海風通信 after season...

木漏れ日の薬師如来堂

【福泉寺・薬師如来堂】
 所在地:三浦市初声町三戸
 概 要:上諏訪神社の裏山台地にある福泉寺持の如来堂。
      コンクリート造りの祠の中に、自然石で彫られた光背形の薬師如来
      像が鎮座している。彫られている文字は今となってはほとんど判読で
      きないが、昭和55年当時に浜田勘太氏が調査した時点では、右に
      「先祖代精霊」、左に「宝暦三年六月」とあったという。


  ※本ページに掲載した写真は御開帳時に許可を得て撮影したものです。
    無断転載・二次使用は厳に慎んで頂きますようお願い申し上げます。
 [取材日:2017年05月23日/06月06日]


 今もなお残る郷愁的風景に心惹かれて三浦半島を旅する方は、初声町の三戸浜〜黒崎一帯にかけての地域は、特にお気に入りのエリアとなっているのではないでしょうか。高台突端の絶景・素朴な夏の砂浜海岸・どこか懐かしい集落内の家並み・小路などなど……。好みの対象は人それぞれだと思われますが、とりわけ三戸地区・上諏訪神社あたりの雰囲気などは、強く印象に残している人も多いのではないかと思います。あの本殿から砂浜まで続く幽邃なる参道、数多くの石燈籠が並ぶ先に見える、明かりの灯された拝殿前の光景など、実に見事なロケーションを形成していますよね。
 そんな上諏訪神社の景観的認知度が際立つ一方、この神社の裏山を登った高台の片隅に、小さな薬師如来堂があるのをご存知でしょうか?まるでRPGの隠しエリアのようにひっそりと存在しているので、なかなか気付いている人は少ないようです。上諏訪神社のあの雰囲気の存在感が大きいのに対して、こちらのお堂は謙虚で地味すぎるのも原因かもしれません。けれど、神木(霊木かな?)と呼べるような大樹をバックに、やわらかな木漏れ日の降り注ぐその場所は、とても良い聖域的空間に溢れています。そこに佇む薬師如来さまのお姿も素朴で優しいお顔立ちをしており、私のお気に入りのスポットとなっています。
▲高台の畑に囲まれた森の中にポツリとある薬師如来堂。 ▲薬壷を手にちょこんと佇む姿は、威厳よりは愛らしさを感じる。
 この薬師如来堂は、三戸の神田地区にある福泉寺持ちのお堂だということですが、紙媒体史料に乏しく、ネット上でも私が確認した限りでは、情報・画像ともに全く見つけることができませんでした。ただし、故・浜田勘太氏の『初声の歴史探訪記』には、「諏訪神社」の項目において、数行ながらその存在が書き留められています。うーむ、やっぱりサスガですなぁ。…と、こう書くと、「なんだ、またこの著者の情報をパクった受け売りか?」とも取られそうですが、いえいえ、今回の薬師如来さまとの出会いは、初めに文献調査ありきではなく、本当に幸運な偶然からだったのです。
 それは、三十三年に一度奉修される『三浦薬師如来霊場』大開帳の折でした。三浦半島各所に二十一ある薬師如来霊場を参拝して都度、御朱印をいただいて行き、全ての霊場をまわると、最後のお寺で「結願成就の証」をいただくことができる、というものなのですが、私はこの最後に訪れるお寺を、当初から福泉寺と決めていました。薬師霊場の中では小網代に一番近いお寺ということでもありますし、何より寺前にある『一切亡虫魚墓』という供養塔が気に入り、「あぁ、人だけでなく、ムシやサカナにもやさしいお寺なんだなぁ。」と妙に感服させられてしまったからなのですね。
 そうした考えをもとに訪ねたのが、この福泉寺でした。そしてそこで出会ったのが、このお薬師さまだったというわけです。
 それはもう、なんと言うか…。路傍に佇む野仏のような、自然石の優しげな仏像なのでした。
▲33年に一度の晴れ舞台!センターは石の薬師さまだ! ▲結ばれている紐は、参拝者と薬師さまを繋ぐ「善の綱」です。
 その石仏は、福泉寺の御本尊である阿弥陀三尊をバックに見守られながら、高座と須弥壇の間にある前机にチョコンと立って居られました。
 普通、薬師如来像と言えば、木彫に黒漆や金箔などを纏わせた、煌びやかで立派な像をイメージすると思われますが、それが素朴な石仏像とは予想だにしませんでした。私は当初、不覚にもそれが薬師さまだとは思ってなくて、「あの〜、薬師如来像はどちらに?」と訊いてしまったぐらいですから。
 御朱印と結願証を受け付けてくれた若いお坊さんは静かに微笑みながら、「本尊右脇にある薬師如来像がそうなんですが、今、中央に座している石の薬師様も、上諏訪神社裏のお堂からお連れしたものなんですよ。」と説明していただきました。詳しくは、おそらくこの薬師如来堂について述べられた唯一のものと思われる福泉寺の公式資料を頂くことができましたので、ここに掲載しておきます。


【薬師如来堂は こんなところ】 〜福泉寺 頒布資料より。
 三戸海岸にほど近い上諏訪神社左脇の細い小道を登っていくと、眼前に一面畑が広がります。
 左におよそ20m歩いた先に、小さな薬師如来堂がございます。
 縁起は不明ながら、石仏の薬師如来像には宝暦(1751〜1764)の文字が刻まれており、今からおよそ270年前の仏様ということになります。
 このたびの御開帳に合わせ本堂にお連れしておりますが、普段はこの地で静かに私達を見守って下さっています。
 四方を大きな木々に囲まれ、気づかずに通り過ぎてしまうほどの小さな小さなお堂…一歩杜に足を踏み入れると、木漏れ日がキラキラとお薬師様を照らし、木々の香りと、かすかに聴こえる波の音に、自然と心が穏やかになります。
 お薬師様がまっすぐ見据える瞳の先には相模湾…海の青と、浄瑠璃世界の瑠璃色が静かに重なる時間(しゅんかん)です。
 今も昔もそしてこれからもずっと…人々の安寧を願うそのお姿にただただ感謝するばかりです。
 ということで、これが私と福泉寺の石の薬師如来さまとの最初の出会いでした。「御開帳に合わせてお連れした」ということで、普段は上諏訪神社裏の高台にある薬師如来堂に鎮座しているとのこと。このお薬師さまに福泉寺本堂で会えるのは、実に33年に一度しかない稀有な機会ということになるのですね。(※後日改めてお聞きしたところ、薬師縁日や法要行事でも本堂にお連れすることはないというので、本当に33年に一度きりだそうです。)そう考えると、ご利益云々は置いといて、何だかとてもスゴイ巡り会わせのように感じます。豪華絢爛な仏像ではなく、質素な石仏というのも、またそれが却って親近感を抱ける和やかさがあって良いですよね。以来、私はこのお薬師様のことが気に入ってしまい、上諏訪神社近くに立ち寄った時には、必ずこちらの薬師堂にもお詣りするよう心がけています。
 ここ、なるべくならば教えたくない場所だったのですが、あまりにも気付きにくい環境にあるので、最近は悲しいかなゴミの不法投棄の憂き目に遭っています。それよりかは、多少は人の目に触れられたほうが良いのかな?と考え、今回掲載することにしました。
 上諏訪神社を訪れた際には、併せてこちらにも足を運んでみては如何でしょうか。木漏れ日の射す小さな森のお堂は、神社が持つ凛然とした空気とはまた違った、柔らかな陽だまりのような趣きがありますよ。

【参考文献】:三浦の歴史シリーズ T 初声の歴史探訪記/浜田勘太 著