海風通信 after season...

朝比奈分岐点


▲朝比奈切通し・十二所側入口にある石碑。
現地調査日:2022年09月13日
対象所在地:横浜市金沢区朝比奈町と鎌倉市十二所の市境。
調査の目的:朝比奈切通しと朝比奈峠、及び分岐の調査。
備    考:『ヨコハマ買い出し紀行』第64話「手紙」、
       第27話「朝比奈峠」、第33話「横浜買い出し」等参照。









◆別れ、そしてニアミスの峠道

 朝比奈再訪は、実に20年ぶりのリベンジ。まぁ、リベンジとは言いつつも、前回はあまりにもそのロケーションの失望ぶりからレポートにも起こしていなかったので、実質今回が初掲載となるのですけどね。そう考えると、実際に足を運んでいながら、旧ホムペでは写真すらも発表していない場所というのは結構あるものだなぁ。鎌倉方面は鶴岡八幡宮を筆頭にほぼノータッチだし、近い場所では大楠山の展望台螺旋階段なんかも掲載するタイミングを逸してしまっていました。ここらへんも、ゆくゆくはアップして行こうと思っています。
 さて、話を戻してこの朝比奈というポイント、行ったことのある人は分かると思いますが、ホントにヨコハマの風景描写とは似ても似つかない、風情も趣きも感じられない場所なのですよ。『朝比奈』という道路表示板が確認できる地点は朝比奈ICと合流する場所にあり、交通量がひっきりなしにある無機質な郊外バイパス道的風景。ただ表示板があるというだけで、写真的に全然絵にならないのです。
 そしてもう一方、作品エピソードのタイトルにもなった『朝比奈峠』という名称も、一応は実在します。ただ、こちらも地名表示として確認できるのはバス停名の案内表示板のみ。舗装された道路が稜線の最高所付近を掠めているだけであり、また付近は霊園になっていたりと、あまりロケーションに沿っているとは云い難い風景なのです。
 このようなことから、「あえてこの場所をレポートする意味あるのかな?」と気持が萎えてしまい、ほったらかし状態にしてしまっていたのですね。
▲『朝比奈』標示板のある交差点。位置関係は合ってるけど・・・ ▲『朝比奈』という標示板が確認できるのは、この地点だけ。
 けれど、この朝比奈には、もう一つ魅力的な場所が存在します。それが『朝比奈切通し』です。
 朝比奈切通しは、『鎌倉七口』の一つとして鎌倉と金沢(六浦)を結ぶ切通し道。昔から変わらぬ雰囲気や風趣がなかなかの歴史的散策路なのですが、前日に雨などが降ったりすると、道が川のようになってしまう泥濘登山道となってしまうのです。以前に訪れた時にはまさにこの状態であり、金沢口側から入ったものの、横浜横須賀道路の高架下を抜けてから100mも進まないうちにスニーカーがビッチョビチョになり、敢えなく撤退したという苦い経験があります。こうした意味でもリベンジというワケですね。『ヨコハマ買い出し紀行』とはほとんど何の関連もないのかも知れませんが、それでもとりあえずは切通しを抜けて、朝比奈峠までは踏破しておこうと思っていたのです。
▲朝比奈切通し起点にある、石仏や庚申塔群。 ▲高架道下を抜ける古道。
 今回は前日に極めて短時間の俄雨があったものの、当日の天気はすこぶる良好。ということで、さっそく歩いてみることにしました。
 金沢側の入口のロケーションは、恐るべきことにほとんど20年前のそれと変わらぬ様相。これから山道の古道へ向かうというのに、なにやら鉄工所が操業稼働し、高架道が横切り、エンジン音や機械音が山中に漂うという不思議に不気味な光景。この感じ、初めて朝比奈切通しに行った人なら、誰もが覚える感覚なのではないでしょうか。路傍に佇む庚申塔群によって、改めてそこが古道であると再認識しつつも、果たしてこの道で正解なのかと疑問視するほどです。それでも道はしっかりと続いているので、メゲずに進んで行きましょう。
 道はすぐに横浜横須賀道路の高架道直下をくぐる様に延びていきます。実は私はここの部分が個人的にスゴく好き。植物が高架道のコンクリートを浸食するように繁茂し、不謹慎にも黄昏の世界を想像してしまうのです。車の走行音はひっきりなしに響いてきますが、時折、車の存在感が全く感じられなくなる、無音の時間が訪れるときがあります。そんな時はゾワゾワしながら気分に浸り、再び車の走行音が響いてくると、なんだかホッとしたりなんかしていました。これは今考えると、まさに『コトノバドライブ』の世界のようでしたねぇ。
▲植物が人口構造物を覆い隠してゆく。この感じが良い。 ▲熊野神社分岐点より、緑が一層濃くなっていく。
 高架道下を抜けると、道はいよいよ湿り気を帯びた悪路と化していきます。それでも今回は以前よりも全然マシ。あっという間に前回の撤退ポイントを抜け、切通しと熊野神社への分岐点にたどり着きました。
 この熊野神社も雰囲気のある神社なのですが、今回はレポートの構成上、長くなるので割愛。そのまま真っ直ぐ進むと、このルートを代表する最も象徴的なポイントである、稜線部を断つような切通し部分が現われます。
 ここが所謂、朝比奈切通しの「大切通し」といわれる箇所。岩塊を見事に切り開いた、まさに切通しの「見本」とでも呼べるべき姿が、眼前の視野を狭めるような威圧感で現われます。その周辺には、崖上にくり抜かれるように作られた「やぐら」群や、線描のように刻まれた磨崖仏などが見つけられるので、興味のある人は探して見るのも面白いでしょう。なるべくなら、あまり事前に情報を得ないで見つけた方が感動もひとしおだと思います。私などは情報をチェックしすぎて、単なる位置の確認作業に陥ってしまい、あまり感慨を得ることができませんでした。そうした意味でも、私のレポートでは、この周辺の画像の掲載をあえて最小限にとどめておくことにします。
▲両側が見事なまでに切り開かれた「大切通し」。 ▲道行く人々の安全を見守り続ける石地蔵。
 大切通しを抜けると、道はついに下り基調になってきます。路傍の石地蔵が、往古の街道風景を想起させてくれるかのよう。あたりはますます緑も深まり、深山幽谷の趣きを醸し出してきます。おそらく大切通し近辺が分水嶺となっているのでしょうか?ここから次第に道に沿って流れる水量が増していき、終いには沢下りのようになってきました。もはや、道と言うより「川」です。あぁぁ、やっぱり、靴を濡らすことになってしまうのか・・・・。
 せめてコケないようにと慎重に沢を下っていると、何故か私の進む手前、手前へと、おちょくる様に跳び歩く虫たちがいます。色鮮やかな姿形をしているので、アブとかハチだったら嫌だなぁと思いつつ、ふと目を凝らして見ると、それはなんと「生きた宝石」と表現される、ハンミョウという虫でした!
 ハンミョウは別名「ミチシルベ」や「ミチオシエ(道教え)」とも呼ばれ、人間の歩く方、歩く方へと跳んで行く習性があるのです。このことを漫画『ロン先生の虫眼鏡』で知った小学生時代の私は、是非ともこのハンミョウを見つけてみたいと思っていたのですが、結局今日まで発見することは叶わなかったのです。(←ロン先生は「その辺の道ばたにいくらでもいるよ」と言っていたのに!)それが、このようなカタチで見つかる日が来ようとは・・・。
 ハンミョウは、噂に違わずタマムシに匹敵するほどのカラフルな光沢を持った、美しい昆虫でした。なんか、すごく満たされた気分です。
▲もはや沢下り状態。この道が乾くことは、ほぼ無いのでは? ▲生きた宝石・ハンミョウ発見!
 ハンミョウ先遣隊に案内されながら下って行くと、道はいよいよ水量を増し、他の支流と合わさって「太刀洗川」を形成していきます。この地点になるとようやく川と道部分が分離し、歩きやすいハイキング道となりました。ハンミョウたちはいつしか姿を消し、日陰の涼しげな山道をしばらく歩いて行くと、不意に石碑と小さな滝が現れます。ここが朝比奈切通しの終点、つまりは鎌倉(十二所)側からの始点となる場所です。
 この小さな滝は『三郎の滝』と呼ばれ、朝比奈切通しを一夜で切り開いた(と、伝説で謳われる)朝比奈三郎義秀の名から付けられたと言われています。そもそもこの切通しの名前自体、この人の功績から命名されたらしいですけどね。まぁ、そのあたりは歴史考察に詳しい人に任せましょう。
▲水の流れが一ヶ所にまとまって来ると、コースも終盤。 ▲『三郎の滝』で、切通し区間の終了。
 ここまでゆっくり歩いて、所要50分程度(熊野神社への寄り道含む)。水でぬかるんでさえいなければ、実に快適・爽快なハイキングコースと言えるでしょう。ここはむしろ、濡れて当然の装備を予めしていった方が楽しめるのかも知れませんね。
 滝のほとりでしばしの小休憩をし、次なる目的地・朝比奈峠へと向かおうとすると、ふと分岐点の木陰に設置された、木製の行先案内板に目が留まりました。取るに足らないような直感でしたが、何か心に引っ掛かるものがあったのです。
 「あれ?これ・・・何かに似てる・・・?」
 瞬間的に思ったのが、ヨコハマ第64話「手紙」の冒頭で登場した、朝比奈にある『鎌倉』⇔『横浜』の行先表示板。アルファさんが「西に向かおう」と決断した、運命の分岐点。ココネがもうちょっと早く到達していれば、「あッ、アルファさんじゃないですかー!何でココに!?」と奇跡の再会を遂げられたはずの、ニアミス地点。いろんな思いが詰まった、あの場所です。
 ・・・・もちろん、家に帰って冷静に分析してみると、場所も方角も位置関係も表示板の木材の形も、何から何まで違っていました。それでも、朝比奈地区にあるそれらしい雰囲気のロケーション、ということで、どこか惹かれるものがあったのです。作品中の朝比奈峠も、現実世界のそれとはとても似つかないようなロケーション。ということは、ひょっとしたらあれは朝比奈地区の印象的なポイントを寄せ集めて作られた、芦奈野センセイの想像上の『合成された峠』ともとることができるやも知れません。その一つに、このポイントが入っていたら良いなァ、とか僅かながらにも思ったりもしたのです。
▲こ、この分岐標は、アレなのでは!? ▲『鎌倉』⇔『横浜』に変更したい。(←コラコラ!方向全然違うし)
 それでは、最後にその核心の朝比奈峠に向かうこととしましょう。(※注:私は切通しを往復し、バイクで迂回しています。)
 太刀洗川沿いに歩き、金沢街道と合流した地点で鎌倉霊園方面へと道なりに北上していくと、2つ先のバス停留所が『朝比奈峠』となります。
 ここも・・・う〜〜〜〜ん・・・・、何というか、20年前とさして変わらぬ、取り立てて特徴もない、緩やかな舗装峠道なのです。眺望ナシ・展望台ナシ・自販機ナシ・『峠』を示すモニュメントも何もナシ!辛うじてあるのは、バス停留所案内表示板に示された"朝比奈峠"という文字だけ。あまりにもサッパリとし過ぎていて、思わず拍子抜けしてしまうほどです。ここはおそらく、霊園関係者しか利用することはないのでしょうね。
▲朝比奈峠の緩やかなワインディング・ロード。 ▲これ、『バス停留所案内表示板』というらしいです。
 予想通りというか当然のことながら、作品中の朝比奈峠と合致する光景はほぼ見つかりません。そもそもが、あんな遠方の稜線まで見渡せるひらけた場所なんて、朝比奈に無いんですよね。あるとしたら、あれはやっぱり横浜横須賀道路上からの景色なのかなぁ?
 作品とは関係ありませんが、ただ一つ気になったのは、金沢街道を跨ぐために霊園が設置した歩道橋に示された、かなり古い行先表示板。良い感じに古色を帯びていて、かつての記憶を思い起こさせてくれました。
 「これ、確か20年前にもあったなぁ・・・。当時はヨコハマ買い出し紀行も連載の真っ只中だったなぁ・・・。時が流れたものだなぁ・・・。」

 まだ陽も高い時間帯でしたが、私はこれを見て妙にノスタルジックな気持ちになり、早々に朝比奈峠をあとにすることに決めました。
 何故かアルファさんとは真逆に、横浜方面へと向かって・・・。
▲歩道橋に設置された行先表示板。確かに鎌倉へと続いている。 ▲このひび割れ具合と古色、相当年季が入っています。