海風通信 after season...

船越峠にはナニがある?


▲緑に呑み込まれつつある消火器。
現地調査日:2017年05月09日
対象所在地:逗子市沼間〜横須賀市湘南鷹取・船越一帯
調査の目的:船越峠・市境尾根道の調査検証
備    考:月刊アフタヌーン96年5月号付録ポスターもしくは、
        ポストカードブック『ヨコハマ買い出し紀行』地図カード参照のこと。
        第64話『手紙』も一読すると、より理解が深まります。








◆鷹取山から配管道、そして船越峠へ

 はい!もはや恒例となりつつありますが、お手元にヨコハマ買い出し紀行・ポストカードブックのイラスト地図をご用意ください。
 前々回に訪れた夏島の西側に『Mt.Taka』なる表記、そしてそのすぐ下に『Funakoshi Pass』という文字が見つけられると思います。『Mt.Taka』は言わずと知れた鷹取山、『Funakoshi Pass』は船越峠となりますが、あれ?そもそも船越峠なんて地名はあったでしょうか?船越町という町名は確かにあるのですが、峠としては聞いたコトがありません。余談ですが、三浦半島には地図上で「峠」と表記されるものは極端に少なく、按針塚の近くにある『十三峠』くらいしかないそうです。言われてみれば、パッと思いつく峠ってありませんよね。では、この『Pass』というのは何なのでしょう?
 改めてイラスト地図をよく見てみると、かつての横浜横須賀道路(横横道路)のピーク地点としての表示とも取れるのですが、実際はこの場所が特段に標高の高かった地点ということでもないようです。ならば何故、『Funakoshi Pass』をわざわざ地図上に書いたのでしょうか?ひょっとしたら、何かの意図があって表示させたのかも知れません。何よりも重要なポイントは、ヨコハマ世界ではこの『Funakoshi Pass』を通らないと半島の外に出られないということなのですよ。これはナニかありそうな場所ですよね?さっそく探しましょう!幻の船越峠となりえる場所を!
※今回の山行はマトモにレポートすると膨大な量になるため、主要の3地点のみに絞ってまとめています。

▲船越峠調査のために辿ったルート地図。境界尾根道は東電の鉄塔巡視路ともなっている。神武寺方面はまたの機会に報告します。

 1.鷹取山
 まずは気軽に辿り着け、適度に高度も稼げる鷹取山からスタートしましょう。
 標高は139m。切り立った崖や奇岩が連なる異様な山頂風景は自然に形成されたものではなく、かつての石切り場としての名残りです。良質の凝灰岩を産出するこの山は、門柱や塀などの建築石材として大正時代あたりまで盛んに切り出されていたようです。
 この絶壁と岩質を利用して、いつしかロッククライミングの練習地としても知られるようになってきたのは有名ですね。新田次郎の『銀嶺の人』では、まさにこの地で練習する風景が描かれています。近年は安全面の問題からハーケンを打ち込むことが禁止され、もっぱらトップロープクライミング専用ゲレンデへと形を変えてきましたが、愛好者は絶えることが無いようで、平日でも何組かのグループが見受けられました。絶壁を易々と登る姿には、思わず時間を忘れて見入ってしまいます。
 それにしても、こんな特徴的な山が『ヨコハマ買い出し紀行』本編に一度も登場しなかったのは、なんとも残念ですね。アルファさんの移動シーンの描写として、第64話『手紙』あたりにでもチョロッと出てきていたら、それこそ15年は早くこの地を訪れていたと思います。
 まだまだいろいろと見所のある鷹取山なのですが、今回は時間の予測がつきません。さっそく尾根道調査を開始しましょう。
▲展望台すぐ下の絶壁を登るクライマー。 ▲鷹取山展望台より。石切り場の痕跡がうかがえる。

 2.がらめき
 尾根道を南下していくと、ちょうど湘南鷹取と沼間・船越町の3地域の境界線ともなる分岐点が現れます。ここから南に向かうのが今回の目的地の方向でもあるのですが、東へのルートも魅力的なので寄り道してみましょう。なにより、船越地区にある峠を探すという名目では、やはり浦郷トンネルの直上あたりも候補になりえると考えたからです。
 東方面への道をしばらく行くと、これまでの山道から一変して、まるで公園の中のハイキング道のような歩きやすい道が現れます。周辺の眺望も良く、眼下には湘南鷹取の無数の宅地群、彼方にはランドマークタワーまで見渡せます。やがて道は再び変化を見せ、今度は細長いコンクリートブロック状のモノが、ジェットコースターのレールのように尾根道に沿って伸びています。これはボックスカルバートと呼ばれていて、内部に敷設されている水道管を保護するためのものだそうです。私もこの構造物を文章で説明するにあたりいろいろ調べて、初めてこの名称を知りました。苦労したわりには、多分、日常ではほとんど使わないムダ知識ですね。
 この水道配管道は湘南鷹取から浜見台にまで続いており、通常の山道を歩くよりはずっとラク。まずあり得ないとは思いますが、もしもアルファさんがカートを引きながら歩くとしたら、このルートは充分通行可能なエリアであると言えます。まぁ、こんなコトするぐらいなら、素直に横横道路を歩いちゃえば済む話なんですが…。でも、不思議と横横らしき道を歩いているという描写って無いですよね?高架の崩落とか、何か立ち入れない理由があるのかも知れません。
▲勾配のある尾根すじを縫うように延びる配管道。 ▲浦郷トンネル直上。追浜町側が良く見渡せる。
 水道配管道を道なりに進んでいくと、真下に交通量の多い幹線道路を見下ろせる場所に出てきます。これが国道16号、つまりは浦郷トンネルの真上に辿り着いたことがわかります。ただし、ここはあいにく峠という感じではありませんでした。それよりも、ここから少し先に行った場所に、とても雰囲気の良い切り通しが現れます。ここが「がらめき(からめきとも言う)」と呼ばれる場所です。
 「がらめき」とは、からからと鳴り響く音とか、崖の崩れる音を意味して付けられたとか言われているそうですが、確定的な資料は見つかっていないとのこと。ただ、「船越の切り通し」などという安易な地名からの呼称ではなく、通り名を付けられたということは、ここがそれなりの難所として古来から人々に噂されていたのかも知れません。この場所は、かつて江戸から浦賀奉行所へと続く東の浦賀道(うらがみち)の一部でもありました。
▲配管道は舗装された小道のようになって続いている。 ▲ここが、「がらめき」と呼ばれる切り通し。

 3.船越峠
 では今回のメインへと向かうために、再び分岐点へと戻り、尾根道を南下していきましょう。実はここから先のルートは鉄塔巡視路ともなり、道中が非常に変化に富んでいて面白いのですが、長くなるので割愛させていただきます。ざっくりと表現すれば、銀林みのるの『鉄塔 武蔵野線』が好きだった人には堪らない散策コースと言えば、解る人にはわかるでしょうか?ちょっと強引かつ、例えが古いですね。ついて来れてますかー?
 『鉄塔 武蔵野線』宜しく、塔脚に表示されたナンバリングプレートを数えながら歩いていくと、沼間トンネル手前へと辿り着きます。この沼間トンネルの直上が、私が船越峠と呼べるのでは?と予想した場所です。船越町って『長浦港を取り巻く沿岸部の地域』というイメージが強いのですが、横横道路のすぐ近くまで迫っている地区もあるのですね。
 ここで再びポストカードブックのイラスト地図を見てみましょう。『Funakoshi Pass』のすぐ西には『Numama Bay』(沼間湾)が食い込み、『Kikoba-Valley』(木古庭の谷)との挟まれた山地を二子山山系とすると、位置的に合致するのは沼間トンネル直上から田浦配水池までの短い区間しかありません。その中で最も標高の高い場所にあるのが、トンネル直上というわけです。単に沼間と船越の境界というだけでなく、逗子市と横須賀市との市境であるという点も、峠要素としては充分です。ひょっとして沼間トンネルが出来る前は、船越峠あるいは沼間峠なんて呼ばれていたのでは?とも思いましたが、残念ながらそのような文献は見つかりませんでした。あぁ、そう言えば、三浦半島ってあまり『峠』って呼ばないんでしたね。
▲市境尾根道を断つように開かれた、東西に抜ける切り通し。 ▲篠山公園入口。右側の山肌が露出した部分にあるのは…?
 ところが、沼間トンネル至近に差し掛かってくると、尾根道は急に下り基調となり、小さな切り通しのある道に合流してしまいました。
 切り通しの向こうには船越町の家並みが見渡せます。あれ?これこそがかつての船越峠(あるいは沼間峠)の旧道の名残っぽい感じもします。実際にいろいろと歩いてみましたが、このルート以外に沼間から船越へと山越えできる「道」と呼べるべきものはないのですね。図らずも、というかアッサリと船越峠の「ような」地点を見つけ出せましたが、なんだか不完全燃焼感も否めません。厳密に見れば、これは東西に抜ける峠道であり、南北方向への峠とは到底思えなかったからです。そもそもまだ、沼間トンネル直上にも達していないのですからね。
 そこで取り敢えずは尾根道南下を続けようと思いましたが、今度はここから先に続く尾根道が見つかりません。辺りを見渡すと、『篠山公園』というわずかな遊具がある緑地の他は何も見つからず、園内にも道と呼べるようなものはありません。……急傾斜地に垂直に設置してある、アヤしげな鉄梯子を除いては……。
 「まさか、ここを登るんじゃないよな…?」
 一瞬戸惑いましたが、とくに「立入禁止」などの警告表示板もなかったので、思い切って梯子を伝い斜面を登り詰めると、鉄塔巡視路によく見られる階段道が現れました。どうやらこれが正解(!?)だったようです。再びこれまでのような尾根道が続き、一つ目の鉄塔を越えたあたりで周囲がワッとひらけました。西側に横横道路と沼間方面、東側には県道26号沿いの船越の町、直下には沼間トンネルすぐ手前にある『ファミリーマート横須賀船越町店』が確認できます。間違いなく、沼間トンネルの直上にまで辿り着いたのです!
▲いかにも怪しげな鉄梯子。これを登れば→ ▲沼間トンネル直上に到達。丸で囲んだ部分が直下のコンビニ。
 ……が、そこにナニがあるのかというと、実は何もありません。(←すみません……!!さんざん期待させといて。)
 また、とくにおススメもできません。というのも、この場所は少々危険なのですね。急斜面に沿ってルートが付けられているのですが、この道がブッシュで覆われており、路肩を踏み外す恐れがあるのです。草が生い茂る夏場は特に要注意。
 このピークを越えた先には曲線の美麗な切り通しがあり、そこを抜けると田浦配水場管理敷地となり、保安上の規制からこれより先は完全進入禁止エリアとなります。残念ながら、ここで尾根道探索は強制終了。アルファさんの旅する未来世界では、この尾根道がどのような変貌を遂げているのかは分かりませんが、やっぱり横浜横須賀道路を使ったほうが断然ラクな気がします。カートなんて、とてもとても……。
▲船越峠(仮)の頂上風景。藤の季節は見事だったりもする。 ▲峠を抜けた先の、見事なカーブを描く切り通し。名称不明。

 ★本レポートは現地行きを推奨するものではありません。行動・判断はあくまで自己責任でお願いします。
2017/07/03(加筆修正)