千葉市の沿革 明治時代

千葉県成立と県庁設置

明治新政府は、1871年(明治4)年7月、廃藩置県を断行した結果、房総には館山県、佐倉県など24もの県が誕生しました。同年11月には府県の統廃合に着手し、房総の地には木更津・印旛・新治の3県が置かれました。
1873年(明治6)年6月15日、政府は「印旛・木更津の両県を廃して千葉県を置き、千葉町に県庁を置く」ことを公布しました。これにより千葉県が誕生し、千葉町は県都となりました。
なお、1875(明治8)年5月7日、新治県の一部が千葉県に編入され、ほぼ現在の県域が定まりました。

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千葉県庁

町村制施工「千葉町」誕生

1889(明治22)年4月1日、市制・町村制の施工とともに、千葉町、寒川村、登戸村、黒砂村、千葉寺村の5町村が合併して「千葉町」が誕生しました。
千葉町は県庁所在地であり、千葉氏の旧跡をとどめる町として知られていたので、それを踏襲して新町名を「千葉町」と命名しました。

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県庁舎

民間航空発祥の地「稲毛」

1912(明治45)年5月、日本で初めて民間飛行場が干潟を利用して、稲毛海岸に開設されました。以来、1917(大正)年までの5年間、大空に夢をはせる「ヒコーキ野郎」たちが、全国から集まって、民間航空の先駆けとなりました。


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稲毛民間航空記念館