◆『夏島貝塚』と『軍事遺跡』見学会
★『その後の買い出し紀行』として始まるこのコーナーは、主に作品中には明確に登場していないけれども、語句や会話の端々には表れる地名・現象などをピックアップしていきます。さらなる深いヨコハマ・ロケーションを検証し、三浦半島の魅力を再認識していただければ幸いです。
記念すべき第1回目は、『夏島』です。
夏島と聞いてピン!と来た方は、かなりの重症……あ、いえいえ熱心なヨコハマ・ファンの方ですね?ポストカードブックの地図にも、猿島と並んで表記されたランドマークとなりうるスポットです。ただし、猿島が意外と気軽に行ける島なのに対して、夏島は「地続きである」にもかかわらず、一般の人間がなかなか立ち入れない場所となっています。それは、古代から続く日本の歴史の中で、夏島が重要な意味を持っているからです。
これはネットで調べればジャンジャン出てくるとは思うのですが、ホントに大雑把にまとめてみただけでも、縄文時代の「貝塚」として、戦時中の「要塞・基地」として、「明治憲法」の起草地として、歴史上有名な舞台となっていることが分かります。戦後近代化が始まり、追浜地区が工業用地として開発が進んだ際にも、島が切り崩されずにポッコリとそのまま残ったのは、このような背景があるからなのですね。
そんな訳で、島は全体が立入禁止区域。ヘタに入り込むと不法侵入で捕まってしまいます。私もけっこういいトシなので、こんなコトで警察に厄介にはなりたくありません。ここは慎ましやかに一般公開が行われる日を待って、夏島遺跡見学会に参加することにしました。
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▲入島前にパネルをまじえて詳しい歴史を知る。 |
▲夏島頂上部へ続く道。秘密施設への入口のよう。(P-1) |
まずは『横須賀市観光ボランティアガイドの会』の方々により、ゲート前にて夏島の詳しい概要が説明されます。
このガイドの方の説明が、付け焼き刃ではなく本当に詳しいのには驚きです。いろいろと質問してみてもスラスラと回答してくれるので、この人たちはホントに好きでガイドをしてくれてるんだなぁと感心させられました。私のツボにハマりまくるような地名由来のネタも持っていたりなんかして、ボランティアガイドと言えど、彼らはスペシャリストでもあるのです。
例えば、夏島。この名前の由来は、「冬でもこの島だけには雪が積もらない」(『三浦古尋録』より)ことから名付けられたというのは有名ですが、別名を『ウェブスター島』と呼ぶのは初めて知りました。これはなんでも、日本に来航したペリー艦隊が横須賀周辺を測量した際、あっちこっちに勝手に名前を付けていったものの名残りだそうです。ちなみに、猿島は『ペリー島』。その他、ルビコン岬やミシシッピ湾、サスケハナ湾にトリーティ・ポイントと、もう好き放題に命名しちゃってますね。こうした呼称は日本人にはもちろん馴染みませんでしたが、当時日本を訪れていた外国人旅行者の間では浸透していたようで、『日本奥地紀行』を著したイザベラ・バードなんかも日記に書いています。
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▲頂上尾根道。明るくひらけているが、眺望はあまり無い。(P-2) |
▲夏島遺跡の象徴的風景とも呼べる弾薬庫跡。(P-3) |
余談はこのへんで、さっそく夏島内部に入っていきましょう。
進入規制ゲートを抜けると、隣接する日産自動車追浜工場との境界壁に沿って歩いていきます。壁の向こう側ではフツーに働いている人が駐車場に車を停めてたりなんかして、かたやこちら側では戦時中から時が止まったような空間を歩いているという、なんとも妙な気分です。あたりは地下壕の穴(とは言え、入口はコンクリで塞がれている)が、ボコボコと木々の間に姿を現し、はじめはヘェ〜!とかホオゥとかなりつつ観察するのですが、まぁ島中あっちこっち軍事遺跡だらけなので、そのうちに、だんだん見慣れてきてしまうのですよ。
そもそも私は、『廃墟好きだが軍事遺跡は、あまり…』というヘンな嗜好のヒトなので、このテの物件にはなかなか興味が湧かないんですね。なんというか、郷愁を誘う「侘びしさ」というものが感じられない。では、YOUはいったい何しにこの軍事遺跡の宝庫とでも呼べる夏島に来たのであるか!?と、問われると、それはやっぱりヨコハマの世界観に通じるような風景を探しに来たのですよ。ですから軍事遺跡の詳細については、あえてざっくりと省くことにしました。それこそネット上には詳細なページが多数あるので、興味のある方はそちらを参考にして下さい。
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▲イギリス積み方式で組まれた副観測所のレンガが見事。 |
▲副観測所からの眺望。真下にJAMSTEC本部!こんなに近いんだ。 |
しばらく歩いていくと、突然フェンスに囲われた向こうに、金属製の建設作業用階段(P-1)が現れます。実際にそんなモノは見たことが無いので喩えるのも何ですが、いかにも密林内に造られた悪の秘密結社のアジト入口のよう。もちろんそのようなものでは全くなく、頂上部へと続く唯一の階段施設なのですね。夏島は周囲全体を崖に囲まれているため、登れる場所がこの一ヶ所しかないのです。
階段をつづら折れに登りつめていくと、上空がひらけて森の雰囲気が明るく変わります。このあたりが夏島の稜線部(P-2)。だいたいの標高が45mくらいで、最高所は52mあるということです。周辺はもう遺構やら遺跡やら残骸やらが狭い範囲で凝縮されてまして、「島まるごと資料館」にしても良いくらいの見事な構成配置ぶりです。「軍事遺跡は、あまり…」と言っていた私ですが、サスガに夏島遺跡の象徴とも言える弾薬庫跡(P-3)のレンガ積みの美しさには心を奪われてしまいました。
そうそう、こんなやたらめったらある戦争遺跡に混じるように、貝塚も稜線部に存在するんですよ。でも周りのインパクトに圧倒されて、イマイチ地味な印象は拭えません。なんせ地層が少し露わになった部分に、白化した貝殻が散在するだけですからね。日本最古の貝塚遺跡だというのに、なんかもったいない気がします。帰り際、見事なバイガイの貝殻を見つけたので、了承を得て標本用に頂いてきました。
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▲白く散らばる石片のようなものが貝殻。マガキが多く堆積している。 |
▲島の最高所に立つ監視鉄塔。 |
結局のところ、ヨコハマ的な風景はどうなったのよ?と突っ込まれそうですが、やっぱりそれらしい風景はなかなか見つけられませんでした。ただし、これだけは確実に言えることがあります。それは、未来世界のヨコハマにも、夏島は切り崩されずに残り続けるだろうということ。これほど多くの歴史的事物が詰まった島です。今後はむしろ、保全という形でいつまでも残り続けていくのではないでしょうか。
願わくば、第63話『私の場所』の扉絵のように、アルファさんが夏島の監視鉄塔上に立って鷹取山の岩壁を眺める……、そんな追加エピソードが生まれてくる日が来ればいいですね。
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