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荻原井泉水の『三崎の水の色』
『ヨコハマ買い出し紀行』に登場する実在の舞台としても一躍有名になった「小網代」という地域。穏やかな漁港の風情や自然が今も残り、物語や作品の生み出されるロケーションとしては絶好の場所なのですが、意外にもこの小網代が舞台となっている文学というのは、なかなか無いのですね。 荻原井泉水の『旅の印象』の中に収められている「三崎の水の色」というエッセイは、そんな中でも数少ない、しかも大正時代の小網代の様相を窺い知ることのできる大変興味深い作品でもありますので、ここに紹介したいと思います。 【井泉水=自由律俳句の創始者】が書いた本というと、なんだか堅っ苦しい文体なのでは?と思われそうですが、平たく言ってしまえば『大正時代の旅行エッセイ本』です。漢字こそ古い字体が多用されていて少々読みづらいものの、それさえクリアしてしまえば、あとは流れるように読み進めていけてしまうはずです。しかも『わし的うるさいハエの撃退法』など、けっこうどーでもいいネタを延々と書き綴っていたりして、「お前は大正時代の椎名誠か!?」とツッコミを入れたくなるくらい、馴染み易い文調でもあるのです。(=大好きです!) 一方で、当時の小網代村の集落構成も克明に記しており、「屋敷は60〜70くらいしかなく、それもたいていは漁師で、其の他は、何でも売っているらしい荒物屋が一軒、駄菓子屋が二軒、氷屋が二軒、鮨屋が一軒、湯屋が一軒、お寺が二ヶ所ある。」と綴り、さらには「松のある砂浜に明神の祠があって、水を前に青田を背ろに鳥居の立っている良い所がある。ここから湾口の真正面に富士が見える。湾の渡しを渡ると向う側の三戸という村に行ける」と、現代でも想像に難くない見事な観察記録を残しています。この風景、今でも白髭神社の鳥居の前に立つと実感できますよね。井泉水の見た景色とオーバーラップ出来るようで、感慨深いものがあります。
東京から汽船で三崎へと降り立った井泉水。汽船場には三崎で親戚のようにしている家の女の子が迎えに来てくれるということですが、なんとその子の名前が、「すぅちゃん」と呼ばれているのですよ!この「三崎の水の色」を私が初読したのが2006年で、もちろんその当時は『コトノバドライブ』など知る由もないのですが(それでも『PositioN』で関連付けようとしてたかも?)、ふと2018年に改めて読み返してみて、「あぁ、そう言えば!」という流れでの、今回のページ作成となったのです。 この作品中で「すぅちゃん」の出番は結構多く、港での出迎えや荷物持ち・ハエ叩きゲットのお手伝いなど、井泉水の都会かぶれの要求に奔走させられますが、その間にセリフが一切無いのもミステリアスで良いですね。お寺からシュロの葉を2本貰ってくる様もシュールで宜しい。まるで大正時代版・コトノバドライブを見ているようでした。(※感じ方には個人差があります。) それにしても井泉水さん、ハエの撃退にどんだけ執念燃やしてるんですか!?と思われそうですが、しっかりと俳人らしい抒情的な風景描写もしていますので、最後に夕暮れ時の小網代湾の様子を綴った一文をピックアップし、本稿を締めさせていただきます。
※というわけで、三浦半島及び芦奈野ファン双方におススメのこの作品、なんと今ではネットで国立国会図書館のデジタル・アーカイブから閲覧できますよ!良い時代になったものですねー。私がこの資料を探してた当時は、マイクロフィッシュからコツコツと丹念に調べ上げてたものでした…。 参考文献:三浦半島の文学/野上飛雲 著 |
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