御馬祇園祭(19.08.04) 豊川市御馬町
七福神踊り大漁、十王。 |
同左。 |
六月祭の踊り、基本隊形。十王。 |
|
六月祭の踊り、小太鼓の位置替へ。十王。 |
六月祭の踊り、十王。 |
御馬の笹踊りは大きく2種ある。六月祭の踊りと八月祭の踊りである。六月祭は祗園祭、引馬神社の例祭である。八月祭は八幡社の例祭である。現在は
八月祭の踊りを、引馬神社出発から八幡社境内での踊りまで踊る。八幡社での神事終了後の後半、そこから最後の引馬神社までは六月祭の踊りである。この2種
の踊り、六月祭
の踊りの方が古い。笹踊りの御馬伝来の頃からのものであらうが、それがいつのことかは分からない。八月祭の踊りは幕末に作られた。笹踊り歌の作詞は砥
鹿神社の草鹿砥宣隆である。踊りと作曲は草鹿砥によるものかどうかは分からない。踊りは、六月祭が小太鼓2名が左右に位置を替へる所作を持ち、八月祭は大
太鼓が
小太鼓の間を抜ける所作を持つものである。これもまた、八月祭の踊りが新しく作られた、新たに導入されたことを示してゐる。
今年は日暮れから行つた。十王では若い衆がトーフを建てたり倒したりしてゐる。これが6時半近くまで続き、その後、七福神踊りと笹踊りである。続いて
辻、社頭と踊り、ここで御旅所神事となる。8時半頃に一同は動き出して引馬神社に入る。さうして踊りが終はつたのは9時過ぎであつた、はずである(^_^;)。