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Rameau"Gavotte""Menuet"〜"Pieces de clavecin(1706)" から〜  

Rameau_suite1.mid(28k、約3分44秒)

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Rameau_suite1.rm

「MIDIの小部屋」 をのぞく。


 最近買つたCDの一枚"Jeux De dames a la Cour"(AMB 9904)、邦題を「宮廷の貴婦人たちの調べ/1700-1740」と言ふ。演奏はアンサンブル・アマリリス、エロイーズ・ガイヤールといふフランスの女 性古楽器奏者を中心としたアンサンブルである。この人はオーボエ、リコーダーといふ、言はば縦笛の専門家である。他に、チェンバロ、と言ふよりクラヴサン と言ふべきか、のヴィオレーヌ・コシャール、チェロのオフェリー・ガイヤール、そしてbass viol、このアンヌ=マリー・ラーラはゲストである。いづれもトン・コープマンやクリストフ・ルセ等の合奏に加はつたりしてゐる演奏家である。このアル バムのレーベルはアンボズィー(ambroisie)と言ひ、ジョルディ・ザヴァールのスペイン古楽レーベル、アリアヴォックスのエンジニアを務める人が始めたもの、マイナーで新しい。もちろん輸入盤、ただし日本語解説つきである。
 このアルバムは良い。第1曲はフィリドールの「組曲」第5番、オーボエと通奏低音の曲である。この冒頭のオーボエの音色、これが実に良い。私はオーボエ の音があまり好きではない。あの張りつめて甲高く、それでゐて鼻にかかつたやうな音色が今一つ好きになれない。ところがここでのオーボエの音は深みがあ り、芯もある。甘くは響かない。一瞬我が耳を疑つた。この楽器は何だらう、えつ、オーボエ、といふわけである。古楽器のオーボエは皆こんなものなのであら うか。リコーダーやトラヴェルソはよく聞くのだが、オーボエはほとんど聞かない。無知のしからしむるところでしかないのかもしれないが、私はこれでこの CDが気に入つてしまつた。
 フランスの18世紀前半といふのはルイ14世からルイ15世の時代、フランス革命以前、フランスバロック音楽の、あるいはロココ様式の最盛期である。こ の時代は「女性の作曲家や演奏家も少なくな」(日本語解説)く、「女性の音楽家も活躍した。」のみならず、「王妃や貴婦人にとって、音楽はたんなる教養に とどまらない関心の対象で、たしなみのレヴェルを越えた楽器の腕前をもつ者もいた。」とか。従つてこのCD、「18世紀前半に発表された、宮廷の貴婦人た ちのレパートリーであったかもしれない曲を特集した」ものであるらしい。献呈の辞が付されてゐるわけではない。しかしありさうである。曲はいづれもいかに もバロックといふ感じ、悪く言へば凡庸、極言すれば金太郎飴如きものなのだが、それだけに安心して聞いてゐられる。心地よい。快い。演奏も良い。難しいこ とを言つたり考へたりしなければ、これは確かに宮廷の貴婦人が弾くこともできさうである。いや、玄人はだしの王妃様や王女様、あるいは公爵夫人だつてゐた らしい。へたな演奏家や作曲家よりはよほどか優れてゐたに違ひない。
 この3曲目、4曲目はラモーである。「クラヴサン組曲」第3集(1728?)からの2曲、「ミューズたちの会話」「ひとつ目の巨人たち」である。例の如 きラモーの愛すべき小品である。とは言ふものの「巨人」は手強い。「表現能力の限界に挑んだ力作」などといふ評価もあるほどである。それでも、かういふ曲 を弾けるお姫様や何とか夫人はさぞや多かつたであらうと思ふ。実際、ラモーの鍵盤楽器の曲は易しさうなのが多い。もちろん難しい曲もたくさんあるが、さう いふのにしたところで、この時代の曲となると、楽譜そのままを弾くことはまづあるまい。そこにどのやうに肉付けをするか、これがプロの演奏家の腕の見せ所 であつたはずだし、アマはアマで、その腕の範囲で楽譜に肉付けをして楽しんでゐたはずである。作曲者による装飾音符の指示はある。それをもとに、ラモーの つけた表題にふさはしく、自分のイメージを膨らませて演奏する、それがプロとアマの違ひであつたらう。
 「クラヴサン組曲」第2集(1724、1731)冒頭には「メヌエット」ハ長調の指遣ひつきの楽譜が載つてゐる。ほとんど二声体の、和声学のお手本みた いな曲である。それ故に、これをそのまま弾いても実に心地よく響くに違ひない。ピアノを習ひ始めてしばらくの幼児が「メヌエット」を弾いてゐる情景、これ はいかにも可愛らしげではないか。私はクープランよりラモーの方が好きである。それは、こんなラモーのとつつき易さ、親しみ易さがあるからに違ひない。
 代表作とは言へまいが、そんなラモーの側面を表してゐるのが、第1集の最後の2曲の「ガボット」と「メヌエット」である。こちらは短調である。しかし、 この「メヌエット」イ短調もまたほとんど二声体である。単純だが和声学のお手本である。「ガボット」はロンド形式、繰り返しが多く、ほんの少しだけ複雑に なつてゐる。アルマンドやクーラントに比べたら、それは本当に優しくて易しい。私はかういふのこそがラモーだと思つてゐる。華やかなオペラバレーもラモー である。あのきらびやかさはいかにもヴェルサイユの宮廷にふさはしい。これは時代の所産である。片や鍵盤音楽、こちらは必ずしもヴェルサイユ宮廷だけのも のではあるまい。イギリスでも王侯から庶民までがかういふ音楽を持つてゐたし、ドイツやイタリアのバロックにもあつたはずである。先のアルバムタイトル 「宮廷の貴婦人たちの調べ」にとどまらないものがある。
 そんなのをMIDIにしてみた。なかなかうまくできない。装飾音符の処理、ラモーの指示に従ふべく努めてはみたものの、その指示の意味がよく分からなか つたりする。そこで適当にといふことにしたのだが、次に速度をどうしようといふことが出てくる。これも書かれてゐないからには当時の慣例に従つてといふこ とになるのだらう。私にはその慣例がよく分からないから困るのである。強弱は、元の楽器が楽器である。そんなに差をつけられるはずがない。例の如く、ほと んど固定である。こんなわけで、この拙いSMFからラモーの一面が理解していただけるかどうか、甚だ心許ない限りである。
 なほ、使用テキストは全音ベーレンライター原典版18、ラモ「クラヴサン曲集」である。

 

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