小説・物語の中の川越(4)

江戸時代の小説(その2)です

<目 次>
野良犬の群れ暗鬼の剣裏隠密吼ゆ秘剣流れ星八州狩り死闘!鉄砲狩り始末首斬り浅右衛門武蔵野水滸伝時代小説大全集長脇差大名風の牙舟賊飛ぶ!血風闇夜の城下獅子の剣

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「野良犬の群れ 葉月六郎太斬人覚 峰隆一郎 青樹社文庫 1999年 ★★★
 三人の影法師に妻子を惨殺された川越藩横目付・葉月六郎太。下手人を求めて市中を探索する彼が見たのは町外れに屯する五百人もの浪人の群れであった。彼らは一体何を企んでいるのか?藩の存亡を賭け、六郎太の必殺剣が縦横に舞う。そして妻子惨殺の真犯人とは!?
 解 説    宗肖之助(そうしょうのすけ:文芸評論家)
  (前 略)
 本書の時代設定は、江戸(時代)中期に当たる宝暦十一年(1761)。舞台背景は、江戸に近い武州(武蔵国)川越が採られている。
 この宝暦時代といえば――、出羽の人で後に八戸で医院を開業した社会思想家・安藤昌益が万民の平等な社会(「自然世」)を理想とし、封建社会の階級支配とそれを支える儒教および仏教を否定する著作『自然真営道』を著したのが宝暦三年頃と推定されている。
 また皇権の回復を唱えた尊皇思想家竹内式部らが処刑された「宝暦事件」(1758〜59)が起っており、これから丁度百年後の安政五〜六年(1858〜59)にかけての「安政の大獄」で、吉田松陰・橋本左内らが斬罪に処されたのを契機に、尊皇倒幕の炎は一気に火勢を増していく。
 そのように「宝暦」は江戸中期だが、大小名を問わず経済的困窮が深刻さを増していくなど、幕藩体制の矛盾や疲弊も露呈してきて、その一つの象徴的顕在化現象として本書にあるとおり、幕府の廃絶策(改易・減封等)によって増加の一途をたどる浪人(従来、主家を自ら捨てたか失った武士を「牢人」と表記したが、江戸中期に急増し、流浪する者が多かったことから「<浮>浪人」と呼称されるようになった)は、大きな政治・社会問題となる。だが幕府はこれに対し、まったく無策であったと言うしかない。
 一方、創作舞台となっている川越は、古代遺蹟から史蹟、文化財の多く残る旧城下町として知られるが、その川越城は江戸城の築城と同年の長禄元年(1457)に上杉持朝の臣太田道真道灌父子が築城(当時は河越城)したと川越市史にある。
 川越藩は江戸の北の衛として、将軍家の信の篤い親藩や譜代の有力大名から歴代の城主は配任されている。そして本作時点での藩主は秋元但馬守凉朝であった。
 そうした時代および舞台背景を背負って、主人公葉月六郎太は川越藩横目付として登場する。
 葉月六郎太は四十三歳。後妻で二十歳も年の離れた若い妻伊久と、五歳になる娘の久里の三人家族で、比較的に裕福な川越藩の禄を食み、至極平穏な日常をすごしていた。
 だが……、物語の発端から、一カ月前の八月の暑い夜半、就寝中に突然乱入し襲いかかってきた三人の覆面の武士の凶刃によって、伊久と久里は惨殺され、六郎太のみが辛うじて難をのがれるという理不尽な事件に見舞われていたのである。
 川越藩士とその家族に非行がないかを監察し取り締まる横目付という職務柄、何者かの逆恨みをかう可能性もなくはなかったが、主人公には自分はもちろん、妻子まで惨殺されるほどの恨みを受ける憶えはなかった。
 いったい誰が、なぜ……。いかなる動機に基づいて自分の一家に襲いかかってきたのか。
 襲撃後、自宅の庭に遺留されていた高価そうな象牙の根付を唯一の手掛りに、主人公は犯人の探索に乗り出していく。
 丁度そのころ川越藩内に流入してくる浪人の数が通常の二百人を大きく上回り、五百二十人ほどにも膨れ上がっていたことが判明する。
 対策に苦慮する川越藩では、浪人の指導者格の者と接触し、懐柔策を取ったのだったが、それが裏目に出て、浪人たちが公然と城下を徘徊するようになり、食い逃げ、飲み逃げ、金銭の強要……などが多発するのみならず、藩士の妻女が手込めにされる事態まで発現して、先にも記したとおり藩内の治安を守るために、主人公は次々と浪人を斬り伏せていくのだった……。
  (後 略)

「暗鬼の剣 人斬り弥介その三 峰隆一郎 集英社文庫 1993年 ★★★
 治安乱れる江戸市中を、すべての記憶を失って彷徨する弥介。辻斬り強盗の浪人をいともたやすく斬り捨て、身についた人斬りの技に驚き、人を殺めても何の感傷も湧かない自分の心に懊悩する。ただひとつ覚えているのは五鬼荘彦斎という名前――川越城下に集結し、不穏な動きを見せる浪人集団の首領だが……。
 第24話 清艶川越仮の宿

「裏隠密吼ゆ」 大栗丹後 春陽文庫 1992年 ★★★
 おなじみ、裏隠密二条左近!――狩野派の絵師として将軍家光を補佐する鞍馬流無生剣の名手左近が愛妻のおえんを同行して赴いたのは、小江戸と呼ばれる武州川越の地であった!
 寛永十五年(1638)一月、川越の城下は猛火に包まれていた! 可憐な少女おいちが街を走り回っていた! その後を、鳥見役を務める祖父古谷正兵衛が追っていた! その二人の行動に不審の眼を向けたのは町奉行同心篠沢であった!? 黒木綿の着流しに白絹の下着、朱鞘の落とし差しという姿で喜多院を訪れた左近とおえんに迫る秘密の手は……!?
 左近を待っていたのは西沢雪山とその師由井正雪であった!

「秘剣流れ星」 南條範夫 春陽文庫 1999年新装版 ★★★
 川越藩城代家老早川主馬は嫡子誠君を殺害、妹お蘭の方の千若を跡目にと悪計を企てていた! 井上伝八郎はこれをはばまんと起ち上がったが愛妻八重の上にも毒牙は迫る! 伝八郎の秘剣流れ星が鞘走る!

「八州狩り 夏目影二郎赦免旅 佐伯泰英 日文文庫 2000年 ★★
盛夏の上州路をめざす鏡新明智流の達人・夏目影二郎。父との軋轢から遊侠の徒に走り、十手持ちを叩っ斬るが、流罪寸前、勘定奉行職に就いた父の尽力によって赦免され、密命を受ける。腐敗を極める八州廻りの探索及び始末であった。要職に苦悩する父の窮地を救うため、疑わしき六名を追う影二郎だが、行く手には幕府を揺るがす陰謀が待ち受けていた…。著者渾身の書き下ろし長編時代小説。
 第二話 日光社参
     
 影二郎は奥の小部屋に横になり、両眼を閉じた。すると脳裏を女の顔が過った。
 萌の顔ではない。
 父秀信が伝馬町の牢に同道してきた女は、
「若菜は影二郎様のすべてを承知いたしております」
 と言った。驚きに言葉もない影二郎に、
「この者の姉の萌は、一家の窮状を救うために吉原に身を落としたそうじゃ。そなたとのことも妹には手紙で知らせていたそうな」
 と秀信は言ったものだ。
 萌は川越藩の城下で浪人者の両親の下で育った。父親が業病を患ったことが原因で萌が江戸の吉原に身売りしたことは知っていた。だが、二歳年下の妹がこの世にいようなどとは影二郎は想像だにしなかった。
 影二郎はただ萌の面影と瓜二つの若菜を凝視していた。
「この一年、姉からの手紙が途絶えた。そこで妹は姉が禁じていた江戸を訪ねてきた。そこで萌の死を知ったというわけじゃ」
 若菜は吉原での姉の非業の死と影二郎の仇討ちの一件を知らされ、途方にくれた。このまま病気の父の待つ川越に戻るかどうか迷った末に、影二郎の実家、浅草の料理茶屋嵐山を訪ねた。影二郎の祖父母は、影二郎の八丈島流罪の裁きが下ったことを告げ、
「もはや手のうちようもございません」
 と涙にくれた。
「なにか手立てはございませぬか」
 若菜は諦めなかった。
「あるとすれば影二郎の父親に縋ることぐらいしか……」
「影二郎様の父上とはどなた様でございます」
「旗本三千二百石の常磐豊後守様……」
 影二郎は仏七殺しの後、江戸無宿として実家との関係も口にしなかった。裁きが下った後、祖父母に、みつのかたわらに葬った萌の菩提を弔ってくれと書状をしたためて事情を知らせたのだ。
 若菜は秀信の屋敷の門前につめて、秀信へ嘆願することを決心した。
「それゆえ、わしはそなたの牢入りと流罪を知ることができたというわけだ」
 影二郎の顔を凝視する若菜に聞いた。
「なぜそなたはおれを助ける」
「姉上が恋したお人は、私にとっても大事なお方……」
 それが若菜の答えだった。
「そなたには礼を述べねばなるまいな」
「影二郎様、礼などは必要ございませぬ。姉の遺髪を上野永晶寺のご住職に分けてもらいました。私はいったん川越に戻ります。ですが、いま一度、お目にかかりとうございます」
「おれと萌の縁はもはや終わった」
 若菜は顔を横に振った。
 女の顔が消えて、眠りについた。
 第六話 決闘戸田峠
     
   (前略)
 二日後、影二郎とあかの姿は、松平大和守が藩主の川越藩十五万石の城下町で見られた。譜代大名の城下として京の風情を漂わしている。
 表通りから裏道に入った。すると梅林が行く手に広がっていた。
 通りがかりの、脇差を差した隠居風の老人に、
「浪人赤間乗克どのの住まいをご存じあるまいか」
 と尋ねてみた。若菜は影二郎に別れを告げる時、川越の住所と父の姓名を伝えていた。
「赤間乗克どの……」
 老人はしばし物思いに耽るように黙りこんだ。
「元気な折りの碁仲間でな、寂しゅうなった」
「なにか変事が」
「奥方に続いてな、赤間どのも昨年の暮れに亡くなられましてな」
「なんと」
「長いこと胸を患っておられたこともあったが……」
 顔に暗い陰が走った。
「若菜どのになにかあったか」
「いや、姉の萌どのがな、江戸で亡くなられたことがお二人には響いたようじゃ」
「するとご家族は」
 老人は梅林の向こうに見え隠れする農家を見ていたが、
「若菜どのがお一人で暮しておられます」
 老人は影二郎を正視すると、そなた、江戸からかと聞いた。
「萌どのとも若菜どのとも顔見知りであった」
 老人はうなずくと、
「若菜どのは表通りの鍵屋でな、働いておられる」
 鍵屋とは、川越藩御用の銘酒を代々醸造してきた酒屋だという。
「それがしもそちらに参るで、ご案内申そう」
「かたじけない」
 影二郎とあかは老人に連れられて表通りに戻った。
 鍵屋は城を望む通りに堂々とした店を構えていた。老人がずかずかと店の奥に入っていくと、番頭らしき男に話しかけた。番頭があかを連れた、無紋の着流しの影二郎の風体を見て、眉をしかめた。が、老人はかまう風もなく影二郎のところに戻ってきた。
「今、若菜どのが見えるでな」
 川越藩の要職を勤め上げたと推測される老人は、そう言い残すと城の方に歩み去った。
 影二郎は番頭の視線を避けて、店の裏手に回った。すると通用口が開いて若菜が白い顔をのぞかせた。
「影二郎様……」
「母上も父上も亡くなられたと聞いた……」
 若菜の双眸にこんもりと涙が盛り上がった。
 この夜、影二郎とあかは梅林の中の農家に泊まった。そして二日後、梅林の農家から人影が消えた。

「死闘! 古着屋総兵衛影始末 佐伯泰英 徳間文庫 2000年 ★★
 元和二年、死の床にあった大御所家康は秘密裏に元西国浪人の鳶沢成元を呼び、これまで通り表向きは代々古着問屋・大黒屋総兵衛として、だが裏では徳川家を護持する影旗本としての任務を果たすよう命じ、それを証明する書付けと愛刀三池典太を与えた――。そして、八十余年後の元禄十四年、闇の勢力が一族に襲いかかる。立ち向う六代目総兵衛、祖伝夢想流の秘太刀が血しぶきを呼ぶ! 渾身の書下し。

「鉄砲狩り」 佐伯泰英 光文社時代小説文庫 2004年 ★★
 幕府の練兵場で演習の最中、十挺の鉄砲と設計図が盗まれ、幕閣を揺るがす大騒動に発展した。夏目影二郎と若菜は、墓参中の川越で父の大目付・常盤秀信の命を受け、鉄砲探索に乗り出す。事件の背後には、西洋嫌いの妖怪・鳥居耀蔵の影が!? その渦中、若菜が何者かに拘引された。救出に向かう影二郎の前に、痩身の剣士が……。超人気の始末旅シリーズ!

「始末 吉原裏同心(24) 佐伯泰英 光文社文庫 2016年 ★★
 地回りと呼ばれ、吉原の妓楼に上がらず素見(ひやかし)をする一人の男の骸(むくろ)が切見世(きりみせ)で見つかった。探索を始めた吉原裏同心・神守幹次郎(かみもりみきじろうは、下手人を川越(かわごえ)に追う。一方、番方(ばんがた)に女の子が生まれて沸く会所だが、突如現れた「倅(せがれ)」に悩む会所の七代目頭取四郎兵衛(しろべえ)。「秘密」を打ちあけられた幹次郎は自ら動くが――。テレビドラマ原作となった人気シリーズ。待望の第二十四弾!

「首斬り浅右衛門 あるいは憑かれた人々の物語 柴田錬三郎 講談社文庫 1997年 ★★
 身悶えし命乞いをする女を美しいと思った。初めて己れの生業を嫌悪した。泰平の世に人を斬る業を極め続けなければならない山田浅右衛門。その家系も六代目に至り烈しい気象が息んだ。ただ一首斬り損じた女の怨霊に翻弄される浅右衛門の最後を描く。「殺生関白」「座頭国市」他エロティシズム溢れる異形の八編。

  首斬り浅右衛門
 四年余の放浪を終えて、わが家へ帰ろうとしていた平太は、松平藩川越城下に入った時、武芸者ならば必ず訪れる一宮道場へ、足を向けた。
 一宮道場は、居合に於て、田宮流とならび称される一宮流の本拠であった。
 さきにふれた抜刀術の始祖・林崎甚助重信の甥に、高松勘兵衛信勝という者がいた。八歳の頃から伯父甚助について、抜刀術を学んで、神童のほまれがあった。甚助は、四十八歳の年から十年間、武州・一宮(現在の大宮市)に住んで、ひたすら、その術を工夫している。勘兵衛が、伯父に学んだのは、その頃であった。
 勘兵衛は、甚助が、一宮を立ち去るに際して、その家と奥旨(おうし)を受け継ぎ、一流を編んだ。すなわち、一宮流であった。
 壮年になってから、川越城下に、道場を設け、多くの門弟を教導した。その長子平八郎信金も、達人のほまれがあり、その門下から、茨木正教が出て、流名を愈々(いよいよ)あげた。
 爾来(じらい)、一宮道場は、日本全土にその名をひびかせて、常に千人の門弟を擁して、幕末に及んでいた。
 平太は、柔新心流抜刀術の正統を学んで、多くの道場を経巡り、いまだ一度も敗北していなかった。
 川越城下に入ったからには、一宮道場に、他流試合をもとめたのは、当然であった。
 一宮道場では、先代から、他流試合を禁じていたので、取次に出た門弟は、すげなく、拒絶した。
 尤(もっと)も、他流試合を禁じていなくても、平太の風体は、一瞥(いちべつ)して、追いはらわれてもいたしかたのないむさくるしいものであった。
 平太は、江戸追放の身であった。四年経って、ほとぼりはさめているとはいえ、当人としては、堂々と帰府できぬ気持から、わざとみすぼらしい身なりになっていtのである。蓬髪(ほうはつ)、無精髭(ぶしょうひげ)、そして、ぼろぼろの布子(ぬのこ)に、わずかに武士であることを示すために、塗りの剥げた大小を帯びていた。そばへ寄れば、臭気で、鼻が曲りそうに思われた。
 一宮道場の取次は、声を荒げて、追いはらおうとしたが、逆に、式台に坐りこまれて、やむなく、門下筆頭の山金銀造にこの旨を告げた。
 山金銀造は、玄関へ出て来て、平太を眺め、
 「路銀か、もしくは質流れの衣服でも欲しいのであれば、この近くに、伝馬問屋があるが……」
 と云った。
 すると、平太は、懐中から、かなりの重さの財布を取り出して、前へ置いてみせた。
 銀造は、舌打ちして、
 「当道場主は、江戸に在って、当分は帰参されぬ。他流試合をいたさぬ掟を、主人不在の時に、破るわけには参らぬ」
 と云った。
 平太は、至極無表情で、
 「もし、どうしても拒まれるならば、城下の辻に、一宮流も地に随ちた旨の高札を立てて、御主人が帰参なさるまで、旅籠で寝そべってみることにいたします。
 山金銀造は、二十七歳の血気盛りであった。この雑言をきいて、思わず、かっとなった。
 「暴言無礼である。たっての所望とあらばこの山金銀造が、立合ってくれる!」
 居合わせた門弟三十余人が、両側にずらりと居並ぶ道場で、銀造と平太は、対峙(たいじ)した。
 抜刀術の立合いとはいえ、ただちに真剣を得物にするわけにはいかなかった。木太刀がえらばれた。もとより、居合を放つのであるから、両者とも、左手で木太刀を握り、それを腰にかるくあてたまま、十歩あまりの距離をとって、相対した。
 木太刀を右手に掴んだ刹那(せつな)には、すでに、勝敗が決している術なのであった。
 常道としては、相対したまま、しばらく動かぬものであった。
 ところが、平太は、対峙した次の瞬間には、床板をすべるように、進んでいた。
 のみならず、その動きを止めもせず、いきなり、その木太刀を、電光の迅さで、銀造の頭上へ、送りつけていた。
 銀造自身また居並ぶ門弟たちにとって、これは、全く意外の一撃であった。
 一宮流では、居合の極意は、あくまで心気をひそめて、敵の仕掛けるのを待ち、対手の刀影を眼の内にして、これを斬るのである。
 刀を構えて、汐合(しおあい)がきまって、撃ち合うのが剣術ならば、刀の鞘の内に置いて、汐合を待って同時に斬りつけるのが抜刀術であった。
 平太は、その定法を、敢えて破ったのである。
 敵の仕掛けを待つ、ということは、こちらの心気を充たすことであった。ところが、平太は、汐合きわまるその刹那よりも、一瞬前を、居合の妙所(いのち)としたのである。
 これが、いわば、柔新心流水野作兵衛の奥義であった。
 武芸とは、あくまでも、勝つことが目的であり、勝つためには、いかなる技を使おうとも、勝手である。正邪の論など、あとからくっつけた屁理窟である。
 平太は、一瞬にして、山金銀造の頭蓋骨を、砕いていた。
 平太は、道場を出たその足で、川越城下を立ち退いたが、松並木の街道に入った時、もう日が暮れていた。
 並木の陰に、幾人もの敵がひそんでいる気合を察知したが、平太は、予期していたように、平然として歩いた。
 月のない闇夜であった。
 平太は、前後左右から、一人ずつ襲って来る敵を、正確に、抜きつけに、斬り伏せた。
 そして、斬り伏せるたびに、白刃を鞘に納めた。
 六人を斬った時、残りの者たちは、逃げうせた。
 
 平太吉兼が、赤坂家十二代目を継ぎ、山田浅右衛門を名のったのは、二十八歳の時であった。山田浅右衛門としては、六代目であった。
 当主になるや、たちまち、父にまさる据物斬り、居合術の達人という評判をとった。
 浅右衛門吉兼は、据物斬りにしても、囚徒の首刎(は)ね、生胴斬りにしても、すべて、居合でおこなってみせた。これを見る者は、従来の様式を破る異様の抜きつけを、感嘆のあまり、咎めだてする余裕さえもなかった。

「武蔵野水滸伝(上)(下)」 山田風太郎 時代小説文庫248,249 1993年 ★
 天保年間、関八州取締役に任ぜられた北町奉行の子息・遠山銀五郎は南町奉行の息女・お耀と共に坂東一円の遊侠の取締りに乗り出す。
 「人間が人間らしく生きるのは乱世においてこそ…」と語る快美童・南無扇子丸(ナンセンスマル)の妖術・知行散乱の忍法にはまり、千葉周作、島田虎之助、平手造酒等の名だたる剣客と国定忠次、清水次郎長、笹川繁蔵らの侠客が魔人と化し、地獄絵図がくり開げられる!
 幻の大伝奇小説、風太郎忍法帖の集大成ともいうべき傑作、遂に文庫で登場!

「時代小説大全集」 新潮社編 新潮文庫 1988年
 伊藤桂一・小松重男・早乙女貢・澤田ふじ子・篠田達明・白石一郎・滝口康彦・都筑道夫・網淵謙錠・津本陽・南條範夫・南原幹雄・古川薫・皆川博子・森村誠一・夢枕獏・隆慶一郎――時代小説の名手がすべての時代小説ファンに贈る十七の物語。王朝から幕末まで、まだ夜の闇が深かった時代を背景に、剣客や旗本や貴族たちがくり広げる人間ドラマ。時代小説アンソロジーの決定版!
 秋山要助凶状旅●狼の眼……………………隆慶一郎

「長脇差大名」 高木彬光 春陽文庫 1983年 ★★
 牡丹の刺青もみごとな侠客大名五郎蔵、そして恋女房の女侠牡丹のお小夜のご両人が颯爽と登場!花の大江戸八百八町を舞台にくりひろげる痛快無類のものがたり!
 武州川越十八万五千石、松平大和守の長男麻若丸は、何物とも知れぬ無法の刃に斃れた大和屋長兵衛の娘お小夜を助けて、妖刀村正をふるう人斬り玄蕃に立ち向かった!江戸家老福原久右衛門がたくらむ陰謀は、松平藩世継ぎに麻若丸や二男子之次郎を排し、三男三郎を立てんとする悪計であった!悪の一味を相手に麻若丸の活躍はいかに……!?(第一話)
 ――松平藩正子の座を子之次郎に譲り、自らは人入れ稼業の元締め大名五郎蔵に変身して世のため人のためにつくす男伊達の活躍を描いた異色の時代小説、全六話収録の傑作編!
 花の千両肌
 大名五郎蔵
 明月安宅丸
 異聞髑髏屋敷
 長脇差あらし
 妖説鬼女屋敷

「風の牙舟賊跳ぶ!」 浅木龍郎 学研M文庫 2002年 ★★★
 斬風と名乗る謎の舟賊が、新河岸川に停泊中の河岸問屋・薩摩屋の高瀬舟を襲った! 水夫は皆殺しの目にあい、積荷の米俵と夜鷹が一人消えていた。捜査に乗り出した川越奉行所の若き同心・山本藤次郎は聞き込みを進める中で、自分が何者かに狙われていることに気づく――。天明年間の飢饉を背景に、武士に憧れた男と、武士を憎み盗賊となった男二人の運命を描く!!

八州廻り浪人奉行 血風 闇夜の城下」 稲葉稔 廣済堂文庫 2004年 ★★★
 小江戸・川越を荒らしていた盗賊一味“蜘蛛の巣一家”の残党が江戸に現れた。日本橋の油問屋「吉田屋」を狙っていたのだ。この動きを察知した八州廻り・小室春斎は、賊たちの機先を制して捕縛した。そして、関東郡代官の命により、不穏な動きがある川越城下の一掃に向かった。その矢先、神田相生町の薬種問屋「相良屋」を賊が襲い、主従十八人を惨殺のうえ千二百両余りを奪った。さらに、その大金を強奪した四人組が川越城下に潜入した報せを受ける。無法地帯と化した城下町で、春斎の剛剣が鞘走り、悪党どもを斬り捨てる。好評の八州廻りシリーズ第三弾!

八州廻り浪人奉行 獅子の剣」 稲葉稔 双葉文庫 2010年 ★★★
八州廻りに召し捕られた凶賊“蛛の巣一家”の残党が江戸に現れた。機先を制して捕縛した小室春斎は、賊を殲滅するため、根城の川越に向かう。その矢先、今度は神田相生町の薬種問屋「相良屋」が何者かに襲われ、主従が惨殺されたうえ、千二百両余が奪われた。下手人の四人組が川越城下に潜入したとの報せを受けた春斎に、血で血を洗う死闘が迫る。瞠目のシリーズ第三弾!

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作成:川越原人  更新:2018/10/6