=西暦元年は、 易学の論理で「革命の年」に設定された
@『古事記』『日本書紀』のトリックと西暦元年
 Aまるで説明がつかないローマの見解 B史上初の西暦元年成立論となるか C旧約と新約の要点

U 「東方の三博士」の話には、易学に根ざした九星の論理が貫徹していた!
@九星という年回りを確定する技術
 A方位を限定明記する怪しさ B易学のストーリー構成力を借りて

V 聖母マリアの処女懐胎物語は、司馬遷『史記』のコピーである〜中国文化の影響は易学以外にも見いだせる〜
@多くの人から疑われていた
 A『史記』解釈上の新発見か B墨子の思想はキリスト教と似ている

W 「ユダヤ暦元年」算出根拠は、まさに易学そのものに依っている〜易学の卦を絶妙に展開して文章化している〜
@ユダヤ暦元年を算出する糸口
 A中国人編集アドバイザーを想定すると B徹底的に易学で組み立てられている C序次24地雷復を絶妙に展開して D易学とは何か

X 天地創造の六日間は、序次1〜14と完全に合致している〜『聖書』全体を易学で読み解くべきことを示唆〜
@読み解いて拍子抜けする
 Aアダム930歳の出どころ B一度に三つのメッセージ

Y ノアの箱舟神話は、「新しい時代の始まり」を告げていた〜洪水神話の易学的構成〜
@ノアの家族構成が示すもの
 A絶妙な連動性

Z 太祖たちからイエスにつながる系譜は、十字架そのものを暗示している〜アダムたちの法外な長寿の秘密〜
@太祖たちの法外な長寿
 A重大な秘密が仕掛けられていた

[ 「過ぎ越しの祭」も「出エジプト」も易学的に構成されている〜十字架はイエスの処刑を意味していない〜
@「出エジプト記」は易学で加工されている
 A海が二つに分かれる卦 B十字架は宗教支配の理想的な姿を象徴

\ イエス処刑に至る『聖書』の記述は、『易経』の丸写しであった〜『聖書』は西暦300年代に書かれた〜
@「ペトロが三度拒むと鶏が鳴いた」の卦
 Aすべてがフィクションであった B『聖書』は西暦300年代に書かれた

エピローグ
@なぜ『聖書』を偽作したのか
 Aみなさまからいただいたメッセージ

蛇足〜なぜ私は『聖書』に興味を持ったのか
@母と共益商社とGHQ
 Aキリスト教会に通ってみたら…… B「イマジン」が教えてくれた反キリスト教精神 C男尊女卑は神が決めた! Dオー・マイ・ゴッドの意味〜人間は神の奴隷? E「プリズナーNO.6」〜キリスト教信者は囚人と同じだ! F私の曾祖父は易者だった G人を救うのは真理ではなく、真実だ!

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最終更新日:令和02年08月27日 学易有丘会
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