人に話を「聞くこと」、「語ること」、そしてそれを「残すこと」――。いま、そうした営みへの関心がさまざまな場で広がりつつあります。かつて、歴史学における口述史料は、文字史料を「補完」するものとして位置づけられてきましたが、1990年代以降は、聞き手と語り手の対話のなかで構築されるものだという認識が定着しました。本誌でも、2004年に「オーラル・ヒストリーと女性史―沈黙の扉を開く」(648号)という特集が組まれましたが、これは、そうした当時の議論の進展を反映したものでもありました。この特集から二〇年の時間が経過し、現在では、人に話を聞く、語るという営為を歴史のなかに探っていくこと、あるいは聞き取った声をどのように保存し、さらにはそれをいかに活用していくか、といったことなど、議論はさらに深まりをみせています。
本特集は、そうしたオーラル・ヒストリーをめぐる現在の動向を、広く見わたすことのできるものとなっています。オーラル・ヒストリーと聞くと、現代史研究の専売特許のように思われる読者の方も多いかもしれません。しかし、史料が語りかける声にいかに耳を傾けるか、ということは、現代史に限らず、歴史学の根幹となる論点でもあります。生身の人間と向きあうなかで思考を深めてきたオーラル・ヒストリー論だからこそ、そこから投げかけられる問いには、歴史学に広く訴えかけるものがあるでしょう。さあ、あなたも奥深いオーラル・ヒストリーの世界に足を踏み入れてみませんか。(編集委員会)
* | 特集にあたって | 編集委員会 |
論 文 | オーラル・ヒストリーの実践と歴史の静かな地殻変動 Oral History Practice and Silent Tectonic Shifts in History/Historiography |
大門正克 OKADO Masakatsu |
論 文 | 聞き書きが拓く地域女性史 Oral History in the Historical Research of Local Women in Postwar Japan |
柳原恵 YANAGIWARA Megumi |
論 文 | ある日雇労働者の自分史を聞く Listen to the Personal History of a Day Laborer: An Oral History Case Study |
能川泰治 NOGAWA Yasuharu |
論 文 | オーラルヒストリー問答:アーカイブ編 Q&A on Archiving Oral History |
安岡健一 YASUOKA Kenichi |
論 文 | 聞き書きの現場への接近―「声」と振る舞いを手掛かりに Approaching the Field of Oral History: “Voice” and Behavior as Clues |
須田佳実 SUDA Yoshimi |
論 文 | 政治学におけるオーラルヒストリー Oral History in Japanese Political Science |
清水唯一朗 SHIMIZU Yuichiro |
紹 介 | 安岡健一監修/大阪大学日本学専修「コロナと大学」プロジェクト編 『コロナ禍の声を聞く』 |
高田雅士 |
私の歴史研究 | 中国古代国家史研究にこだわり続けて(上) |
太田幸男 〈聞き手〉飯尾秀幸・小嶋茂稔 〈記録〉多田麻希子・福島大我 |
歴史の眼 | 検証される伝統仏教教団の戦争協力 |
大谷栄一 |
書 評 | 篠崎敦史著『平安時代の日本外交と東アジア』 |
森公章 |
書 評 | 寺澤優著『戦前日本の私娼・性風俗産業と大衆社会』 |
加藤晴美 |
声 明 | 内閣府特命担当大臣決定「日本学術会議の法人化に向けて」(2023年12月22日) の撤回を求め、日本学術会議の法人化に強く反対する声明 |
加藤晴美 |